189.η・ベネトナシュ
館に戻るまでの間、護衛たちの視線は俺に釘付けだった。ずっと手を握っているのだからそうもなるだろう。
が、詳しく説明するわけにもいかず、そのまま「気づかないフリ」で通して馬車に乗り込んだ。
客車内でこの魔法をクリスに教えると、彼女は一発でマスターする。
本人曰く「レオの真似ばっかり上手くなって、私自身のオリジナルは無いのよね」と、クリスは自虐気味だが、あっさり再現できてしまう才能を棚上げにしないでほしいものだ。
並の魔法使いでは、こうも簡単に俺と同レベルの精度は出せるものじゃない。
館に戻ると手を繋ぐ役目をクリスに引き継いでもらい、俺はそのまま同じ馬車でユグドラシアでも一番のホテルに向かった。
宿泊施設自体がユグドラシアには少なく、高額の商談などができそうなホテルともなるとさらに絞られる。
貴族が利用する宮殿のようなホテルに着くと、フロント係に事情を話した。
宿泊者については答えられない……まあ、当然か。昔ならここで感情魔法の出番だったが、俺が銀翼の騎士の記章を提示すると、フロント係は途端に協力的になってくれた。
王家の威光を振りかざすのはよろしくないが、今は状況が状況だ。
ロビーで待つこと十分ほど――
黒いドレスに身を包み、先日と代わらず長い楽器ケースのようなものを抱えたジゼルが姿を現した。
「わざわざ足を運んでいただいて、大変恐縮です。レオ・グランデ様」
恭しく一礼する彼女に、俺は取り急ぎ事情を説明した。
もちろん、壁に耳あり障子に目ありである。周囲への警戒は怠らない。先ほど、オーラム護衛のために監視任務についていたであろう部隊の気配は、ここでは感じ無かった。
虫食いのような俺の話にジゼルはゆっくり頷く。
「なるほど。承知致しました。レオ様には試作品の試用レポートなどで、ご協力いただいております。当工房といたしましては、早くレオ様専属の魔法武器をご注文いただきたいと切に願っているのです……」
ジゼルは半歩前に出て俺の顔をじーっとのぞき込む。
「お、おう……それはその……考えておくよ」
「はい。これからも七連星工房をどうかごひいきに。決して他の工房に浮気などなさらないでくださいませ。では、秘中の秘ではありますが……加工試験用ということで、特別に新合金η・ベネトナシュをご用意させていただきます」
「できれば加工のために魔高炉も使わせてもらいたいんだが……」
ジゼルは「ふう」と息を吐いた。
「当然、こちらで話を通させていただきますからご安心ください。素材の特性上、η・ベネトナシュの加工にはユグドラシア魔法工学部の強化型魔高炉の火力が必要になるかと存じ上げます」
「普通の魔高炉じゃだめなのか?」
「加工そのものは可能ですが、この素材は作り手の技術が高いほど性能を高める性質があるのです。高出力の魔高炉はその助けとなります」
俺は小さく頷いた。エステリオの生徒が使う魔高炉は使いやすいが、性能面では物足りない。
ジゼルは静かな口振りで続ける。
「η・ベネトナシュはミスリルと同等の軽量さに加え、アダマンタイトの硬度を有し、なおかつ魔法耐入力性能は希少金属であるオリハルコンにも匹敵します」
それぞれの素材の良いところ取りだな。まさに魔法武器のベースにするには夢の金属だ。
特に魔法耐入力性能は、オーラムの暴走する念心魔法を受け止めるためにも高いだけ良い。
王族の危機を救うため……ということは伏せてあるが、うまくいけば七連星工房をタイタニア王家に一層売り込むチャンスでもある。
オーラムの症状が無事、完治するまでは伏せておくことになるが……。
これは色々と高く付きそうだ。
◆
ジゼルにお供をするような格好で、魔法工学部の保管庫に到着すると、辺りはすっかり夕暮れ時になっていた。
ウォルターと試合が終わって数時間だが、あれきり案内役のリューネが姿を現す気配はない。
もしかしたら、もう会うこともないかもな。
ジゼルが保管庫の係員に案内されてからしばらく、俺は魔高炉の象徴ともいえる高い煙突を見上げていた。
整然と並ぶ塔のような煙突からは、煙が一つも上がっていない。
精霊魔法学部での事故もあり、ユグドラシア全体で魔法力の暴走事故が頻発していることもあって、使用を控えているのだろう。
そんなことを考えていると、ジゼルが包みを手に戻ってきた。
「大変お待たせいたしました」
包みと一緒に、嘆息混じりにジゼルから魔法の掛かった鍵も手渡される。
「わたくしの名前で使用の許可を得ようとしましたが、断られてしまって……しかし不思議ですね。レオ様の名前を出したところ、現在ユグドラシアの全施設のうち72%までの使用許可が下りているそうです。学部長クラスの口利きがあったようですね。わたくしが存じ上げないうちに、もうこの街でもその名を轟かせてしまうなんて……」
「学部長って……」
俺の知るユグドラシアの学部長はデフロットだけだ。
「四番の魔高炉をお使いください。加工難易度や素材の特性など、後日レポートの提出をよろしくお願いいたします。それと……お渡ししたサンプルはこれだけですので、くれぐれも失敗なさいませんように」
「プレッシャーを掛けないでくれよ」
ジゼルは口元を緩ませた。
「レオ様でしたら万事上手く行くかと存じます。ところで……助手は必要でしょうか? わたくしはその……冶金のセンスは無いもので」
思い詰めたような顔をして、ジゼルはうつむいた。
これが王家案件でなければ手伝ってもらうのも良いのだが、ジゼルにこれ以上、負担をかけるのも気が引ける。
「気持ちだけで充分だ。ありがとうジゼル」
「もったいないお言葉です。では、次の機会には是非、レオ様専用魔法武器のお見積もりのお話をできればと思います。たとえばこちらのη・ベネトナシュはいかがでしょう?」
「商魂たくましいな。お高いんだろ?」
「はい。一流の素材に一流の職人の仕事をお約束いたしますので……ですが、一つ方法があります」
ジゼルはずっと小脇に抱えていた長いケースを手にした。
「それ、ずっと後生大事に抱えていたけどなんなんだ?」
「レオ様もご存知の、当工房における現在の最高峰……」
そっとケースを開いてジゼルは俺に見せる。
中には……長剣型の魔法武器――空蝉が納められていた。
「魔法工学部で性能試験を終えたところです。こちらの構成をベースに、新合金でレオ様にぴったりの剣を生み出してみてはいかがでしょうか」
「予算の問題はどう解決するんだ?」
「レオ様……ユグドラシアの施設のうち72%を自由に利用できるのは、客員教授と同待遇となります。それだけの評価を受けていらっしゃるのでしたら、客員教授となって研究費で捻出することは充分に考えられるかと。もちろん、七連星工房も協力は惜しみません。それにユグドラシアの教授の武器を手がけたという栄誉をいただけるのでしたら、特別な価格も……あまり声を大きくしては言えませんが、わたくし個人の持つ権限のすべてをもって、レオ様を優遇する覚悟です」
ジゼルの眼差しは真剣そのものだ。
そのためにはユグドラシアの教職という肩書きが必要……か。
魔法武器が必要なのは解る。ただ……専用の魔法武器を作ってしまったら、俺は……昔の自分に戻ってしまうかもしれない。
勇者は人類の救済者であり、魔族にとっては破壊と殺戮の装置だ。
つい、言葉が漏れた。
「怖いな……それは」
「…………?」
ジゼルは俺の独り言に小さく首を傾げた。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
そのまま俺は続けた。
「せっかくだが、便宜を図ってくれた学部長は俺を実力以上に買いかぶっているんだ。俺はユグドラシアで教職が務まるような器じゃない」
そう告げるとジゼルは「買いかぶりで学部長クラスの人間が、このようなことをするとは思えませんが……」と、少しがっかりしたように呟いた。
日が落ちて夕闇が一層深まる。あまり遅くまでジゼルを引き留めるのもよくないな。
あとは俺一人で大丈夫だと、切りだそうとしたところでジゼルが小さな口を開いた。
「あの……差し出がましいことを言わせていただきますが、どうしてレオ様ほどの使い手が、専用の剣をお持ちではないのでしょうか?」
「無くしちまったんだ」
「そ、それはどのような剣だったのでしょうか? いえ、剣の形とは限りませんよね」
どことなく普段の接客的な口振りではなく、ジゼルの素が出たような言い方だ。
「何の変哲も無い普通の剣の形をしていたんだが……急にどうしたんだ? 俺の魔法武器の話なんて」
ジゼルは珍しく内股を擦るようにモジモジとして、いつもピンと張っている背を丸めた。
「当工房には……いえ、工房というよりもわたくし個人のものかもしれませんが……その……ゆ、夢があります。そのためには、レオ様のような達人のご意見なども大変参考になりまして」
「夢ってどんな?」
「笑わないと約束していただけますか?」
「ああ、人の夢を笑ったりしないさ」
一度深呼吸をすると、ジゼルは顔を上げて普段よりも高揚した口振りで告げた。
「勇者の聖剣を作ることです」
俺は黙って彼女の言葉に耳を傾け続けた。
「それがどういったものだったのか、資料らしい資料は何一つ残されていません。このユグドラシアでも、どのようなものだったか研究はされているようですが、想像の域を出ないのです。それ故に今はただ最高の品を作ることを目的としていますが……いつかは……と、考えている次第です」
七連星工房の技術の粋を結集した空蝉は、そうした考えから生まれたものなのかもしれない。
「そうか。その……がんばれよ」
ジゼルは大きく一歩、俺に歩み寄った。吐息が掛かるくらいの距離まで顔を近づけて、彼女は真剣な面持ちを崩さず俺に訊く。
「このような質問にはどう答えてよいかわからないかもしれませんが、レオ様でしたらどのような魔法武器であれば、勇者の眼鏡にかなうと思われますか?」
「あ、ああ……ええと……素材や技術も重要だが、込める想いの強さが大事なんじゃないか? 何を成すためにその剣は生まれ、誰を救うために振るわれるのか……なーんてな」
はぐらかすように言うと、ジゼルは半歩下がって深く考えこむように腕を組んだ。
「想い……ですか。そうですね。製品であり商品という考え方に囚われるあまり、人の心を置き忘れてしまったのかもしれません。大変参考になりました。ご意見ありがとうございます」
とりあえず納得してくれたようだ。
ジゼルは小さく一礼して「補助となる素材や鍛冶道具は魔高炉の作業場に用意されているとのことです。使用後は炉の火を落とし、施錠して鍵は常駐の係員に返却くださいませ。それでは本日はこれにて失礼いたします」と、夕闇に溶けるように戻っていった。
その背中に「ありがとうな」と、もう一度礼を言う。おそらくジゼルには届いていないだろう。
しかし、彼女の口から聖剣という言葉が出るとは思わなかった。
助けるために孤独であろうとした自分が、今はこうしてたくさんの人たちに手を差し伸べてもらっている。
普通のことかもしれないが、そう考えると無性に嬉しくなった。
「さてと……助けてもらった分、しっかり仕事をしないとな。いつかジゼルに還元されるかもしれないわけだし」
受け取った鍵と新合金η・ベネトナシュを手に、俺は四番魔高炉に足を踏み入れる。
なんとか今夜中には、新しいリングを完成させたいところだ。




