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180.管理人は不敵に笑う

リューネの案内で俺とクリスは魔法医学部の薬学科を見学した。


といっても、無愛想な彼女はこちらが質問しない限り特に喋るようなことはない。


エステリオの薬学科棟には良く顔を出すので、俺は機材についていくつか質問をした。


リューネは淡々とした口振りで「学園のものよりも精度が一桁違う」とだけ返す。


「そいつはすごいな!」


「…………」


素直な俺の感想に、リューネは無言だった。


一方でクリスはといえば、魔法薬学が苦手ということはないものの、得意分野というわけでもない。


白衣の研究者たちが無菌室で作業をするのをガラス越しに見て「研究者の仕事って根気が必要そうね」と、当たり障りの無い感想を漏らしていた。


三十分もしないうちに病院の中央棟に戻ると、今度は馬車で別のエリアに移動する。


俺とクリスが客車に並んで座り、対面の席にリューネがついた。


車輪と馬の駆ける音だけが響く。


沈黙の居心地の悪さに俺はつい、口を開いた。


「えーと、たしかリューネは学園に在学中にユグドラシアにスカウトされたんだよな?」


「……その通りだ」


会話が続かない。無口という点では第二王女のアルジェナに近いものがあるのだが、彼女と違ってリューネとの間に沈黙が続くと、緊張を覚えるのだ。


クリスが焦り気味に言った。


「そ、それじゃあ優秀だったんですね?」


先輩相手ということもあり、クリスも丁寧な物言いだ。


「……まるで自分も優秀と言いたげだな」


「そ、そんなこと思ってないわ!」


普段は冷静なクリスが、どうやらリューネが相手となるとそのクールさを失ってしまうらしい。


馬が合わないのだろうか。


リューネは溜息混じりに続けた。


「……なら、なぜユグドラシアに来た?」


前髪で隠れているため、いまいちリューネの表情は掴みきれないのだが、声色は冷たく石のような硬い口振りを崩さない。


クリスはうつむき気味で返す。


「そ、それは……自分の可能性を知るためよ……じゃない、ためです」


わざわざ言い直すこともないと思うのだが、そんなクリスを気にも留めずリューネは首を左右に振った。


「……魔法は才能だ。才能無き者の未来は閉ざされている」


確かに努力ではどうにもならないことの方が多いからな。


ただ、一人一人適性が違うのは当たり前なのだし、やってみなければ合う合わないというのはあるだろう。


俺は小さく息を吐く。


「なあリューネ。試す前から諦めてちゃ自分の可能性を狭めるばかりだろ?」


リューネはこちらに顔を向けると、淡々とした口振りで続けた。


「……学園ならそれでいいかもしれないが、ここはそういう場所ではない」


前髪の向こうに隠れた瞳の色さえ判らないのだが、うーむ……どうしてここまで拒絶するのだろう。


「そういえば、その前髪は邪魔じゃないか?」


「……きゅ、急に話を飛ばすな。これはこれで問題無い」


一瞬、リューネは焦ったように早口になった。


隙を突くようにクリスが訊く。


「どう見ても伸びすぎてるし、私が切ってあげましょうか?」


リューネは両手で前髪のあたりを押さえるようにした。


「……放って置いて欲しい。これはその……お願いだ」


かすかにリューネの頬が赤くなる。


もしかして、硬い空気を意図的に出していたのだろうか。


先輩としての威厳を出すため? とも思えないのだが、ともあれ一筋縄でいくタイプではなさそうだな。


そうこうしているうちに、馬車は目的地に到着したのだった。



続いての見学は精霊魔法学部の演習場だった。


密閉されたドーム状の空間で、中央には結界で封じ込められた小さなステージがある。


ステージの床には魔法式が張り巡らされ、気脈を通じてかなり高い魔法力がステージ中央の触媒となる宝石に集められていた。


実験の主任研究員の男性に話を訊くと、今はちょうど精霊の高密度化に取り組んでいるところ……とのことだ。


年の頃なら俺と同じくらいだろう。精霊の具象化の実験とは、さすがユグドラシアというべきか。


見れば男の教鞭には青い宝石があしらわれていた。どうやら、これが彼の魔法武器らしい。


黒板に書かれた理論魔法の式を教鞭で指し示しながら、主任は一つ一つクリスに説いていく。


理論魔法を最も得意とするクリスだが、精霊魔法にも長けるため、学園では行われない高度な内容にもかかわらず、クリスはきちんと理解していた。


本当に呑み込みが早いと、いつも感心する。


主任もクリスを気に入ったらしい。ちなみにリューネはといえば、実験に興味はないと言わんばかりで、ここに来てからほとんど言葉を発していなかった。


主任が告げる。


「良かったら、精霊の具象化を間近で見てみないか? ああ、ええと……そちらの先生もいっしょに」


オマケで俺も誘われたが「俺は先生じゃない。今回は付き添いだ」と返した。


準備が整ったところで、俺とクリス、それにリューネの三人は主任に連れられてステージの間際までやってくる。


俺はそっとステージに触れてみた。影響を与えないよう注意を払いつつ、結界の強度を確かめる。


充分だ。ジャンルは違うが、この結界なら獅子王相手に三十秒は持つだろう。


不安定な具象化精霊なら、ものの数秒で消えてしまう。俺たちをステージのそばまで呼んだ自信も理解できた。


主任が「では、炎の精霊を高密度化して、三秒間だけ具象化させたいと思います」


教鞭を振り上げるのが実験開始の合図だった。操作用のブースで助手たちが精霊魔法を起動させる。


彼らの魔法力が一つに集まり、気脈によってさらにふくれあがると、ステージ中央に炎が生まれた。


それは一気に燃え上がる。中心部から波のように炎が広がり、俺たちの目前に迫った。


「キャッ!」


クリスが驚いて半歩退いたが、その炎はすべて結界によって阻まれる。


ステージの上で渦を巻き、一匹の巨大な蛇のようにとぐろを巻いたかと思えばのたうち回ると、ブンッ! と、一瞬で広がる炎は空間の中心の一点に収束した。


そこに赤く輝く小さな太陽のような光が生まれる。


主任が「どうやら成功のようだ」と頷いた。


クリスが瞳を輝かせる。


「ね、ねえレオ! あれが本当に精霊魔法なの!?」


そこは主任に訊いた方が喜んで解説してくれただろうに。


まあ、今回は代わりに俺が答えさせてもらうとするか。


「ああ。この段階では高密度化だ。さらに凝縮することによって、精霊魔法が物質的な実体を持つようになる。炎の精霊が実体化するぞ」


凝縮した炎の中心から、空間が割れるようにしてもう一度炎が吹き上がった。


その中に、一匹のドラゴンのようなモンスターが姿を現す。


いや、モンスターとは別の存在か。魔法生物にも近いが……ともあれ、炎そのものともいえる精霊サラマンダーだ。


「3……2……1……実験終了」


主任が合図を送るのだが、炎は拡散するどころかサラマンダーをさらに包み込んだ。


研究員たちはすでに魔法力の流入を止めている。


「主任! 気脈が制御不能です! 魔法力増大中!」


ステージの制御ブースから女性研究員の悲鳴のような声が上がった。


主任はハッと目を丸くさせながらも、指示する。


「仕方ない。緊急停止! ウォーターベール起動!」


ステージの中に水の精霊魔法が展開した。サラマンダーを水の膜が包み込む。


ベールという見た目に反して、かなりの強度の魔法だった。


これで封じ込めは完了か……と、思った矢先。


ステージの中央で、水の膜に包み込まれたサラマンダーが咆吼を上げた。


ウォーターベールが雲散霧消する。


「ウォーターベール消失! ダメです! このままでは結界の安全強度を超える危険性があります!」


「停止信号……受け付けません! 気脈……暴走しています!」


おっと、これは穏やかではないな。


主任は「馬鹿な! 先日の暴走時にシステムは再チェックしたはずだ! 安全装置も強化したというのに……なんとしてでも止めろ!」と、声を張った。


クリスが俺をじっと見つめる。


「ね、ねえレオ……なんだか危険な雰囲気よね?」


「なーに安心しろ。きっとこれも歓迎の演出か何かだろ」


リューネは首を左右に振った。


「……そんな無駄はしない。これは明かに暴走している。おかしい……先日のチェックで気脈の乱れは収まったはずなのに」


その言葉が終わるのと同時に、ステージ中央でサラマンダーが咆吼した。


ガラスが割れ砕けるように、その咆吼による炎の乱舞で結界が破られる。


「き、緊急退避!」


主任が声を荒げた。俺はそんな主任の手から「ちょっと失礼」と教鞭を拝借する。


「な、何をするんだ! それを返しなさい! そして早く君たちは避難するんです!」


「あんた独りじゃ、ちょっと分が悪いだろ」


暴走したサラマンダーがこちらに牙を剥き、チロチロと伸びる炎の舌をなめずるようにした。


精霊には俺たち人間に敵意も悪意もない。ただ、自然のあるがままの力を発揮しようとするばかりだ。


それに人間の知恵と知識が方向性を与えて、その力を正しく導くことで精霊魔法は発展してきた。


具象化したサラマンダーには方向性がない。


ただ、周囲にあるもの全てを燃やし尽くす、炎の本能だけがあるのだ。


俺は教鞭の先端をサラマンダーに向ける。


サラマンダーは俺の魔法力に反応して炎の渦を吐き出した。熱風と熱線が俺たちを襲う。


が、ショートソードを抜き払ったクリスと、教鞭を手にしたリューネが防壁でそれを阻んだ。


「ちょ、ちょっとレオ! 手伝ってよ!」


「……防ぐので手一杯だ。なんとかしてみせろ」


二人の少女の言葉に頷くと、俺は本気で精霊魔法を放った。


このステージのそばにいても、気脈の恩恵はわずかながら得られる。それを利用して……水の精霊魔法を高密度化し……具象化まで存在を引き上げる。


「行け……ウンディーネ!」


指揮棒のように教鞭を振るって、俺は具象化したウンディーネをサラマンダーにぶつける。


相反する二つの精霊は、対消滅を起こして触れた瞬間――同時に消え去った。


何事も無かったようにステージの上が沈黙に包まれる。


主任研究員に教鞭を返すと、彼はぽかんとした顔で俺に訊いた。


「貴方は……いったい何者なんだ?」


「俺は魔法学園の管理人さ」


■リューネ・???? ユグドラシア研究員(学生)


召喚魔法言語学=E

理論魔法学=A

感情魔法学=E

精霊魔法学=A

魔法史学=E

回復魔法学=B

戦闘実技学=E

魔法芸術学=E

魔法工学=B

魔法薬学=B

次回から不定期更新になります。ごめんなさい。m(__)m

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