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188.帰れなかった理由

俺とクリスは逗留先の館に戻ったが、オーラムはまだ戻っていなかった。


さすがに検査にしても長すぎる。


俺が見舞いと称してオーラムの様子を見に行くと言うと、クリスは「それなら私も一緒に行くわ」と、お願いするまでもなく同行してくれた。


正直なところ、男の俺では入ってはいけない場所というのもあるだろう。


二人で馬車に乗り魔法医学部のある街の南を目指す。


客車内で揺られていると、クリスが少し寂しげに呟いた。


「私も充分に見学できたし、レオの課題も終わったわね」


「そうだな。けど、オーラムの治療が終わるまでは、俺たちもユグドラシアで待機なんじゃないか?」


「治療に数日なら良いかもしれないけど……」


不安そうなクリスの言いたいことに気付いて、俺も頷いた。


「そうだな。治療が長引くことだってあるかもしれないし、そうなったら俺たちも、一旦エステリオに戻って、オーラムが治ったら迎えに来るってことになるかもな」


クリスは伏し目がちに窓の外に視線を落とした。


「検査が長いと不安になるわ。オーラム様の身に何もなければいいのだけれど」


そんな話をするうちに、馬車は魔法医学部に到着した。



オーラムがいるという建物は、中央棟から離れた小さな建物だった。


姿は見せないが、魔法使いの気配を感じる。どうやら護衛は影ながら動いているらしい。


普通の人間であれば、きっと護衛がいるということにも気付かないだろう。


建物の入り口でクリスが呟いた。


「オーラム様がいるのに、護衛がいないなんておかしいわ」


「視線だけで七人が俺たちを監視してるぞ」


クリスは目を見開くと周囲をきょろきょろと確認した。緑地公園の外れのような場所で、隠れられる場所もなく、辺りは拓けている。


「嘘? どこに護衛がいるのよ?」


彼女が魔法を使いそうになった気配を察して、俺は釘を刺す。


「探知魔法は使うなよ。護衛連中の隠蔽を曝いてもしょうがないだろう」


「えっと……うん。そうよね。ちょっと焦ってしまって」


すぐにクリスは魔法式の構築を止めた。


しかし、俺だから気付いたものの、かなりの手練れだ。王国には魔法騎士とは別に、こういった隠密活動のできる特殊部隊がいるらしい。


疑問なのは、彼らが妙に建物から距離を取っていることだった。


半径100メートルより外では、いかに彼らが優秀でも、不意の事態に対応しづらいのではなかろうか?


まあ、俺が気にすることでもないか。


クリスを連れて俺は建物内に入る。


玄関ロビーにオーラムの姿があった。


血色も良く、特別弱ったような雰囲気もない。ただ、その表情はどことなく気まずそうに見えた。


(――レオお兄ちゃん、クリスちゃん……わたし、大変なことになってしまいました)


口を閉じたままオーラムはそっと腕をあげた。そこには俺が作った銀色のリングがつけられたままだ。


俺とクリスは互いに顔を見合わせた。


「今、オーラムの声が聞こえたよな?」


「けど口は開いていなかったし、まるで心の中に直接語りかけられているみたいな……」


改めてオーラムに視線を向けると、彼女はちいさく頷いた。


(――心の声が止まらなくなってしまったんです。護衛の皆さんには、聞かれてはいけないこともあるので離れてもらいました。検査はすぐに終わったのですが、原因はわからないままで……むしろ症状は悪化しているみたいで、館にも戻れなくて……)


「なるほど。というか、心の声だけじゃなくて、普通に喋れるんだよな?」


たずねるとオーラムは「あっ! つい、喋るのを忘れてしまいました。うっかりです」と声を上げた。


どうやら心の声と自分の言葉が混ざってしまっているようだ。


むしろ、心の中で「普段通り喋る」ことを意識することで、余計な心の中の言葉を発しないようにしているのかもしれない。


とはいえ、俺の名前に「お兄ちゃん」をつけるのは勘弁してほしいんだが……。


しかし、こちらのやるべきことが終わってホッとしたのもつかの間、オーラムの症状が悪化したとなると、王都には帰るに帰れないぞ。


「レオさまの過去のこととか、考えてしまうと周囲の人たちにも伝わってしまうので……困りました」


俺自身と、同じく秘密を知っているクリスにしか、今のオーラムはリラックスして相談できない状態だ。


って、このことをクリスは把握していただろうか?


「あ、あのオーラム様? レオの過去というのは……」


(――ララちゃんって呼んでほしいです)


本音が漏れてるぞオーラム!


「ララちゃん! レオの過去を知ってるの?」


クリスも案外器用にオーラムに合わせるんだな。思わず感心して……る、場合じゃないか。


オーラムはゆっくり大きく頷いた。


「レオさまはその……ゆ、勇者さまですよね?」


クリスがじっと俺を見据えた。


「あの日の夜、看病をしてくれたオーラムが俺の正体に気付くのも当然だろ」


何の話かといえば、先日のフォルネウス・スレイマンとの戦いの後のことだ。


あの戦いで一時的とはいえ、過去の自分の姿を取り戻し、戦い、力を出し切った俺を王城に避難させてくれたのは、何を隠そう仮面ジャスティスことクリスである。


金髪に青い瞳をした勇者は、国民の憩いの場にして王都の中心に銅像が建っているくらいには有名なわけだし。


クリスは「そ、それはそうだけど」と、俺の言いたいことの大半を察したようだ。


オーラムは「よかった。クリスちゃんもご存知なんですね」と、ほっとした顔だ。


「どうしてクリスが知ってるってわかったんだ?」


俺が訊くとオーラムは小さくうつむいた。


「そ、それは……」


(――いつも一緒にいるから)


心の声は俺はもちろんクリスの耳にも……というか、心にも届いてしまっている。


クリスが顔を真っ赤にした。


「い、いつも一緒にはいないから! 勘違いしないでララちゃん!」


「そ、そうなのですか?」


心の声と言動が一致したらしく、オーラムは素直に驚いてみせる。


うーむ、普通に会話を続けることさえ困難だ。俺はオーラムの左腕をとった。


(――きゃっ! レオお兄ちゃん、急に大胆です)


「何がどう大胆なんだよ。ちょっとリングを見せてくれ」


銀のリングは外見こそ変わっていないのだが、俺はそれに魔法力を込める。


練り込んだ魔法式は……オーラムから溢れる魔法力によって寸断されてしまっていた。


これでは念心魔法もダダ漏れだ。


「どうやらこのリングは壊れちまったみたいだ。むしろこのまま着けていると、オーラムの魔法力と反応して誤作動を起こしかねないな」


彼女の腕から腕輪を取ると、オーラムは眉尻を下げた。


「お兄ちゃんもったいないです」


「まあ、心の声とごっちゃになってるし俺にもクリスにもどっちも聞こえるからいいんだが……」


オーラムは「お兄ちゃん」と口に出して呼んでしまったことに気付いて、両手で口元をそっと押さえた。


(――ああああ! 恥ずかしいよぉ……クリスちゃん忘れてぇ)


「わ、忘れます! ちゃんと忘れるから!」


クリスも必死である。ともかく、ずっとここにいるわけにもいかないが、リングの代わりになるものも必要だ。


俺は壊れたリングを上着のポケットにしまうと、オーラムと手を繋いだ。


「あ、あの……レオさま? これはいったい」


「直接オーラムに触れて力を抑制する魔法を掛けているんだ。これなら、いくら心の声を漏らしても大丈夫だぞ」


オーラムはじっと黙り込んだ。むむむーっとなにやら念じているが、心の声は漏れ聞こえない。


「どうですかクリスちゃん?」


「なにも聞こえないわ! けど、レオがずっとそうしていなきゃいけないの?」


ホッと胸をなで下ろしたオーラムが、クリスの指摘で身体をビクンと跳ねるようにさせた。


胸をゆっさたゆんと揺らしてから「それは一大事です! これ以上レオさまにご迷惑はかけられないのに」と、すっかり困り顔だ。


「とりあえず館に戻ろう。馬車の中でクリスに同じ魔法を教えるから」


そう言った途端、クリスがぽかーんと半分口を開けて固まった。


「ちょ、ちょっとレオ! 教えるって私がララちゃんの力を抑えるの?」


「その間にリングの改良版を作ってくる。だから、今夜オーラムが眠るまで、そばにいてあげてほしいんだ」


二人の少女は互いに顔を見合わせた。


オーラムがにっこり微笑む。


「それでは、今夜はクリスちゃんとパジャマパーティーですね!」


「え、ええと……そうね! パジャマパーティーなら任せてちょうだい! 友達と毎晩やってるから」


どことなく緊張した口振りだが、クリスは胸を張った。


学園の女子寮でそういう誘いをクリスにするのは、きっとプリシラの役目なんだろうな。


まさか自分が主導する立場になるとはクリスも思わなかっただろう。


オーラムはちょこんとお辞儀をした。


「よろしくお願いします。クリスちゃん! 妹たちとこっそりすることはありましたが、お友達とは初めてです」


タイムリミットは今夜一晩。


その間に新しいリングを作成しなければならない。


ちょうど相談できる相手がユグドラシアに来ていたのは、ただの偶然か運命なのか……。


魔法工学科で出くわした魔法武器と素材の専門家は、仕事の関係でしばらくこの街に滞在するらしい。


何かとできすぎているような気もするが、今はその幸運に甘えることにしよう。

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