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159.たまには息抜きを

週末になると生徒たちの表情もどことなく晴れやかで、休日をどう過ごすかで盛り上がっているグループがちらほら見られた。


そんな雰囲気に包まれた放課後――バラ園で剪定をしているとプリシラが独りで俺の元にやってきた。


急いで来たのか少し呼吸を荒げて、彼女はじっと脚立の上の俺を見上げる。


「レオっちレオっち! 明日空いてる?」


「急にどうしたんだプリシラ」


作業を中断して脚立から下りると、彼女は焦ったような口振りで続けた。


「あ、あのね……実は王都で今、超はやってるスイーツがあるんだけど……よかったら一緒にどうかなっておもって。人気でいっつも大行列らしいし!」


俺は軽く頭を掻いた。


「悪いな。実は明日はちょっと外せない用事があるんだ」


「ええぇ! レオっちってばいつもそうだし。デートの権利はまだちゃんと有効だよね?」


「本当にごめんな。王宮から招請なんだ」


プリシラはぷくーっとほっぺたを膨らませた。


「なんで騎士とかになっちゃうかなぁ……」


むくれているプリシラの背後に、いつの間にか二人の少女が立っていた。クリスとフランベルだ。どうやらこの二人を巻くのに、プリシラは走り回っていたらしいな。


「抜け駆けなんてずるいよプリシラ!」


フランベルがプリシラの右腕を掴む。


その反対側に立って、同じくクリスもプリシラの腕を掴んだ。


「プリシラはレオとその……で、デートをする前にやらなきゃいけないことがあるわよね?」


二人に捕獲されてプリシラがうつむいた。


「うー。課題なんてやんなくてもいーじゃん別にぃ!」


「手伝ってあげるから……ほら、一緒に行きましょ?」



「それじゃあまた週明けに! レオ師匠!」


諦めたらしくプリシラは素直に連行されていった。


「また今度なプリシラ!」


「ううぅ……けど王宮のお仕事じゃしょうがないかぁ……」


なかなか埋め合わせできなくて、ちょっと申し訳ないな。


三人をバラ園の外まで見送ると、戻って俺は剪定を続けた。


明日は朝一の馬車で参内だ。


正装はしなくてもいいということだが、一体誰が何の用事なんだろう。


まあ、行けばわかるか。



早朝、始発の馬車で王宮に向かった。騎士の勲章で身分を証明して城内に入ると、案内役のようにメイドが俺を待っていた。


「おはよう。ええと、呼ばれて来たんだけど……」


「今回の事は内密にと……どうぞあちらへ」


メイドはそっと右手で方向指示をしたかと思うと、一礼して風のように立ち去った。


「あっちはたしか……オーラムの……」


オーラムというよりはララのと言った方がいいかもしれない。


彼女の料理研究室だ。


「朝食でもごちそうしてくれるのかな」


それだけで呼ばれたとしても全然構わない。久しぶりに手料理のご相伴にあずかれるなら、早起きの甲斐もあるってものだ。


料理研究室に向かうと、柔らかくて幸せな香りが鼻孔をくすぐった。


フローディアの家庭教師をしていたのだって、そんなに前のことでも無いのに無性に懐かしく思えてきた。


部屋の前に立ってノックをすると。


「お待ちしておりました。お兄ちゃん」


「その呼び方は勘弁してくれよ」


金髪碧眼の第一王女――オーラムがエプロン姿で俺を出迎えた。悪戯っぽく微笑む彼女に俺もたじたじだ。



裏ごしした野菜のポタージュに、オーブンで焼き上がったばかりでまだ温かい自家製パン。ポーチドエッグにグリーンサラダにカリカリのベーコンというメニューだった。


手作りパンとスープだけでもごちそうだが「これくらいしか用意できなくて……」と、オーラムはしおらしく言う。


「いやどれも美味しいよ。それにこうして二人でテーブルを囲んで朝食を食べられるだけで幸せだ」


昼間はクリスたちと一緒に食事を摂ることも多いが、基本的にはいつも独りで味気ない。


「あ、ありがとうございます」


頬を赤らめオーラムはうつむいた。残さず食べ終えて俺は聞く。


「こちらこそ朝食に誘ってくれてありがとう。それで……内密にしておきたい頼みっていうのは?」


「あ、あの……王女の私がこんなことを言うのは……」


「オーラムには世話になってるから、俺にできることならなんでもするぞ」


顔を上げると彼女は真剣な表情のまま、桜色の唇をそっと開いた。


「私を食べてください」


「はい?」


瞬間――オーラムの顔が真っ赤になった。


「ち、違います言い間違えました。わ、私と食べて欲しいんです」


「食べてって……今、一緒に朝食を食べたけど……」


「その……外なんです」


耳の先まで真っ赤になってオーラムは声をひっくり返した。


「落ち着いて話してくれ。外で何を食べるんだ?」


呼吸を荒げて肩が上下する度に、彼女の胸元がゆっさたゆんと揺れる。って、どうしても視線が誘導されちまうな……。


視線をややうわずらせた俺にオーラムは深呼吸をしてから続けた。


「実は……公務以外で城外に出たことがないんです」


少しだけ悲しげな眼差しになったオーラムに俺は小さく頷いた。


彼女は王国の第一王女だ。この国の未来を担う立場にある。


それだけで城の外に出ない理由にもなるのだが、もう一つ理由をあげるなら……オーラムは魔法が使えないのだ。


万が一の時、自衛できないという弱点があった。その点、彼女の二人の妹たちは魔法使いとして高い戦闘力を誇っている。


「もしかして王都の城下町に行きたいのか?」


「は、はい……どうしても食べてみたい料理があって……これは王女ではなく料理研究家のララとしてのお願いです」


オーラムはちょこんと頭を下げた。


「じゃあ俺に頼んだのは正解だな」


妹たちや魔法騎士団がオーラムを護衛すれば当然目立つ。俺も顔が売れてきてしまったとはいえ、王宮の面々に比べれば目を引かないだろう。


「よろしいのですかレオ様? 自分から言い出しておいて言えたことではありませんが……立場上、外に出るのはやっぱり……」


「いいだろたまには息抜きしたって。王女って言っても人間なんだし。一日くらい付き合うから」


「ですが……」


「フローディアだって街にお忍びで出てたしな」


「はうっ……そ、そうですね」


一瞬、オーラムが肩をびくつかせた。邪推だが、もしかしたら気晴らしに街に遊びに行くことに加えて、護衛に俺をつけると第一王女に提案したのはフローディアかもしれない。


不仲な姉妹なら王位継承権がらみの陰謀の影がちらつきそうだが、フローディアに限ってそれはあり得ない。


なにせ自分が謀略に陥れられかけたんだし、フローディアもアルジェナも姉のオーラムを慕っている。


なによりこの俺に白羽の矢を立てたのだから、間違いの起こりようも無いって話だ。


不安げなオーラムに俺は笑顔で告げた。


「大丈夫だって。貴人が城下町でお忍びに出ていても庶民ってものは『こんなところに王女様がいるわけない』って思うものだし、俺のそばにいれば城の中より安全だから。魔族だろうがモンスターだろうが、オーラムには指一本触れさせないって」


「あ、あ、ありがとうございます」


またしてもオーラムの顔が真っ赤になった。そのまま蚊の鳴くような声で呟く。


「けど、少しくらいなら間違いが起こっても……」


「そんなに俺って信用できないか? まあ、ちょっと前までは平民ってことで学園の管理人でしかなかったもんな」


「そういうことじゃないです! だ、誰よりも信用していますから!」


席から立ち上がって胸に手を当てるようにしながら、オーラムは俺をじっと見つめた。


「お、おう。じゃあさっそく行くとするか」


「は、はい! では準備いたしますね!」


さっそく彼女は食べ終えた皿や食器を洗い始めた。俺もシンクに並んで片付けを手伝う。


「なんだかドキドキしてきました。お城をこっそり抜け出すなんて……あっ……ど、どうやって抜け出せばいいんでしょう?」


「抜け出す方法については俺もいくつか心当たりがあるけど、オーラムが城から消えて誰も不審に思わないのか?」


「それでしたらええと……アルジェナと一緒に蔵書庫で調べ物をしていたということに……」


姉妹で連携もばっちりというわけか。タイタニア王はさすがに知らないだろうな。「ちょっと城下町で美味しいモノを食べにいってきます!」じゃあ、許しが出るはずもないし……というか、これから俺がすることは王女の誘拐だ。


バレれば俺は国家反逆罪モノだな。


「俺も少しドキドキしてきた」


「ほ、本当ですか? それはその……嬉しいです。レオ様も同じ気持ちでいてくださるなんて」


嬉しそうに微笑むとオーラムはそっと俺の方に頭を預けるようにしてきた。まるで人なつっこい猫のようだ。


「あんまりくっつかれると皿を拭きにくいんだが……」


「今日は少しだけわがままでいさせてください」


緊張が和らいだのか、オーラムの声色もだいぶ落ち着いていた。



街ではララという名前で通すことにして、平民風の簡素な服に着替えた彼女と城の塔の上で合流する。


短めのマントとモスグリーンのチュニックという出で立ちだ。


「い、いかがですか。ちゃんと町娘に見えるでしょうか?」


「ああ。ばっちりだ。ちょっと美人すぎて目立つってくらいかな」


「うう……レオ様……お世辞がお上手ですね」


「いやお世辞じゃないんだが……」


塔の上からオーラムは街を一望した。


「ところで、ここからどうやって城を抜け出すのですか?」


俺はそっと手を差し出した。


「俺の手を握ってくれ」


「は、はい」


そっと俺と手を繋ぐとララはうつむき加減になる。


「これでよろしいですか?」


「ああ。ちょっと怖いかもしれないが、下を見なければ大丈夫だから」


気配遮断の魔法を組み込んだ理論魔法による足場を構築した。戦闘時は見えないようにするのだが、オーラムが踏み外さないようかすかに光らせてある。


「見えるかオーラム?」


彼女は息を呑んで頷いた。塔から街へと下るように階段が伸びる。


気配遮断によって俺たちを「見よう」と意識しない限りは、看破もされないだろう。


オーラムの手を引いて俺は空中の階段をゆったりと下りていく。


「あっ……あああっ……レオ様怖いです」


「大丈夫だって。この足場はドラゴンが踏んだって壊れないんだから」


城壁の手前まで来て一度、オーラムは立ち止まった。


「この先はもう街なのですよね?」


俺はオーラムの手を離すと先に壁の向こう側に下りて両腕を広げた。


「大丈夫だから飛び越えて来いって。外の世界を見たいんだろ?」


「い、行きます! えいっ!」


さすがアルジェナやフローディアのお姉ちゃんだな。覚悟が決まるとダイナミックだ。


俺に向かって飛び込んできた彼女の身体を抱き留めると、そのまま抱え上げて俺は足場から飛び降りた。


「――ッ!?」


悲鳴を上げそうになってオーラムが両手で口を押さえる。


地面に激突する寸前の所で、俺は重力制御系の魔法で慣性を殺して緩やかに着地した。


そっと彼女をおろす。


「お、驚きましたから。急に飛び降りるなんてあんまりです」


「ごめんごめん。こっちの方が早いと思ってな。それじゃあさっそく、お目当ての美味しいモノを食べに行こうか?」


オーラムの方から俺の手を握ってくる。


「無事に城の外には出られたし、もう手は繋がなくても大丈夫だぞ?」


「まだドキドキが収まらなくて……しばらくこうさせてください」


オーラムの手は少しだけ汗ばんでいた。ああ、護衛なのに彼女を怖がらせて何やってるんだ俺は。



街に不慣れなオーラムだが、お目当ての店の場所はきちんとメモしてきていた。


店があったのは八番街だ。


目的地はミョルニル通り近くの路地にある露店のような簡素な造りの建物だった。


開店直後にもかかわらず、店の前には行列ができていた。みれば男女連ればかりだが……。


とりあえず俺とオーラムも列に並ぶことにした。


「なあオーラム。本当にここで合ってるのか?」


「は、はい。このお店の揚げ菓子がその……と、とっても美味しいそうなんです」


てっきりレストランにでも行くのかと思っていたが、露店とは意外だな。


買い終えた客たちがこちらに流れてきた。揚げ菓子は長い棒状だ。


「変わった形だな」


「チューロスというそうです。甘くてシナモンの風味がすると噂で……。スパイスを使ったお菓子が気になります!」


揚げドーナツのような甘い香りが漂っている。その甘さの中に独特の香辛料っぽさが混ざっていた。


「お、おう。そうか……」


見れば先ほどから、どの二人連れも一本しか買っていない。


「なんで一本しか買わないんだろうな。確かに長いけど、一人一本でも食い切れるだろうに。もしかして……すごく高いのか?」


「それはその……ええと……高いというよりも、二人だけの秘密の『食べ方』があるみたいで……」


先ほどからもじもじとするオーラムだが、どうしたんだろう。


「また顔が真っ赤だな。もしかして熱でも出たのか?」


彼女のおでこに自分のおでこをそっと当ててみる。


「あ、あああああの! 大丈夫ですから!」


「ちょっと熱っぽいかもな。体調が優れないようならすぐに言ってくれよ」


今朝からずっと顔が赤くなりっぱなしだし、少し心配だ。


しかしこの行列だとチューロスとやらを買えるのはいつになることやら。


ベストのポケットから懐中時計を取り出したところで……悲鳴が上がった。


「きゃあああああああああああ!」


前の方で並んでいた男女が蜘蛛の子を散らしたように散ってしまう。


「なんか、急に前が空いたな」


見れば屈強そうな男が二人、露店の女店主に迫っていた。


「おうこら姉ちゃん! なんでオレらには売れないってんだ!」


筋骨隆々に褐色肌の熊のような大男たちだ。


「れ、列に並んでいただければ……」


気弱そうな女店主が声を震えさせた。


「オレたちゃ急いでるんだよ!」


「そそそそれは他のお客様も同じというか……」


「同じなわけあるかぁ! ちちくりあいやがって! だいたい何が“チュー”ロスだ馬鹿野郎! 縁結びだぁ? ふざけんじゃねぇよ!」


黙っていた連れの男が、唇みたいな形をした店の看板を手にすると、バキッと二つに折り曲げた。


こいつは穏やかじゃないな。とはいえ今はオーラムを連れているし、トラブルは極力避けたいところだが……。


「た、大変ですレオ様! お店の方がッ!?」


オーラムも見て見ぬ振りはできないか。


「せっかく意を決して外に出たっていうのに、お目当てのモノがかえなくなっちゃ元も子もないもんな。ちょっと注意してくるよ」


他の客たちがいなくなって、取り残されるように立っていた俺に男の片方が迫ってきた。


「何見てんだコラァ!」


看板を投げ捨ててもう一人もやってくる。こちらから注意に行く手間が省けたな。


「兄貴ぃ! こいつらさっき路上で破廉恥行為におよんでましたぜ!」


そんなことしてないだろ。言いがかりも甚だしいな。


兄貴の方が声を荒げて弟分に聞く。


「何してやがったってんだ?」


「おでことおでこをくっつけあっていやがったんでさぁ!」


「そいつは……有罪だぞてめぇ! オレが裁判官兼死刑執行人だコラァ!」


問答無用で兄貴分が俺に殴りかかってきた。オーラムがいる手前、穏便に済ませよう。


彼女を背にかばいつつ指先で拳の軌道を変えた。魔法を使うまでもない。


大ぶりのパンチが空を斬って兄貴分が目を丸くさせる。


「な、なにしやがったッ!?」


「いきなり殴りかかることはないだろ? 迷惑だからよそに行ってくれないか? それと、お店の看板を壊したのはちゃんと謝れよ」


「オレに命令してんじゃねーよ若造がぁ!」


何を思ったのか熊男は背を向けたかと思うと、露店に突撃するように走っていった。


気弱そうな女店主を押しのけて、煮えたぎる油の入った鍋を手にする。


「へっへっへ……後悔しやがれぇ!」


言うなり熊男は鍋の中身を俺とオーラムめがけて――


「コイツでも喰らってろやクソカップルがあ!」


ぶちまけてきやがった。勘弁してくれ。


「さすが兄貴だぜ! げひゃひゃ!」


斥力場を傘のように広げて高熱の油からオーラムを守る。


「なあオーラム。いくらお前が優しくても……こういう輩はダメだよな」


オーラムは気丈な顔つきで俺に命じた。


「きちんとお仕置きしてあげてください」


「了解だ」


俺が魔法使いだと解った途端、男たちは及び腰になった。


「な、なんだおい魔法使いかよ!? い、いいのか魔法使いが平民に危害を加えて!?」


「今回の場合は正当防衛に該当するだろ」


魔法武器の代わりになりそうなものを探すと、ちょうど鍋をひっくり返される前に揚がっていたチューロスが一本残っていた。それを手に構える。


チューロスの材質を分析して強化する。


「あ、兄貴! こいつバカですぜ! 魔法使いのくせにバカですぜ!」


なぜ二回言う。まったく……。


「そんな揚げ菓子でオレたちとやりあおうってのか!?」


強化したチューロスはショートソードほどの長さで取り回し易い。切っ先を熊男の鼻面に突きつけた。


「ナメやがってブッ殺してやるッ!」


熊男が再び殴りかかってきた。その攻撃が届く前にチューロスで往復ビンタを食らわせる。


「ウゴッ! ウガガッ!」


惚けたように開いた熊男の口にチューロスを突き入れた。


「――ッ!?」


同時にチューロスの先端から魔法力そのものを放出する。衝撃で脳を揺らして気絶させる技だ。


熊男が倒れた瞬間、弟分が悲鳴をあげた。


「あ、兄貴ぃ! お、覚えてやがれよ!」


気絶した兄貴分に肩を貸して男が逃げていく。これに懲りてくれればいいんだが、あの手の連中が改心したという話をあまり聞いたことが無いだけに望み薄か。


振り返るとオーラムがチューロス屋の女店主に寄り添うように手を取っていた。


「大丈夫ですか?」


「は、はい! すみませんせっかく並んでいただいていたのに……意地を張らずチューロスを売っていれば……」


落ちこむ女店主にオーラムはそっと首を左右に振る。


「貴方は間違っていません。反省すべきは彼らの方です」


「ああ、お客様……お客……さま……あの、以前にどこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」


女店主はじっとオーラムの顔を見つめていた。


「え、ええと……初めての来店です」


「そうでしたか。どこかで見たことがあるような……ぶしつけながら誰か有名な方に似ていると言われたことはありませんかお客様?」


「さ、さあ……」


オーラムもこれには苦笑いだ。そろそろ助け船を出すか。


「ララは俺の幼なじみで、先日、田舎から出て来たばかりなんだ」


「そうでしたか。ええと……お客様もどこかで……」


女主人が俺をまじまじと観察する。


「それより怪我はないか? 店の方は……大丈夫とは言えないなこりゃ」


店の顔とも言える看板は折られてしまったし、鍋の油もばらまかれてしまった。


「これくらいなんてことありません。看板は直せばいいだけですし。ただ……今日はさすがに……明日にはまた営業を再開しますから、お二人とも是非ご来店ください。特別サービスしますので!」


オーラムは少し複雑そうだ。さすがに二日連続で城を空けるわけにはいかないんだろう。


彼女には今日しかなかった。


「残念ですが明日は……」


落ちこむオーラムが気の毒だ。俺は女店主に頭を下げた。


「こんな頼みは無理だと思うんだが……レシピを教えてくれないか!?」


この店が行列なのも、きっと秘伝のレシピがあるからに違い無い。その秘密を教えろだなんてとんでもない申し出だと思う。


それでもレシピさえわかればオーラムならきっと再現できるだろうし……。


「はい! そんなことで良ければいくらでもお教えします」


おいおい、ずいぶんあっさりと教えてくれるんだな。


「いいのか? 何か秘密とかあるんじゃ……」


「特にありませんよ。わりと普通のレシピで申し訳ないですけど」


女店主はオーラムにチューロスの作り方を教えてくれた。


「作り方にコツはありますか?」


「最後に愛情をたっぷり込めたおまじないをするのが決めてです」


なんだか二人は楽しげだ。


これで良かったんだろうか。


そう思っていた矢先――警備部の衛兵が通りの向こうに姿を現した。どうやら俺と熊男たちの戦いが通報されたらしい。


事情聴取をされるとやっかいだ。俺はオーラムの手をとった。耳元で囁く。


「あいつらに捕まるとやっかいだ。いくぞオーラム」


「えっ!? 警備部の方々から逃げるのですか?」


「俺はお前を誘拐しているようなものだからな」


警備部の連中が来る前に俺はオーラムを連れて逃げる。


「このまま……どこか遠くに行ってしまうのもいいかもしれませんね」


「いや良くないだろ王女様」


「そうでしたね、お兄ちゃん」


「チューロス屋はダメだったけど、他に行きたいところはあるか?」


「でしたら王宮に戻って、さっそくレシピを試してみたいのですが……」


どうやら“お忍び”はここまでみたいだな。


城壁を越えて王宮にこっそりオーラムを送り届けた俺は、今日のお礼という名目で腹がはち切れるくらいまで、揚げ菓子をごちそうになったのだった。



月曜日の朝――


正門前で掃除をしている俺を、プリシラが訪ねてきた。クリスとフランベルよりも早く寮を出て来たらしい。


「レオっちおはよー!」


「ちゃんと課題は終わったのかプリシラ?」


そっちはばっちりだよ! と、彼女はVサインで俺に返した。


「でねでね! 今日の放課後でもいいから付き合ってよレオっち! 先週話してた超人気のお店なんだけどね……チューロスっていうお菓子なの!」


「チューロスって……あの店か」


店のレシピそのままのチューロスをたらふく食べて間もないので、ちょっと遠慮したいところだ。


プリシラが目を丸くさせた。


「ええぇー!? レオっちチューロス屋さん行ったの? だ、誰と!?」


「誰とって……別に……ひ、一人で」


「嘘だし! あのチューロス屋さんはカップルで行くお店なんだよ? 一本のチューロスを二人で一緒に食べきると……二人は結ばれるっていう……は、恥ずかしいし! っていうか誰と行ったの!?」



「あ……いやそれはその……言えないんだ」


「超怪しいんですけどぉ!?」


「いいかプリシラ。これは国家の安全保障に関わる問題なんだ」


「わけわかんないし! レオっちのばかぁ! エミリアせんせーに言いつけてやるんだから!」


「なんでそうなるんだよ!?」


俺にあっかんべーをすると、プリシラは校舎の方に走って行ってしまった。


あとで何かしらフォローしないといけなさそうだ。


しかし……そういえばオーラムも言っていたんだが、チューロスの秘密の食べ方っていったいなんなんだろう?


プリシラには聞きづらいし……そうだ、情報通なクリスなら知ってるかもしれないな。あとで聞いてみるか。

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