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184.レオの講義

百席以上が緩やかなアーチを描いて階段状に並んでいる。


その一番下が教壇になっていた。前の方から三十人ほどが、教卓を囲むように埋めている。理論魔法学部の研究生たちだ。


ほぼ男性で占められており、当たり前だが年齢はエステリオの生徒よりも高めというか、俺と同世代も多いようだ。


研究生とはなっているが、もとは王国各地から集められた研究分野の精鋭たちである。


年齢にばらつきがあるのも当然か。


どことなく表情に覇気がなく、一様に眠そうな顔をしていた。


どうやら俺はあまり歓迎されていないらしい。


そして、彼らの集団から離れた最後尾にウォルター・ショーメイカーの姿があった。


裾の長い白衣をマントのように羽織り、足を投げ出すように前の机に載せて組んでいる。


主任か何かは知らないが、行儀の悪いやつだ。


敵意未満の停滞感が満ちた教室にクリスの姿は無い。彼女は今頃、この理論魔法学部の本校舎内をリューネに案内されている頃だろう。


俺の隣には、恰幅の良い男が立っていた。

今回、唯一の味方と言っていいかもしれない。

男は剥き卵のようなつやっとした顔立ちで、目は大きく、らんらんと俺を見つめている。


年の頃は四十手前といったところか。


男は俺ではなく、席の最後尾に陣取ったウォルターに声をかけた。


「コラコラ、ウォルター君。いけませんぞ、そのような態度は!」


「ハンッ! 悪いがオレ様の足は小さな空間に収まらないほど長いんでな」


聞く耳を持たないウォルターに、恰幅の良い男は苦笑いを俺に向けた。


「ヤレヤレ困ったもんですハイ。まあ、気にしないでやってくださいレオ・グランデ君。ウォルター君には悪気はないんですぞ。ただ、ちょっと空気が読めないだけなんです。アレで優秀でないなら、とっくの昔に放り出してるところでしてね」


困り顔で言う彼の名はデフロット・ラ・サールといった。


ユグドラシア理論魔法学部長にして、ウォルターの上司だという。太ってはいるものの、鈍重な雰囲気はなく、早口でキビキビと利発的な印象だ。


デフロットは溜息混じりから一転、笑顔になった。


「ところでリングウッド先生はお元気ですかな?」


「学園長と知り合いなんですか?」


自分らしくない丁寧な口ぶりで返すと、デフロットはうんうんと二度頷いた。


「ワタシの恩師なんですよ。今もエステリオの方角には足を向けて眠れませんぞ」


意外というほど意外でもないのだが、教え子がユグドラシアの学部長とは恐れ入る。


俺が知らないだけで、現役時代のリングウッドは敏腕教師だったのかもしれない。


デフロットには「俺が留守の時は管理人の仕事をこなせるくらい、元気にやってますよ」と返した。


「それはそれは! お達者でなにより!」


嬉しそうに目を細めてから、デフロットはちらりと教室の時計を見上げた。


「では、時間もそろそろですので、講義をお願いしますぞ」


「あ、ああ。承った」


少し緊張してきたな。デフロットに送り出されて教壇に上がる。


デフロットは研究生たちから離れた脇の席に座った。


一番後ろの高みからは、ウォルターがニンマリと口元を緩ませながら俺の第一声を待っている。


顔を前に向け、研究生たちを見ると……相変わらず、誰もが俺には興味をもっていないようだった。


ウォルターが足を組み直す。


「どうした? 怖じ気づいたかレオ研究生? ちなみに、本日の特別講義にはオレ様のゼミ生を連れてきてやった。レベルの低い講義にはガンガン突っ込んでいくんで、せいぜい楽しませてくれよ? 良いツッコミをした研究生には課題免除だ!」


途端にウォルターに連れて来られた研究生たちの表情が変わった。


興味なしというそれから、俺を標的として再認識したような顔つきだ。


どうやら戦闘開始ってところだな。



結局、俺が最も得意とするのは「戦闘における理論魔法の有効活用」というものだ。


対魔族向けの斥力場について、魔法式を黒板に書き示すと、すぐさま何人かの研究生が挙手をした。


一番手前のメガネの青年をあてる。


青年は俺の書いた式を不機嫌そうに見つめて告げた。


「この魔法式はあまりに美しくないです。無駄が多く破綻していないことが奇跡のようだ」


以前、クリスに指摘されたようなことを言われてしまった。


そういった反応は想定内だ。


「確かに俺の魔法式は汚い。魔法力の無駄遣いもいいところだ。だが……」


本題に入ろうとすると、メガネの青年が声を震えさせた。


「無駄は無駄だから無駄なのです。無駄の有用性を説くために、貴方はわざわざそこに立っているのですか!?」


「いや、ちょっと待ってくれ。俺の言い方が悪かった。一見無駄に見える部分にもきちんと理由があってだな……」


魔法使いも色々だが、ユグドラシアでの魔法は純粋に研究のためだけのものだ。


「不純物は不純物! 美しくなければ魔法ではありません!」


取り付く島も無い。


よっぽど頑固なのか、メガネの青年は立ち上がると俺の顔を指差した。


なるほど、相手を指すのは師匠のウォルター譲りらしい。


問題なのは、こういった反応をしたのが彼だけでなく、集まった三十人全員が同じ目をしていたことだった。


我流の魔法式という時点で、聞く耳を持ってもらえない……か。


高みからウォルターが口元を緩ませた。


「どうしたレオ研究生? いや、レオ先生! まだ始まってから五分も経っていないぞ?」


「発言する時は手を上げてくれ」


「おっと済まない。足なら上げているんだがな……ハッハッハッハ!」


愉快そうにウォルターは足を伸ばしてみせる。


ああ、まいったな。魔族が乱入でもしてくれれば、この魔法式の有用性も示せるんだが……。


無駄に見せかけた部分は囮や罠で、魔族や高位の魔法使いから式を保護する役割があった。


戦いの中で身についたもので、これが俺の中での普通になってしまっている。


クリスや他の人間が組み上げた魔法式に無駄がないと理解はできるのだが、再現してそれを教える意味は無い。研究生たちはとっくに理解、習得済みに違い無いからな。


我ながらつくづく座学が向いていない。弱点を理解させるために、リングウッド学園長は俺をユグドラシアに送り込んだ。


まあ、オーラムの道中を護衛するついでだろうけど。


さてと、心の中で愚痴るのもこれくらいにして、どうしたものか。


研究生の一人が挙手をした。赤毛の女性だ。


「あの、先生がどういった経歴かは存じ上げませんが、実力的に私たちのレベルに教える以前なのではありませんか?」


痛いことを言うなよ。しかし、まあ考えてみれば、こいつら全員がエステリオ薬学科の魔女ことマーガレットと同レベルの知識を理論魔法学でもっているとしたら、俺が教えるのはお門違いなのかもしれない。


一応、反論はしておくか。


「経歴になるかはわからないが、教員免許なら取得している」


そう告げると、研究生の何人かが挙手をした。彼らにとっては持っていてもおかしくない資格の一つらしい。


ウォルターは腹を抱えて笑った。


「はーっはっはっはっは! 免許がなければそもそもユグドラシアの教壇に誰が上げるものか! そんなものは持っていて当たり前なのだよ? それを自慢げに……実に滑稽だ。久しぶりに心の底から笑わせてもらったぞ。続けてくれたまえレオ先生!」


張り倒してやろうか。


と、思いつつも俺は研究生たちに視線を向け直した。


「わかった。それじゃあ対魔族における有効な防御系の理論魔法について解説しよう」


黒板の魔法式を俺は書き直した。斥力場は一般的な物理防御魔法だが、それでは防ぐことができないランクAの破壊魔法と、有効な対処法とも言える防壁の魔法について俺は説明をした。


が、誰一人、俺の講義に着いてきていなかった。


研究生たちは首を傾げたり、あくびをしたり窓の外を見たりと、まるで響いていない。


俺は「美しくなければ魔法じゃない」と言い切った、眼鏡の研究生に訊いた。


「ええとだな……この魔法式について質問はないか?」


「興味が持てません。そもそも対魔族というのが野蛮です。それに魔族が使うという破壊魔法? でしたか。そんなものが実在するのでしょうか。いえ、理論上は可能ですが、その魔法を使うために必要となる魔法力は消滅魔法の三倍に相当します。無駄です」


ここで引き下がっては講義が続けられない。説得を試みよう。


「まあそう言うなって。破壊魔法は燃費が悪いから、魔族の中でも高位の連中しか使えないんだ。だが、そういうのを相手にする時に、この防壁が……」


「相手にするような状況になり得ません。つまり対処法の防壁魔法も魔法力と記憶領域の無駄です」


ああ……そうだよな。彼ら彼女らは研究生であって、魔法騎士でも軍属でもない。しょうがない。プランBでいくか。


一応、こうなった時のために無難な講義内容も考えてはおいたのだ。


無駄の無い魔法式が好みというのだから、彼に合わせた内容に切り替えよう。まあ、それなら何も俺が教える必要はないんだが……。


自分らしい講義。自分にしかできない授業。そういったものを押しつけるよりも、受講者が望むものを。


ゆっくりと息を吐き「わかった。じゃあ……」と言いかけたところで――


凛とした少女の声が響いた。


「無駄じゃないわ! 防壁魔法のコンセプトは斥力場の反らしたり跳ね返すものと違って、自壊することで成されるの。つまり、相手の魔法効果を完了させることで無力化するという方法になるの! これは従来の防御魔法の概念には無い発想よ。強固な鎧で身を固めるのではなく、柔らかい布で吸収する。それを発展させれば、斥力場による封じ込めでは対処できない事象に対して、反応終了まで中和する方法で事象に対応することも可能なの!」


教室に入るなり、俺のいる教壇まで降りてきて隣に立つと、栗色の髪を揺らして少女――クリスは一気にまくしたてた。


眼鏡の研究生が「なるほど……現在研究が滞っている魔法力の粒子化に応用できるかもしれない」と、小さく呟く。


クリスは俺を見つめて頷いた。


「そう言いたいのよねレオは?」


「いやまあ、ここでの研究に役に立つかどうかはわからないが……ところでクリス、見学してたんじゃないのか?」


「それはもう充分よ。リューネに案内してもらったの」


顔をあげると教室の後ろ側の入り口付近に、白衣に袖を通したリューネの姿がある。


ウォルターには一瞥もくれず、じっと教壇に立つ俺とクリスを見据えていた。

このあと0時更新に続きます

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