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175.行き先は何処か

薬学科の魔女ことマーガレットは、その麗しい外見から女性にしか見えないのだが、れっきとした男である。


ピンクのロングヘアーがトレードマークで、ガラスの彫像のような整った顔立ちをしている。長い指はほっそりとしていて、肌は艶と透明感ときめ細やかさをすべて備えていた。


夕暮れ時ということもあって、いつものテラスではなく研究棟内のフリースペースでお茶をごちそうになる。


カモミールの落ち着いた香りが、ふわっと広がるハーブティーだ。


一口飲むとマーガレットは目を細めた。


「うふふ♪ まさかレオ君からユグドラシアの話題が出るとは思わなかったわねぇ」


「知っているのか? やっぱり研究者には有名なんだな」


指先で髪の毛をいじりながら、マーガレットは口元を緩ませた。


「知ってるもなにも、あそこの薬学部には一年ほど在籍してたの」


そうだったのか。となると、マーガレットほどの実力者ばかりなのかもしれない。


こいつの魔法薬の知識と調合センスは本物だ。


となると、疑問が浮かんだ。


「なんで一年なんだ?」


「学園にスカウトされたからよ。学園長直々にね。それにまあ……お金儲けにも興味があったし。ユグドラシアに所属すると、公務員扱いになるからお小遣い稼ぎが禁止されるわけ。まあ、安定して潤沢な研究資金は出るけどねぇ」


聞いてもいないことまでマーガレットは饒舌に語ってくれた。


「クリスが呼ばれてるみたいなんだけど、正直なところお前はどう思う?」


マーガレットは胸元で軽く手を合わせて拝むようにした。


「あら!? 良いんじゃないかしら? これで現役生から飛び級でユグドラシアに進学を決めたのは二人目ね」


「前例があるのか?」


「ええ。たしか二年か三年ほど前に、優秀な生徒にスカウトが来たって聞いてるわ。ちょうどあたしとは入れ替わりになって直接の面識はないのだけれど、今もその子はユグドラシアで研究員をしているはずよ」


少しだけホッとした。そういった先輩がいるなら、クリスも先々で力を貸してもらえるかもしれない。


「えっと、クリスちゃんはたしか、理論魔法学が得意だったわよね?」


「あ、ああ。一番はそれだな。精霊魔法も使えるが、感情魔法は苦手というほどではないにしろ、得意でもないな」


「ふむふむ……なら、なおのこと相性は良さそうね。ユグドラシアは有力な四つの学部が中心となっているのよ。そのうちの一つが理論魔法学部だわ」


嬉々として話し続けるマーガレットに頷きつつ、彼女が出してくれたお茶受けのクッキーを一枚食べる。


サクサクとした食感でバターの塩気が甘さにマッチしていた。


「そうなのか。それで、他の三つは?」


「精霊魔法学に魔法工学。それと魔法医学ね。学園だと回復魔法学と魔法薬学は別々だけど、ユグドラシアでは合わせてそう呼んでいるわ」


それで四つか。覚えておこう。


マーガレットはクッキーを指先でつまみ上げると、鼻歌交じりに続けた。


「それにしても、クリスちゃんをスカウトするなんてユグドラシアも見る目があるじゃない。理論魔法学部は変人も多いけど、彼女ならきっとやっていけるわ。学問として学ぶにはうってつけね」


本人がいないところで、またしてもお墨付きが増えたようだ。


学問か……。


俺の魔法はどれも戦闘に特化したものばかりだ。どれも必要があって改良……というか、改悪済みである。


純粋な研究によって編み出されたものとは違うのだ。


やっぱり、クリスの将来を考えれば、きちんとした進路がいいのかもしれない。


勇者の後継者……は言いすぎだが、勝手に見込んで押しつけてしまっている気がした。


ずいっとテーブルの上に身を乗り出して、マーガレットの顔が俺に迫る。


「で、レオ君はどう思うの? 今回の話」


「近いなおい。ええと、クリスがユグドラシアの見学に行くのには賛成だ。彼女がそこで学びたいというなら、全力でサポートする……それだけだ」


ふふっと笑みをこぼしてマーガレットは首を傾げた。


「本当にそれでいいわけ?」


「良いか悪いか決めるのは俺じゃない」


「そうかしら? あたしにはそうとは思えないけど……まあいいわ。ともかく学ぶならエステリオよりも施設も環境もあちらが上よ。教員というか……教授の質まではわからないけどね」


ウインクするマーガレットについ、溜息が漏れる。


環境は大事だ。つい先ほども、王宮の魔高炉で腕輪を作成したのだが、素材の良さも炉の火力も学園の施設とは大違いだったしな。


ああ、考えるほど何がクリスにとっての幸せなのかわからなくなってきたぞ。


マーガレットは「そこまで真剣に悩むなんて、なんだかレオ君……担任の先生みたいね」と、穏やかに微笑むのだった。



明くる日の午後――


何か起こる時はいつも急な話ばかりだ。


午前の庶務を終えた俺は、昼休みに学園長室に呼び出された。


学園長はどっしりと椅子に腰掛け、長い髭を整えるように指で伸ばしながら言う。


「さっそくじゃが、明日から出張に出てもらうぞ」


「はっ!? いやいや、いきなりすぎないか?」


老人は窓から射し込む陽光に目を細めた。


「幸運にも受け入れ先が見つかったのじゃ。善は急げというからのぅ。いずれまたの機会に正式な教育実習はすると思うが、今回はその練習じゃな」


ふぉっふぉっふぉ……と、いかにも好々爺的に笑うと、学園長は「では、明日の早朝。正門前に六時にはおるように。身の回りのものは最低限でよいが、着替えはあるとええじゃろうな」と、一方的に続けた。


「おいおい、こっちの都合はおかまいなしなのか?」


「何か問題でもあるのかのう? お主が留守の間は、もろもろわしが仕事を引き受けるから安心せい」


それも安心できないんだが……。


俺は恐る恐る訊いた。


「なあ、着替えってことは、その講義の練習って何日もやったりするのか?」


リングウッドは首を傾げた。


「さあのぅ。そこらへんは先方次第じゃが、お主が逃げ出すか先方に追い出されるかしない限り、特に期限は決めておらん。思う存分やってくるがええて」


ずいぶんと曖昧で、適当な教育現場だ。


「どこの学校なんだ?」


「それは向こうについてのお楽しみじゃ」


まあ、学校の名前を出してもエステリオ以外はあまり良く知らないから、聞いたところで「ああそうですか」としか返せない。


軽く睨むようにリングウッドを見据えると、俺の内心など意に介さず老人は続けた。


「講義の内容なんて考えてないぞ。いきなり明日、教壇に立てと言われても困るんだが」


片方の眉を吊り上げるようにして「そりゃ大変じゃの」と他人事のように学園長は言う。


いやまあ、他人事には違い無いが、もっとこう前振りというか予告をしてくれてもいいだろうに。


まったく無かったとはいわないが、昨日の今日で決めるなよ。無駄に仕事が早いな。


つい、溜息を漏らすと学園長は続けた。


「教える学科は自由じゃが、ここは理論魔法学がよかろうて。なんでもお主の思うままにやってみるがええ。失敗も糧となるじゃろ」


つまり、一度死んでこいというわけだ。


失敗から学ぶことが多いのは、身をもって知っている。反省が活きないことも多いが。


しかし……今回ばかりはタイミングが悪い。


自然とクリスの顔が思い浮かんだ。


「俺にはその……今、ここを離れたくない理由があるんだ」


「なんじゃやぶからぼうに?」


驚いたように学園長を目を丸く見開いた。


「クリスの進路のことだよ。昨日、俺も相談されたんだ。一応の答えは出したが、まだちゃんと向き合えていない気がして。それなのに、学園を離れるのは……なんだか気が引けるというか……」


自分でもうまく整理ができておらず、しどろもどろだ。


正直、俺もどうしていいのかわからない。決めるのはクリスだってことも解っているつもりだ。


ただ、ここでこのままにしてはいけない気がした。


老人の眼光が鋭くなる。


「それはエミリア先生やクリス君自身の問題じゃろうて。一応、お主にも意見は聞いたが参考までにじゃ。教員でもないのに何を責任感じておる! 免許があるだけではお主は先生でもなんでもないのじゃぞ! わかったらとっとと講義内容を作るのじゃな! 生徒のためを思うなら、はよう立派な先生になることが一番の近道じゃぞ」


学園長は俺は部屋から追い立てるように、珍しく声を荒げた。


封印された書庫の秘蔵本を俺が消してしまった時にも怒らなかったのに、意外だ。


「わ、わかった。明日、発てるように準備しておく!」


剣幕に押し切られるような格好で、俺は出張を承諾した。


クリスと離れるのが少々心配ではあるが、彼女の担任はエミリアなんだし……俺がしていることは単なる杞憂に過ぎないのかもしれない。

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