167.アマテラス
今日もいつも通り、清掃や書類運びや図書室での本の整理の手伝いなどをして、一日の仕事を無事終えることができた。
食事を済ませシャワーを浴びて、あっという間に就寝時間だ。
結局、講堂の魔力灯の全交換には手が回らなかったな。明日、朝一でやろうか……。
そんなことを考えているうちに、だんだんとまどろんではきたのだが……眠れない。
やけに意識がはっきしりしていた。
反面、身体は金縛りにあったように動かない。
この感触は召喚された時にある“特有”のものだ。
どうやら別の世界から俺を呼び出すことに成功した輩がいるらしい。
目は醒めなかった。
だが、そっと目を開くイメージをすると――
「わああああああ。ぱちぱちぱちぱち」
そこは1/2サイズのミニチュア家具が飾られた、おもちゃの家の中のようだった。
身長一メートルほどの子供のような妖精が四人、俺を見上げて笑顔を浮かべている。
手足は短く頭は大きめで、蝶のような羽が生えていた。
なぜ「子供のような」とつけたのかといえば、おそらく彼らが成人だからだと判断したからである。
洞穴のような小さな家は天井が低く、椅子もテーブルも家具も、どれをとっても彼らのサイズにぴったりの大きさだ。
以前にも同じような小柄な種族に呼び出された事があったので、おそらく今回もそうなのだろう。
この世界での俺は、きっと巨人の如き存在だ。
じーっと、俺の第一声を待つ正面の妖精に……腕組みをして訪ねた。
「我を呼び出したのは貴様らか?」
獅子王を参考にふんぞり返るように胸を反らせる。
すると、妖精たちは俺の前に並んでひれ伏した。
「ははー! 神様ぁ!」
この世界では召喚された者を神とあがめるのだろうか。
普段はパスも通していない召喚を受けることなどないのだが、こいつらは召喚魔法学にかなり精通している種族のようで、俺という存在を探り当てたらしい。
それに相当困っているようでもあった。
妖精たちを騙すようで悪い気もするが、ここは神様の振りをしつつ相談にのってやろう。
もちろん、その願いを叶えるかどうかは内容にもよるけどな。
「なぜ我を呼び出した?」
「神様! どうかお助けください!」
リーダー風の、赤い三角帽子をかぶった妖精が祈るように手を組んだ。
続けて他の三人も「ください!」と声をそろえる。
「なんだ? やっかいな魔物でも出たのか?」
魔物を倒すのは得意な方だ。農耕の文化があるなら、その作物を荒らす害獣が出たのかもしれないな。
妖精たちはあまり戦いが得意そうには見えなかった。
俺の問いかけに、リーダー風は首を小さく左右に振る。
「いいえ。違うのです神様」
「ではもっと恐ろしい存在の襲撃か?」
魔物でなければ魔族などの、より高位の脅威かもしれない。となると魔法武器無しではいささか心許ないな。
再び、リーダー風の三角帽子が左右に揺れた。
「そうではありません神様」
「なら魔王でも復活したか?」
「それなら先日、このアシラが成敗いたしました」
赤い三角帽子のリーダーが、隣で平伏する金髪碧眼の妖精を指差した。
「そ、そうか……大儀であった」
魔王を成敗した……とはいうが、きっとキッチンに出た“油でテカった黒いアレ”のことだろう。
ある意味魔王と言えなくも無い。
となると……なんだろうか。
脅威の駆除でなければ……神に頼むものといえば……ああ! ベタな願いだが神頼みなら、きっとこういうことだろう。
「雨を降らせて欲しいというのだな?」
雨乞いなら、召喚するのは俺でなくても良い気はするのだが、精霊魔法を応用すれば雨をふらせることも可能だった。
赤い三角帽子のリーダーが困り顔で首を傾げる。
「あの、本当に神様ですか? さっきから全然違うのです」
他の三人――魔王を倒したアシラと残り二人も、なにやらヒソヒソ話し始めた。
俺はせき払いを挟んで告げる。
「待て。言わずとも良い。敵の駆除でも雨乞いでもない。となれば……そうか! おめでとう! 婚姻の儀の立ち会いだな? 祝福をしようではないか」
リーダー格がフルフルと首を左右に振った。
「結婚する者はおりません神様」
「ええいわかっている。では生まれてくる子に名前を贈ろうか?」
「一昨日産まれたマルスの子には、シウバと名付けました」
コクコクと、青い帽子の妖精が頷いた。どうやら彼がマルスらしい。
「いやそれもわかっていたぞ。俺は神だからな。ええと、おめでとう」
四人はぺこりとお辞儀をした。
「ありがとうございます神様ぁ」
どうにも話はかみ合わないが、気の良い連中のようだ。
そして話のかみ合わない原因の半分は、願いを言い当てようとしている俺自身にある。
が、神の威厳を示すためにもここは、是非当てたいところだ。
うーむ、こうなってくると……なんだろう? 俺はなんのために呼ばれたんだ?
ヒントが無いかと辺りを見回す。
薄暗い部屋の中は、なかなかに快適そうだった。コンロに水道も完備していて、冷蔵庫らしきものまである。生活水準や文明レベルは高そうだ。
それに……どことなくだが平和な空気を感じた。
戦争や厄災の気配がまるでない。
どちらかといえば自分では戦闘系の神に類すると思うわけだが……戦でもなさげである。
召喚する側も、俺の得意とする分野に期待しているはずだ……。
俺は続けた。
「わ、わかった。けっしてこれは俺の得意分野ではないんだが……さてはモテ期が来てほしいんだな?」
「――?」
四人全員、首を傾げた。これも違うか! いや、思っていたがやっぱり恋愛成就関連でもないらしい。
となると……そうだ、最近取った資格があるじゃないか。
「よーしよし。勉学の加護が欲しいんだな!」
こう見えても俺は教員免許を持っているわけだし、この世界の魔法学とはズレるかもしれないが、勉強を教えることだってできるかもしれない。
赤い三角帽子が左右に揺れる。
「神様。わたしたちは全員、大卒です。この国の最高学府を卒業しました。ちなみに、わたしは主席です」
「お、おう……そうか。だよな。でなきゃ俺……じゃない、我のような神を召喚なんてできないよな」
なんなんだ! 俺は何のため呼ばれたんだ!?
リーダー格が心配そうに俺の顔を見上げた。
「あの、神様大丈夫ですか?」
「心配は無用だ。ええと……我を呼んだ御利益はあまりないのだが……そうなると……金運向上か?」
薄給な学園の管理人に願うものではないと思うぞ。
「暮らしには満足しております。これ以上、多くは望みません」
まあそうですよね。金運も違うとなると……。
「ではでは芸事だな? すまない。我はその……芸術や歌唱などは……」
「神様、わたしたちは歌も踊りも得意です」
言うが早いか、四人は並んで俺の目の前でラインダンスをしながら一曲歌いはじめた。
実にキレッキレなダンスであり、アカペラながら見事なハーモニーで3パート+リズムを刻むボイスパーカッションで歌い上げた。
思わず聞き入ってしまったが……ええと、俺、なんでここにいるんだっけ?
歌と踊りを披露しおえた四人に、俺は拍手を送る。
四人はぺこりとお辞儀をした。
「いかがでしたか神様?」
「実にすばらしかったぞ。というかだな……おまえたちはなんでもできるではないか。神の力など当てにする必要がどこにある?」
「あるのです。神様のお力をお貸しください……実は」
「ま、待て待て。言わずともわかるぞ」
いい加減、そろそろ当てよう。ここからが俺の本気だ。本気で正解と言わせてやるぜ。
「よし。強くなりたいのだな?」
「いいえ神様。争いに勝つために力を欲したりいたしません」
「願いを百個に増やして欲しいんだろう?」
「わたしたちの願いはただ一つです。このままでは心まで闇に閉ざされてしまいます」
まっすぐな眼差しに俺は……折れた。これ以上、引き延ばされては妖精たちも迷惑だろう。
彼らは真剣だ。その悩みは相当に根深い。妖精たちが陽気さを損なってしまうほどに。
深刻で重篤なのは、彼らには似合わない。
夜が近いようで、部屋の中はますます暗くなっていた。
腕組みをすると、俺は深く頷き……訊く。
「願いを言え。一つだけ叶えてやろう」
邪悪な願いでなければと、心の中で俺が付け加えると……リーダー格は笑顔になって、戸棚から白い天使の輪のようなものを取り出した。
「神様。どうか光の輪の交換をお願いします」
片手の平に納まるサイズの白い輪は、水晶かガラスのような素材でできていた。
魔力灯にそっくりだ……ということは……。
そっと顔をあげると、うっすらと灰色がかった光の輪が天井についていた。
「あ、はい……すぐに交換しますね」
古い光の輪を新しいものに換える。リーダー格が部屋の壁にある小さなスイッチを入れると、ぱああっと部屋の中が明るくなった。
妖精たち三人の表情も、太陽のように朗らかだ。
「さすがです神様!」
「ありがとうございます神様!」
「すごいです神様!」
「信じていました神様!」
賞賛の嵐。絶賛の雨。賛美の歌を四人は歌い始める。
古い照明を取り替えただけで、まるで世界を救った勇者のようなあがめられっぷりだ。
「ええと……もしかして……これを換えるために俺を呼んだのか?」
リーダー格がうんと頷いた。
「はい! 照明を換えるのが得意な神様を召喚したのです! これでまた百年、この家に明るい光が射し続けるでしょう!」
なるほど。
そうだよな俺、得意だもんな……魔力灯を換えるの。ある意味それで食っていってるプロなわけだし。
「って、それくらい自力でやれえええ!」
任務を終えた「照明交換神」は、元の世界に繋がる魔法陣に自ら飛び込んだ。
◆
「レオ殿! なぜこんな深夜に照明の交換を手伝わせるんですか!?」
「いいから付き合え! 召喚されて照明を交換するだけで帰らされる気持ちを共有してくれ!」
「最近とばっちりばっかりじゃないですかああああああ!!」
その日の深夜――
黒き獅子王の嘆きの声とともに、俺は講堂の魔力灯交換作業を黙々とこなしたのだった。




