165.さもんいいんかい
教職員会議があるらしく、本日の授業は午前中までだ。
が、管理人の俺にはあまり関係の無いことだった。
一応職員には違い無いので出席するか学園長にも訊かれたのだが、問題の起こっていないところにしゃしゃり出るつもりもない。
いつも通り仕事をこなし、今は中庭の掃除の最中である。
半休の過ごし方はそれぞれで、下校する生徒もいれば、学園内に残って研究なり自習なりする生徒もみられる中――
「レオっちー! 大変だよ大変だよ!」
ふわふわの金髪を揺らして、プリシラが子犬のように駆けてきた。
「どうしたんだ? そんなに慌てて」
「あ、あのね! さもんいいんかいに呼ばれちゃったの! どうしよう!?」
「査問委員会? そんなものあったっけか」
いったい査問とやらで、プリシラの何を取り調べるというんだろうか。そもそも主だった教員や職員は会議のため、講堂に集められているはずだ。
まさかそんな場で彼女を晒し上げなんてことは無い……と、思うのだが……。
そわそわと膝をすりあわせるプリシラに告げる。
「まずは落ち着けプリシラ。それで、その委員会はどこで始まって、いったい誰が運営してるんだ?」
「説明は後! ともかく一緒に来て!」
切羽詰まったプリシラと、物々しい委員会の名称に不安を覚えた。俺を頼らざるを得ない状況なら、ともあれ放ってはおけないな。
「わかった。案内してくれ」
「うん! こっちだよレオっち!」
彼女に手を引かれた俺は、掃除を完遂することなく中庭から連れ出されたのだった。
◆
たどり着いたのは会議室や委員会室ではなく、祭祀場のある森の入り口付近だ。
鬱蒼と茂った森の中程にある祭祀場は、召喚魔法の実習などで使われる施設だが……となると、プリシラが以前に獅子王を召喚したことが、なんらかの校則違反に抵触したとでも言うのだろうか?
森の入り口で俺とプリシラを待っていたのは、学年も性別もバラバラの生徒たちだった。
その中央に立ち、一歩前に出たリーダー格の少年は長身で四角いフレームの黒縁眼鏡をかけていた。
制服には一辺の乱れもなく、髪型もきちんと整い、いかにも真面目な委員長という風貌だ。
「ようこそ、さもんいいんかいへ」
スッと一礼する委員長風に俺は訊く。
「なあ。プリシラが何をしたっていうんだ?」
「はい? 彼女がなにか?」
逆に聞き返されてしまった。委員長風がプリシラに確認する。
「プリシラさんのペアは管理人のレオさんとのことでしたが、きちんとルールの説明をしていないのですか?」
慇懃な態度を崩さない委員長風に、プリシラは「えっとぉ……まだかも」と、小声でうめいた。
スチャっと中指で眼鏡のフレームを押し上げるようにして、委員長風が今一度、俺に視線を向け直す。
「では説明を……と、その前に自己紹介が遅れました。当『さもんいいんかい』主催を務めます、三年のラルク・エリクソンです。召喚魔法言語学を専攻しております。以後お見知りおきを……ミスターレオ」
「お、おう。ラルクか。よろしくな……それでお前たちはプリシラの何を問題にしようとしているんだ?」
「問題……ですか?」
不思議そうにラルクは首を傾げる。やはり話がかみ合わない。
「だから査問委員会を開いたんだろ? 問題のある生徒を呼び出して、十人以上でよってたかって査問にかけるなんて……しかも、それを生徒がするなんて前代未聞だろ」
「ミスターレオ……どうやら勘違いをされているようですね。我々は査問委員会ではありません。正式には『サモン(しても)いいんかい(?)』という有志の集まりです」
「なんだそのふわっとしたの集まりは?」
聞き返すとラルクは透明な板を二枚取り出した。手の中に収まるサイズのそれを、俺とプリシラに渡す。
プリシラは「わああ! これ使ってみたかったんだよねぇ」と無邪気に微笑んだ。
ラルクも透明な板を手にして、それを森にかざすようにする。
「説明するよりも実際に見ていただければ早いでしょう。あちらをごらんくださいミスターレオ」
促されて森の奥に視線を向けたが、普段となんら変わらなかった。
「何もないぞ?」
不意にプリシラが俺の服の袖を軽く引っ張った。
「レオっち違うってば! この板を通して見るの! 透き通ってるでしょ?」
言われた通りガラスのような板をかざすと……そこには猫のようなモンスターの姿が映っていた。
「どういうことだ? モンスターの気配が感じられん」
ラルクが小さく頷く。
「このグラスカードに映っているのは、あくまで幻影です。モンスターが実在するわけではありません」
説明を受けつつ、俺は透明な板――グラスカードの魔法的な組成を解析した。
どうやらこのカードの中に、モンスターの姿や動きの情報などがまとめて納められており、投影することで背景の中に、さも存在するように映し出すことができる魔法装置らしい。
音も板の一部が振動することで発生する仕掛けがしてあった。かなり高度な技術が用いられているな。
ラルク曰く、どのモンスターも実在しない架空のものばかりだそうだ。ここに集まった有志にアイディアを募って、今の所150種類ほどのモンスターがグラスカードに登録されているらしい。
今、こうしてカードを通して見えている猫のモンスターも、そのうちの一体とのことである。
プリシラが「ねえねえ! 初めてだから練習していい!?」と、ラルクに確認した。
「ではミスターレオにわかるよう、お手本を示してください」
「うん! じゃあ、ちゃーんと見ててねレオっち!」
他の生徒たちが見守る中、プリシラはそっと猫型モンスターに近づいていった。
どうやらグラスカードの映像は全員で共有しているようだ。
「レオっちもほら一緒に来て! あたしのグラスカードちゃーんと見てるんだかんね?」
「近づいてどうするんだ? 幻影なんだろ?」
手を伸ばせば触れるくらいの距離にまで近づくと、プリシラはグラスカードにそっと指をおいた。
「こうするんだよ! えいっ!」
彼女がカードを指でこするように弾いた瞬間――
カードに小さな魔法陣が浮かびあがった。その魔法陣が猫モンスターの幻影にぶつかって、光が弾ける。
「がんばれ! がんばれ!」
魔法陣は伸縮を繰り返し……シュパっ! と、音を立てて猫モンスターの幻影を吸い込んでしまった。
グラスカードに「ニャンネコ契約完了!」と表示される。
「やったー! ニャンネコゲットしたよレオっち!」
「お、おう。ええと……おめでとう」
いまいちよくわからない。どういうことなのかと俺がラルクに視線で説明を求めると、彼は恭しく一礼した。
「ミスターレオ。これは召喚魔法の楽しさをより多くの人に知ってもらうために、我々が開発した遊戯装置です。現在、この祭祀場周辺の森にモンスターが放たれております。といっても、森には手を加えておりませんのでご安心ください。あくまでグラスカード内ですべてが完結しております」
なるほど。つまりこのカードを通して見ながら森を散策し、モンスターの幻影が浮かんだところで、魔法陣を飛ばして契約をゲットするというわけか。
集めるのが好きな人間にはたまらない遊びかもしれないな。
「本日はこれより一時間で、自由にモンスターをゲットしていただこうかと思います。よって、投射魔法陣の使用回数制限もありません。中には大変希少なモンスターもおりますので、狙ってみてください。では良いサモンを」
参加者全員のグラスカードの右上に、六十分のカウントダウンが始まった。
それぞれ森に散っていく。
「ほらレオっち! 一緒にモンスター探そう!」
「あ、ああ……というか、どうして俺なんだ? これならクリスやフランベルでも良かったんじゃないか?」
プリシラは少しだけうつむき気味になると、伏し目がちに呟いた。
「え、えっとね……ちょっとそれはまずいっていうか……」
「何がまずいんだよ?」
「実は『さもんいいんかい』に参加するには、モンスターのアイディアを出さなきゃいけなくて……さっきのニャンネコは、ラルク委員長が作ったんだけど……あたしがダメもとで出したアイディアのモンスターも採用されてて……えっと……あたしってばアイディアセンスがいいんだって。けど、ちょっと恥ずかしくて」
眉尻を下げるプリシラに「そうか。まあ、ここまで来て帰るのもなんだしな。一時間くらいならいいか」と、彼女のお誘いに最後までお付き合いすることに決めたのだった。
◆
俺たちは森の中にある小さな泉にやってきた。泉を囲むように草花が風に揺れている。鬱蒼と茂る森の中で、ぽかんと空が広がる秘密の場所のような空間だ。
その泉をプリシラがグラスカードごしに見つめて声をあげた。
「あっ! いたよモンスター!」
「どれどれ……って……こいつは」
カードをかざしてみると、人魚のようなモンスターが泉の岸辺に腰掛けていた。
青く長い髪と、虹色の鱗が陽光に煌めいて美しい――が、その腰のあたりになぜか刀を帯びている。
どことなくだが、フランベルに似ている気がした。
「レオっち! マーサムライじゃん! 東方の剣士風の人魚なんだよ!」
「まさかお前がアイディアを出したのって……」
「え、えっとー……早くゲットしてみて!」
「俺が? まあ……ちょっとやってみたいとは思ってたんだけど」
「ほらほら逃げちゃう前に掴まえないと!」
こちらに気付いていないのか、マーサムライは尾びれで自分の顔を仰ぐようにして、涙混じりのあくびをしてみせた。眠そうな顔が余計にフランベルに見えてくる。
「そーっとだよレオっち!」
それにしたって、プリシラのやつ楽しんでるなぁ。
参加する以上は、俺もしっかり楽しませてもらおう。
先ほど彼女がやったように、ゆっくりとモンスターに近づいた。
狙いを定めてグラスカードの表面を指で弾く。
瞬間――
ぼちゃん! と、マーサムライは水音を残して水中に姿をくらました。
に、逃げるのかよ!?
「あー……レオっち下手っぴだね」
「今のは本気じゃないぞ。ちょっとした手違いというかだな……」
「あっ! 見てレオっち。あそこの木の陰に妖精がいるよ!」
グラスカードを向けると、大木の裏からモンスターがこちらの様子をちらちら見ていた。
半裸のような姿で頭には大きな花を冠のように載せている。どことなくおっとりとした雰囲気で、妖精なのに眼鏡をかけている。
本を抱いているのだが、あふれんばかりの大きな胸のふくらみに押しつけるようにしていた。
「わー! レオっちレアモンのブックラワーがいるし!」
「なあプリシラ。このブックラワーっていうモンスターも、どこかで見たことがあるような気がするんだが……」
「え、えーとぉ……ともかく次こそゲットだかんね! ほら、レオっちやってみて」
先ほどはたまたま、偶然、対象の移動するタイミングに魔法陣の発射が重なっただけだ。
俺は大木をぐるっと迂回するようにして、ブックラワーの背後に回った。
どうやらブックラワーの探知範囲はあまり広くないようだ。接近に気付かれることなく、真後ろに立つことができた。
お尻の側からみると……隠すものも無く余計に無防備だ。直視するのはなんとも気まずい。
気まずいのだが、外すわけにはいかなかった。
きっちりお尻の谷間を狙って……魔法陣を打ち込む!
魔法陣はブックラワーにぶつかると光を放った。
が、先ほど見た成功例の時とは様子が違う。収縮していた魔法陣がどんどん広がっていき――
パリーン! と、音を立てて魔法陣がバラバラに砕けてしまった。
魔法陣が壊れてブックラワーは驚いたように飛び跳ねると、胸をゆっさゆっさと揺らしながら、森の奥の闇へと消えてしまった。
「ああああ! どうなってんだこれ!?」
「レオっちやっぱり下手っぴーだね」
「じゃあ次はプリシラの番だ。上手いところを見せてくれよ」
「いいよぉお手本みせてあげるし。ふっふーん。レオっちに自慢できて、なんか優越感パないかも」
言ってくれるぜ。遊びとはいえ、ちょっとこちらも本気になりそうだ。
◆
森の中を歩く。舗装路ではないこともあって、夢中になってグラスカードをのぞき込みながら歩いていると、時折プリシラが木の根に足をとられそうになった。
そのつど、転ばないよう支えるのだが「歩きながら探すのは危ないぞ」といくら言っても、プリシラは「あっ……ごめんねぇレオっち」と生返事だ。
他の参加者とも何度かすれ違ったが、まるで森の中を徘徊する生ける屍のようだった。
――そうこうしているうちに開始から三十分。プリシラは順調にモンスターを集めて、もう五体ほどゲットしていた。
俺はというと……まだ一つもゲットできていない。どうもプリシラの番の時には、難易度がさほど高くないモンスターばかり出て、俺のターンが来ると難易度の高いモンスターばかりと遭遇してしまう。
前の職業の影響だろうか。あの頃は強いやつだけかかってこい状態だったからな……。
「あ! プリンセスエンジェルだよ! 超レアかも!」
プリシラが空にグラスカードを向けると、大木の太い枝にそっと腰掛ける金髪碧眼の天使の姿があった。
下からのぞき込むような格好だ。
「すごいよレオっち! さすが天使だね! パンツも白だし!」
「いちいち説明しなくていいから……っていうか、ヤバイだろあのデザインは」
この天使はゲットした途端、銀髪と明るい赤銅色の髪の妹天使が二体、姉の奪還に強襲してきそうな雰囲気を醸し出していた。
このデザイン原案を出した人間が不敬罪に問われないかと、心配になる。
「ほーらレオっちの番だから! プリンセスエンジェルなんてゲットできたら、今日の最優秀ゲット賞ものだよ?」
「わ、わかった。ともかく慎重にいくから。別に魔法を使うなってルールはないだろ?」
理論魔法で足場を階段状に並べて、俺は木の上に移動した。
すると――
もう一体、プリンセスエンジェルが腰掛けているのとは別の枝に、明るい栗色の髪の少女型モンスターが立っているのを見つけた。
背中に蝙のような翼を生やして、先端がハート型になった尻尾を鞭のようにしならせている。
頭には小さなツノが二本生えていた。俺がグラスカードを向けているのに気付いて、プリシラも確認したようで地上から声を上げる。
「わあ! レオっちこっちにクリクリデビルだよ! プリンセスエンジェルと、どっちをゲットするの?」
「どっちって……選ぶのか?」
「だってそういう順番だし。レオっちが先に決めていいかんね? 残った方はあたしがもらうし!」
天使と悪魔を交互に確認した。いや、これ……どっちだ? どっちを選べばいいんだ!?
先に近づけたのは天使だが、もともと木の上を探していたプリシラが見つけたわけで、俺が自力で発見したのは悪魔の方だし……。
迷っていると……座っていた天使が立ち上がり翼を広げた。
「あっ! ちょっと待ってくれ!」
バサバサバサーっと、飛び立つ天使。そしえ悪魔はといえば、そちらも蝙のような翼で滑空するように森の奥に消えてしまった。
「あーもう! レオっち迷ってる場合じゃないんだよ? もっとサクサクゲットしなきゃ!」
「クッ……ま、迷ってなんてないからな! 相手の出方を慎重にみていただけなんだ」
言い訳をしつつ地上に降りた俺に、プリシラは「レオっちってばユージューフダンだし」と、ジトっと湿った視線を送ってくるのだった。
◆
一時間があっという間に過ぎ去り、結局、俺はモンスターとの契約を一つも成立させることはできなかった。
カードに内蔵されている図鑑は真っ白だ。
一方、プリシラは順調に数を伸ばし、八匹ゲットで全参加者中、総合三位の成績を修めた。
主催のラルクに俺はグラスカードを返却する。
「お楽しみいただけましたかミスターレオ?」
「え、ええと……もうちょっと難易度が低い方がいいかもな。あと、歩きながら遊ぶと危なので、安全対策を講じた方がいいんじゃないか?」
「安全対策? なるほど……貴重なご意見ありがとうございます。大人も子供も安全に楽しめる遊戯となるよう、心に留めつつ引き続き開発を続けたいと思います」
さっそく他の開発メンバーとの協議に入るということで、ラルクは集会を解散させた。
参加者もおのおの森の入り口から校舎方面に向かい歩き始める。
俺の隣でプリシラは、三位入賞の記念品である小さなメダルを手にほくほく顔だ
「やったね! 三位だって! 試験だといつも下から数えた方が早いのに、今日のあたしってばすごかったかも」
実際のところ、プリシラは百発百中で放つ魔法陣のすべてでゲットを成功させていた。
「なあプリシラ……なんかその……コツとかあるのか?」
「見つけたら速攻でアタックすることかなぁ。レオっちはぐずぐずしすぎだし」
大変耳が痛いです。
プリシラを正門まで送ると、俺はその足で魔高炉のある工房に向かい、ガラス材を板状に加工した。
このままでは終われない気がした。
◆
管理人室に戻ると、召喚の魔法陣を発生させる。
「おおレオ殿。今日はどのようなご用件で?」
俺は手製のガラス板をかざして、自力で構築した召喚の魔法陣を飛ばした。
この魔法陣を飛ばす感じの再現だけは、なんとかうまくいったな。
黒く巨大な獣人を魔法陣の光が取り巻き、縛り上げる。
「あの……レオ殿……これはいったい?」
俺はぼそりと呟いた。
「レアモン獅子王ゲットだぜ。ふふふ……あははは……あはははは」
「レオ殿しっかり! レオ殿……レオどのおおおおおおおおおおおおお! これなに!? ちょっとほどいてくださいってばあああああ!」
次回の『さもんいいんかい』のため、今日からこっそり、リアル召喚魔法で特訓だ。




