183.野望と希望
途端にウォルターは俺を警戒し始めた。
「魔法反応炉の事を嗅ぎ回る連中の仲間なのか? おお! 何たることだ。オレ様の優秀さを妬むのは仕方ない。なぜならオレ様は天才だからな。良いかレオ研究生。いかに模倣しようとも、天才の足跡をなぞるだけでは追いつくことはできないのだ。なぜなら現在進行形で、オレ様は超速度の進化を続けている! 何人たりとも追いつけない領域にあるのだ! だから悪い事は言わない……研究を盗むのは諦めたまえ」
憐れむような眼差しでウォルターは俺を見つめた……そばから、リューネの二発目の膝蹴りをみぞおちに喰らってうずくまる。
リューネが冷たい視線でウォルターに告げた。
「……私は反対だ。聖遺物の正体が確認できないまま、魔法反応炉の研究を進めるのは危険と考える」
床で背を丸めたままウォルターは声を絞り出す。
「お、おおう妹よ。愛する妹よ! 恐れてばかりでは魔法技術は停滞するばかりだ!」
白衣の青年は再び立ち上がった。
まだ俺の事を警戒しているのか、じっとこちらを見つめている。
俺は笑顔で返した。
「盗もうなんて思ってないから安心してくれ。それに気脈の無い場所に魔法都市を造るのも、凄いことだ」
半分は本心からの言葉ではない。リューネの言葉を耳にして、根源的に感じた聖遺物への恐怖がなんなのか、理解した。
俺がかつて見てきた場所――たとえばクリスを特訓するために訪れた、高い建物の建ち並ぶ灰色の廃墟群を思い出す。
ああいった場所には気脈は存在していない。にも関わらず、古代人は高度に発展した魔法都市をいくつも築き上げた。
そして……滅んだ。それほどまでに栄えていたはずなのに……。今も滅びの理由は解明されていなかった。
ウォルターが片方の眉尻を上げて告げる。
「ふふ……ははははッ! その目を見てわかったぞレオ研究生。オレ様のライフワークを疑っているな!?」
勘が良いというか、俺の表情が馬鹿正直だったのを読まれただけか。
取りつくろうと余計にこじれそうだ。ここは素直に認めよう。
「ああ。リューネも言う通り、どういう性質を持つかは判っても、結局のところ聖遺物ってものがなんなのかまではわかっていないんだろ?」
「ノンノン! そうやって研究中止に追い込もうとする上層部や学部長と、レオ研究生も同じ穴の狢なのか? ああ、天才は孤独だ。誰にも理解されない……」
周囲の反対を押し切って研究しているのか。部外者の俺が言うことでもないのだが、この青年に危うさを覚えた。
悲劇の主人公のように、ウォルターは天を仰いで嘆いた。
「だが、そんな世界をオレ様は変えてやるんだ。聖遺物の研究成果が出れば、誰もがオレ様を認めてくれる。世界を救った勇者など過去のものとなり、王都にはオレ様の巨大な像が建立されるだろう! 我がショーメイカー家は四賢人に肩を並べ、五賢人として語り継がれて行くのだ」
野望を語るウォルターは止まらない。
「そして行く行くは国王にも認められ、美姫に見初められ、オレ様はその功績をもって王家に迎え入れられるに違い無……」
ガスッ! と、リューネによる三度目の膝蹴りがウォルターの急所に打ち込まれた。
今度はみぞおちではなく……飛び膝蹴りが眉間にヒットする。
リューネは華麗に着地を決めて、俺とクリスに向き直った。
「……クソ野郎……もとい、愚兄が失礼した」
ウォルターは床に仰向けになると、額を抑えて「妹よ。パンツは白が良いと兄は思うのだが……今日はピンクか」と、とんでもないことを呟く。
二人の様子にクリスはどん引きだ。
「ねえレオ……いくらなんでも額に膝はまずいわよね。それに兄妹とはいえ、ぱ、パンツの話なんて」
かああっ! と、クリスの顔が赤くなる。普段は冷静な判断ができる彼女らしくもない。
「いや、指摘するのがそこかよ。まあ、飛び膝蹴りにも驚いたが……」
ウォルターの野望の終着点とは、勇者に成り代わり人々に賞賛を受けて、王家に取り入るというものだった。
もし聖遺物から魔法反応炉を生み出すことができたなら、世界を大きく変えるかもしれない。
ユグドラシアに着く前に、馬車の中でオーラムがふと見せた表情が脳裏に甦った。
人も街も生まれながらに不平等だ……と。
オーラム自身、溢れるほどの魔法力を持ちながら、それを使うことができない不自由な身の上だ。
魔法技術の発展が、彼女を救うことになるかもしれない。
魔法反応炉には未来の希望と過去の破滅、そのどちらが入っているのだろう。
こればかりは、その箱を開いてみるまでわからないか。
勇者にはオーラムは救えない。可能性があるとすれば、こういった研究の積み重ねなのだろう。
三度、ウォルターは立ち上がると俺の顔をビシッと指刺した。
「レオ研究生! 明日の講義……楽しみにしているぞ。せいぜい恥を掻かないようにしておきたまえ」
「なんだ、俺が何をしに来たのか知ってたのか」
「食えない男だなレオ研究生! だが、それはお互い様だろう」
握手を求めたり、突然俺をスパイ扱いしたりのが、全て演技だったとは思えない。
が、この男を相手に油断は禁物かもしれないな。
◆
それから軽い食事休憩を挟んで、リューネに案内されながら理論魔法学部の他の研究棟や施設の見学を続けた。
資料室も充実しており、実験装置も最新のものばかりだ。理論魔法学部では、精霊魔法学部ほど実際の実験を行わないのだが、それでも施設の充実度はエステリオの比では無い。
クリスはいちいち目を輝かせていた。彼女が興味を示すとリューネが簡潔に補足説明をして、俺の出番はほぼ無しだ。
こうして本日の見学は終了し、夕日が落ちる前にリューネとは別れて、俺とクリスは馬車で館に戻ることになった。
西日の射し込む客車に揺られていると、隣でクリスが俺の顔をじっと見つめて訊く。
「明日の講義、本当に大丈夫なの? レオの実力は知ってるけど……あくまで実戦向けというか……座学の講義には向いていない気がして……」
まるで自分の事のように心配そうに眉を八の字にさせて、少女はうつむき気味になった。
何もかも我流で座学に向かないという自覚はある。
「まあ、なるようになるだろ。自分にできることを普段通りやるだけだ」
なるようにしかならない。と、言い換えることもできた。
クリスは「上手く伝わるかどうか、ちょっと心配」と返す。
「なら、俺の代わりに講義をやってくれないか?」
「そ、それじゃあレオの練習にならないでしょ!?」
「それもそうだな」
少しムッとするクリスに微笑み返すと、馬車はゆっくりと速度を落として停車した。
どうやら館についたらしい。
客車から降りると無口なメイドが俺とクリスに一礼した。
「お帰りなさいませ。夕食の準備が間もなく整うところです」
「ああ、ありがとう。ところでオーラムはもう、戻ってきたのか?」
見学に時間がかかって、オーラムの方が早かったんじゃないかと思っていたのだが、メイドはそっと首を左右に振った。
「オーラム様の検査は長引いており、今夜はあちらで一晩過ごされることとなりました。護衛については問題ありませんので……」
暗に見舞いというか、オーラムの元に行くことを拒否されてしまった。
クリスがまたしても心配そうな表情を浮かべて、メイドではなく俺に訊く。
「きっと大丈夫よね……レオ?」
「ユグドラシアの施設はたっぷり見学させてもらったが、あれだけの機材が揃っていても時間が掛かるなら、待つしかないだろう」
俺の言葉にひとまずクリスは頷いたが、正直なところ検査が長引くというのは、あまり良い兆候とは思えなかった。
オーラムの症状の原因が無事究明されて、完治されることを祈るばかりだが……俺にできることは無いだろうか。
◆
夕食を摂ってシャワーで汗を流し、自室に戻ると俺は明日の講義の内容をノートにまとめた。
といっても、メモ書き程度のものだ。
途中でクリスがわざわざ俺の部屋まで、紅茶と焼き菓子を運んで相談に乗りに来てくれた。
「ねえレオ、明日の講義内容は決まった?」
テーブルに紅茶のセットを置くと、彼女は俺のノートの中身を確認する。
添削されるようで、これじゃあどっちが先生かわかったもんじゃないな。
「そこに書いてあることを話しつつ、あとはアドリブだな」
さっと目を通すとクリスは溜息を吐いた。
「全部、対魔族やモンスターの内容じゃない?」
「悪かったな。頭の中身の作りが俺の場合は戦闘用なんだよ」
小さなテーブルを挟んで対面に座ると、クリスは「悪いなんて言ってないわ。レオらしいと思う」とフォローした。
まいったな。教え子に気づかわれるなんて。
「いや、いいんだクリス。心配してくれた通り、ユグドラシアじゃあ俺の講義はお呼びじゃないだろう」
発展のための研究と、敵を倒すための力。後者が俺の専門分野だ。
クリスも苦笑いだ。
「え、えっとねレオ。明日の予定なんだけど……」
そういえば、俺は午前中に講義があるのでクリスとは別行動になるのか。
「心配しなくても、こっちはなんとかするから。クリスは気兼ねなく色々と見て回ってきてくれ」
「え、ええとぉ……そうね。レオもがんばってね! ううん、私がこんなことを言わなくても、レオならなんでもできると思うから! 紅茶、冷めないうちに飲んでね」
言い残すと彼女は慌てた足取りで俺の部屋から出ていった。
紅茶に手をつけないわけにはいかなくなったな。
ポットから注ぐと、ティーカップから柔らかい湯気が香気を纏って上がる。
さてと、一息ついたらもう少しだけ、座学よりの内容も考えてみるとするか。
こっちにくる手前、学園長から聞かされた「失敗も経験じゃ」という言葉が甦った。
◆
結局、これという確信も持てないまま準備を済ませて消灯すると、ベッドに横になる。
すぐに睡魔が耳元で囁いて、まどろみに意識が溶ける手前で……どこからか歌が聞こえた。
まるで心の中に直接響くような、透き通った声だ。
旋律はどこまでもなめらかで優しく、まるで子守歌のようだった。
程なくして俺の意識は闇の底にそっと沈んだ。




