149.モフモフモフ3
午前中の庶務をこなす間、キュンコは相変わらず俺にぴったりくっついて回った。
俺が作業を始めると手伝おうとしてくれるのだが、見よう見まねではうまくいかない。
キュンコにいちいちやり方を教えるので、今日の庶務は全般的に時間がかかった。
それに教えてもちゃんとできないことの方が多い。まあ幼いのだし、人間の暮らしに初めて触れるんだから当然だ。
一番マシだったのは雑草抜きだが、キュンコにやらせたところ……そこらじゅうが穴だらけになってしまった。
地属性の精霊魔法で地面の穴を塞いで一息つく。
視線を上げると、キュンコは校舎の窓にぴたりと張り付いていた。
「ここ、昨日もみたのです。人間がいっぱいです。なんでいっぱいですか?」
教室ではエミリアが魔法史学の授業の真っ最中だ。
「みんなここで学んでるんだ」
「まなぶ?」
「そう。人間は勉強するんだよ」
「キュンコもベンキョーしたら、もっと人間になれますか?」
窓際から俺の元に戻ってくると、キュンコは祈るように手を組んで瞳をキラキラさせた。
「キュンコは人間になりたいのか?」
「当然ですから。パパさまの子なら、もっと人間じゃないといけません」
「だから俺はお前の……」
まん丸のガラス細工みたいな瞳がうるっと湿り気を帯びる。
「ああ……ったく……まいったな」
「キュンコもベンキョーしたいのです! パパさまに誇ってもらえる良い子になるのです!」
俺は腕組みをすると頷いた。
「わかった。じゃあ勉強しに行こう」
午前中の庶務のいくつかを午後に回すことにして、俺はキュンコを連れて図書室に向かう。
勉強を教える……というのは建て前で、こいつがなんなのか調べるためだ。
「わーいわーい! キュンコはベンキョーがんばります!」
ああ、健気だ。それを騙すのは忍びない。が、ずっとこのままというわけにもいかなかった。
◆
「パパさま、ここでベンキョーですか!?」
「しーっ。声の大きさを抑えてくれ。図書室では静かにな」
口元で人差し指をばってんに交差させて、キュンコはこくこく頷いた。
顔見知りの司書がいるくらいで図書室は貸し切り状態だ。
生徒たちは授業の真っ最中なのでそれもそうか。
俺は声のトーンを落として聞く。
「さてと。まずはキュンコ……文字は読めるか?」
「もじー?」
「勉強するなら、きちんと文字を読み書きできなきゃならないんだ。ちょっとキュンコには難しいかもな」
キュンコはうつむいてしまった。耳も尻尾もぺたんと下を向く。
「難しいのですか」
「難しいぞ。人間になるには越えなきゃならない厳しい関門がいくつもあるわけで……とりあえずそうだな……」
新刊コーナーをざっと確認すると、誰が寄贈したのか仮面ジャスティスの絵物語の最新刊が棚に入っていた。
それを手にとって、キュンコを読書スペースの机の前に連れて行く。
椅子に座らせ授業開始だ。
「文字は読めなくても絵でなんとなく内容はわかるだろ。この本を読んで……いや、見ててくれ。それでどんなお話だったか、あとで俺に教えるってのが課題だ」
「わかったのですパパさま!」
大きな声を上げてから「わかったのですパパさま」と小声で幼女は言い直した。
本を読ませている間に俺は司書の元へと向かう。
司書の女性教員にそっと聞いてみた。
「モンスターの図鑑はあるか? できれば寒い地域に生息しているモンスターを中心に、編纂してあるやつだと助かるんだけど」
「でしたらあちらの棚ですね。ところで見ない子ですけど授業はいいんですかレオ先生?」
右手奥の書棚を指さして、司書は微笑む。
「その呼び方はせめて、俺が教員に採用されてからにしてくれ。あいつは……学園長から預かってる生徒なんだ。ありがとな」
適当に話を作りつつ、教えてもらった棚から一冊見繕う。大きな判型で絵図の多いものを選んだ。
それを手にキュンコの隣の席に座る。
キュンコは絵物語の本に集中していた。
俺は本をぱらぱらめくる。
「パパさま。なにをしてるんです?」
「本を読んでるんだ」
「そんなに早くですか? キュンコは一つ見るのも大変です」
「まあ、俺の場合はおおざっぱに中身を見てるだけだからな」
ページを流していったが、キュンコと似た狐系のモンスターがいくつか載っていたものの、特徴的な耳と尻尾の模様が合致しなかった。
キュンコの尻尾の先は毛筆に墨を吸わせたような、不思議な模様だ。
俺は一冊目を棚に戻すと、二冊目を読み込んだ。
キュンコの手がかりは見つからない。内容も一冊目と重複するところが多かった。
三冊目も四冊目も、これという情報は出てこない。
次に手に取ったのはモンスターではなく、神獣や聖獣、霊獣に関するレポート集だった。
モンスターと神獣や聖獣の境目というのは曖昧で、人間の側から分類したものでしかない。
違いは人間に敵対的行為をとるかどうか。それだけと言ってしまっても差し支えがないだろう。
パラパラとページをめくるうち、ようやく俺は目当ての項目にたどり着く。
そこにはキュンコの特徴と一致する、聖獣についての調査記録が書かれていた。
「筆神の使い……か。なるほどな」
キュンコの種族は北方の九重山に住んでいる、人語を理解する高い知能を持った霊獣だ。
麓の村では神の使いとしてあがめられ、その地域の人間に文字を教えたという伝承があるらしい。
その土地に古くからあった文字は、現在の王都で使われている文字とは違うものだ。
魔法力のこもった古代文字による“失われた魔法系統”にも関連しているとのことだった。
そんな山奥からどうして……いやどうやって王都に来たんだろう?
そっとキュンコを見ると、絵物語をまだ半分も読み終えていなかった。
とりあえず、次にこいつが眠ったら九重山まで送ってやるのが無難だろうな。
座標を固定してないから直接は無理だが、長距離転移魔法で最寄りまで跳べば、わりとすぐにでも故郷に送り届けてやれるはずだ。
方針も決まってようやく余裕もできてきた。
さてと、もう少しだけレポートの続きを読んでおこう。
なになに……筆神の使いの雌雄の見分け方については尻尾の数を参照し、奇数が……
「パパさまパパさま。キュンコはお腹がぺこぺこになりました」
俺は本をパタンと閉じた。
「そろそろ昼か。それで、キュンコは本は読めたか?」
「それがその……む、難しいのです。キュンコはベンキョー苦手かも」
「まあ向き不向きはあるし気を落とすなって。少し早いが飯にしよう」
本をそれぞれ元あった棚に戻して、俺はキュンコを連れて図書室を出た。
キュンコが俺の隣に立って、きゅっと手を握ってくる。
二人並んで廊下を歩いた。
「パパさまの手はおっきいです」
「大人だからな」
「キュンコはちっちゃいです。早くパパさまみたいに大きくなりたいなぁ」
どことなく悲しげな口振りが気になって、俺は首を傾げた。
「大人とか人間にならなきゃいけない理由でもあるのか?」
「それは……えっと……」
「言いにくいことなら無理に言わなくてもいいけどな」
「…………キューン」
キュンコは狐っぽく鳴くと、それっきり黙り込んでしまった。
◆
昼休みに入る前に、カフェテリアで昼食をさっと済ませた。
「ごはんおいしいです。けど、パパさまのごはんはもっとおいしいですから!」
気落ちしたようにみえたキュンコだが、おいしいモノを食べるとあっという間にもとの元気を取り戻した。
カフェテリアから管理人室に戻って、キュンコと二人きりだ。昼休みに入った校舎は生徒たちでごった返している頃だろう。
「パパさま。ベンキョーのつづきは?」
「なあキュンコ。さっきお前のことを調べたんだ」
「え? しらべる?」
「ああ。本にお前の種族のことが書いてあった。九重山に住んでたんだろ。ここからずっとずっと北だ。狐の姿でここまで旅をしてきたのか?」
「うう……キュンコは……わかんないです」
「いったいなにがわからないんだ?」
「キュンコのパパさま……えっと、パパさまじゃなくて……狐の時のパパさまが……いなくなっちゃったのです」
「いなくなった?」
「匂いをおいかけたら、キュンコは目の前が真っ暗になって……気付いたら暗くて冷たいとこに……キュンコは狐として捨てられちゃったんです」
思い詰めたようにキュンコはうつむいた。
「キュンコにはもうパパさましかいないのです!」
「どうしてキュンコは本当のパパさまを探さないんだ? 嫌いなのか?」
じわっとまん丸な瞳に涙が浮かび上がった。
「嫌いじゃないけどパパさまがキュンコのこと嫌いになっちゃったから……。キュンコがいくらパパさまが好きでも、パパさまに嫌われちゃったから、キュンコはもう一人前になるしかないんです」
小さな頬に涙がいくつも伝って落ちる。
聞きかじった上での勝手な推測だが、キュンコの本当のパパさまはおそらく、今も人間に捕まっているんだろう。
親をさらってその匂いで、子供を誘い出し両方とも……ってところか。
キュンコのパパさまはキュンコだけでも、その暗く冷たい場所から逃がそうとしたのかもしれない。
なにやら、やむにやまれぬ事情がありそうだ。
「キュンコはどうしていいかわからなくて、そしたらパパさまが……レオパパさまがやってきて……最初は怖くてキュンコはパパさまに噛みついたのに、パパさまは許してくれて……人間の名前をくれて……」
「ごめんなキュンコ」
「どうしたのです!? なんでパパさまがキュンコに謝るんです?」
「正直に言うよ。お前が寝たらこっそり故郷に送り返すつもりでいた」
「キュンコは……キュンコはもう一度パパさまに捨てられるんです!?」
俺はキュンコをぎゅっと抱きしめた。
「ちゃんとお前を……いや、お前たちを返してやる」
「パパさま?」
「お前の本当のパパさまを助けに行こう」
これまでモンスターを殺し続けてきた俺が、こんな事を言える義理なんてないのかもしれない。
それでも関わり合ってしまった以上、放ってはおけなかった。
「た、助ける?」
「お前のパパさまはお前を嫌いになったわけじゃない。ただ、お前を逃がすためにはどうしても、その場所に残らなきゃいけなかったんだ。なあ……自分がどこから逃げて来たかわからないか?」
キュンコは俺の腕の中で震えた。首を左右に振る。
「わかんないです。パパさまの匂いはかすかに感じるけど……」
王都は広い。旧市街も含めれば、足で探して回るのにも限界がある。
「だめなのです? キュンコ……パパさまを助けられないのです」
「俺たちだけじゃ探し出すのは無理かもしれない」
「キューン……」
「けど、こういう情報に詳しい仲間がいるんだ」
肝心なときに頼ってばかりで申し訳ないが、ここは「闇を切り裂く白刃の使者」こと、正義の味方のお力を借りさせてもらおう。




