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190.強化型魔高炉

強化型というだけあって、魔高炉の性能は流石というか俺が現役だった頃とは比べものにならない。


魔法騎士の武器を鍛える王宮の魔高炉もかすむ。


おそらく七連星工房が所有する魔高炉でも、これだけの火力を制御するのは難しいだろう。


蝋燭の灯火のように小さなものから、地獄の釜を沸騰させるほどの火力を、自在に調整することができるのだ。


ただし、それを使う者の魔法力と命を代償として求めるような底なしの要求を常に押しつけてくる。


普通の魔法使いなら魔高炉を立ち上げることさえできないだろう。


心得のある職人なら起動と同時に気絶させられることは請け合いだ。


まるで戦いだな。魔高炉と俺と、どちらが先に折れるか根比べだ。


オーラムのためにも負けるわけにはいかない。


この無慈悲な魔高炉の設計者と設計思想を疑いながらも、俺は制御下におく。


要求魔法力という関門さえ越えてしまえば、その性能の高さは俺の味方になってくれた。


研究機関の恩恵を充分に受けて、黙々とη・ベネトナシュの地金の加工を進める。


紫色がかった不思議な光沢の金属を、魔法力を込めた創造の炎で熱し、備え付けの金床に置いてハンマーで打ち伸ばす。


小さなリングを作るだけなのに、まるで全身に鉛のベルトを巻き付けたように身体が重い。


魔高炉の制御に成功してなお、相当な負荷だ。だが、集中を途切れさせることなく、俺は“魔法力低下”の魔法式を金属片に織り込んでいく。


焼き、鈍し、冷やし、清め、捻り……を繰り返す。


叩き、鍛え、打ち、整え、磨く。


「……悪いなオーラム。あんまりデザインには凝れそうにない」


もともと美術的なセンスの無い俺には、美しく彫金の施されたアクセサリー作りはどだい無理な話だ。


作業から何時間が経過しただろう。まるで何日も没頭していたかのような疲労感で、身体を脱ぎ捨ててしまいたい気分になった。


なんとかリングを完成させて魔高炉を止め、懐中時計を手にすると……開始から二時間も経っていなかった。


「完成……だな」


俺の魔法力と精神力と集中力と技術力の結晶が形を成した。


紫色の光沢のある金属の腕輪だ。いや、腕輪というのもはばかられる、素っ気ない金属環である。


性能のみを追究した結果だが、地金よりも濃くなったη・ベネトナシュの深みのある色合いと、さらりと滑らかな手触りは、この強化型魔高炉が無ければ引き出せなかったな。


荒い呼吸を整えて、魔高炉を閉じると作業場を出て施錠する。


夜空に煌々と明るい月が浮かんでいた。


「自画自賛だが、会心作ってやつだな」


今日は今までに無く集中することができた。


これも土地の力だろうか。魔法薬に頼らずに、かつての自分を一時的に取り戻せたような……そんな手応えすら感じる。


手にした金属環を月明かりに照らすと、幻想的な輝きを放った。まるで金属環が月の魔法力を呼吸しているようだった。


「……四番魔高炉を使ったのか?」


不意に掛けられた声に俺は視線を天から戻す。


魔高炉での作業で力を出し切ったせいか、気配にも気付かないなんて鈍ったな。


相手が暗殺者だったら危ないところだ。


長い影を背負って、少女がこちらに向かい歩みを進める。


白衣の裾をなびかせて、彼女は俺の目前で立ち止まると見上げるように首を上げた。


「……四番魔高炉が煙りを棚引かせるのを見たのは初めてだ」


「特別な魔高炉なんだろ?」


「……これまで八人、工学部の研究生を殺している。医学部の病棟送りになった人数はいわずもがなだ」


そんな恐ろしいものを使わせたのか。


ジゼルが危険だと知らなかったとも思えないが、デフロットともども俺を信頼してのことと思っておこう。


実際、完成した金属環の出来映えは誰よりも俺自身が一番納得している。


他の魔高炉では、ここまでのものにはならなかったんだろうな。


リューネは仏頂面で続けた。


「……何をしている?」


「そいつは俺の台詞だぜリューネ。ええと……ウォルターは元気か? あいつのことだから、勝負は引き分けだとでも言って、ピンピンしてるんだろ」


わざと軽口っぽく訊くと、リューネはゆっくりと首を左右に振った。


「……あれは傷つきやすい。普段の奇行は虚勢だ。君のような“自分よりも優秀かもしれない人間”に出会った事がないからな。いや……優れている……か。認めはしないだろうがな」


途中から独り言のようにリューネは呟いた。


「それで、リューネは俺に何のようなんだ? わざわざこんな所に出向いて来たんだから、偶然通りかかったってわけでもないんだろ」


「……愚兄に君の情報を得てくるよう命じられた。自分は言わば……スパイというものだ」


「スパイが自分から名乗り出るのはいかがなものかと思うんだが」


リューネは前髪のカーテンの向こうから、淡々とした視線を俺に向けている……ような気がする。


「……自分には君に気付かれないよう諜報活動を行う能力が無い。であるならば、こうして直接訊くのが一番効率が良いと考えた」


「不器用すぎるな……まったく。俺の何を訊きたいんだ?」


小さくせき払いをしてから、リューネは遠慮無く質問をぶつけてきた。


「……年齢は?」


「三十にはなってないぞ」


「……性別は?」


「それは見れば判るだろ」


一部、マーガレットのような外見と性別が一致しない人間はいるが、あれは例外だ。


「……エステリオで管理人をするまでの経歴は?」


「俺が管理人って話したっけか」


「……デフロット学部長から聞いた。それで、管理人をする前は何をしていた?」


「旅を続けていた。あそこには色々あって、流れ着いたんだ」


「……最終学歴は?」


「さあな。勉強よりも実戦で魔法を覚えたから、学歴って意味じゃゼロかもな」


「……貴族なのか?」


「いいや、違う」


「……家族は?」


「とっくの昔に死別したよ」


答えられる範囲内で嘘も混ぜる。まあ、その答えられる部分に関しては正直に解答しよう。


「……どうやって教員試験をパスした?」


「エステリオの学園長の推薦が効いたんじゃないかな。もちろん、ちゃんと試験も受けたぜ」


「……ではなぜ、騎士の称号を持っている?」


案外色々と知っているみたいだな。調べるのが苦手というのもリューネのブラフかもしれない。


「偶然、姫様を助けたんだ」


「……だから君はオーラム姫の護衛も兼ねて、ユグドラシアにやってきたというのか。あのクソ愚兄の欲するものを抱えて……」


リューネの声にはどことなく苦々しい響きがあった。


悔しがるというよりも、間が悪いというか、俺という人間がなぜ来てしまったのかという後悔にも似た感覚か。


俺は小さく息を吐いた。


リューネに俺を偵察させたウォルターは、何か仕掛けてくるつもりだろう。


しかし……俺を調べることで、リューネにオーラムの存在を探り当てられてしまったのは誤算だったな。


ウォルターは王家とのパイプを作るという野望も俺たちに披露している。


そんな男が、この街にオーラムがいると知れば、どんな行動を起こすか予測が難しい。


なにせ初対面のクリスの手にキスをしたような男だ。


「なあリューネ。オーラムのことはウォルターに黙っていてくれないか?」


「……なぜオーラム姫がユグドラシアにいる? 理由までは探ることができなかった」


「悪いが、その質問には応えられない」


「……先に言っておくが、愚兄には学部を越えて、一部熱心な信者のような研究生がいる。魔法医学部にもだ。自分にこうして突き止められたように、オーラム姫がユグドラシアに逗留していることが、あのバカに知れるのは時間の問題だろう」


つまり、そうなるまではリューネも黙っているつもりだったのかもしれない。


説得するつもりが、これではやぶ蛇だな。


前髪のカーテンの向こうから視線の気配を感じるが、リューネは黙り込んでしまった。


ともあれ、明日以降、オーラムの治療などがどうなるかはわからないが、野心家のウォルターの動きには注意が必要そうだな。


もしかしたらリューネは警戒を促しに、わざとスパイと称して俺の前に姿を現したのかもしれない。


兄が無茶をすることへの警告と、可能であればそれを止めて欲しい……とは、俺の考えすぎか。


「他に無いなら帰らせてもらうぞ。実は腹が減って仕方ないんだ」


一仕事終えたこともあって、すっかり空腹だ。


手の中でずっと遊ばせていたこの金属環も、早くオーラムに届けてやらないとな。クリスにも負担をかけっぱなしだ。


そのままリューネの横を通って、鍵の返却に工学部の保管庫に向かおうとすると――


「……待て。もう一度訊く。君はいったい何者だ?」


首だけ振り返ると、俺は笑顔でリューネに返した。


「俺はエステリオの管理人だ」


そう告げて、俺は鍵を返却するため魔法工学部の保管庫へと歩き出す。


俺を追って食い下がるようなことはなく、リューネはその場に立ち尽くしていた。

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