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155.禁書5

蔵書庫奥の壁のさらに向こう側――禁書庫に俺たちは行き着いた。


前回同様、結界にアルジェナが触れると、それはすんなりと解除される。


アルジェナが結界を破ったというのではない。結界は張った者の手で解かれたようだ。


本が一人でに台座の上で開くと、そこから魔法力が吹き出した。


「……転移魔法?」


アルジェナが足下に視線を落とす。床に魔法陣が展開していた。


「普通の転移とは違うな」


見たこともない魔法式だった。頭の中にメモしておこう。


フランベルが慌てたように、ポニーテールを左右に振る。


「し、師匠!? どうしよう魔法だよ!? っていうか、いったい何をするの? 戦うんだよね?」


「焦るなって。きっと招待してくれるんだろ?」


転移魔法が発動し、禁書庫の小部屋が揺らいだかと思うと、次の瞬間――


俺たちは古城のような場所に転移していた。


古めかしいだけでなく、廃墟と化した城だ。


その中庭に作られた闘技場だが、変わり果ててしまっても見覚えがある。


先日まで、フローディアと特訓をして過ごしたこの城の闘技場なのだ。


空は厚い雲に覆われ、人の気配はなく、吹く風にはかすかに瘴気が混ざっていた。


「ずいぶんと悪趣味じゃないか。マルコシアス」


視線を上げると、闘技場には三体の影が立っていた。


一人は狼獣人のようなマルコシアス。その両隣に、牛の獣人風と猛禽類の鳥人風が並び立つ。


「ここは我らの世界。貴様らからみれば、本の中……といったところか。それになかなかよくできているだろう。王国が滅び民が死に絶えた世界だ。ただ殺すのもつまらぬからな。この城でしばらく奴隷として飼ってやる」


「し、師匠! あの三人は魔族なの!?」


フランベルが息を呑む。その手は自然と蒼月の柄に添えられていた。


「まあ似たようなものだ。これから試合をするんだが……負けたら連中のペットにされて、最後は殺されるってことらしい」


「えええっ!? ど、どうしよう。ボクは師匠やアルジェナ様みたいに強くないのに……」


さすがに前向きなフランベルも、敵を前に尻込みしたか。


マルコシアスの隣で、鳥人風が声を上げた。


「ケーッケッケッケ! まずはどいつから泣かせてやろうか? おいマルコシアス! 勝ち抜き戦っつってたよなぁ? オレが全部もらっていってもいいんだろ?」


甲高い声で鳥人風はまくし立てる。


「騒ぐなシャクス」


もう一体の牛獣人風は、無言で俺を見つめてきた。フランベルにもアルジェナにも目をくれないあたり、俺との試合を所望しているみたいだな。


「……私が先鋒」


相談する間もなく、アルジェナがステージの上に立った。


「……私一人で終わらせる」


それだとフランベルをつれてきた意味が無いんだが……まあ、そうなったらなったで仕方ないか。


鳥人風――シャクスを残して、マルコシアスと牛獣人風はステージを降りた。


「ケケケッ! 残念だがテメーらの出番は無ぇかんな!」


マルコシアスはステージの下で腕組みした。


「せいぜい足を掬われないことだな」


一方こちらはというと、ステージに上がったアルジェナをフランベルが呼び止めていた。


「ま、待ってくださいアルジェナ様! 先鋒は実力が一番低い人がやるものでしょ?」


その言葉に、ステージの真ん中まで歩み出たシャクスが吠える。


「アアアアアアアッ! ケンカ売ってんのかクソガキ?」


アルジェナはフランベルを背に庇うようにして前に出た。


「……もし、私が負けたら……お願い」


俺たちにそう言い残すと、アルジェナは剣を抜く。


シャクスはカラスのような羽根を羽ばたかせた。その手のかぎ爪をガチガチと打ち鳴らす。


「さあぁて……涙ながらに命乞いしてもらうぜぇ! あれは気持ちいいからなぁ」


恍惚の表情を浮かべるシャクスに対して、アルジェナは眉一つ動かさない。


「チッ……つまんねぇなぁ」


「……決着方法は?」


「んなもん適当でいいだろ? つうか、お前……勝てる気でいるわけ?」


「……勝つから」


先に動いたのはアルジェナだった。無駄を廃した完璧な身体能力強化によって、俊敏な踏み込みから突きを放つ。


その一撃にも理論魔法が込められていた。直撃と同時に消滅魔法を叩き込む本気の攻撃だ。


「遅い遅い遅い! 当たるかよぉ! ケケッ!」


先制されてもシャクスは動じない。体裁きだけでアルジェナの突きをすべて回避した。


フランベルがその戦い振りを目に焼き付けるように凝視する。


「すごいや……アルジェナ様……全然力んでないよ」


肉体の動きから、フランベルもアルジェナの剣技の巧みさを感じたらしい。


緩急をつけたフェイントも混ぜ込みながら、決して相手の反撃を許さず攻撃を続ける。


一連の攻勢はすべてシャクスにかわされたが、俺にはアルジェナがわざとそうしているようにも見えた。


「ケケケッ! 今度はこっちの番だッ!」


アルジェナの攻撃が途切れた瞬間――


シャクスが反撃に出る。鋭い爪がアルジェナの身体を切り裂こうとした。


「ストリップショーと行こうやぁ!」


が、その一撃をアルジェナの軽鎧が弾く。


厳密に言えば、鎧にこめた魔法力が相手の攻撃に合わせてピンポイントで防壁を自動展開するのだ。


「チッ……こざかしい真似しやがって」


爪の一撃を弾き返されて、シャクスは後方に跳ぶと、自分の手首をいたわるようにさすった。


「つうかよぉ……なんとか言えよ! さっきからつまんねぇんだよぉ! 俺を殺したいとか、そういう殺気さえ感じねぇんじゃ興奮できねぇだろ」


声を荒げるシャクスに対して、アルジェナは氷のように表情を変えない。


「し、師匠!? 今のどうなってるの? アルジェナ様は防御したの?」


「あれは鎧のおかげだな。自動防御してくれる優れものだ」


「ボクが装備しても強いのかな?」


「残念だけどお前が着ても、まともに動けないぞ。あれは維持してるだけでも魔法力を消費し続けるんだ」


オンオフの切り替えは着たままでも可能だが、一度オンにしてしまうとしばらくはそのままだ。


フランベルは肩を落とした。


「そっかぁ……ボクじゃ無理なんだね」


悲しみと諦めの感情が入り交じったような瞳で、フランベルはうなだれた。


「お前には必要ないだろ? 短所に囚われて長所を見失うなんてもったいないぞ」


「けど、ボクには優れているところなんて……」


ステージ上では、距離を取ったままのにらみ合いが続いていた。


「クッソつまんねぇ。お前クソ女だな。おい今からでも代われよマルコシアス?」


「先鋒は貴様が希望したことだ。代わって欲しいならとっとと死ね」


「あーったくよぉ。お前って本当に可愛げがねぇのな? しゃーねぇ。後の二人に見せたくなかったんだが、まずはこいつバラすのに集中……っと」


鉄壁のアルジェナを崩す術があるのだろうか。


俺はヤジを飛ばした。


「どんな能力だろうと、アルジェナの防御はお前のゆる~い攻撃じゃ崩せないぜ!」


「オレの能力も知らねぇくせに! 外野は黙ってろ!」


「ならどんな能力か教えてくれよ?」


「お前バカだろ? よく他人からバカって言われるだろ? 敵に手の内明かすわけねぇだろうが?」


「そいつは残念だな」


一方のアルジェナは、かすかに警戒を濃くしつつも平静さを保ったままだ。


「……手の内をさらしてないのは、私もだから」


「いいぜ嬢ちゃん。ここからはオレの時間だ……」


なんらかの感情魔法を込めた呪いの言葉をシャクスはアルジェナにぶつけた。


“嬢ちゃん”と主語を設定して、その効果をアルジェナに固定していた。


「……!?」


「今、動揺したな? くうううう! 怖いか? 怖いだろう?」


どういった類いの感情魔法なのか、ステージ外から確認できない。


人間の魔法はもちろん、魔族とも違うその感情魔法をアルジェナが防いだ気配もなかった。


シャクスは背中の翼を広げて空中に浮かぶ。


が、アルジェナはまっすぐ前を見据えたままだ。


「クケケッ! 平気なフリなんて健気じゃねぇか」


猛禽類が地上の獲物を狙うように、シャクスはアルジェナめがけて上からダイブした。


「アルジェナ! 上だ! 左右どちらかに避けろ!」


方向を固定しないのは、相手にも聞かれているためだ。


俺の言葉に反応してアルジェナが左に跳ぶ。彼女の右肩をシャクスの足のかぎ爪がかすめた。


反対に跳んでいたら、直撃を受けていたかもしれない。


軽鎧が防御する……が、その白銀の装甲に亀裂が入った。


地上での攻撃とは威力の桁が一つ繰り上がるらしい。


「チッ……外野がうるせぇな!」


再び空中に伸び上がるようにシャクスは飛翔した。


フランベルが青ざめる。


「師匠! 何がどうしちゃったの? アルジェナ様の動きが急におかしくなったよ!」


「視覚を奪われたらしいな」


「な、治せないのかな?」


「戦いながらじゃ厳しいだろうな」


空中から俺に向けて、シャクスは指さしながら吠えた。


「ケーッケッケ! その通りよ! これはオレにしか使えない固有の力だ。解除したきゃオレを倒すんだな?」


「じゃあ簡単だな。アルジェナ。これから俺が戦闘管制をしてサポートする。こちらの支持に従ってくれ」


「……うん」


詳しい説明をしなくとも、アルジェナは了承してくれた。


「なぁにが戦闘管制だ! 空中にいるオレに攻撃できんのかぁ?」


「六時方向に仰角三十七度で発射。魔法の種類は任せる」


「……了解」


振り返り剣を掲げると、アルジェナは風の精霊魔法を三連射した。


真空波だ。風の刃がシャクスの翼をかすめる。


「あああああん!? おいマルコシアス! こいつらずるいぞ!」


「外野からの支持を禁止するというルールはない」


「だったらお前もオレになんか助言しろよ!」


「そうだな。まあ、がんばれ」


「クソの役にもたたねぇな」


皮肉っぽく笑いながら、シャクスはアルジェナの上空を旋回した。


「ケケケッ! オレが仕掛けるタイミングはわかるかもしれねぇが、どの方向から狙うかはわかんねぇよな?」


「敵はお前を中心に、高度十五メートルを半径七メートルほどで飛行中だ」


「……重力場設定……起動」


高速で魔法式を組み上げると、アルジェナはそれを発動させた。


アルジェナの足下を除いた、半径七メートルの円形にステージの石畳が陥没する。


「んなあああああああああ!?」


シャクスの翼がひしゃげた。


「敵は五時方向に墜落予定」


「……了解」


落ちてくるタイミングに合わせて、アルジェナはふりむきざまに剣で薙ぐ。


「今だ!」


ブンッ! と魔法剣が薙ぐ。それは落下したシャクスの胸を切り裂いた。


「グアアアアアアアアアアアアア!」


断末魔の悲鳴をあげるシャクスだが……アルジェナの一撃は俺の見立てでは浅かった。

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