177.馬車でGO
馬車は王都を迂回して、北側にある竜の狩り場に差し掛かった。
大臣メディケルスの陰謀によって、召喚された黒竜との戦いの記憶も生々しい。
広い平原の脇に延びる街道を馬車は北東へとひた走る。
客車内にはなんとも言えない空気が充満していた。
俺は左右から二人の少女に挟まれるようにして座っている。
「なあ、これだとちょっと窮屈じゃないか?」
四頭立ての馬車は客車もおおきく、中も広々とした造りをしている。
とはいえ三人で並んで座ることもない。
座席は対面にもあるのだ。一人そちらに行くだけで、もっとゆったりというか……肩を寄せ合うようなこともなくなるのである。
にもかかわらず、俺を挟むような並びになったのは、出発直前にプリシラが「クリっち! レオっちのことちゃん見ててね!」と、クリスを半ば強引に、同じ側の席に押し込めたからだ。
「レオさま、窮屈ですか?」
オーラムが心配そうに言うと、すぐにクリスが腰を浮かせた。
「待って! やっぱり私が席を移るから……」
立ち上がろうとした瞬間、客車の車輪が石にでも乗り上げたのか、ガタッと車内が縦揺れした。
「キャアア!」
悲鳴をあげてクリスが俺に倒れこむ。ぎゅっと抱きつく彼女から、かすかに甘い香りがした。
「だ、大丈夫ですかクリスさん?」
すかさずオーラムが声をかけた。が、声がうわずっている。彼女も不馴れな揺れに驚いたらしい。
クリスがオーラムに向けて頷いた。
「は、はい! 大丈夫です問題ありません!」
相手が王族ということもあって、クリスの声にもどこか緊張の色が見える。
まあ、緊張しない方がおかしいか。
普段の冷静さを、クリスはエステリオに置き忘れてしまった……そんな感じだ。
それに緊張しているのは何もクリスばかりではない。
オーラムもどこか挙動不審で、目が泳いでいた。
「俺が向こうに座るから」
「な、ならわたくしもそちらに……」
「お待ちくださいオーラム様。進行方向と逆の席だと、酔ってしまうかもしれません」
クリスの進言に「で、ではもうしばらくはこのままで」とオーラムは呟いた。
しかし、あのクリスが焦ったり気を遣ったりと、口振りまで変わって見ているこっちまで緊張しそうだ。
と、まあ、出発してからずっとこの調子なのである。
馬車は軽快に舗装された街道を進む。いや、少し違うか。焦っているような速度だった。
ユグドラシアまではおよそ70㎞の道のりである。
御者に確認したところ、途中、何度か街道沿いの街に止まり、休憩を挟む間に馬と御者を交換するとのことだ。
なので道がまっすぐになると、かなりのスピードが出ていた。
少しでも早く、オーラムをユグドラシアに送り届けなければならないのだろう。
護衛は俺とクリスの二人きりだからな。
俺の方を向いて、オーラムがじっと見つめた。
「それにしても、レオさまとご一緒できるなんて思ってもみませんでした」
「あ、ああ。俺もだよ。たまたま三人、同じ日に同じ街に出かける用事があるなんて、本当に偶然ってあるんだな」
隣でクリスが肘で俺を小突く。ああ、わかってるよそうじゃないことくらい。
ジンク・タイタニア王とリングウッド・アッシャー学園長の関与というか、影で糸を引いて二人が繋がっているのは明白だ。
まあ、クリスのユグドラシア招聘は、元々そういう話が持ち上がっていたのだろうが、前倒しにされたのかもしれない。
俺の講義の練習は明らかにオマケ……というか、とってつけられたというべきか。
そんな理由をつけなければ、俺が護衛の役目を受けないとでも思ったんだろうか。
まあ、騎士の務めということにしてしまうと、オーラムが「わざわざ自分のために学園のお仕事を休まれるなんて」と、思い詰める可能性もあるので、こういう形式になったのかもしれない。
問題はオーラムがなぜ、ユグドラシアに向かうか……だ。
「なあオーラム。お前はなんでお忍びでユグドラシアに行くことになったんだ?」
王族による視察であれば、魔法騎士団始め、軍部から護衛のために千人規模の旅団が随伴……なんてこともありそうだ。
目立った動きを避けながら、鉄壁の護衛を……というのなら、俺という人選は理にかなっている。
俺の隣でクリスも聞き耳を立てていた。
オーラムは眉尻を下げると、小声で呟く。
「あの、実は……レオさまは時間が経てば症状は治まると仰ってくださいましたが、何か治療法があるかもしれないということで、最先端の魔法医学を研究しているユグドラシアなら……と。なんでもエステリオの学園長先生からの推薦があったそうなんです」
やっぱりそうか。あの狸じいさん……俺の活用法をよくわかっていやがる。
クリスとオーラムのためと言われて、俺がノーを突きつけられるわけがない。
俺は頷いてからオーラムに返した。
「そうか。まあ、腕輪で抑えられなくなるかもしれないしな。俺も魔法工学は専門じゃないし」
隣でクリスの身体がビクンっと跳ねる。
振り返るとクリスは顔を赤くさせていた。
「どうしたんだクリス?」
「な! ななななんでもないわよ!」
オーラムと合流してからのクリスは、ひときわ様子がおかしい。
第一王女は俺を挟んで、クリスに微笑みかけた。
「ええと……クリスさんにはお話しておいた方がいいですよね。実は、最近になってわたしの魔法力が増えているみたいなんです」
「増えているって……なにもしていないのにですか?」
「はい。タイタニア王家に生まれながら、わたしには魔法を使う才能が無くて……ただ、魔法力自体はきちんと受け継いでいるみたいなんです。それが溢れて……その……無自覚のうちに、自分の本心を周囲の人の心に直接送り込んでしまう、念心魔法になってしまったそうで……」
クリスはうんと頷いた。
「そこでレオを城に呼んで、対策を講じたわけですね」
オーラムは嬉しそうに頷く。
「はい。この腕輪を作っていただきました。魔法力を抑えてくれるそうです。肌身離さず身につけていたいとは思うのですが……うっかり外している時に、お腹が空いたなぁ……とか考えてしまうと……は、恥ずかしいことになってしまうので……」
おずおずと顔を赤らめながらオーラムはクリスに現状を説明し続けた。
クリスはというと、もともと真面目な性格なこともあって、神妙な面持ちのままだ。
しかしオーラム。お腹が空いたなぁ……は無いだろ。不意打ちだったせいで、軽く吹き出しかけたぞ。クリスもいる手前なんとか我慢はしたが……。
オーラムの話を聞き終えてクリスは深く頷いた。
「私がもしそうなっても、とても恥ずかしいです」
「そうですよね! 恥ずかしいですよね! うっかり憧れの殿方の事など思い描いたりすれば、それをみんなに知られてしまうかもしれないんです」
「――ッ!?」
クリスの顔が耳まで赤くなった。
想像だけで恥ずかしくなるなよ。っていうか誰だよ殿方って!?
オーラムが瞳を輝かせながら続ける。いや、頼むから乙女トークを俺を挟んでやらないでくれ。
「もしかして、クリスさんにも意中の方がいらっしゃるのですか!?」
「い、いません! いませんから!」
ぶんぶんと首を左右に振って、クリスはもう一度「そんな人いません!」とだめ押しした。
あれ……なぜかホッとしてるぞ俺。教え子の恋愛は自由だが、クリスに彼氏ができたところを想像してしかけて、いないと言われてほっとするなんて……。
俺はオーラムに向き直った。
「ええとだな……俺を挟んでじゃ話しにくいだろ? 向こう側に移るよ」
言いながら立ち上がり、逃れるように反対の席についた。
そしてクリスに告げる。
「というわけだからクリス……オーラムの話し相手を頼む」
「えっ!? ちょ、ちょっとレオ! 無理よ! だってオーラム様なのよ?」
半ばパニックに陥っているクリスだが、俺は「年齢もそう離れて無いんだし、プリシラやフランベルと同じように接してもいいだろ」と、告げる。
するとオーラムは嬉々とした表情になって、俺の空けたスペースを埋めるようにクリスの隣にぴたっと密着するようにして、座り直した。
「ぜひそうしてくださいクリスさん……え、ええと……もし良ければ……クリスちゃんと呼んでもいいですか?」
「そ、それはかまいませんが、あの……」
「では、わたしのことはララちゃんとお呼びください」
「ら、ララ……ちゃんですか?」
助けを求めるようなクリスの眼差しが俺に向けられる。が、俺は無言で頷いて返した。
オーラムはうきうきと楽しげで、クリスはすっかり困り顔である。
さらにララちゃんは注文を付け加えた。
「クリスちゃん……お城に戻るまでの間だけでいいので……が、学園のお友達のようにしてください。憧れ……なんです」
その眼差しの真剣さにクリスは息を呑んだ。
オーラムはずっとカゴの中の鳥だ。王宮の外に出る機会も数えるほどだろう。
仲の良い姉妹はいるが、それはきっと家族であって友人とはまた違うものだ。
父親が検事部のトップを務め、王宮とは直接接点をもたないまでも、大人の世界の話を耳にしてきたクリスには、オーラムの境遇について改めて説明しなくとも理解できたらしい。
クリスの方からそっとオーラムの手をとった。
「は、はい。わかりました。おーら……ら、ララちゃん」
「ありがとうございます。クリスちゃん」
もう少しクリスの口振りから硬さが取れればいいのだが……改めてこうしてみると、オーラムもクリスもどこにでもいる普通の女の子という感じだ。
真面目で面倒見の良い優等生と、少しだけ世間知らずでピュアで優しいお姫様。案外、この二人は馬が合うかもしれない。
◆
二度目の休憩で軽めの食事を挟んだ。オーラムお手製のサンドイッチだ。彼女がブレンドしたという、ハーブティーまであって至れり尽くせりである。
初めてオーラムの手料理を食べたクリスは、まるでリスのように口いっぱいにほおばっていた。終始目がまん丸くなり、食べながら「え? ええ? すごい! なにこれ……こんなの食べたことないわ」と、感嘆の声を漏らしっぱなしだ。
俺とクリスが食べては感想を言う度に、オーラムは笑顔をこぼした。
その間に、御者の引き継ぎ作業が行われた。交代要員に怪しい人間が紛れ込まないよう、魔法のかかった割り符と合い言葉で確認が成される。
それでも防げないような万が一に備えて、俺とクリスがいるわけだ。
念のため周囲に探査魔法をかけておいたのだが――結局、俺たちの出番はやってこなかった。
休憩を終えて出発する。
田園風景の広がるのどかな街道を、馬車はひた走ること四時間と少し。
その間に、クリスとオーラムは先ほど食べたサンドイッチの話題やら、絵物語の仮面ジャスティスの話などをして、少しだけ打ち解けたようだった。
まだまだクリスには硬さが残るが、オーラムの方はすっかりクリスに心を許している。終始楽しげにしている姿は、どこか無邪気で少しだけ幼く思えた。
王妃を早くに亡くしてオーラムは妹たちの母親代わりだったのかもしれない。
王宮で対等な同世代の友人が作れるわけもなく、お姉ちゃんとしてがんばってきたのだ。
クリスとの関係は王都に戻るまでかもしれないが、その間だけでもオーラムが普通の女の子でいられれば……と、ふと思った。
「あ! あれはなんですか!?」
オーラムが窓に貼り付くように視線を遠くに向ける。
遠方に高い建築物の集まった都市が見えた。
かなりの規模だ。中央にそびえ立つ塔は王城よりもでかいかもしれない。
それを中心に、周囲にいくつもの建築物が並んでいる。
のっぺりとした見た目は、かつての文明跡地などにみられる旧世界の建物に雰囲気が似ていた。
クリスも半分口をあけて、その都市の名を呟いた。
「あれが……ユグドラシアみたいね」
学術研究都市の全容に俺は頷いた。
「どうやら大地の気脈の上に建っているみたいだな」
王都はもちろん、学園も気脈をベースに建てられている。魔法都市とはそういうものだ。
オーラムが不思議そうに首を傾げた。
「あの……レオさま。気脈とはなんなのですか?」
「人間の中にも魔法力を持つ者と持たない者がいるように、土地にも自然の魔法力が集まるスポットがあるんだ。それを利用して作られた都市では、気脈から得られる潤沢な魔法力を使うことができる。王都が栄え、エステリオに様々な魔法施設があるのも、気脈利用のおかげってわけだ」
現在の魔法技術では、気脈の無い場所に高度な魔法都市を建設することはできない。
ここに着くまでに立ち寄った街や村は、気脈の恩恵を受けていない普通の集落だ。
魔法都市に人口が集中し、どこか寂れた雰囲気だった。
不意にオーラムが、先ほどとは打って変わって静かな口振りで告げる。
「街にも持つ者と持たざる者の不均衡があるのですね」
たった一言、口にした彼女の顔は、ララちゃんではなく王女オーラムに戻っていた。




