156.禁書6
重力魔法でシャクスを地面に張り付けにしたまま、アルジェナがその首元に切っ先を当てる。
「……降参?」
「へ、へへ……おもしろいじゃねぇか。嬢ちゃんにはまいったよ。降参だ……」
と、敗北を宣言する言葉の中に、シャクスは感情魔法を組み込む。
「アルジェナ! 止めだ!」
俺の言葉にアルジェナは微動だにしなかった。
「ケーッケッケ! 感じるぜぇ。恐れろ! 恐れろオレを!」
フッ……と、重力場が解ける。
「どうしてアルジェナ様は止めをささないの?」
フランベルも異変には気付いている。ただ、何が起こったのか理解まではできていない。
「やばいな。アルジェナのやつ、聴覚も奪われたみたいだ」
動揺で集中が途切れて、鳥かごのようにシャクスを捕まえていた重力の檻が解除されてしまった。
「ったく、手間かけさせやがって。しかし耳を潰しちまうと、これ以上感覚を奪えなくなるんだよなぁ」
ゆっくり立ち上がると、シャクスはアルジェナの背後に回り込んだ。
「アルジェナ様! 後ろ! 後ろ!」
無駄だとわかっていても、フランベルは叫ばずにはいられない。
「聞こえてねぇだろうけど、教えてやるぜ。オレは声だけは奪わねぇ……なぜかわかるか?」
かぎ爪を振り上げて、シャクスはアルジェナの背中を切りつけた。
が、自動防御でアルジェナの身体は守られる。
その攻撃を受けた衝撃を身体に感じて、すかさずアルジェナは剣を振るった。
だが、その一撃は空を斬る。
シャクスは再び空中に逃れていた。
「このまま削り尽くしてやるぜ! ケーッケッケッケ!」
フランベルが蒼月の柄を握りしめた。
すぐにもステージに乱入しようかという雰囲気だ。
こうなると敵が格上だろうが関係ない。フランベルは猪突猛進する。
その思い切りの良さこそが、彼女の持ち味だ。
だが今はまだ、それを発揮する時じゃない。
「やめろフランベル。手を出せばアルジェナはもちろん、お前まで反則負けだのと因縁をつけられるぞ」
「けど師匠! このままじゃ……」
シャクスが獲物を狙う猛禽の急降下を繰り返す。
「……くっ」
致命傷こそ鎧の防御でかろうじて免れているが、劣勢にアルジェナは苦悶の表情を浮かべた。
「いいぞいいぞぉ! 早く悲鳴を聞かせろよぉ! ケケケケッ!」
アルジェナの軽鎧は細かくひび割れ、いつ砕け散ってもおかしくない。
「……パターン解析……12……6……4……9……3……7……」
「なにグチグチ言ってやがる! 砕け散れえええええええええ!」
正面から攻撃を受けて、アルジェナの軽鎧は砕け散った。
「飼うって言ったが、気が変わったぜ! トドメだああああああ!」
空中からアルジェナの背中めがけて、シャクスが襲いかかる。
「アルジェナ様ああああああああああああああああ!」
フランベルが悲鳴を上げた。
アルジェナは理論魔法による防壁も展開せず、髪の毛を振り上げる。
ザシュッ!
「手応えあったぜええええええええ! ケケケ……ケ?」
シャクスが勝ち誇った瞬間、アルジェナの美しい銀髪がステージの上に舞い散った。
シャクスが斬ったのはアルジェナの髪だけだ。
「……私の勝ちです」
シャクスの胸をアルジェナの魔法剣が貫いていた。
「……貴方は『なんで?』と思っているはず」
「な、なんで……なにい!? 聞こえているのか? まさか、見えていやがるのか!?」
「……聞こえない。見えない」
「なっ!?」
「……貴方の行動も言動も、読めていただけ」
「読んだだと!? だがどうやってオレが背後に近づいたと……」
「……髪の毛を斬られた感触はわかるから」
勝利のためなら、あの長く美しい銀髪さえも惜しくは無い……か。
この戦いに勝ち、知識を手に入れるためならなんでもするというのだろう。
恐れ入ると同時に、惜しいと思った。
アルジェナはシャクスの呼吸や言葉までも、読み切っていた。
本来、かみ合うはずもない会話が成立していた。
「バカな!? お前の反応速度じゃ反撃どころか、かわせるわけが……」
なるほど。最初の攻防でシャクスはアルジェナの身体能力的な性能をチェックしていたってわけだな。
「……鎧に与えていた魔法力を回収した分、私はもっと強く、速くなる……あとはこの剣にかけた魔法を解き放つだけ」
「ま、待った! 今度こそオレの負けだ。視覚も聴覚も戻す!」
シャクスはかぎ爪をこするように鳴らした。
キイイイイイン!
と、金属音が響いて、アルジェナはハッと顔をあげる。
「ほ、ほら。これでいいだろ? 今度こそ降参! まいった!」
両腕をあげるシャクスに、アルジェナは小さく息を吐いた。
「……わかりました」
剣を胸から引き抜いて、アルジェナは鞘に納めた。ちょっと人が良すぎるな。
「試合は負けでかまわねえけど、お前も道連れだああああ!」
「……ッ!?」
シャクスがアルジェナの身体をかぎ爪で引き裂こうとした刹那――
俺がアルジェナの目前に防壁を展開して、それを防いだのと同時に……シャクスの首が宙に刎ねられた。
「みっともない真似をするな」
どさりとシャクスの身体が倒れて、それは黒いインクのように溶けて消える。
刎ねた首を拾い上げ、マルコシアスは剣を片手に生首を睨みつけた。
「悪い悪い。冗談だっての。はいはいオレの負けだ」
「そこでしばらく反省していろ」
「うわ! 投げることねぇだろ!」
シャクスの首をステージの外に投げ捨てて、マルコシアスはアルジェナに向き直る。
「そちらも限界だろう。弱った人間を痛めつけてもおもしろくもない」
「……戦える」
アルジェナが戦える状態ではないことは、一目瞭然だ。視覚と聴覚を奪われた今の戦いで、集中力を使いきったに違い無い。
それでも戦おうとするのは、おそらく俺たちにマルコシアスの技を見せるためだ。
「アルジェナ様下がって! これ以上は無理だよ!」
「……大丈夫だから」
やれやれ強情だな。
「気持ちは嬉しいが、下がってくれアルジェナ。初見の敵と戦う訓練なんだ。お前が戦って技を出させたら、そうじゃなくなるだろ?」
マルコシアスは不機嫌そうに笑う。
「我との戦いを訓練というか? 上がってこい」
クイッと顎をあげて挑発するマルコシアスだが、無視して俺はフランベルの背中を軽く叩いた。
「よし! じゃあ行ってこい」
「ぼ、ボクが……あいつと? 大丈夫かな……」
「アルジェナをこれ以上戦わせるわけにはいかないだろ?」
「もちろんさ! ボク、行ってくるよ!」
気合いも十分。フランベルはステージに上がった。
少しおぼつかない足取りでアルジェナが戻ってくる。
二人の少女はすれ違いざま、軽く手を叩き合わせた。
「……ごめんね」
「アルジェナ様はゆっくり休んでて!」
ステージから降りたアルジェナを迎え入れる。
「髪、すっきりしちまったな……」
少しだけ困ったような顔で、彼女は首を傾げさせた。
「……短いの……嫌い?」
「いや、悪くないぜ。なんだか新鮮な感じだ」
「……なら……いいかな……あとでオーラム姉様に整えてもらうから」
簡単に諦められるものじゃないだろうに。
それでも彼女は俺やフランベルに気負わせないよう、平気なふりをしているに違い無い。
「……少し休むね」
建物の柱の陰に彼女は座ると、背中をもたれさせた。瞑想するように目を閉じる。
「ああ。あとは俺とフランベルに任せてくれ」
俺は改めてステージに視線を向け直した。




