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152.禁書2

蔵書庫の扉は開いていた。もし、鍵が内側から掛けられていたらフローディアかオーラムに、鍵を借りる必要があったんだが、杞憂に終わったな。


中に入ると、相変わらず庫内はどこかひんやりとした空気に満ちている。


奥へと進み、円卓までやってきた。


アルジェナが分厚いカバーの本に視線を落としている。


長い銀髪は透き通るように美しい。


こうしていつまでも見ていられるくらい、その髪は艶やかだ。


集中しているみたいだし、邪魔しちゃ悪いな。


それに、じーっと見つめたまま立っているのも不審すぎる。


何か適当に読んで待とう……と、思った俺に、アルジェナは視線を向けた。


「……来てくれた」


「あ、ああ。善は急げっていうしな。けど、その本を読んじまいたいなら、待ってるぜ?」


彼女はしおりも挟まず、本をパタンと閉じた。


「……ううん。大丈夫」


相変わらず淡々とした口振りだ。その声は、まるで透き通った清流のように澄んでいる。


「手紙読んだぞ。何で最後に燃えるような仕掛けをしたんだよ」


「……恥ずかしいから」


「別に普通の手紙っていうか、しっかりとした内容だったし恥ずかしいところなんて無かったけどな」


「……それでも恥ずかしい」


かすかにアルジェナの頬に赤みがさした。そして、ふと気付く。


「そういえば、最初に会った時と同じような雰囲気だな? なんていうか……あ! 口調だ!」


「…………?」


アルジェナは不思議そうに首を傾げさせて、じーっと俺の顔を見つめた。


「ほら、何度か会ううちに口調がしっかりしだしたっていうか……」


「……こっちが普通。本当は……あんまりちゃんとしてないから」


三姉妹のしっかり者ポジションだと思っていたんだが、アルジェナ自身はそう思ってなかったみたいだ。


「……どっちがいいですか?」


わざと「ですます」口調で彼女は聞いてきた。


「普段通りでいいよ」


「……うん」


頷くとアルジェナは、ぼーっと虚空を見上げる。


「ええと、あの……アルジェナ?」


「……アーちゃん」


少しだけアルジェナは不機嫌そうな顔をした。


「もう身分を俺に隠す必要無いだろ?」


「……うう」


彼女は小さくうつむいた。


アーちゃんとは、彼女が正体を隠した時の呼び名だ。


王族を呼び捨てにする俺も大概なんだが、なんとなくアーちゃんと呼ぶのが恥ずかしい。


「それで、俺に用事って?」


「……あっ……そうだった」


「何か相談したいことがあるんだろ?」


「……禁書庫」


禁書というのは禁じられた本……だよな? それが集められた部屋でも別にあるんだろうか? というか、わからないだろ。


「なあ、アルジェナ。単語だけじゃ相手に真意は伝わらないぞ?」


手紙じゃしっかりしてるのに……いや、その手紙にあったか。


口べただって。


「……ええと……禁書庫はこの部屋の一番奥の、本棚の裏にあって……」


「そこに用事があるのか?」


「……うん」


「わかった。じゃあ本棚を動かせばいいんだな?」


アルジェナも元はと言えば魔法騎士団長候補なので、魔法による身体能力強化で腕力を上げれば、本棚くらい自力で動かせるんじゃないのか。とも思う。


が、そうもいかない事情でもあるのかもしれないしな。


俺は立ち上がると、本棚の並ぶ蔵書庫の一番奥へと進んだ。


一面本棚で埋まった奥の壁の前に立つ。


隙間無くびっしりと本棚で埋まっていて、どこをどう動かせばいいのかさっぱりわからない。


探査魔法でも走らせようかと、手を伸ばした瞬間。


「……待って」


アルジェナが俺の腕に抱きつくようにしてきた。


フニン……と、柔らかい感触が上腕に押しつけられる。


「うおわああ! いきなり何するんだよ!?」


「……それはこっちの台詞。それに、書庫内ではお静かに」


めっ! と言うような口振りで、怒られてしまった。


言いながら彼女は、そっと俺の腕の拘束を解く。


どことなくだけど仕草にオーラムのような雰囲気を感じた。


もしかしたら、幼い頃にアルジェナはオーラムに、こんな感じで接されていたのかもしれないな。


そして自分がお姉ちゃんになってからは、アルジェナはフローディアにお姉ちゃんらしく振る舞って……今、俺にも同じようなことをしているわけだ。


俺もフローディアと同じ扱いかよ!


「なあアルジェナ。禁書庫はどの本棚の裏にあるんだ?」


アルジェナは黙ったまま、とある本棚の前に立った。


ずらっと並ぶ様々な種類の本のうち、他よりも背表紙が出っ張っている本を次々と押し込んでいく。


ゴゴゴゴゴ……。


と、音を立てて本棚が床の下に吸い込まれ、奥へと続く隠し通路が現れた。


「って、仕掛け扉かよ。アルジェナ……俺に頼みたいことって力仕事じゃなかったのか?」


「…………」


フルフルフルっと、彼女は銀髪を三回左右に振った。


「この奥に行くんだな」


王国の禁書庫か。興味が無い……と、言えば嘘になる。


「……うん」


俺は彼女を連れて通路を進んだ。



禁書庫というから、てっきり“そこ”も壁一面本だらけかと思いきや……奥へとたどり着くと、蔵書庫とは比べものにならない小部屋に出た。


学園の宿直室よりも狭苦しい。


その小部屋の中央に台座があり、一冊の本が置かれている。


この隔離された一冊から、魔法力がにじみ出ていた。


なるほど……禁書ってのは伊達じゃない。


台座の周囲に、様々な術式に対応した多重結界が張られている。


この一冊を閉じ込めるためだけにしては、ずいぶんと大仰なことだ。


檻……いや、本を閉じ込めるというよりも、それを守るための堅牢な要塞のようにさえ感じられた。


積層された結界は、一枚一枚がかなり強力なもので、転移魔法を完全遮断する構成がとられている。


結界内に外から転移魔法で侵入することは不可能だ。


またその逆に、台座の上にある本を、手元に転移魔法で取り寄せることもできない。


しかし、見れば見るほどこの結界……張り方がおかしいな。


普通は外からこの本の台座を囲むように術式を展開するはずだが、俺の見立てではこの結界は、内側から外に向けて重ね張られているのだ。


であれば、結界を張った魔法使いが台座のそばで倒れているなり、骸になっているはずだろう。


この結界を施した術者の姿が無い。壊して外に出たなら結界は破損してしまう。


魔法的に完全密室状態だ。


結界の謎に首を傾げる俺に、アルジェナが告げた。


「……異界グリモア」


「それがこの本のタイトルか?」


「……うん。この蔵書庫にある歴史書に、その名前があったから。弱き者は決して触れてはならない。タイタニア王家繁栄の血塗られた秘密」


血塗られたとはまた、物騒だ。


「じゃあ、そっとしておけばいいんじゃないか?」


「……私は弱い。だから触れちゃいけないのかもしれない……けど」


悲しげな瞳で本好きな第二王女は俺を見つめた。


「ならなおさらだ。こんなに厳重な封印のされ方をしてるんだし、どんな呪いが飛び出してくるか、わかったもんじゃない」


「…………」


だから俺の力を借りたいと、アルジェナの顔には描いてあった。


「そこまでして読みたいのか?」


コクコクと彼女は首を縦に振る。


「……負けるつもりはないけど……もし私の力が足りない時は、私に代わって封印してほしいから」


なるほど。アルジェナとしては俺という保険を掛けた状態で、この本に挑みたいというわけか。


モノにもよるが、禁書の類いは読めば精神にダメージを負うこともざらだった。


もちろん、そのリスクを上回る知識も蓄えられている。


異界グリモア。おそらくその名前からして、異世界の神霊の知識が書かれているのだろう。


アルジェナは、じっと俺を見つめ続けた。


吐息がかかる距離にまで顔を近づけて……うめく。


「……ううう」


「ずいぶんと熱心なんだな。けど、アルジェナは文武両道なんだし、無理に禁書なんかに手を出さなくてもいいんじゃないか?」


「……今のままじゃだめ。もっと……もっと強くなりたい……黒竜を倒せるくらいには……」


思い詰めたようにアルジェナは呟いた。竜狩りの事件は彼女の心に重い影を落としたままなのだ。


その小さな肩が震えている。国務を担うという大任をこなそうとする彼女は……まだ子供だ。


まあ、十年前の俺も人のことは言えないけどな。


焦らずゆっくりと言っても、なかなか聞き入れてもらえそうにない。


昔の自分もそうだった。今朝会ったフランベルの顔が思い出される。


強くなりたい……。強くなるために挑戦したい……か。


「わかった。俺はこの結界の解除は手伝わない。自分の力で挑んで……その上で、何かまずいことが起こりそうになった時は、任せてくれ」


アルジェナの顔が驚いたようになる。


「……いいの?」


「お前が言ったことだろ。手伝ってほしいって」


「……うん」


もう一度ほっぺたをほんのり赤くさせて、アルジェナは頷くと禁書を包む結界に向き直った。


解除のお手並み拝見といこう。見守ることも教員の務めだ……って、俺はアルジェナの先生じゃないんだけどな。


最近めっきり、こういう考えが板についてきたかもしれない。

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