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181.工学部での再会

あわや施設焼失の危機だったが、演習場の被害はステージが焦げた程度で済んだようだ。


研究主任は俺に平謝りだった。


まあ、魔法実験に失敗がつきものなことくらいは、学園でしょっちゅう施設が壊れるのを修理するなり、業者に修理依頼を出すなりしていて俺もよく知っている。


まあ、具象化精霊が出てくる辺りは、さすが学都といったところか。


ただ、主任曰く「言い訳にしか聞こえないでしょうが、このところユグドラシア全体で実験事故が相次ぎ、先日対応が終わったばかりだった」そうなのである。


にもかかわらず、再び事故は発生した。


「ねえレオ? どう思う?」


次のエリアに向かう馬車の客車に揺られながら、俺の隣でクリスが訊く。


彼女も精霊魔法の暴走が気に掛かっているらしい。


「対応後の発生ってのが気になるよな?」


対面の座席で腕組みしながら、口を真一文字に結んでいたリューネが首を左右に振った。


「……対応に不備は無い」


そう言い切って胸を張る。目は口ほどの物を言うのだが、それが望めないリューネの場合、表情は口元に現れるらしい。どうにも不機嫌そうだ。


なんとなしに探りを入れてみよう。


「ずいぶんハッキリと断言するんだな。リューネの専攻は精霊魔法学なのか?」


「……否定だ。自分は特別な研究学部に籍を置いている」


「特別って、何か普通の学部とは違うのか?」


「……世界を変える研究だ」


その言葉にクリスは「理論魔法の新理論研究かも」と、独り言のように呟いた。


新しい魔法式や新理論の発見は、世界のありようや世界の捉え方の根幹を変えることになる。


「……そうではないが……クリス君と言ったな」


リューネの口振りは相変わらず、ドライで冷たいものだ。ただ、名前を呼ばれたことにクリスも、それを隣で聞いていた俺も一緒に驚いた。


「は、はい! なんでしょうか?」


「……先ほどの事故で君が見せた防壁の魔法式は悪くなかった。良い意味で教科書通りだ」


「あ、ありがとうございます」


クリスはちょこんと頭を下げた。元々、その性格を反映したように彼女の魔法式は真円のような美しさがある。


ふと、リューネの顔が俺に向いた。


「……で、君はいったいなんだ? 理論上、サラマンダーに対してウンディーネをぶつけて消すことは可能だが、双方が完全に消えたということは、魔法質量的にイコールだったということになる。あの混乱した状況下で、サラマンダーとちょうど釣り合うウンディーネを……しかもサラマンダーは気脈や魔法装置によって発生させたものが暴走したものだ……」


俺に顔を向けたまま、リューネは早口で呟き続けた。ちょっと……怖いぞこいつ。


「……あり得ない。あのサラマンダーと同等のウンディーネを具象化させるにはランクAの精霊魔法使いが複数人必要だ。それをたった独りで……」


これに応えたのはクリスだった。


「え、えっと……レオはこう見えても優秀な魔法使いなの!」


こう見えてもは余計だぞクリス。


リューネは首を傾げた。


「……学園の管理人は平民の仕事のはずだが?」


「最近、ちょっとルールが変わったのよ! それにレオは教員免許も持っているわ。エステリオで教える実力があるの」


「……そうは見えないが」


再び俺の方を向いてリューネは口を結んだ。ムムムっとした顔でもしているのだろう。


クリスは俺のことを考えて弁明してくれたみたいだが、ここは自分でなんとか言ってリューネを無理矢理にでも納得させるしかないか。


「いやまあその、人間ってのは追い込まれたら力が出るものだし、あの演習場にも気脈は通っていた。それに安全装置のウォータベールの影響もあって、俺自身の実力以上に水の精霊魔法が大成功したんだ」


リューネはまだ俺から視線を外さない。まあ、彼女の瞳は前髪というカーテンの向こう側だが。


「……では、サラマンダーと同一レベルのウンディーネを発生させたのはどういうことだ?」


「そんなもん、偶然に決まってるだろ?」


「……偶然……だと。君はふざけているのか。具象化精霊の完全対消滅を観測したのは、あ、あれが初めてだ。自分の初めての観測があのような騒乱と混沌の中で行われるなんて……もっと整った環境で、気持ちを落ち着けて向き合い、取り組むべき課題だったというのに……許されざることだ」


小さな肩をプルプルと震えさせてリューネは怒りを押し殺すように呟く。


「わ、悪かったな。なんだかよくわからないが、楽しみを一つを奪っちまったみたいで。ただ、ああいうことが起こる可能性はゼロじゃないわけだし」


「……限り無くゼロに近い。万に一つも起こらない現象だ」


「人生に一度くらい、そういうこともあるさ。野良犬に噛まれたと思って諦めてくれ」


クリスも「レオは変な所で運がいいから。きっとさっきので人生の幸運を使い切ったと思います」と、リューネを励ました。


その言い方は、さすがに俺でもちょっと傷つくぞ。


しかしこの反応からして、リューネという少女は根っからの研究者気質のようだ。


クリスはプリシラやフランベルの影響もあって、ある意味、年齢相応の女の子らしさを持っている。


対して精霊魔法の対消滅を観測することに、ここまで思い入れがあるリューネは……エステリオを飛び級で卒業したのも仕方がないかもしれない。


学園の設備はどれも良いものだが、魔高炉にせよ研究棟の装置にせよ、どれも一流が使う本職のそれには及ばないのだ。


その分、どの施設も魔法力的な負荷が軽く、扱い易くはあるわけだが。


ある意味、エステリオは生徒が「自分にどんな適性があるのか?」を自由に試す場所なのかもしれない。


道が定まった人間が、一足先に飛び立つというのも無理は無いのか。


自然とクリスを見つめていた。彼女の未来が定まったなら、エステリオにつなぎ止めるのは……応援して送り出してあげる方が、良いんだよな?


「え、ええと、何かしらレオ?」


困り顔のクリスに「あ、いや別に」と返すと、目的地が近いのか馬車の速度がゆっくりと落ち始めた。



次の見学先は魔法工学部エリアだ。


中央に工房があり、併設された魔高炉の高い煙突がずらりと建ち並ぶ風景はある意味、圧巻だ。


緑が豊かな医学部とは対照的とも言えた。施設の建物もそれをつなぐ道も、何もかもが幾何学的かつ機能的な配置で、無駄を省いて作られている印象だ。


ただ何か物足りない。


青空に向けて伸びるいくつもの煙突から、熱気を含んだ煙は一つとしてあがっていなかった。


リューネに連れられて工房の建物内に入る。


「……自分はこの分野には明るくないが、現在は主に新たな魔法金属合金の開発をしている。王都の工房から依頼を受けて、試作品が完成したばかりだそうだ」


金属加工の工房はがらんとしていた。ずらりと並んだ百台ほどはあるだろう作業台には人の姿はなく、加工用の大型魔法工作機も動力が落とされていた。


クリスが少し、残念そうに呟く。


「今日はお休みなんですかリューネさん?」


長い前髪を揺らしてリューネは頷く。


「……先ほどの精霊魔法学部での事故から、各施設で気脈制御の魔法式の再検査が入ったようだ」


「……リューネで良い。それに無理に丁寧な言葉使いをする必要もないが……無理強いはしない」


どうやらクリスの事は少し、気に入ってくれたみたいだ。


「よかったクリス。じゃあ俺もリューネって呼ばせてもらうぞ」


「……最初からそうだろう」


「言われてみればその通りだな」


「…………資料室にこれまで工学部が合成した魔法金属のサンプルが納められている。こっちだ」


リューネは案内を続けた。スルーかよ。


工房も魔高炉も稼働していないため、本日の見学のメインはその資料室になりそうだな。


素材好きとしては楽しみだ……と、クリスよりも俺がわくわくしてどうするんだよ、まったく。



ガラスケースに納められたサンプルが、ずらりと並んだ白壁の広間に先客の姿があった。


白い部屋だから余計に目立つ、黒ずくめの女性だ。傍らに縦長の楽器でも入れるようなケースを手にしていた。


長い黒髪は光沢があり、さらさらと流れるようだ。


俺たちの入室に気付いてこちらに向き直ると、彼女は会釈する。


「このようなところでお会いできるとは思いませんでした。レオ様」


王都は金色通りの七連星工房――そのショールームで接客応対をしている彼女とは面識がありありだ。


「ジゼルじゃないか?」


クリスが俺をじっと見つめて呟いた。


「レオって、男の人より女の人……というか、美人さんとばかり知り合いよね」


「そんなことはないぞ。たまたまだ」


ジゼルの方からゆったりとした足取りで、こちらに歩み寄ると改めて彼女は一礼した。


「本日は七連星工房の代表として、依頼した新しい魔法合金のサンプルを確認しに参りました」


顔を上げるとジゼルは穏やかな、大人の女性らしい余裕のある笑みを浮かべた。


「その様子だと、成果ありって感じだな? それでどんな合金なんだ?」


「はい。簡単に説明すると、アダマンタイトの強靱さとミスリルの軽さと扱いやすさを併せ持った合金となります。開発コードはη・ベネトナシュ。魔法武器のご入り用がありましたら、是非、七連星工房にお申し付けくださいませ」


新合金で作るオーダーメイドの魔法武器か。いったいいくら費用がかかるのか、想像もしたくない。


リューネが小さく息を吐く。


「……新合金の開発……口で言うのは容易たやすいが、実現するのがどれだけ難しいか……」


ジゼルはリューネにも会釈をすると「存じ上げております。わたくしも半年ほどの短い間ではありましたが、こちらで研修をさせていただきました」と返した。


意外に多いな……ユグドラシアの関係者。まあ研修ということは研究生ではなかったわけだし、いや、それでも半年はこの場所にいて、きっちりこなせていたのだからジゼルも才女には違い無いか。


特に商才の方がやばそうだが。


ふと気付いたようにジゼルは俺に視線を向けた。


「ところでレオ様は、ユグドラシアまでどのようなご用件で? もしや、η・ベネトナシュの完成を天性の嗅覚で察知して、サイン済みの注文書をお持ちになられたのでしょうか」


買わせる気をさらけ出し過ぎだろジゼル。俺の安月給を知っていてこれだから、ある意味恐ろしいやつだ。


「そんなわけないだろ。今日はその……」


一瞬、護衛と口からこぼれそうになって、慌てて呑み込んだ。


オーラムの事は他言無用だ。


「その……どうなされましたか?」


ジゼルは黒髪を揺らしながら、かすかに首を傾げる。


「この先、ユグドラシアに進学するかもしれないクリスの付き添いだ……というか、二人は初めてだったか。ジゼルはほら、前に俺が眼鏡をかけてきた事があっただろ? あの眼鏡を作った工房のショールームの接客担当だ。それでジゼル……彼女はクリス。学園の生徒で俺はその……まあ、コーチ的なことをしてたんだが……」


紹介の途中でクリスはスタスタと前に出ると、ジゼルの左手を両手で包むように握った。


「あ、あの、ありがとうございます! レオに眼鏡を……ありがとうございます!」


なんの感謝なんだそれは。俺に眼鏡でどうしてそんなに熱心に感謝してるんだ初対面の相手に。


言われたジゼルもきっと困って……いる様子は無かった。


「どういたしまして。ああ、なるほど。貴方がレンズ粉砕の……」


それだとまるでクリスが壊したような言い方だ。あれは結局、俺の魔法力にレンズが耐えられなかったというだけのことだろうに。


以前、七連星工房の試作した特殊レンズ入りの眼鏡をして生活したことがあった。


その眼鏡は、向けられた敵意を察知して視覚的に警告をしてくれるという発明だったのだが、なぜか誤作動ばかりしてレンズがお釈迦になってしまったのである。

原因は俺の魔法力との相性の問題だ。


ジゼルはクリスに小さく頭を下げた。


「いえ、失礼いたしましたクリス様。その節は実験にご協力いただきまして、まことにありがとうございます。もし、ユグドラシアで研究生をされるのであれば、教鞭の製作は是非、当工房にお任せください。必ずやご満足いただけるものをお作りさせていただきます」


営業担当者の鏡というべきか、どんな状況からも仕事につなげようとしてくる貪欲さだなジゼルのやつ。


ふとみると、リューネが「……金の亡者め」とぶつくさ呟いていた。


それが言い過ぎに聞こえないところがジゼルらしいといえば、らしい。


まあ、ユグドラシアに依頼するために研修に入る努力も怠らず、資金もつぎ込んでいるのだろう。


一流揃いの金色通りに店舗を構えるとはいえ、七連星工房が王立のユグドラシアとパイプが持てるのも第三王女フローディアの宝剣を仕上げた実力を、王家に認められてのことだ。


そういえば、先ほどからジゼルが後生大事に持っているケースはなんだろうか。


「なあジゼル? さっきから気になっていたんだが、そのケースの中に合金のサンプルが入っているのか?」


ジゼルは穏やかな表情のまま返す。


「いいえレオ様。こちらには……レオ様も良く知るものが……あっ、そろそろ迎えの馬車が来る時間となってしまいました。しばらくはこちらに滞在の予定となっておりますので、またどこかでお会いする機会があるかもしれませんね。それでは、本日はこれにて失礼いたします」


軽く一礼すると、ジゼルは背筋を伸ばして美しい歩幅を維持しながら、足音一つ立てずしなやかに軽やかに資料室から退出した。


すかさずクリスが俺に詰め寄る。


「れ、レオが良く知るものってなんなの!?」


「いや、俺に訊かれてもわかるかよ!」


厳重に密閉された細長いケースの中身については、さっぱり見当もつかない。


ずっと俺たちのやりとりを傍観……というか、観察していたリューネが吐息混じりに告げた。


「……残り見学時間は五分だ。そのあとすぐに移動となる」


事務的に告げる彼女の言葉に促されてお、俺とクリスは駆け足気味に魔法工学の歴史ともいえる、各種合金を見学した……が、そのあまりの種類の多さに、たった五分で全部を見きることは当然のごとくできなかった。

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