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172.収束の円環

非常に言いづらいところだが、ここは心を鬼にして伝えよう。


今の彼女のありのままの状態を。


「なあオーラム……ちょっといいか」


「はい、なんですかレオさん?」


「実は……ええと……その……だな……なんというか……」


(――きゃー! レオお兄ちゃんに見つめられてドキドキします!)


妹二人は限界らしい。悶絶している。これ以上、破壊力のある心の声が聞こえてしまったら、二人が危険だ。


俺はアルジェナとフローディアに告げた。


「俺が説明するから二人は席を外してくれ」


(――えっ!? レオお兄ちゃんと……二人きり!?)


アルジェナがパタンと本を閉じる。


「……はい」


フローディアも大きく頷いた。


「わ、わかったのじゃ!」


二人はよろよろとした足取りで蔵書庫を出ると扉を閉めた。


これならオーラムの心の声も漏れないだろう。


「あ、あのレオさま? なにも二人を外に出さなくても……」


円卓の席から立ち上がったオーラムのそばに立ち、俺は小さく深呼吸をする。


(――はわわわ……レオお兄ちゃんが近いです。やだ、顔が赤くなるのを見られたら……恥ずかしい)


かすかにオーラムの頬が紅潮した。


「なあオーラム、落ち着いて聞いてくれ。大事な話なんだ」


「は、はい。落ち着きますね」


彼女の豊かな胸が小さく上下する。


深呼吸とともに心の声が俺の頭の中に響いた。


(――ど、どどどどどうしましょう!? 大事な話って……も、もしかして……)


「最近、アルジェナやフローディアだけじゃなく、周囲の人たちの様子がおかしい……なんてことはないか?」


「え!? どうしてご存知なのですか?」


目を丸くさせたオーラムに、俺は続けた。


「それはいつぐらいからだ?」


「ええと……かれこれ三日くらいです。そういえば、普段の日程にはない健康診断を急に受けることになったり……あの、いったい私に何が起こっているんですか?」


「実はだな……お前の心の声が伝わっているみたいなんだ」


「心の声……ですか?」


オーラムはいまいちピンと来ていないらしい。


「古い魔法体系に念心魔法というのがあるんだが、どうやらオーラムは無意識のうちにそれを使っているみたいなんだ」


「そ、そうなのですか?」


(――ということは……もしかして心の中で『レオお兄ちゃん』って呼んでるのも……)


俺がゆっくり頷くと、あっという間にオーラムの顔が耳まで真っ赤になった。


声を震えさせて彼女は続ける。


「あ、あの……こっここここ、これはその……レオさまのことを兄のように慕っているというか……はううううう!?」


身もだえるオーラムを、俺は黙って見守ることしかできない。幸い、妹二人の機転もあって、この症状を知る人間は限られているようだが……。


王家の人間として高い魔法力を持ちながら、魔法の才能を持たないオーラムがどうしてこんな力を使えるようになってしまったのか、謎は深まるばかりだ。


伝心魔法は使い方を間違えれば、自分と相手の両方を傷つける。


ごく希ではあるのだが、殺意や敵意を対象に注ぎ込んで、心を破壊するなんて使い方をする者もいるからな。過去に何度か、そういう魔族と戦った経験が……こんなところで生きるとは思わなかった。


今の魔法学では教えていない魔法だけに、それをオーラムが知る機会があるとは思えない。


この蔵書庫になら、存在について記述された書物はあるかもしれないが、使い方までは書かれていないだろう。


もしかしたら禁書の連中――異界グリモアのマルコシアスがそそのかしたのか?


いや、それも考えにくい。オーラムが魔導書の類いを読むとは思えなかった。


ましてや禁書だ。アルジェナがオーラムを近づけさせないだろう。


料理のレシピ集とは訳が違う。


であれば、オーラム自身が偶然にも生み出してしまったのかもしれない。


強い想いが魔法として発露することは、往々にしてあり得た。


本来、伝心魔法は対象を指定して、その相手にだけ心の声を伝えるものだが、オーラムのそれは全方位に向けられた無差別なものである。


送信専用なので、オーラム自身も気付いていない。誰かに自分の心の声を聞かれているなんて……恐ろしいことだ。


例えば――


彼女の水蜜桃のゆっさりとした大きさについて、こうして考えてみたとして……心の声が伝わってしまったら……とんでもないことになるだろう。


オーラムは困惑気味に俺に訊く。


「あ、あの……レオさま? どうかなさったのですか?」


「いや、ちょっと考えをまとめていただけだ。ともかくオーラム。今のお前は考えていることが周囲の人間に伝わってしまう状態にある。三日前に何か、きっかけになるようなことは無かったか?」


「ええと……特には……あっ!」


何かに気付いたようにオーラムは声を上げた。


「思い当たることがあるのか?」


彼女は困り顔で小さく首を左右に振った。


「いいえ。普段通りでしたが……それよりも、レオさまのことを……」


(――レオお兄ちゃんが勇者さまだって考えたら、いけないんです。レオお兄ちゃんは秘密にしていたいのに……ど、どうしたらいいの!? いけないと思えば思うほど意識してしまいます!)


ああ、やっぱりオーラムには見られていたんだな。俺の過去の姿……。


「落ち着けオーラム。とりあえず……そうだな。嫌かもしれないが、お前の身体に触れてもいいか?」


「え……ええええ!?」


(――いきなり大胆です。けど、レオお兄ちゃんになら……あっ! この気持ちも伝わってるんですよね! あうう……ふしだらな女の子だって思われてしまいます)


思わないから大丈夫だから! 俺はそっと彼女の手をとった。


「直接触れてオーラムの魔法力が今、どうなっているのかを確認させてくれ」


「は、はい……よろしくお願いします」


探査魔法をオーラムに巡らせ解析する。もともと彼女の魔法力そのものは、アルジェナやフローディア以上の天性のものがあった。


質、量ともに莫大だ。


それを魔法として使うための出力部分を、オーラムは持っていない。


数秒でだんだんと彼女の力が見えてきた。これまで使われることなく、蓄積され高純度化した魔法力の才能が、原石のようにオーラムの中で眠っている。


その原石のような魔法力が、彼女の肉体に収まりきらず、魔法としてきちんと構築されることさえもなく、原始的な力のまま外に流れ出していた。


彼女の肉体が魔法力で破裂してしまわないよう、圧を逃がすために無理矢理、身体が外に魔法力を流出させているかのようだ。


その放出量は、少しずつだが上昇傾向にあった。


原因は――わからない。が、このままではまずいことだけは確かだ。


俺はそっとオーラムの手を離した。


「あの……何かわかりましたか?」


(――わ、わたしの秘密をレオお兄ちゃんに全部知られてしまったのかも……ドキドキです)


言葉も心の声もどこか不安げだ。


「ああ。とりあえずどういう状況かは理解できた。王宮の魔法医でも診断できなかったのにもうなずけるよ。これは病気や呪いの類いじゃない。オーラムの中の魔法力が大きくなってるんだ。成長してサイズがきつくなったので、その分を放出しているというか……」


オーラム自身は健康体そのものなのだ。魔法医もさっぱりわからなかったに違い無い。


成長していることが“異常”の原因なのだから。


オーラムはそっと自分の胸に視線を落とした。


「そういえば、少しきつくなったかもしれません」


「いやそっちじゃなくて! 魔法力の話だ。別に病気や呪いの類いではなく、オーラム自身の成長が原因といえば原因なんだが……」


「それでは、私はずっとこのままなんですか?」


眉尻を下げて泣き出しそうなオーラムに、俺は首を左右に振った。


まあ、いずれは魔法力の増大も止まる……だろう。


このまま延々と彼女の力が上がり続けるというのは考えにくい。


時に任せて成長が落ち着くのを待つのが一番だが、それでは普段の生活に支障が出てしまう。


対処療法が必要だ。


「なあオーラム。城にも魔高炉はあるよな?」


「は、はい。騎士団の魔法武器を修復したり、鍛えるのに使うためにあると聞いています」


使われているなら素材も揃っているはずだ。


王女の一大事なわけだし、ここは使わせてもらうとしよう。


「よかった。今から症状を緩和するリングを作るよ」


「レオさまがですか!?」


(――リングって……ゆ、指輪!? ううっ……指が太い女の子って思われたら恥ずかしい……けど、レオお兄ちゃんが指輪をくださるなんて……もしかして、私……明日死ぬのですか?)


しっかりしてくれ心の声。


俺はもう一度、オーラムの手をとった。彼女の手首の径を指で大まかに計る。


ああ、女の子って細いんだな。これでも自分が太っていないか心配になるものなのか。


「あの……レオさま?」


「だいたいサイズはこんなもんか。王族が着けるにはデザインが野暮ったくなるかもしれないが、我慢してくれ」


「ええと……リングというのは……」


「腕輪だ。その……あまり小さいと魔法式を書き込むのが難しくなるんだ。腕輪ならサイズが大きい分、魔法式を書き込み易いし動作も安定する」


「は、はい! 腕輪型でお願いします」


(――指輪と勘違いするなんて恥ずかし……あっ!? この気持ちもレオお兄ちゃんに伝わってるんですよね。恥ずかしいです……恥ずかしすぎて死んでしまいます)


オーラムは困り顔で耳の先どころか首のあたりまで赤くなると、うつむいてしまった。


早くこの状況を打破しなければ。急いで製作にかかるとしよう。



久しぶりに魔高炉を使用した。さすが王宮の施設だけあって、そもそもの火力が学園のそれとは比較にならない。


備蓄されている素材の純度も高く、作業はすこぶるやりやすかった。


想いを込めて溶かした金属を打ち、伸ばし、曲げて、魔法式を織り込む。


一時間ほどで、シンプルな銀の腕輪の完成だ。


主だった素材は軽量なミスリルを選んだ。彫金などはせず、シンプルな銀の輪っかという見た目である。


込めた魔法は“魔法力低下”という、一種の呪いだった。これを装着した者の魔法力そのものを減らす効果が見込まれる。


通常は魔法力を増強させるアクセサリーを作るものだが、今のオーラムに必要なのはこれだろう。


汗だくになりながら作業を終えると、魔高炉に顔を出したフローディアが楽しげに「オーラム姉様に手作りの装飾品とは、レオ先生も大胆じゃの!」と茶化してきた。


ちゃんと説明したのに……まったく困った教え子だ。


リングを手にして蔵書庫に戻ると、俺はオーラムに手渡した。


彼女は目を輝かせながら受け取ると、もじもじとうつむき気味に呟く。


「あ、あの……着けてみても良いですか?」


「ああ。サイズがきつければすぐに直すぜ」


手をすぼめて、オーラムはリングを左腕に装着した。


サイズも緩すぎずきつすぎずといったところだ。さっそく効果を発揮したのか、彼女の心の声も沈黙する。


「あ、あの、今……私が何を考えているかわかりますか?」


「いや、全然。これでしばらくは大丈夫そうだな。成長が収まれば自然と症状も出なくなるだろうから、そうなったら外してOKだ」


「そ、そんなもったいないです」


オーラムは蚊の鳴くような声で呟いた。それから左腕を天にかざす。


「なにしてるんだ?」


「こうすると、照明に腕輪のキラキラが反射して綺麗で……あ、あの……変ですか?」


「いや、変ってことは無いけど」


それからオーラムは跳ねるようにその場でくるんと回ってみせた。スカートがふわりと花びらのように広がる。


俺の方に向き直ると、彼女は「あ、あの……どうでしょう?」と、おずおずとした口振りで訊いた。


「どうって……あ、ああ。似合ってるぞ」


途端に彼女の顔が、再び熟れた果実のように赤らむ。そのままちょこんとお辞儀をして、オーラムは続けた。


「ありがとうございます。二人がレオさまを連れてきてくれて、本当に助かりました」


オーラムの視線の先――俺の背中側にある蔵書庫の扉が小さく開いていた。


そこに第二王女と第三王女が貼り付くようにして、こちらの様子をうかがっている。


「覗き見とはお行儀が悪くないか二人とも?」


「……失礼」


「むふふふ♪ わらわはレオ先生とオーラム姉様がいちゃいちゃするのを見られて眼福じゃ」


悪びれる様子もない妹たちに、オーラムは恥ずかしそうに笑うのだった。


これで一件落着か。


ただ、どうしてオーラムの魔法力が上がり始めたのか、そのきっかけが判明しなかったのが、心に引っかかった。


成長する“何か”が無くても、こういうことは起こりえるのだろうか?

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