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176.送迎のために

その日の午後の作業は、工学科の魔高炉のトラブルがあって、放課後まで掛かりきりだった。


クリスたちとは会えず終いだ。


日が暮れてやっと復旧の目処がついた。自室に戻ったのは七時過ぎだ。


考える頭が回らず、シャワーを浴びるとベッドに倒れこむ。


そのまま、一夜が明けた。


数日分の着替えと身の回りの品を鞄につめて、俺は正門前で独り迎えを待つ。


めずらしく霧の濃い朝だった。日差しが無い分、空気もどこか湿っていてひんやり冷たい。


結局、クリスたちに「しばらく留守にする」の一言も言えずじまいだ。


まあ、二~三日で戻るだろうし、エミリアも学園長から俺の不在は聞いているだろうから、三人が事情を知るのもあと、数時間のうちのことだろう。


と、思っていたのだが、その時は意外にも……たった今、訪れた。


寮の方角から人影が三つ。一つは大きな旅行用のキャリーケースを引きながら近づいてくる。


霧の向こうから姿を現したのはクリスだった。付き添うようにプリシラとフランベルの姿もある。


プリシラがこちらに気付くと手を振った。


「あれ? レオっちおはよー! 今日はずいぶん早くからいるんだね?」


合わせてフランベルがうんと頷く。


「さすが師匠! 急に決まったのに、クリスの見送りのために待ってたんだね?」


俺には何のことだかさっぱりだ。


クリスはといえば……。


「ど、どうしてレオがここにいるのよ?」


「それはこっちの台詞だ。そんな大荷物で……今から旅行にでも行くつもりなのか?」


クリスがぷくっと頬を膨らます。


「りょ、旅行じゃないわよ。例の……ユグドラシアへの見学よ。急に決まって色々と準備が大変だったんだから」


軽く腕組みをしてクリスはそっぽをむいた。


プリシラがニンマリ笑う。


「あれあれ~? クリっちやっぱり寂しいんだ」


「そ、そんなことないわよ」


「だいじょーぶだいじょーぶ♪ レオっちのことは、うちらでちゃーんと面倒みておくから」


おいおいプリシラ。俺を飼い猫か何かみたいに言ってくれるな。


それに俺だって今から出発なのだ。


俺はプリシラに視線を向けた。


「こらこらプリシラ。俺の飼い主にでもなったつもりか?」


「レオっちってば、飼い主の手を噛みまくりっぽいから大変そうだし」


フランベルが「ぼくはレオ師匠の面倒をみるよりも、師匠にいっぱい面倒をみてもらって、たくさん甘やかしてほしいよ!」と、聞いているこちらが心配になることを言う。


「いいか二人とも。実は俺もこれから出張なんだ」


するとクリスが目を丸くした。


「えっ? レオも学園を離れるの?」


「まあ驚くのも無理はないよな。俺だってここで鉢合わせになってびっくりしてるんだ」


きっと、移動の馬車の運行スケジュールの関係で、集合が同じ時刻にでもなったのだろう。


同じ日に……というのは、できすぎているが……。


フランベルが情けない声を上げた。


「えええぇ!? レオ師匠まで!? 寂しいよぉ」


プリシラが不機嫌そうに告げる。


「ちょっとずるくない二人とも!? 学校さぼって!」


どことなくだが、プリシラが無理をしているような気がした。


クリスは小さく首を左右に振って返す。


「だからさぼりじゃなくて……はぁ。何度も説明したのに」


本当に心配そうなクリスの顔を見て、プリシラは慌て気味に訂正した。


「ごめんごめん。ちゃんとわかってるって。クリっちの将来に関わる事なんだもんね」


プリシラが真剣な眼差しでクリスを見つめる。フランベルは「え? なになに? どういうことなの!?」と、相変わらず微妙に空気を読めていない感じだ。


少しムッとしたような顔でプリシラはフランベルに“説明”した。


「だから、クリっちがその……えっと……もしかしたらだけど、うちらよりずっと早くエステリオを卒業するかもしれなくて……これからその街全体が学校みたいなところの見学に行くんだって……」


言い終わる頃にはプリシラは涙目だ。鼻声のまま続ける。


「寂しいよぉ……クリっちいなくなっちゃやだよー」


フランベルがプリシラの頭をそっと抱いて、優しく撫でた。


「ほらほら、プリシラが泣いたらクリスが出発できないよ? 笑顔で送り出さなきゃね」


空気が読めていないのかと思いきや、フランベルなりにすっとぼけていたらしい。


それに真剣に応えようとしてプリシラの方が泣き崩れてしまった。


二人ともクリスのことを思っている。友情……か。俺には無かったな。こういう別れって。


と、黄昏れた気分になってどうするんだ。


クリスが申し訳なさそうに、プリシラとフランベルに視線を送る。


瞳を潤ませ、本当に心苦しそうだ。


「二人とも……ありがとう。ええと……自分の目で確かめてくるから」


それ以上、言葉を重ねない。その言葉にプリシラもフランベルも、うんと頷いた。


三人の気持ちは通じ合ってているようだった。


遠くから馬車の走行音が聞こえてくる。


俺かクリスか。


そう思っていると、一台の馬車が俺たちの前で停車した。


王宮のもの……しかも四頭立ての大型客車のものだ。


「どうやら迎えが来たようだな」


ユグドラシアはマーガレット曰く王立とのことだ。四頭立ての馬車は、おそらくクリスのために用意されたものだろう。


御者が停車させると、地上に降りて客車の扉を開き、一礼する。


「レオ・グランデ様。クリス・フェアチャイルド様。お迎えにあがりました」


その言葉に、思わずクリスと同時に「えっ?」と声を漏らした。


御者が客車の扉を開くと、中には……。


「おはようごさいます。レオさま。それにクリスさんも」


そこには……村娘のような身なりながらも、気品のにじみ出る第一王女オーラムの姿があった。


彼女の左腕には、先日作って渡した銀色のリングが着けられている。


思わず俺は声に出す。


「な、なんでオーラムがここにいるんだ?」


「目的地が一緒ですから、こうしてお迎えにあがりました」


目的地って……まさか、ユグドラシアなのか!?


俺の中で何かが繋がった。


オーラムを連れ出して街に出たことがあったが……今回はどうやら、王都の外まで彼女を護衛するのが俺に架せられた使命なのかもしれない。


そう思うと、急に決まった“講義の練習”が、なんともしっくりくるのだ。


硬直するクリス、プリシラ、フランベルが、なんだか気の毒に思えてしまった。

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