169.輩を統べる者
本日は教員たちの会合で、授業は午前中までらしい。
庶務もあらかた片付いて、すっかり手持ちぶさたになってしまった。
普段はやらない昇降口の整頓をしていると、人なつこい子犬のようにプリシラがやってくる。
「やっほーレオっち! 今日はもう授業がおしまいなんだってぇ!」
プリシラはふわふわの髪の毛を揺らしながら、楽しそうに笑ってみせた。
「ずいぶんとご機嫌だな」
「うん! これから王都でお買い物するの! 平日限定でセールしてる穴場のお店とか回ったりしてさ……あっ! もしかしてレオっち一緒に行きたい?」
下からのぞき込むようにプリシラが見つめる。
「いや、その……そうだなぁ……」
プリシラとは交流戦のあとに、改めて買い物に付き合うという約束はしているのだが……今日は俺も俺で、学園の外で片付けたい用事が一つだけあった。
実は七連星工房から借りた業物“空蝉”を返却できずじまいなのだ。
試用レポートの作成に手間取ってしまい、やっと昨日まとめあげた所である。
返却のタイミングとしては今日がぴったりな気がするものの、プリシラのお願いとあっては買い物の荷物持ちを断れないし……まいったな。
プリシラはその場でくるんとターンした。スカートがふわりと花弁のように広がる。
「ふっふーん♪ 別にレオっちが忙しいなら無理にとは言わないし♪ あたしとの約束は休日に二十四時間、みっちり付き合ってもらうかんね! それじゃねレオっち!」
「お、おう。気をつけてな」
プリシラは足取りも軽く正門の方へと消えていった。
続けてフランベルが俺の元にやってくる。
「師匠! お疲れ様です!」
ぴしっと折り目正しく一礼すると、彼女はじっと俺の顔を見つめた。
「あ、ああ。お疲れ様……というか、どうしたんだフランベル? 神妙な顔して」
「ええと、本来ならこういう日にこそ師匠に手ほどきをしてもらいたかったんだけど……」
「なら今日あたり、個人的に特訓しようか?」
どこか邪魔の入らない場所に移動して、召喚魔法で連戦特訓なんてのも良いかもしれない。
そうなると空蝉の返却がまた先送りだな。
俺の申し出にフランベルの瞳がうるっと潤んだ。
「こ、個人……特訓……も、もったいなさすぎる! いきなりそんなこと言われても、心の準備ができてないよ師匠! 今日はお先に失礼しますッ!! まずは心を鍛えるために、滝に打たれに行くよ!」
顔を真っ赤にしてフランベルも正門方面に駆けていく。
まあ、準備は必要だよな。整うまで大がかりな特訓はとっておくとしよう。
最後に遅れてクリスがやってきた。
開口一番、彼女は首を傾げながら俺に訊く。
「今、フランベルがレオから走って逃げていったけど……なにかしたの?」
「何もしてないって。疑惑の視線を向けるなよ。それで……クリスも今日の午後から、何か予定が入っているのか?」
プリシラ、フランベルと予定がつまっていれば、彼女だってなにかあるのかもしれない。
クリスはコクリと頷いた。
「ええ。よくわかったわね。だから残念だけどレオには付き合ってあげられないわ。ちょっと顔を出さなきゃいけない集会があるの。それじゃあね」
クリスが呼ばれる集会か。お茶会か勉強会ってところだろうな。
「あ、ああ。じゃあまた明日」
普段からクールなクリスだが、今日は一段と素っ気ない雰囲気だった。
彼女の背中が正門の方に遠くなるのを見送って、小さく息を吐く。
「ハァ……まあ、今日は七連星工房に顔を出すかな」
空蝉とレポートを取りに、俺は管理人室へと戻ることにした。王都の七連星工房でもろもろやるべきことを終えたら、王都にある店で何か食べることにしよう。
一瞬、王城と宮廷料理研究家の顔が思い浮かんだが、さすがに飯を食いにいくだけというのはまずいだろうと、すぐに思い直した。
◆
金色通りの七連星工房――そのショールームで、俺はジゼルに口頭で“空蝉”の使用感を伝えた。
レポートにも書いたことだが、店主は熱心にメモを取り、俺が話し終えると深々とお辞儀をする。
彼女の艶やかな黒髪は、いつ見ても天使の輪のような光沢をたたえていた。
「この度は貴重なご意見、誠にありがとうございます」
「いや、こっちこそ無理を言って悪かったな。大事な商品なのに貸してもらって」
フルフルと頭を左右に振って、ジゼルは小さくせき払いを挟むと続けた。
「空蝉は使う者を選ぶ魔剣の類いですから。しかし……当工房の技術もまだまだですね。全てを断ち切る剣にはほど遠い戦果です」
「まあちょっと特別なケースではあったかもな。それに、あくまで俺個人の使用感だし。それでも参考になるならなによりだ。じゃあ俺はこれで」
もう一度、スッと音も立てずにジゼルは頭を下げる。
「またのご来店をお待ちしております」
そろそろオーダーしてほしい……とは決して口にしないのだが、かすかに商売っ気を含んだプレッシャーを背中に感じつつ、俺は七連星工房のショールームを後にした。
金色通りに出ると、ちょうどぴったりのタイミングで腹の虫が声を上げる。
「さてと……何か腹に入れてから帰るとするか」
良い店が無いか視線を泳がせていると――
「おうこらババア死にてぇのかアンコラァ!?」
輩の甲高い声に視線が誘導されてしまった。
みればガラの悪そうな男たちが、お年寄りを囲んでなにやら因縁をつけている。
周囲の人間たちは関わり合いになるのを恐れたのか、目もくれず誰も連中を止めようとはしなかった。
輩の人数は八人。全員、モヒカンだったりアフロだったり編み込みだったりスキンヘッドだったりと、個性的な髪型をしている。
タトゥーがいたるところに入っていたり、鼻ピアスをつけていたり、スパイクで装飾された袖の破れた黒革の上着をまとっていたりと……どこに出しても恥ずかしくない輩ぶりだ。
お年寄りがプルプルと震えながら、手にした杖を掲げた。
「あ、あんたら、なんだってんだい! こんな平日に働きもせんで街をぷらぷらと闊歩して!」
輩のリーダー格であろう、小柄だが鋭い眼光をした鼻ピアスのモヒカン男が奇声をあげた。
「あんだコラァ! ケンカ売ってんのかババア! 死ぬぞコラァ!」
お年寄りを囲んだ輩たちが「そうだそうだ」やら「死ぬぞババア」やら「挽肉になりてぇのか鶏ガラババア!」と口汚くののしった。
よかったなお前ら。俺が空蝉を返却した後で……。
指をぽきぽきと鳴らしながら、俺はそっと男たちの元へと歩み出る。
すると――
「いくぜ野郎ども!」
鼻ピアスモヒカンの号令とともに、輩たちのうちの五人がお年寄りを担ぎ上げた。
何をするつもりだ?
手遅れになる前に連中を行動不能にしなければならない。
隠蔽しつつ魔法式を瞬時に構築し、俺は魔法を……発動できなかった。
「おーし! 止まれ馬車ども! このババアが通りの向こうに行くまでテメェら動くんじゃねぇぞ!」
鼻ピアスモヒカンと残り二人が通りに出るなり、往来する馬車の前に立ちふさがった。
嘶く馬の鳴き声がそこかしこ。往来する馬車は停車を余儀なくされた。
お年寄りは担ぎ上げられて「ひい! ひえええ!」と声を上げている……のだが、荒々しい男たちに御輿にされるがまま、金色通りの対岸まで運ばれていった。
止められた馬車の御者たちも、ぽかーんとした顔でそれを最後まで見届ける。
対岸に御輿は到着し、お年寄りは地面に降ろされた。
鼻ピアスモヒカンが再び奇声をあげる。
「おいコラババアコラァ! いくら道を渡りたいからって飛び出してたらミンチにされっかんな! オラ行くぞ野郎ども!」
お年寄りはプルプル震えながら、入れ歯が外れて言葉にならない声で「フガフガガアアア!」と反論(?)しつつ、杖を振り回していた。
以上のようなやりとりを、無詠唱で即時展開した風の精霊魔法に乗せて俺はすべて聞きつつ、準備した攻撃魔法の式を解体する。
なんなんだあの連中は。
見るからに輩だが……ああ、きっと今のは気まぐれに違い無い。
普段から悪行三昧をしている人間が、ふと気まぐれに人助けをすることだって無いとは言い切れないからな。
それはそれとして、リーダー格の男の統制力の高さが気になった。
自分よりも図体の大きな輩を引き連れて街を練り歩く姿に、街の人々は怯え、目をそらし、道を譲る。
ハァ……放っては置けないか。俺は大通りを挟んだ対岸の歩道を、輩たちを追うように、気配を消しながら歩き始めた。
◆
追跡を続けると、連中は場末の飯屋にぞろぞろと入っていった。
彼らが入店しただけで店の空気が凍り付く。食事の途中であろうと、客たちは逃げるように勘定を済ませて出ていった。
すっかり貸し切り状態だ。そんな飯屋に俺は入ると、カウンター席についた。
店主がさっそく俺に忠告する。
「お、お客さん。悪い事は言わねぇから、日を改めてくれやしないか?」
「安心しろ。ああいうのの扱いには慣れてるんだ。店に迷惑はかけない」
諦めたように店主は俺の元を離れると、輩たちの注文をとりにいった。
しかし、普通なら「おうおう兄ちゃんよぉ! この店は俺らの貸し切りなんだ! アアァン!」と、ふっかけてくるのが定番なのだが、連中はまるで俺の事など眼中にないらしい。
店主が注文を受け付けて、厨房にオーダーを通す。
しばらくすると、温かい湯気をあげたスープ麺と、小麦の皮で挽肉を包み焼いた香ばしい民族料理が輩たちの占拠するテーブルに運ばれた。
スープ麺の器に視線を落として、モヒカンピアスが声をあげる。
「アアアアアァン! テメェこら! おいなんだこの料理は! 中に虫が入ってんじゃねぇか!」
お決まりの古典的な因縁のつけ方だ。俺がカウンター席の椅子から腰を浮かし、店主と輩の仲裁かつ輩への制裁に入ろうとすると――
「も、ももも申し訳ございません!」
店主が悲鳴をあげた。モヒカンピアスが舌打ちする。
「チッ……だいたいなんだこの店は! おい……ちょっと調べてみろ」
「へい兄貴!」
リーダーに顎で指示をされた輩の一人が……なんと魔法式を構築した。シンプルだが美しく、理路整然とした魔法式だ。
その単純さゆえ、危険なものではないと、すぐに読み解くことができた。
探査系の魔法だ。
「見つけやした兄貴! 厨房の床下に虫の巣がありやす!」
輩たちは店主を連れて厨房に乗り込むと、床板を外して虫の巣に風と水を合わせた冷却系の精霊魔法を打ち込んだ。
巣を殲滅したところでモヒカンピアスが店主の襟首をつかみあげる。
「いいかテメェ……お客様は神様だろうがぁ! 厨房に立つなら神前で調理しているつもりで真剣にやらんかぃコラァ!」
「ひいいい! 申し訳ございません!」
先ほどから店主は平謝りだ。まあ、巣があったことは事実なわけで……良かった、注文しなくて。
って、何をホッとしてるんだ俺は。
モヒカンピアスは店主を解放すると、部下たちを束ねるように店の出入り口へと向かう。
店主が声をあげた。
「お、お代は結構です!」
「ったりめぇだろボケが!」
リーダー格が吐き捨てるように告げて、輩たちはぞろぞろと外に出ていった。
◆
今のは無銭飲食になるのだろうか? 注文はしたわけだが食べてはいない。そのうえ料理に虫が入っていたことは事実である。
何が正義でどれが悪事なのか、だんだんと境界線が曖昧になってくる中、俺はなにも注文することなく店を出ると、再び彼らの後を追った。
大通りを進む輩から十メートルほど離れて尾行を続ける。
だんだんと人通りが少なくなり、目抜き通りと裏通りの中間といった街並みになってきた。
そろそろ普通に追跡していては気付かれそうな雰囲気だ。
人混みに紛れることができなくなったところで――
「オウオウ! 嬢ちゃんよぉ……こんな寂れたところで何してんだぁ?」
粘っこく絡みつくようなモヒカンピアスの声に、俺は神経を研ぎ澄ます。
視線の先で……プリシラが輩たちに囲まれていた。
「ちょ、ちょっと! なによあんたら? マジで邪魔なんだけど」
「アアアン!? こっから先は行かせねぇぜ!」
二人ほど輩が門番のように、さらに細い路地へと通じる道をふさいで、プリシラの行く手を阻んだ。
「ちょっと! なんのつもりなの? あたし、こう見えても結構強いし。おっさんたちなんか、こ、怖くないんだから!」
声にビブラートがかかっていて、微妙に説得力が無いぞプリシラ。
これがエステリオの制服なら絡まれることもなかったろうに。
そんな彼女は今日みたいな日に限って、私服である。
膝上よりも更に丈の短いスカート姿だった。上着もへそだしで……その……似合ってはいるのだが、もう少し大人しい格好をしてくれないと心配になる。
リーダー格が甲高い声で鳴いた
「そんなに短い丈のスカート穿いて、何かの拍子でパンツが見えたらどうするんだ! アンコラァ!」
「う、うっさい! あんたには関係ないじゃん! っていうか……どいてよね。ここ通ると近道だし」
すると輩たちは通りの入り口でスクラムを組むように、プリシラの前にさらなるぶ厚い人間の壁を構築した。
リーダー格が吠える。
「おおっと! この道は八人用なんだ。嬢ちゃんは遠回りでもなんでもするんだな! ケーッケッケッケ!」
ムッとしつつも、どこか及び腰だったプリシラが「ハァ……」と、溜息をつく。
「っていうか、あんたらみたいなのの相手をしてるだけで人生の無駄? みたいな。もういいし」
くるりときびすを返すと、プリシラは元来た道を戻っていった。
いったい何がしたいんだ連中は?
輩たちはプリシラを追い払うと、裏路地にぞろぞろと吸い込まれていった。
無論、俺も気配遮断の魔法を自身にかけながら、その後に続くのだった。
◆
日中でも建物の陰になって薄暗い裏路地は、得体の知れない連中の巣窟と化している。
それに溶け込みながら輩たちはゆったりとした足取りで、木の根のように広がった路地の末端へと進んでいった。
まるで誘い込まれているようだが、気にせず連中の足取りを追うと――
輩たちは、とある建物の裏口の前で立ち止まった。
扉を三回ノックすると、なにやら合い言葉を交わす。
すぐに裏口から外套を羽織、目深に背の高い帽子をかぶった紳士風の男が姿を現した。
人目を避けようとするあまり、紳士はかえって目立つ格好になってしまっている。
モヒカンピアスはそんな紳士に、液体の入った小瓶を握らせた。おそらく薬だろう。
「へへへ……約束のブツだ」
「報酬だ……受け取れ。このことは一切他言無用だぞ」
言葉のやりとりはそれだけで、モヒカンピアスのリーダー格は紳士風から小さな革袋を受け取った。
中身は金か宝石か。どうやら違法薬物売買の現場に立ち会ってしまったらしい。
輩たちは、まるで紳士など他人と言わんばかりに報酬を手にすると歩き出す。
紳士も輩たちとは無関係を決め込み、店の裏口から中に引っ込んでしまった。
しかし……裏取引される魔法薬か。
となるとどこかに精製所があり、元締めがいるはずだ。
紳士の薬瓶の中身がなんなのか、サンプルを確保するのか? それともこのまま輩を追うべきか?
選択しなければならない。
俺はひとまずサンプル確保を優先した。万が一、この薬が大量に出回った場合に、サンプルさえ確保しておけば対策が取りやすくなるからだ。
人体に吸収されてしまってからでは、それは難しい。
また、輩たちは集団で行動し、動き自体は非常に緩慢だ。
ゆらりぶらりと裏路地を歩いているなら、紳士から薬瓶を回収してもすぐに追いつけると、俺は判断を下した。
◆
店の裏口の鍵を解錠の魔法で開き、中に入るとすぐに紳士と出くわした。
今まさに、先ほど買ったばかりの薬を試そうとしていたので……感情魔法で意識をコントロールする。
事を荒立てたくはない。俺の仕掛けた暗示はすんなり紳士の心を掴んだ。
小瓶を紳士から受け取り、すぐに路地に戻る。
輩の後を追う。彼らはこのまま売り上げを元締めのところまで運んでいき、分け前をもらうのだろう。
分かれ道で探査魔法を要所要所に使い、五分もしないうちに輩たちの背中を再補足した。
連中は路地の奥の袋小路で立ち止まる。四方を高い建物に囲まれた、この道の終着点だ。
まさか俺の尾行がバレていたのだろうか?
相手が「おびき寄せた」と思っているなら、それもいいかもしれない。
少し荒っぽい方法も交えつつ、連中の元締めを紹介してもらうことにしよう。
俺が袋小路に踏み込もうとした刹那――
輩たちは何者かにひれ伏した。ちょうど影が濃くなって奥まで見通せない袋小路の奥に、輩たちのボスが立っているようだ。
乗り込むつもりでいたが、俺は物陰に身を潜めて様子をうかがう。
モヒカンピアスが声を上げた。
「報告しやす! 今日は大通りを無理矢理横断しようとしたクソババアを助けやした! それから虫入り料理を出すクソみたいな店の虫の巣を、姐さんから教わった魔法でぶっつぶしてやりやした!」
連中に魔法を教えた存在……か。単純明快で解りやすい魔法式だったが、あの構成の美しさは本物だ。
ボスはこいつらとは比較にならない実力者だろう。
どこかで見たことがあるような式にも思えるんだが……きっと気のせいだ。
元締めは沈黙を貫いた。モヒカンピアスが報告を続ける。
「それから破廉恥な格好のガキが裏路地に迷いこまないようにしてやりやした! それと例の薬……フッサールを依頼主にちゃーんと届けやしたぜ!」
その薬の入った小瓶は、今は俺の手の中だ。
しかし……こうして報告を並べられると……あれ? 実害といえば、この違法薬物くらいなものか。
「これは依頼主のハゲジジイからですぜ姐さん! 今頃飲んでボウボウのモジャモジャってやつだ!」
違法薬物じゃなくて育毛剤かよ!?
報酬の入った小袋をモヒカンピアスは差し出したが、元締めは受け取らなかった。
凛と透き通った少女の声が袋小路に響く。
「報酬を得るためにする正義は正義にあらず! 己が魂の赴くままの自由なる善行によって、王都の闇を照らす……それが」
「「「「「「「「仮面ジャスティス!!」」」」」」」」
少女の声に合わせて男たちが斉唱した。
っておい……待て……何をしてるんだ……クリスさんや?
元締めが光射す場所に歩み出る。その姿は紛れもなく……白い仮面にマント姿――仮面ジャスティスその人だった。
マントをバッと翻して少女はポーズを決める。
「誰もが心に正義の炎を宿しているわ! 一度は道をあやまっても、胸の灯火が消えぬ限り、誰にもやり直す機会は平等に与えられる! 私はそんなみなさんの灯台のような存在になりたい!」
「「「「「「「「仮面ジャスティス!!」」」」」」」」
「その報酬は貴方たちの手で、施設に寄付しにいきましょう。恐れられることを恐れず、信頼を積み上げれば、きっと道はひらけるわ!」
『「「「「「「「「仮面ジャスティス!!」」」」」」」」』
つい、俺も斉唱に加わってしまった。
輩たちが振り返り俺の姿を視認する。
「おお! テメェも仮面ジャスティスの姐さんに共感するジャスティスボーイズか!」
「ジャス……なんだって!?」
「オレらは兄弟みてぇなもんだな! YO! ブラザー! ようこそジャスティス会へ! 歓迎するぜ!」
輩たちが死人の群のように、わらわらと俺の方にやってくる。その表情は……満面の笑みだった。
そしてジャスティス会の元締めの少女はというと。
「え、ええ……えええええええええええええええええええええええええええええッ!?」
「えええッ!? じゃねえよ叫びたいのはこっちだぞクリ……仮面ジャスティス!」
「あ、あばばばばば」
いかん。クリスのやつ、混乱しているみたいだ。
男たちの表情から笑みが消えた。俺と仮面ジャスティスを交互に見つめている。
モヒカンピアスが歩み出て俺に聞いた。
「も、もしかしてアンタ……伝説の正義執行人……王都の夜に羽ばたく闇色の翼……ナイトファルコンの兄貴なのか!?」
俺は真顔で返した。
「いいえ、そんな名前聞いたことも見たこともありません」
俺は視線を仮面ジャスティスに向け直す。
仮面の奥のエメラルドグリーン色をした瞳が揺らぎまくっていた。
「え、えっと……では……さらば!」
マントを羽ばたかせるようにして、仮面ジャスティスは理論魔法で構築した不可視の足場の階段を駆け上り……四方を囲まれた袋小路から飛び立つように脱した。
(――に、逃げたーーーーーーーッ!?)
その姿を輩たちは、まるで天に昇る女神のように崇拝し「オージャスティス!」と、たたえるのだった。
今日の出来事は、心の奥の棚の底に沈めておこう。
さあ、この育毛剤……返しに行かなきゃな。




