163.男の戦い 前編
放課後、魔法薬学科の薬草園にある畑の手入れをしていると、珍しく男子生徒が俺の元にやってきた。
「あんた、レオさんだよな? 管理人の!」
あまり見ない顔だ。髪の毛はツンツンと逆立っており、鉢巻きのようにバンダナをしていた。あまり素行が良さそうには見えない。
「そうだが……二年生か?」
うんと頷くと少年は俺に深々と頭を下げた。
「あんたを男と見込んで頼みがあるんだ!」
先ほどから少年は、ずっと声を張りっぱなしだ。地声が大きいのかもしれないが、少々騒々しい。
「そんなに大きな声で言わなくてもちゃんと聞こえてるって。それでどこの掃除を手伝えばいいんだ? それとも備品整理か?」
「いや、そうじゃねぇよ。あんたすごい人なんだろ?」
口の悪いのはお互い様だな。
頭をあげると詰め寄り、少年は両手で俺の右手を包むように握った。
「なあ! 頼むよ!」
「ずいぶん切羽詰まってるみたいだけど、詳しく話す前に、まずは名前を教えてくれないか?」
「あっ……悪い。おれは二年で魔法工学科のフランツ・フェッツだ。折り入ってあんたに頼みたいことがあるんだ!」
少年の目には燃えるような熱意が宿っており、それが今にも溢れ出そうだった。
「農園の作業が残ってるんで、そのあとでいいか?」
すると少年は上着を脱いで柵にかけた。
「だったらおれも手伝う! 何をすれば良い!? 指示してくれ!」
鼻息荒い少年――フランツに「じゃ、じゃあ雑草むしりを頼む」と俺は命じた。
「わかった! 任せてくれ!」
何をしてほしいのかも判らないままだし、まだ引き受けるともなんとも言っていないんだが、少年は無心で雑草を抜き始めた。
◆
作業が一段落し、薬学科棟のテラスでマーガレットが出してくれたハーブティーで休憩する。
フランツは額の汗を袖でぬぐいながら、冷たいハーブティーを一気にあおった。
しかしマーガレットのやつ「珍しく男子と絡んでるわねぇ。ごゆっくり♪」って、なんでニヤついているんだか……。
喉を潤してから、フランツが目を輝かせて俺を見つめた。
「やっぱすげーや。マーガレット先生にお茶を出させるなんて、レオさんって何者なんだ?」
「というか俺をなんだと思ってるんだ?」
「学園を救って王都の混乱を鎮めた凄腕の魔法使いだろ。なんで管理人なんてしてるんだよ?」
フランツは小さく首を傾げる。
「まあ色々あってな。それよりお前の用件を聞かせてもらおうか」
場合によってはお断りするかもしれないのだが、まずは聞いてみないと判断もできない。
「お、おう! レオさんはゴーレムファイトって知ってるか?」
「ゴーレムで戦うのか?」
ゴーレムとは魔法によって動作する人型だ。学園でも施設の修復などで業者がゴーレムを使って施工したりと、管理人をしていると目にする機会は多い。
が、ファイトとつくのは初耳だ。
「そうだ! つっても使うのはマイクロゴーレムで、片手に乗るくらいの大きさなんだけどな。俺は学園にゴーレムファイト部を作りたいんだ!」
「部活動の申請なら総務部だろ?」
「それが……部員一人じゃ部として認められないっていうんだよ」
「部員集めなら自力でがんばってくれ」
フランツは首を左右に降った。そのまましょぼくれたようにうつむく。
「おれの誘い方がダメなのか……みんなゴーレムファイトに興味もってくれなくてさ。学園じゃゴーレムファイトの知名度自体が低いってのもあんだけど……あっ! 誤解しないでくれよ! あんたの知名度を利用しようとかじゃないんだ」
「じゃあ、俺にいったいなにをお願いしにきたんだ?」
顔を上げると、再び情熱に満ちた真剣な眼差しでフランツは訴えた。
「一緒にマイクロゴーレムを完成させてほしいんだ!」
「完成させて……って、俺はゴーレムは専門外だし、手伝えることがあるかわからないぞ?」
「いや、そんな謙遜しないでくれよ! あんたにしか頼めないんだ! 工学科の先生たちは遊びだって最初っから相手にもしてくれないし、唯一、ちゃんと話を聞いてくれたリチャードソン先生から、もしかしたら、あんたなら向き合ってくれるかも……って」
最後の砦が俺ってわけか。
「リチャードソン先生じゃだめなのか?」
「俺の悩みには理論魔法の専門家の方がいいから……って、それで『あんたしかいない』って話になったんだ」
「わかった。力になれるかはわからないが、リチャードソン先生からの依頼ってことで受諾しよう。とりあえずそのマイクロゴーレムを見せてくれ」
「いいのかレオさん? ほ、本当にいいんだな!?」
「どこまで手伝えるかはわからないぞ」
リチャードソンが俺を紹介したってことは、悪い生徒じゃないんだろう。もう少しだけ話くらいは聞いてやるか。
◆
フランツに案内されたのは工学科棟にある、彼の個人工房だった。
狭い部屋に各種魔法工作機械が押し込まれている。奥の作業机の上に、彼のマイクロゴーレムが仁王立ちしていた。
全高18センチほどの人型だ。精巧さはかなりのもので、鈍重な、いわゆる大型作業用ゴーレムとは比べものにならない緻密さである。
とはいえ彫金が成されていたりするわけではない。
無駄を廃した銀色のフレームが剥きだしな本体は、均整の取れた彫像のようでもあった。
ただ、この銀の人型には唯一無駄というか、首を傾げる部分がある。
額から黒くて異様に長い角が生えているのだ。まるで軍船の衝角のように。
その点に目をつぶれば、実にバランスのとれた人型だった。
「よく出来てるじゃないか?」
先ほどまでの声の大きさが嘘のようにフランツは呟く。
「……こいつのコンセプトは人間に限り無く近い動作ができることだ。腕や足はもちろん、指の関節まで再現してある。おれの最高傑作だ」
なのにどうしてそんなに気落ちしているんだろうか。
「ちょっと持たせてもらっていいか」
フランツは頷いた。そっとマイクロゴーレムを持ち上げると、見た目の緻密さとは裏腹に軽い。その“構成”を探るように魔法力を走査させる。
「なるほど、メインフレームにはミスリルの削りだしか」
「軽量さと強度を出すにはそれが最適だったんだ……つうか、あんた手にしただけでわかるのか?」
「まあ素材にはちょっとうるさいんでな。しかし生徒の作品にしては結構金もかかってるけど、この小さなサイズから、よく箇々のパーツを削りだしたもんだ。精度も充分だし、素人の俺の力なんて必要ないだろ」
何が問題なのかわからない俺に、フランツは唐突に手袋を引き出しから取り出した。
「実はこいつを動かすにはこれを使うんだ」
「手袋で動かすのか?」
「ああ。ゴーレムファイトには大きなルールが二つある。一つは操作に関することだ。操縦者はこのグラブを通してのみ、自身のゴーレムに指示を出すことが許されるんだ」
「指示か。なんだか頭がこんがらがりそうだな」
「このグラブが魔法武器みたいなもんで、こいつを通さないでゴーレムに干渉すんなっつー規定なんだよ。なんでもアリになっちまったらゴーレムファイトじゃなくて、魔法使い同士の決闘だからな」
「なるほどな。それで何を困ってるんだ?」
「それが……その……」
フランツが言いよどんでいると、不意に工房のドアがノックされた。
扉が開いて男子生徒が姿を現す。前髪がやけに長い二年生だ。小柄でひょろりと細い体躯に、ギロリとした大きな目をしている。
「イーッヒッヒッヒ! まさか管理人に助けを求めるとは思わなかったなぁフランツ」
「知り合いか?」
フランツに尋ねると彼は苦々しい顔で頷いた。
「おっと、紹介の必要は無いよ。自分でするから。ボクはアドルフ・ウォーベック。先日は従兄のオズワルド兄さんが世話になったみたいだねぇ」
「ウォーベックって……ああ、あいつんとこの……」
七連星工房でさんざん迷惑をかけていた迷惑貴族の親戚筋か。
俺に復讐でもしようっていうんだろうか?
「イーッヒッヒッヒ! まさに一石二鳥だよぉ。キミらをまとめてブッつぶせるんだもんねぇ」
「待て、さっぱり話が見えないぞ」
フランツが馬鹿貴族の親族――アドルフを睨みつける。
「今さら何しにきた!」
「ひどいなー。一緒に人形遊びをした仲じゃないか」
「ゴーレムファイトは遊びじゃない!」
なにやら二人には因縁があるらしいな。
「遊びだよこんなもの。しかもキミの“新型”の人形は、相変わらずまともに動かないみたいじゃないか? 週末のエキジビションマッチに間に合うのかなぁ? まあ、挑戦者のキミを待っていてあげるよ。チャンピオンはボクだからね。せいぜいそこのインチキ管理人のケツでも靴でも舐めて、教えを請えばいいんじゃないかな? 出て来たところでぶっ壊してやるけどさ」
「…………クッ」
フランツは拳を握りしめ肩を震えさせた。こらえながらも視線をアドルフから外さない。
「もし出て来たら、その人形のだっさい角をポッキリ折ってあげるよ。それじゃあ楽しみにしてるからねぇ」
言うだけ言ってアドルフは去っていった。
向き直りフランツに訊く。
「なにやら訳ありっぽいな」
「聞いてくれるかレオさん?」
俺は黙って頷くと、フランツは一から事情を話してくれた。
アドルフとは一年生の頃からの知り合いで、当初はそれなりに友好的な関係だったらしい。
ゴーレムファイト好き同士ということもあって二人は意気投合したのだが、フランツが独自機体の開発に成功した途端、アドルフの態度が一変した。
そしてフランツの工房から、その初号機体の設計図が消えた……とのことだ。
「なんで告発しないんだ?」
「相手は有力貴族で、決定的な証拠も無い。告発しても勝ち目はないし……設計図の管理がずさんだった俺の落ち度でもある」
落胆の表情のままフランツは続けた。
「で、こいつは新規に開発したけど、人間の動きに追従できるよう作り込んだせいで……機体制御の魔法式が複雑化しちまったんだ」
「なるほどな。それで俺に助けを求めたってわけか」
もう一度、フランツは深々と頭を下げた。
「頼む! あんたほどの人なら、きっとこいつの制御魔法を構築できる! どうか魂を吹き込んでやってくれ!」
「いいのか? そんな大事な仕事を俺に任せて?」
「時間が無いんだ。週末、アドルフと組まれた試合でおれとこいつが出ないと……ゴーレムファイトがアドルフと、その取り巻き連中の一強になる。誰かが止めなきゃ廃れちまうんだ! それにアドルフの奴だって……最初はあんなんじゃなかった……」
「わかった。それじゃあ軽く組んでみるか。こういう制御系の魔法式はあんまり経験がないんで、失敗しても怨むなよ?」
「と、とんでもない! つうか……頼んます……」
俺は再び機体を手にとった。
「ところでこの機体、なんで角なんか生やしたんだ?」
フランツが瞳を輝かせた。
「そんなもん、かっこいいからに決まってるでしょうが!」
微妙な敬語で熱弁する少年だが、フッと我に返ったように俺に訊く。
「あ、あの、角があるとまずいんスか? 魔法式の構築とかで」
「いや別に。そういえばこの角の素材は……アダマンタイトコーティングだな」
「はい! 武器や装甲で使えるアダマンタイトコーティングはレギュレーションで、使用面積が決められていて……や、やっぱハズした方がいいんスか?」
「いや、このままでいい。かっこいいもんな」
角は男の浪漫だ……と、フランツの瞳が雄弁に物語っていた。
「あー! やっぱレオさんに頼んでよかった! そこんところをわかってくれるなんて!」
あまりアダマンタイト材を無駄にしない方がいいのかとも思うが、こういったこだわりは大切だ。
好きというだけで、作り手や使い手のモチベーションが違ってくる。
さっそく俺は機体の調整に入った。
この機体は心臓部にある魔力結晶を動力源にしているらしい。内装した魔法力によって独立駆動するタイプだ。
続けて構造を解析したところ、フランツが無理に書き込んだ魔法式の痕跡がいくつもみられた。
どうやら理論魔法は苦手らしい。下手に書き換えるよりも新規に上書きして、頭のてっぺんから指先に足の先端まで、俺の構築した魔法式を行き渡らせる。
合わせて制御用のグラブにも操作系の魔法式を刻み込み、この二つをリンクさせた。
十分ほどで作業を終える。
「よし。じゃあちょっと動かしてみるか」
「ええッ!? もう終わったんスか!? おれなんて右腕の魔法式だけで半日かかったのに……それでまともに動かなかったんだけど……マジかよぉ……大人怖ぇ」
グラブを装着する俺に、フランツは目を丸くさせて、金魚のように口をぱくぱくと動かしていた。
俺が魔法力を込めるとマイクロゴーレムが自立した。右手の指を小指から順番に折っていく。その動きはスムーズで、鍵盤打楽器の演奏もこなせそうだ。
「フランツ、お前すごいな。よくここまで人の動きを再現したもんだ」
「う、うそ……だろ……つうかマジか……あんたこそ……なあ! 本当はとんでもない魔法技術者なんだろ!? どうやって組んだんだよその動き!?」
感心する俺に驚愕しながらフランツは詰め寄った。
「いや普通に動くようにしただけで、ベースの機体の出来がいいからなめらかに動くだけだろ」
「お、俺にも操作させてくれレオさん!」
グラブを脱いで渡すとフランツはゴクリと唾を呑む。装着すると……途端、フランツが駆るマイクロゴーレムはその場で転倒した。
「うおっ! なんだこれっ!」
立ち上がろうとするが、機体はまるで生まれたての子鹿のようにプルプルと震えてまともに動かない。
「レオさんあんた、グラブを通して動かしてないだろ!」
「いや、ちゃんとグラブを通してるぞ」
「ぜんぜん立ち上がれねぇ……機体が鉛みてぇだあああ! それにバランスも保てねぇええええ!」
「ああ、そうか……悪い。動かす時は常に機体制御の魔法式を思考しながらで頼む」
「は、はああああ!? まさかあんた、機体制御しながら操作してたのか? そんなの人間業じゃねぇよ! できるわけないだろ!」
「この方がいいと思うけどな。せっかく人間に近い動きができるんだから、自動制御にしたらもったいない……というか、この機体の良さが活用できないと思うんだが」
「…………」
フランツは黙り込むとグラブを外した。しょうがない。もったいないがもう少し動かしやすくしてやるか。
「ちょっと待っててくれ。誰にでも使えるように書き換えるから」
「このままでいい。つうか……やってもらってこんなお願いもアレだけど」
フランツの表情が引き締まる。
「なんだよ改まって。遠慮しなくてもいいぞ? こういうのも管理人の仕事のうちだし、俺もこういう精巧な造りのものって嫌いじゃないし」
「なら……あんた、出てみないか?」
「出るって?」
「週末のエキジビション……おれの代わりに戦ってほしいんだ! あんたの組んだ制御魔法式は、きっとあんたじゃなきゃ使いこなせねぇ。けど、この機体の性能をいっぱいまで引き出せる最適解だってのは……俺にもわかる。だから俺のわがままに最後まで付き合ってくれないか!?」
これだけの機体なら自動制御を挟まず、すべてダイレクトに操作した方が性能を活かせると思ったんだが、それをすんなり理解できるのも、製作者だからだろうか。
フランツにはそういった作り手のセンスがあるようだ。
「わかった。お前がそれでいいっていうなら、俺がこの機体を使わせてもらう」
「よっしゃ! けど、レオさんってゴーレムファイトの初心者だよな。だから、たとえ負けても俺は……」
「やるからには勝つぞ。アドルフを倒してゴーレムファイトの可能性の広がりを見せてやらないとな」
「お、おおおおおう! うおおおおおおおお! 燃えてきたああああああ!」
元気を取り戻すのはいいんだが、どうにも暑苦しい奴だ。
けど、こういうまっすぐな奴は嫌いじゃないな。




