192.オーラムの義務
来客というメイドの言葉に俺は首を傾げた。
「お客様って……こんな時間に。というか、この館にはオーラムがいるのに、部外者を招くのはまずいだろう」
館の周囲は王国の部隊が護衛の監視網を巡らせていた。
不審な人間を彼らが見逃す訳が無い。
一階から男の声が響いた。
「ハーッハッハッハ! 文字が読めないかと思い、招待状だけでは心配になって、こうしてわざわざ訪ねてやったぞ! しかし、ずいぶんと良い暮らしぶりじゃないか? メイドまでいるなんてな!」
勝手に中に入ってきたのかよ。誰も止めないとは……確かにこの男は不審者ではない。
それどころか上級レベルの研究員だ。
とはいえそんな人間であろうとも、護衛の人間が侵入に気付けば止めるはずである。
男の気配が発生したことに俺が気付いたのは、この男の声が聞こえてからだった。
普段から探査魔法を周囲に張り巡らせていなくとも、ウォルターのような人間の気配は感じやすい。
それが今、ふっと湧いて出たように感じたということは……。
ウォルターはおそらく、自身に気配遮断や光学迷彩系の魔法を使ってこの館までやってきたのだろう。
たった今、それを解いた。
王都の特殊部隊の監視網をかいくぐるだけの、高度な魔法技術の持ち主というのが厄介すぎる。
美しい魔法式にこだわり、魔法式の隠蔽を嫌っていた人間が、プライドを捨ててその手の魔法を使うということは……そこまでしてても、成し遂げたい目的があるということだった。
嫌な予感しかしないな。
俺はメイドに告げる。
「帰ってもらってくれ」
「では、そのように……」
メイドの表情が険しいのは、監視護衛任務についている特殊部隊への抗議の気持ちの表れだろうか。
その権限もあるだろうが、おそらくクリスは承諾どころか、初耳だろうに。
方針が決まった所で……男の笑い声が近づいてきた。
許可も無く勝手に入ってくるのか。俺も人のことを言える立場じゃないが、ウォルターに常識的な礼節を求めるのは間違っていたのかもしれない。
これなら「待て」と命じられて待てる犬の方が上等じゃないか。
「ハッハッハ! まったく来客をもてなさないとはナンセンス! だが、オレ様は寛大な心の持ち主だ。来ないといなら赴いてやるぞ」
勝手に上がり込み二階までやってくると、男の影がメイドの背後に近づいた。
「そこを退きたまえメイド君」
「こ、困ります。勝手に……こちらには……」
「いるんだろう? オーラム姫が! 悪いが研究ばかりで礼節には疎いんでな」
メイドを押しのけウォルターは、白衣をなびかせるように悠々とした足取りでオーラムの部屋に踏み行った。
「出て行ってくれないか?」
俺も無礼という意味では大概だが、ウォルターほどじゃない。
睨みつけると男は笑う。
「何を怒ることがあるんだねレオ? はっはーん。さてはオレ様の行動力に嫉妬しているんだな? 人間、自分から動かなければ栄光はつかめないぜ」
クリスもオーラムも立ち上がって警戒の表情だ。クリスは半歩前に出てオーラムを背に庇う。
ウォルターは鼻から抜くように息を吐いた。
「ンフー! オーラム姫。お目にかかれて恐悦至極」
その場で恭しく一礼すると、ウォルターはニッコリ微笑む。
「え、ええと……」
「おっと、自己紹介が遅れました。オレ様はユグドラシルの未来の理論魔法学部長にして、希代の天才研究家のウォルター・ショーメイカー。以後お見知りおきを」
オーラムは俺に視線で助けを求めた。
「良かったなウォルター。王族と対面がかなって。面識もできたことだし充分だろう?」
「ハンッ! オマエは俺の先を進んでいるつもりだろうが、こうして王家との繋がりができたことで、むしろ立場は逆転したな?」
好きに言ってろ。しかし、まさか王族の滞在する館に土足で乗り込んでくるとは思わなかった。こいつのバカは筋金入りだ。
再びオーラムに向き直ると、ウォルターは高らかに謳うように宣言した。
「明日、オレ様はこの不平等な世界に終止符を打つべく、聖遺物の魔法反応炉化試験を公開いたします! つきましては姫様に、その光景を是非ご覧戴きたいのです」
「何を勝手に進めているんだ。オーラム……姫様は、明日には王都に戻られるんだ。実験でも試験でも、見学者が欲しいなら俺が付き合ってやるよ」
ウォルターが血走った目で俺を睨みつける。
「バカかオマエは。本来であれば、どこの馬の骨に見せるものではない世紀の瞬間だぞ? 立ち会わせてやるだけでも感謝し随喜の涙をこぼせ」
クリスがオーラムになにやら耳打ちしている。内容はおそらく「この人の話をまともに聞かないでください」といったところだろう。
だが――
「あ、あの……世界の不平等とはいったいなんのことでしょうか?」
オーラムは身を乗り出してウォルターに尋ねた。
尋ねてしまった。
白衣の男は勝ち誇った笑みを浮かべる。話さえ聞いてもらえれば、どうにでもなるという自信の現れだろう。
普通なら、そんな絵空事には誰も耳を貸さないのだが……。
「オーラム姫。オレ様はこの世界に蔓延る不平等を是正したい。これは王宮批判にも通じるかもしれないが、あえて言わせてもらおう。貴族や王族……魔法力に優れた人間……そう、オレ様も含めた魔法使いだけが、魔法という奇跡の力の恩恵を受けることは不平等だ! だからユグドラシアで研究が行われ、誰もがその魔法技術の恵みを得られるようにしようとしている。新素材しかり、魔法医学しかり……それらは全ての人々の役に立つために、日々生み出されているんだ! そしてその究極は、誰もが魔法の力を自由に扱えるようになることではなかろうか!?」
オーラムは、じっと黙ってその言葉に耳を傾ける。
魔法の力に秀でた者を批判するということは、最終的には王家や今の体制の批判に繋がることだ。
それを包み隠さず口にした、表面的な正直さをオーラムは真に受けているようでもあった。
「それくらいにしておいた方がいいんじゃないか?」
俺の忠告を無視してウォルターは続ける。
「オレ様の研究が完成した暁には、王国の全ての街や村々を魔法都市化することができる。気脈に頼った、一部の選ばれた地域だけしか発展できない不平等を無くすのだ! そして聖遺物の研究が進み、魔法という力の全てが解き明かされた時……誰もがその力を使うことができるようになるだろう。明日はその記念すべき未来への第一歩を記す喜ばしい日なのです。どうかオーラム姫にも、オレ様の研究をその目で確かめていただきたい。そして、もしご納得していただけたなら……オレ様の研究に増資をお願いしたいのです」
オーラムの表情が、いつの間にか厳しく引き締まっていた。
「それはとても素晴らしい研究ですね。わたしも常々、同じようなことを考え、実現できないかと……ただ、わたしには知識も力もなく憂うばかりでした」
「おお! オーラム姫! オレ様の苦悩をわかってくれるのか!」
頷くことも無く、かといって首を左右に振りもせず、オーラムはまっすぐにウォルターを見つめた。
「申し出についてはわかりました。急なことではありますが、タイタニア王の名代としてその試験に立ち会いましょう」
「ほ、本当か!? 本当に来てくれるんだなッ!?」
「研究の成果を期待します。準備に余念が無いよう取りはからってください」
ウォルターはオーラムの顔を指刺した。
「当然だ! 任せてもらおう! 明日、迎えの使者をよこす! 他学部の連中や来賓も集めて盛大なものにしよう! おっと、見学の人数をもっと増やさねばな。悪いが失礼するぜ! ハッハッハッハ! ハーッハッハッハッハ!」
独り、語るだけ語り満足するとウォルターは館から去った。
ウォルターの気配がなくなり、部屋からその余韻も消えたところで、ピンっと伸ばしていた背を丸めて、オーラムがどっと疲れたような顔で眉尻を下げる。
「はぁ……とっても苦手な方でした」
クリスがそんなオーラムの肩を左右、両手で鷲掴みにして揺らした。
「ちょ、ちょっとララちゃん! なんて約束してるのよ!?」
「え、ええと、あれくらい言わないと帰ってくれないと思って……」
クリスに身体を揺らされながらも、オーラムは続けた。
「ごめんなさいレオさま。あの方が普通ではないのは、世間知らずなわたしでも解ります。こんな約束はすべきではなかったと、おっしゃりたいのも重々承知です」
どことなく憂うような声に、クリスはそっとオーラムの両肩を離した。
俺は訊く。
「じゃあ、なんで行くなんて約束をしたんだ」
クリスは「何か理由を付けて欠席でいいじゃない」と、頬を膨らませる。
そっと首を左右に振ってオーラムは続けた。
「王都の外に出れば王族には父の……タイタニア王の名代を務める義務があります。それに、あの方の語る言葉には、共感できる部分もありました」
「だからって、奇妙な実験だか試験だかにオーラムが出ることはないだろ? ただでさえその……今のオーラムの体調は万全じゃないんだし」
それに聖遺物が発端だとすれば、遙か遠く離れた王都にいたオーラムに症状が現れたのも、何か因縁めいたものを感じてしまう。
何か言いようのない暗い影が鎌首をもたげている気がした。
クリスも俺に賛同するようにオーラムに忠告する。
「ララちゃん……いいえ、オーラムさま。あの男は王家の威光を笠に着るつもりです。王家の名を利用して人を集め、自身の立場を良くしようとしているだけですから!」
諫言にオーラムは頷いた。どうやらそれも織り込み済みらしい。
オーラムの瞳がじっと、俺を見据えた。
「王家の人間の名を欲しているのは雰囲気でわかります。もし、あの方の研究するものが何か悪しき力……例えば魔族に関わるようなものであれば、王家の一員として見過ごすわけにはいきません」
オーラムらしくもない。いや、俺たちに見せている顔の方が普段のそれとは違って、覚悟を決めてウォルターと対峙した時の姿こそが、あるべき姿なのかもしれない。
第一王女として成すべきこと成すという、強い意志を彼女の瞳から感じた。
「もちろん、その研究が良いものであれば……本当に人々のためになるものなら、研究がよりしやすいよう促すつもりです。それを自分の目で見定めるのは……わたしのお仕事ですから」
最後は柔らかい表情を浮かべてオーラムは微笑んだ。
クリスは小さく下唇を噛む。王族としての義務を果たそうとすオーラムに、臣民の一人である自分がこれ以上何を言えるだろうという苦悩が、伝わってきた。
俺は――
「わかった。まあ、実験失敗で大爆発でも起こされたら困るから、何かあった時……いや、起こりそうになった時には、止めさせてもらう」
オーラムは安堵した顔で頷いた。
「はい。その時にはレオさまがどれだけ大暴れをしようと、わたしが王家の権限を最大限に振るってもみ消し……ええと、尽力いたしますね」
おいおい本音が一瞬漏れたぞ。それじゃあ念心魔法を封じた意味がないだろうに。
ともあれ、明日は何かあってもいいようにしないとな。
俺は部屋から廊下に出ると、メイドを呼んだ。
追い出すようにウォルターを玄関まで見送った彼女が、一階から階段を上がってくる。
「いかがなさいましたかレオ様?」
「あんたが束ねてる部隊の連中から、魔法武器を……小剣程度でいいから一つ分けてもらえないか?」
メイドは目を丸くさせた。
「お気づきでしたか」
「ウォルターに押しのけられた時に、かすかに殺気が出ていたからな」
「私もまだまだですね。では、さっそく手配いたしますので。それと、ご用意した夜食のサンドイッチのパンが、このままでは干からびてしまいます」
思い出したように俺の腹がぐうっと鳴る。
「済まないな。いや……ありがとう」
「仕事をしているだけですから」
メイドは軽い足取りで一階に下りていく。
ともあれ、色々ありはしたが、明日にはユグドラシアともお別れになりそうだな。




