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174.進学希望?

クリスはじっと言葉を待っている。


覚悟を決めて、俺は切りだした。


「まいったな。俺がそのユグドラシアってのの事を知らないから。ただ、クリスならどこに行ってもやっていけるはずだ。才能に頼りきりにならず前向きに努力できる人間だってことは、俺が保証するぜ」


クリスはうつむくと「は、恥ずかしいから……」と、ぼそりと呟く。


謙遜は美徳かもしれないが、俺は事実を口にしたに過ぎない。


エミリアが小さく頷いた。


「では、レオさんもクリスさんのユグドラシア進学には賛成なんですね?」


「俺“も”ってことは、エミリア先生もなのか?」


エミリアはどこか悲しげな目で続けた。


「それに学園長先生もです。あ! も、もちろんクリスさんの意志を何よりも尊重しますし、具体的な事となれば、早くとも夏期休業期間が明けてからになると思います! それにユグドラシアからは『まずは見学に来てほしい』と打診を受けていますし……」


見学すればきっとそこで学びたくなる……と、そんな自信さえうかがわせるな。


エステリオがそもそも魔法使いのエリートを集めた教育機関だというのに、その上をいくというわけか。


「よっぽど自信があるみたいだな。しかし、そんなに有名なのに俺が知らないっていうのは……まあ、俺のせいか」


ショートボブの髪がフルフルと首を左右に揺れた。


「レオさんがご存知ないのも仕方ありません。もともとは研究機関で、学生を募るようになったのは五年ほど前からですし」


「じゃあ学校としてはエステリオの方が先輩なんだな」


エミリアは頷きつつも困り顔だ。


「ですが規模というか研究機関としてはユグドラシアの方が上です。学園はあくまで生徒が学ぶための環境ですから。クリスさんの才能をより伸ばすには、学園の施設では限界があるかも……い、いえ! 追い出そうとかそういうことではないんです! ユグドラシアは才能のある選ばれた人間にしか門戸を開かない特別な場所ですから!」


涙目の担任にクリスの方が「ちゃんとわかってますから、そんなに心配しないでください」と吐息混じりだ。


俺は改めてクリスに向き直った。


「クリスはどうするつもりなんだ?」


彼女は視線を背けて呟く。


「ど、どうするって……レオはどう思うの?」


「俺は……どんな道でも選んで後悔しないよう、前を向いて歩いていくのがいいと思うな」


自分で言っていて耳が痛い。俺にはそれができただろうか。いつも脇道にそれてばかりだ。


クリスには、そうはなってほしくない。が、聡明な彼女なら、心配しなくても俺のような轍は踏まないか。


少女は少しだけ、ムッとした顔をした。


「じゃあ、私が行くと言えば……止めないのね」


「行きたくないなら行かなきゃいいだろ」


「べ、別に引き留めてほしいとか思ってないわよ! ただ……レオからはまだ教わってないこともたくさんあるだろうし」


不安げな表情を浮かべるクリスに、俺は頷いた。


「まあ、個人的な指導に関しては俺もユグドラシアとやらに負ける気はしないが……いろいろな人間とふれ合って、自分には無い物の見方や切り口に出会えるかもしれないぞ」


正直、迷うところだ。俺の考え方をクリスに押しつけてしまいやしないか……もっと広い視野を彼女が得るチャンスかもしれない。


クリスは顎を白魚のような指で挟むようにして思案する。


「そういう考え方はあるかもしれないけど……」


俺はエミリアに確認した。


「先方はまずは見学って言ってるんだよな?」


「は、はい! きっと見学するだけでも、クリスさんの刺激になると思います。それに……すぐにユグドラシアに行くのも良いとは思いますが、学園でみっちり学んでからでも遅くはないと思うんです」


さらに「むむぅ~~」と神妙な顔つきになるクリスに、俺は笑いかけた。


「とりあえず見学はしてみてもいいんじゃないか?」


思考するポーズを解いてクリスは「ふぅ」と息を吐く。


「そうね。私も急なことで気が動転したけど、エミリア先生とレオがそういうなら……自分の目で確かめてからでも遅くないものね」


決めたことでスッキリしたのか、クリスの表情に柔らかさが戻る。


「だからその……どうなるかわからないけど、応援してよね」


エメラルド色の瞳が俺を射貫くように見つめた。


それに力強く頷いて返す。


「クリスの選択を俺もエミリア先生も全面的に支持するぜ」


勝手にエミリアを含んでしまったが、彼女も異議なしと言わんばかりに笑顔だった。



クリスを正門まで見送ると、そこでプリシラとフランベルが待ち受けていた。


「クリっちだいじょぶだった?」


プリシラが心配そうな顔をする。


フランベルも小さく眉間にしわをよせて俺を見据えた。


「レオ師匠! クリスが悪い事するわけないじゃないか!」


「そーだそーだ! 指導室でお説教なんておかしいし!」


どうやら二人は誤解しているらしいな。


俺が説明するよりも先に、クリスがいきさつを二人に告げる。


聞き終えてプリシラが声を上げた。


「えええッ!? もう卒業しちゃうの?」


「クリスがいなくなったら、ぼ、ぼくらの成績が大ピンチかも……」


こらこらフランベル。別れを惜しむ理由がそれはあんまりだろ。


クリスも眉を八の字にさせて苦笑いだ。


「だから、見学してくるだけでどうするかは決めてないのよ」


プリシラがぷくっとほっぺたを膨らませて、俺の顔を指差した。


「こらレオっち! クリっちを止めなきゃだめじゃん! 女の子は引っ張ってほしいんだよ?」


「おいおい、クリスの足を引っ張るようなことはしないぞ俺は」


「そういう引っ張るじゃなくてぇ~~! レオっちのばか。それに……レオっち今朝の騒ぎのこともまだ訊いてないんだけど?」


バトンを引き継ぐようにフランベルが俺に迫ってきた。


「レオ師匠! 朝の登校時間に師匠が白馬に乗ったフローディア様に連れられて、馬車に乗って王都の方に走り去って行ったのを見てる生徒がいっぱいいるんだよ? 何かあったの!?」


クリスは意図的に沈黙を守っている。その視線は「またいつもの“訳あり”でしょ。しょうがないわね」と、いった雰囲気だ。


「ええとだな……騎士としての仕事の依頼があったんだ。まあ、大した用件じゃなかったし、もう解決したんだが……」


フランベルはうつむいた。


「レオ師匠……ぼくじゃまだまだ力不足かもしれないけど、何かあればいつでも声をかけてよね! 頼ってほしいなんておこがましいかもだけど……師匠の力になりたいんだ!」


合わせてプリシラも「そーだよレオっち! あたしだっているんだから!」と勇ましく胸を張った。


俺の力になりたい……か。


「ああ。わかった。困った事があれば二人にも相談する。それぞれの得意分野で頼らせてもらうぜ」


フランベルは顔を上げて笑顔を見せる。


「任せて師匠! パンの買い出しから飲み物の買い出しまで、なんでもこなしてみせるよ!」


プリシラが「それってただのパシリじゃん!」と、すかさずツッコミをいれた。


いつもの明るい雰囲気が戻ってきたところで、改めてクリスが二人に告げる。


「心配かけてごめんね二人とも。あと……待っててくれてありがとう」


少しだけおずおずとした口振りのクリスに「当然じゃん友達なんだし」「そうだよクリス! 困った時はお互い様! というわけで、勉強のお礼に剣術の稽古ならいつでも大歓迎だよ!」と笑って見せた。


「それじゃあねレオ」


「また明日ね~レオっち!」


「ではでは師匠、失礼します!」


「ああ。三人とも気をつけて帰るんだぞ」


並んだ背中が遠のいていく。改めて見送りを終えると、俺はその足で薬学科の研究棟に向かった。


時刻は午後四時五分前。この時間ならマーガレットも残っているだろう。


もともと研究職だったあいつなら、ユグドラシアについて何か知っているかもしれない。

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