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153.禁書3

禁書を中心に張り巡らされた結界を解くアルジェナを見ていて、以前にフローディアが言っていたことを思い出した。


剣も魔法も姉様アルジェナには勝てない。


それは事実だったようだ。少なくとも魔法に関しては……。


禁書に張られた結界を、まるで本のページをめくるように、アルジェナは読み解いていく。


三十分ほどで結界は最後の一枚を残すのみとなった。


「……ふう……あと少し」


「休憩を挟んだらどうだ? 結界の解除だけで疲れ切って、本を読めなくなるかもしれないぞ?」


「……この結界を解除できない人間には、読む資格がない……そう、感じるから」


言われてみれば確かに、重ねられた結界はまるで試験問題のようだ。


一枚剥がすごとに、次の問題が提示される。


様々なパターンが用いられ、全てを知っていなければ解除はできない。かなり高度な内容だ。


ただそのパターンの一部には、常に一定というか……この結界を張ったモノの癖がついている。


その癖を理解したあたりから、急にアルジェナの作業ペースが上がっていった。


出題者の癖を見抜いてパターン解析から、結界解除の効率化なんて並の魔法使いにできることじゃない。


さすがだなアルジェナ。


そして――


満点を求められ続ける試験を、彼女は乗り越え続けた結果、ゴールはもう目の前というところまでやってきた。


「……最後の結界」


アルジェナが結界を解除にかかる。手を貸したい気持ちを抑えて、ずっと見ていたのだが……。


「アルジェナ。そこまでだ」


「……どうして?」


あと一つ、結界の魔法式を書き換えれば結界が破れるというところに来て、俺は彼女の手を止めさせてしまった。


「その式を書き換えると、おそらくなんらかの罠が発動する」


巧妙に隠されてはいるが、おそらく普段のアルジェナなら気づけるレベルのトラップだ。


が、ここにたどり着くまでに精神を疲弊させられていれば話は別だった。


「結界を構築した奴の癖があるだろ?」


「……うん」


「あれはわざとだ。癖を読み込めた人間には、早く解けるようにしてあるんだよ」


詳しく説明しなくとも、アルジェナは俺の言葉の意味を理解したらしい。


「……気付かなかった」


「人を騙すことに長けたやつが張った結界かもしれないな」


「……修正するから」


今度はきちんと罠を回避して、アルジェナは最後の結界を解除した。


結界が破られた瞬間――


台座の上に閉じられていた禁書がひとりでに開いた。


俺は警戒しつつ、アルジェナの前に立って彼女を背に守る。


魔族とも違う、異質な魔法力が本の見開かれたページから溢れ出た。


それは凝縮して人のシルエットを成す。


が、人間ではない。半人半狼。狼男だ。腰に双剣を提げた剣士風の獣人である。


「我が名はマルコシアス。我らの張った結界を解いたのは貴様か」


俺を睨みつける獣人――マルコシアスに、俺は正直に返答した。


「解いたのは彼女だ」


警戒は崩さないまま、道を譲るように脇に立つ。


俺の背後から姿を現したアルジェナを見据えると、マルコシアスは溜息をついた。


「子供ではないか。名は?」


「……アルジェナ」


「そうか。貴様は?」


狼の鋭い視線が俺に向けられた。「彼女の保護者だ」と、だけ返す。


「……本から……人が出てきた」


ぼんやりとした口振りで呟くと、アルジェナはマルコシアスをじっと見つめるた。


「人ではない。我はこの本に記されし情報体だ。本体はここではない別の世界にあって、その影の一つに過ぎない。複製にも満たない残滓のようなものだ」


「……うん」


あっさり理解するアルジェナもアルジェナだが、どうやらこいつはただの獣人じゃないらしい。


別の世界の神霊のコピーの残りカスってところか。


その割に、高位魔族ばりの魔法力をほとばしらせていやがる。


「我らに何を望む?」


「……まだ私が知らない知識を」


マルコシアスは指先で自身の顎を軽くさすった。


「では、我らはその命を要求しよう」


「……命?」


アルジェナはキョトンとした顔をした。


「正確には感情のエネルギーだ」


「……魔法力?」


「違うな。恐怖や怒り、悲しみや憎しみ。そういった強い感情だ。死ぬ間際の恐怖によって我らは満たされる……命を差し出せ。知識の代償としては安かろう」


「……うーん」


アルジェナは真剣な顔で悩み始めた。


「いや悩むところじゃないだろ。お前が殺されたらもともこもないだろうに」


マルコシアスが俺を見据えた。こいつの目……殺気で満ちてるな。


実際にりあってみなければわからないが、おそらくこいつの実力は高位魔族と同等ってところだろう。


まあ、残滓でそのレベルなのだから、本体はかなり強力だろうし……むしろそっちに興味が……って、自制しろ俺。


マルコシアスは牙を見せて笑った。


「支払いはその男で良い」


「……だめ。だめです」


アルジェナは首をゆっくり左右に振った。


しかし、先ほどから少し気になる点がある。


「なあ、お前はさっきから“我ら”って複数形で言ってるけど、他に誰かいるのか?」


「交渉は我一人で十分だ。では、良い声で鳴け」


双剣の柄に手を添えたマルコシアス。こちらもタダで殺されてやる義理はないが、反撃して禁書を損なうようなことになっても困る。


こいつが本の中の情報だとするなら、倒してしまって内容が消えてしまうなんてことも、あるかもしれない。


「……他の方法はないの?」


アルジェナの質問にマルコシアスは頷いた。


「良かろう。我らの中に、貴様らに興味を持った者があと二人いるが……提案しよう。我ら三人と戦い、倒せば貴様に知識を与えよう。敗北した場合、全員の命をいただく。我らの世界に招待し、じっくりと時間をかけて恐怖と苦痛を与え続け、事切れる寸前まで悲鳴を上げ続けてもらおう」


「……それは」


「退くというなら構わぬ。が、次の機会は二度と訪れぬと知るがいい」


俺は頷いた。


「最初から退く気はないけど……そうだな。じゃあ、三対三の勝ち抜き戦でどうだ?」


「ほう。臆するどころか……ずいぶんと楽しげだな人間」


アルジェナが不安そうに瞳を潤ませた。


「心配いらないって。ちょうど、こういう状況を欲してる奴がもう一人いるんでな。すぐに連れてきてやるよ」


助っ人を誰にするかは、もう心に決めていた。


あいつにとっては完全に相手の方が格上だが、これくらいの相手との一対一は経験はしておいてもいいだろう。


「人間。もう一度聞く……名はなんという?」


「レオ・グランデだ。ところで、こんな狭い場所で戦うなんて言わないだろうな?」


「安心しろ。こちらで場所は用意する」


「あと一つ心配なんだが、お前を倒して本の中身が消えるとか、そういうことは起こらないよな?」


マルコシアスの表情が険しくなった。


「貴様、我らを倒せると本気で思っているのか?」


「いや、倒すと色々まずいってことになると、こっちもどの程度まで手加減していいかわからないだろ」


睨みつけていた視線を外さずに、マルコシアスが口を大きく開いて笑った。


「ハハ……ハーッハッハッハ! ぬかしたな人間。安心しろ。本を破壊されれば我らは消えるが、我らが消えても本がある限り甦る」


なるほど。あの禁書結界はそれを手にするに値するかどうか、試験を兼ねつつ本体を守るためだったというわけなんだな。


「それじゃあ準備してくるから、夜にでもまた来るぜ」


「好きにしろ。貴様も休むなり準備を整えてくるが良い」


アルジェナに告げると、マルコシアスは背を向け……フッと消えた。


再び禁書が結界に包まれる。が、その陣容はアルジェナが解いたものとまったく同じものだった。

結界を張り直すなら変化をつけるものだが、わざとこうしたのだろう。


そのまま襲いかかってくるかとも思ったが、一度こちらに準備期間を与えるなんて案外親切な連中なのかもしれない。


「……準備しないと」


「そうだな。じゃあ俺も助っ人を呼んでくるよ」


「……巻き込むのは……」


気乗りしないみたいだが、話を振ればきっとあいつは大喜びで参加するだろうな。


なにせ、王女様が大好きみたいだし。


「心配いらないって。俺がちゃんと引率するから」


「……知ってる人?」


「ああ。アルジェナも一度会ってるぜ」


「……本当にいいの?」


「任せておけって」


不安げな彼女の頭を、俺はぽんぽんっと優しく撫でた。


っと、小柄だからついやってしまったが、アルジェナってクリスたちよりも年上なんだよな……。


アルジェナは目を細めて、少しリラックスしたような顔になった。


集合時間をアルジェナと決め、俺が使う魔法武器に関しては、騎士団の魔法武器を借りることになった。


あの剣は扱いやすいんだが、全力を注ぐと刀身が持たないんだよなぁ。


そこそこ頑丈な魔法武器が欲しいところだが、七連星工房に頼むにしても無い袖は振れないし……さて、どうしたものか。

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