160.奇跡の魔法水
王都の北北東に位置する一番街――魔導影街は、研究施設と歓楽街が溶け合うように混ざり合った地区だ。
平日の午前中に王都の、しかもこの街に行くことになるなんて、自分でも珍しいなと思うくらいだ。
俺は精霊魔法学教員のリチャードソンの頼みで、魔導影街にある魔法技術系の工房に品物の受け取りに来ていた。
品物は週明けの実験で使うという、高精度水晶レンズだ。
高額なものなので、俺に護送を頼みたかったらしい。リチャードソンには時折、便宜を図ってもらっていたので良い恩返しと、引き受けた。
工房で受け取りの割り符と品物を交換すると、保管ケースごと鞄にしまい外に出る。
「おっと、忘れるところだったな」
俺は鞄から眼鏡を装着した。といっても、先日のジゼルが貸してくれたものとは別のものだ。
印象を操作する魔法が込められており、これを身につけることで注視されない限り、人相がバレないという代物らしい。
トラブルに巻き込まれないよう、念のため――とリチャードソンが貸してくれたものだった。
街は喧噪で溢れていた。しばらく訪れていなかったが、来る度に魔導影街には新しい建物や施設が出来ている気がする。他の地区と比べて街の新陳代謝が早いのだろう。
先日、プレオープンの時に体験した「魔法使いになって戦闘を楽しめる」娯楽施設の前を通りかかると……。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! こいつはすごいお宝だよ!」
若い青年が露店を開いて人を集めていた。呼び込みが上手いのか、ちょっとした人だかりができている。
いかんいかん。また余計なことに首をつっこみそうになってしまった。
こういう騒ぎやらなんやらに、反応しすぎなんだ俺は。
「なんとこの魔法の石を水筒でも水差しでもいいから入れておくだけで、普通の水が魔法水に早変わり! 当社の魔法の石は研究施設にて、安全性の基準をクリアした本物です! 絶対に損はさせません! この魔法水を飲むと健康に良いだけじゃなく、なんと平民でも魔法が使えるようになるんです! 効果は半永久的で、毎日飲めばあなたも魔法使いになれる! そう! 国を救った英雄レオ様のように! 強くてモテモテ間違い無し! きっとあの人も飲んでいる!!」
立ち去ろうとした俺は反転すると、人だかりに向かった。さすがに聞き捨てならないぞ。
「ちょっとすみません。通してください」
見物人を押しのけるように前に出る。折りたたみ式の簡易テーブルの上には、聞いたこともない研究機関の署名入り証明書と、水差しとグラス……そして問題の“魔法の石”が並んでいた。
「あっ! ダメですよお客さん。他のお客さんに迷惑をかけちゃ! ほら、みんな怒ってるでしょ?」
集まっていたのは若い男性が多かった。ぱっと見たところ魔法使いらしい雰囲気の人間は一人もいない。が、皆一様に勇ましい顔をしていた。
先ほどまで娯楽施設で魔法使い体験をしていたんだろう。その帰りの客を狙い撃ちとは、悪質だ。
露天商の青年は「大丈夫です。貴重な魔法の石ですが、皆様に行き渡るよう、数は十分に確保していますから!」と、観衆をなだめる。
彼らがただの見物人から詐欺の被害者になる前に、真贋をはっきりさせる必要がありそうだ。
と、思った矢先、青年が俺の腕を掴んで引っ張った。
「ではお客さん。お疑いのご様子ですから、さっそく飲んでいただきましょう。お客さんも魔法使いになりたいでしょう?」
青年は水差しに石を入れると、その水をグラスに注いだ。
見物人たちが次々と声をあげる。
「え!? 今入れたばっかりじゃん!」
「魔法水ってそんな簡単にできるのかよ?」
「なんか怪しくないか?」
「はいはいはいはい! 大丈夫大丈夫! 当社の開発した魔法の石には、時間制御魔法が組み込んであるので、入れたらすぐに魔法水に早変わりなんですよ? さあ飲んで飲んで」
グラスを渡されて俺はじっと目をこらした。毒の類いの気配はない。というか、まったく魔法力を感じ無い。
またこの手の詐欺か。
一口飲む。無味無臭だ。
「さあさあぐいっと!」
グラスに半分以上残して、俺は首を左右に振った。
「ただの水だろ……これ。味も素っ気も無い水だぞ」
「そこが良いんじゃありませんか! 味を変えてしまうようなことがないので、お料理にも使えます! 大事なのは一日一杯。毎日欠かさず飲むことですから! 普段の生活で水を飲まないなんてことはないでしょう? 煩わしい魔法的な儀式や特別な知識も必要無し! お客様の生活習慣に一切負担なくご利用いただけます!」
揉み手で青年はにっこり笑う。
「お前は毎日飲んでるのか?」
「はい! おかげさまで活力に満ちて声も人より大きくなりました! 自信を持てず、ウジウジ悩んでいた昔の自分が嘘みたいです! それに肌つやも良くなったし、毎日ぐっすり寝られて朝はニワトリよりも先に目が覚めます! しかもしかも、この魔法水を飲み始めてから、二日酔いになることもなくなったんですよ! 胃腸も健康そのもので食欲も増進! なのにいくら食べても太らない!」
「じゃあ魔法が使えるようになったんだな?」
「ええ、ええ、もちろんですとも!」
「どれくらいのレベルの魔法なんだ? できれば使ってみせてくれないか?」
「あっ……うっかりしてました。今朝は準備で忙しく飲み忘れてしまってちょっと調子が……」
「そこにできたての魔法水があるだろ」
青年は「それもそうですね! ではさっそく……」と、新しいグラスを用意して水差しの中の魔法水を注ぐと、飲み干した。
「プハー! やっぱり美味しい! では、僭越ながら魔法をお見せいたしましょう! ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
青年が気合いの声とともに手を掲げると、そこに小さな炎がボウッ! と灯った。
すぐに消えたが確かに精霊魔法だ。ランクにすればかろうじてFといったところか。
それでも観衆が「おおおお!」と声をあげた。
しかしおかしい。魔法が発動したというのに、この青年からは、まるで魔法力を感じ無かった。
「いかがですかお客さん? お疑いの気持ちはこの青空のように晴れましたか?」
自信満々で青年は聞く。俺みたいな“文句を言いに来る人間”を、パフォーマンスに巻き込むのまで想定済みだったらしい。
「お前、本当は魔法使いなんじゃないか? 使えないフリをしてるだけだろ」
「いえいえ違いますよ平民ですってば。そういうお客さんこそ、さっきからずっと否定的ですけど……さては魔法使いですね? あーもうまいっちゃうなぁ。そんなに魔法使いが偉いんですかね? 魔法水が普及してみんなが魔法使いになると、自分たちの特権が無くなるとか考えちゃう派ですか?」
集まった人々からヒソヒソと声が漏れ聞こえた。すっかり悪者扱いだ。
「魔法水を作る魔法の石が本物なら、文句は言わないけどな」
「本物ですよ? 見たでしょ? まあ、この商品は開発されたばかりですし、僕もまだ一ヶ月しか飲み続けてませんけど……逆に言えば一ヶ月で、あれくらいの魔法なら使えるようになるんですよ? 一年二年と続けていけば、もっと強力な魔法が使えるかもしれない。しかも、努力なんて必要なし! どうですみなさん? もう平民なんて呼ばせない! 魔法水でいっしょに生まれ変わりましょう!」
賞賛の拍手まで湧き上がった。俺はその拍手を始めた最初の一人を確認する。
とんだ食わせ者……いや、食わせ者連中だが、相手が悪かったな。
「わかった。それじゃあもう一度だけ、炎の魔法を見せてくれ」
「ええぇ……結構疲れちゃうんですけど?」
「もし見せてくれたら、その魔法の石をお前の言い値で買ってやるよ」
「お客さん悪いんだけど……しょーじきお金持ちに見えないなぁ。分割で払えます? みたいな」
俺はしぶしぶ鞄からケースを取りだした。中身を見せる。
「ならこの高精度水晶レンズと交換でどうだ?」
「おお、これはなかなか……いいでしょう! その言葉に二言はありませんね?」
「ああ。約束する。二言はない」
借り物を掛け金にするなんて、我ながら褒められた行動じゃないな。ただ、こういった輩は欲をかかせて隙を作るのが一番てっとり早い。
青年が右手を掲げた。
「ハアアアアアアアアアアアアアア!」
俺は観客の中に潜んでいた、ヒョロリとした男に視線を向ける。
男はまず間違い無く魔法使いだ。気付かれないよう簡易ながら隠蔽を施しつつ、理論魔法で制御した精霊魔法の炎を、露天商役の青年の掌に発生させようとしていた。
おそらくそこまで複雑な工程を踏んでいるために、再現できる精霊魔法がFランクでいっぱいいっぱいなのだろう。
俺は炎を移動させる理論魔法式に干渉して、ヒョロリとした男の頭に炎が燃え上がるよう再調整した。
ボウッ! と、炎がヒョロリとした男の髪を焼く。
「うわああああああああああああああああああ!」
観衆が燃える男から一斉に距離を置いた。
「あっ……え、ええと……」
露天商の青年はぽかーんとした顔のまま固まってしまう。
俺は水差しを手にすると、燃える男の頭に水をぶっかけた。魔法の石も入ったままだがお構いなしだ。
延焼は収まり、ヒョロリとした男は尻餅をついて頭を抱えながら震えだした。
改めて俺は露天商の青年に向き直る。
「客を燃やすなんて危なっかしいな。さてと……仕切り直しだ。あらためてもう一度、魔法を使ってみてくれないか?」
「じ、実はまだ使えるのが一日に二回までで……今のも、ちょ~~っと力んでしまったというか……」
先ほどまでの自信たっぷりな声が嘘のように、青年はすっかり挙動不審だ。
集まった人々の疑惑の視線が、一気に青年へと注ぎ込まれる。
「詐欺だ! サクラの魔法使いを紛れ込ませてたんだ!」
「誰か通報しろ!」
「その証明書だって怪しいもんだ!」
「ち、違います違うんです誤解ですから!」
露天商の青年の弁明する悲鳴が、雲一つ無い青空の下にこだました。
まだ認めるつもりはないのか。
仕方ない。俺は観衆に背を向け青年の顔を見据えると、眼鏡を外して告げる。
「よくも勝手に広告塔にしてくれたな。きちんと話し合おうじゃないか……検事部にもツテがあるから、余罪の追及は厳しいぜ」
「――!?」
青年の顔が泡を食って青ざめたのを確認して、俺は眼鏡を掛けなおした。
◆
善意の第三者の通報もあって、ほどなくして警備部がやってきた。俺は軽く事情聴取を受け、他の見物人たちの証言もあって詐欺グループは無事、御用となった。
ヒョロリとした魔法使いはだんまりを続けたが、青年の方は「それでも健康になったとか! 元気が出た人だっているんです! 要は気持ちの問題でしょ!」と、警備部の人間相手に自己弁護を続けていた。
証拠品として魔法の石の在庫なども押収されたが……。
「あっ……さっき消火した時の……」
観衆がちりぢりになったところで、俺は地面に転がったままの小石のような魔法の石を拾い上げた。
試しに構造を解析してみると……ただの石灰岩だ。
当然、魔法水になるわけがないのだが、元気になると信じれば、案外そういう効果は出るものなのかもしれない。
手の中に石を握りこんで、魔法力を込めると近くにあった公園の噴水に投げ捨てた。
――それからしばらく、公園の噴水の水に触れると、火傷や切り傷が治るようになったという噂が立ったのだが……きっと気のせいというか気持ちの問題というやつだ。




