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148.モフモフモフ2

結局、どこにいくにも狐は俺の隣をぴたりとマークしてきた。


一日の作業が終わり、管理人室にまで押しかける。


「キューンキューン」


愛おしげに見つめてくる視線に……こちらも折れてしまった。


「キューン!」


部屋にいれると狐は室内をひゅんひゅんと、風のように飛び跳ねて回る。


「暴れるなっての」


「キュン!」


注意した途端、ぴたりとそれをやめる。俺の言うことは「帰れ」以外なら基本的にきいてくれるらしい。


「飯にするか」


買い置きのパンに卵とベーコンで簡単な食事を用意した。


「ベーコンはお前にはちょっと塩っ気が強すぎるかもな」


「キューンキューン」


まあ、こいつの口に合うかわからないが他に食い物もないことだし、ここは我慢してもらおう。


冷蔵庫から牛乳を取り出して皿に注ぎ、いっしょにベーコンエッグも用意した。


牛乳を飲んでベーコンエッグを平らげると、狐は俺のベッドの真ん中にひょいっと乗って、ごろんごろんと寝返りを打つ。


「食べてすぐに寝ると牛になるぞ」


「キューン?」


「狐が牛になるってのも変な話か……って、何を言ってるんださっきから俺は」


俺のベッドをすっかり占領して、狐は目を細めつつ大きなあくびをしてみせた。


こっくりこっくり……あっという間に小動物は夢の中だ。



食事を済ませてシャワーで一日の汗を流し、そろそろ寝ようかと思ったところで問題に直面した。


狐はすっかり気持ちよさげに寝息をたてている。ベッドを奪われた格好だ。


「本当に何様ですかお前は」


そっと持ち上げてスツールの上に寝かせ直すと、魔力灯の照明を落として俺はようやくベッドに寝転んだ。


闇の中で目を閉じているうちに、だんだんとまどろんでくる。


しばらくすると……ベッドに“何か”がもぞもぞと入ってきた。


ああ、本当にしょうがないな。


追い出すのも面倒なので、俺はそのまま眠りに落ちることにした。



今日も心地よい朝がやってきた。


が、やけにベッドが狭く感じられる。俺の身体は壁際によせられていた。


「スヤー……スヤー……」


聞き慣れない呼吸音がする方へと俺は顔を向ける。


そこには……狐耳を頭からはやした謎の生き物が寝息を立てていた。


まるで着ぐるみというか、大きなぬいぐるみのような感じだ。


全身が白いシルクのような長毛に覆われている。


胸も腰も凹凸の無いストンとした体型だが、どことなく丸っこい。


女の子……か?


ケモノ幼女はお尻のあたりで、見覚えのある特徴的な二本の尻尾を、寝息に合わせてリズミカルに揺らしていた。


「お、おい……お前……」


声を掛けると寝息が止まって、ケモノ幼女はぱっちりと目を開けた。


「おはようパパさま」


「お、おは……え?」


「パパさまどうしたのですか?」


くりくりっとした瞳で少女は俺を見つめてきた。


ベッドから飛び出て俺はその顔を指さす。


「いや状況が把握できないぞ! お、お前はいったい何者だ?」


「昨日ずーっといっしょにいたのに、忘れちゃったのです?」


ああ、そうだ間違い無い。彼女が現れてこの部屋からツインテールフォックスが影も形も消えていた。


「狐……なのか?」


「狐じゃないですから。パパさまの子になったのです。人孤ですから」


「俺の子って……さっぱり意味がわからんのだが」


「血を分ければ家族ですから。それにパパさまが言ったですよ? お話したいって。だからできるようになったのです」


ケモノ幼女はベッドから起き上がって立つと胸を張り、ドヤ顔をしてみせた。


姿形は変わっても、そのまとっている雰囲気はまさしく昨日の子狐のそれだ。


「ええと……一つずつ整理していこう。お前は昨日の狐だよな?」

「そうですとも」



「どうして人の姿になったんだ? そういう種族なのか?」


「パパさまの血がそうさせたのです」


噛まれた時か。


俺の身体は毒の類いを無効化するが、まさか俺の血を得ることで人化するモンスターがいるなんて……。


「吸血種なのか?」


「よくわかりません」


「名前は?」


「ありません。だからパパさま。早く名付けてほしいのです」


「そのパパさまって呼び方はやめてくれないか」


「ぱ、パパさまはパパさまです。この姿になったのもパパさまの血のおかげですから」


つまり……つまりだ。


俺はいきなり子持ちになったということらしい。


そして認知を求められている。


悪い夢なら醒めてくれ。


「さあパパさま。名前をつけてください! とびきり素敵なお名前を!」


幼女が俺の元にすり寄ってきた。足に絡みつくような感じにも覚えがある。


「つけなかったらどうなる?」


「う、うう……とってもとっても悲しくなるのです。胸がキューンと痛くなります」


幼女は瞳に涙をため込んだ。


「わ、わかった! 名前をつける! ええと……そうだな……キュンキュン鳴いてたかキュンコだ」


今にもこぼれ落ちそうな涙が、キュッ! と引っ込んだ。


そしてとびきりの笑顔で幼女は万歳する。


「わあああ! キュンコ嬉しいです! パパさまありがとうございますから」


俺にぴったり身体を寄せて、キュンコはバタバタと尻尾を踊らせた。


ええと……どうすりゃいいんだ……この状態。



結局どうすることも出来ず、キュンコと一緒に朝食を食べた。


歯を磨いていると「キュンコもやってみたいです」と興味を示したので、新しいのをおろしてやる。


歯磨きを覚えてケモノ幼女はドヤ顔だ。


「キュンコはこれで人間ですね……あう」


「どうした?」


「うんこでますし」


「お、おい! ちょっと待てするならトイレだ!」


まさか幼女にトイレの使い方を教えるはめになるとは思わなかった。


朝から一騒動ありつつも、俺は普段通り準備を整え仕事着に着替えた。


「とりあえずお前は留守番……」


と、言いつけ終える前にキュンコは管理人室から飛び出した。


「キュンコもいっしょにいきますです!」


部屋から出た俺の隣にぴたっと寄り添う。


全身ふわっふわの毛に覆われているから不要といえば不要なんだが……服がない。


全裸といえば全裸だ。生まれたままの姿だった。


どこかで調達した方がいいんだろうか。


「パパさま! 今日はなにをしますか?」


「お前には留守番をしてもらいたいんだが」


「なりません。パパさまは狙われてますから」


「俺が狙われている?」


キュンコは尻尾をビシッとVの字に立てた。


「あの三人がまた、いつ襲ってくるかもしれないのです」


「三人ねぇ……」


キュンコの中ではクリスたちは敵として認定されたらしい。


「あいつらは俺の教え子で敵じゃないぞ」


ぶんぶんと小さな頭を左右に振って、キュンコは俺の顔を見上げると真剣な口振りになった。


「本能です。わかります!」


こいつの野生はたぶん当てにならないな。


しかし、まあ、無理に留守番させるのも良い作戦とは言えないかもしれない。目の届く範囲に置いておく方が、何かあっても対処しやすかろう。


それにこうして会話ができるようになったんだから、どこからなにをしに、どうしてここに来たのか聞き出す良い機会だ。


校舎内の長い廊下を歩きながら俺はキュンコに質問する。


「お前はどこから来たんだ?」


「ええと、わからないのです。気付いたら……ここにいました」


「ずいぶん曖昧だな」


「いいのです。キュンコは昔いた場所よりも、パパさまのそばが良いですから。食べ物はとってもおいしいし、寝床もふかふかで幸せですもの。なにより、すぐ近くにパパさまがいて、ぬくもりがあって……パパさまの良い匂いがして……寒くも寂しくもないのです」


幼女は嬉しそうに目を細める。


「そんなに寒いところにいたのか?」


「とっても寒くて寝床も石でカチカチで、独りぼっちはもう嫌ですから」


まいったな。人間世界の環境に馴染まれると、帰るべき場所に帰れなくなるかもしれない。


「パパさまはとっても大好きです」


俺にモフっと抱きついて、キュンコはスンスン鼻をならした。


「おいちょっとやめろって。歩きにくいだろ」


「はいですパパさま」


あんまり懐かれても困るんだが、さてと……どうしたものか。



箒で正門前を掃き清めると、キュンコも自分の背丈より高い箒を使って、俺の真似をし始めた。


「キュンコもできますから」


サッサッサ……と俺が掃いて集めたゴミを、ザカザカザカー! と、キュンコの箒が散らかしていく。


終わりなき戦いだ。


「こらキュンコ。掃除にならないだろ」


「掃除?」


「清掃活動だ。こうやってゴミや落ち葉を集めて処分するんだよ」


「おー。キュンコはまた一つお利口になりました」


手を止めると、小さな頭を俺に向けてくる。


「なんだそれは?」


「いいこいいこです。パパさまにほめてもらいたいですから」


軍手を外して俺はキュンコの頭を撫でた。吸い付くようななめらかな毛並みだ。


こりゃあ……撫で心地がすこぶるいいぞ。


「ああぁぁ~~幸せですからぁ」


撫でられたキュンコの方も目を細めた。


「なあキュンコ。いつまでこうしてるんだ?」


「パパさまがやめるまでです」


「いやそうじゃなくて……お前はモンスターだろ? ここは人間の学校だから、お前はその……目立つというか」


「目立つとダメですか?」


「もうちょっと人間っぽければいいんだけどな」


「おやすいご用です」


キュンコはその場でジャンプすると、くるんと宙返りをした。


体毛が消えて耳と尻尾が生えた“人間”の姿に早変わりする。


ご丁寧に服まで再現していた。幻覚魔法ではなく高度な擬態の魔法だ。


ただ服装は目の前の俺を参考にしたらしく、女の子っぽさは皆無だった。


「これでパパさまといっしょです」


「お前はいったい何者なんだ?」


「キュンコはパパさまの子です」


腰に手を当て胸を張ると、幼女は得意げな顔をした。


「おっはよーレオっち……って、今日はちびっ子連れなの?」


普段の登校時間よりも早めにプリシラがやってくる。


「ど、どうしたんだプリシラ? 独りだけ早いな」


「昨日の白いモフモフの子がどーなったかなぁって思って。ちょっと心配じゃん?」


「いや別にどうもなってないぞ。安心してくれ」


「もしかしてレオっち倒しちゃったりしてない?」


プリシラが詰め寄ってくると、キュンコが間に割って入った。


「ふしゃー! パパさまはキュンコが守りますから」


牙を剥く幼女にプリシラは驚いて半歩下がった。


「え、ちょ、ちょっとレオっち。この子……耳としっぽが生えてるんだけど。それに今、レオっちのことパパって……隠し子!?」


「ちっがーう! 俺にこんなに大きな子供がいるわけないだろ」


「じゃあじゃあ小さな子供ならいるの?」


プリシラが瞳を潤ませた。


「いやだからその……」


なんと返せばいいのかきゅうしていると、キュンコが俺の手をとった。


「パパさまはキュンコのパパさまなのです!」


俺にぴたりと身を寄せ抱きつく。


「うっ……れ、レオっちはみんなの先生なんだよ? 独り占めとかいけないんだし! いーけないんだいけないんだ!」


お前もお前で何を言い出すんだプリシラ。子供か!


「いいのです! キュンコのパパさまですもの! ねー? パパさまはキュンコのこと、いいこいいこしてくれるんですから」


プリシラが恨めしそうに俺を睨んでくる。


「ど、どういうことかちゃんと説明してよねレオっち」


「わかった。説明するからそんなに怒らないでくれ。こいつは昨日のツインテールフォックスなんだ。よくわからんが一晩したら……こうなってた」


プリシラがどっと息を吐く。


「やっぱりぃ……耳もしっぽも同じ柄だからそうじゃないかと思ったんだよねぇ」


「ふしゃー! パパさまに近づくな!」


昨日はキュンコのやつ、特にプリシラを目の敵にしてたな。


「なあキュンコ。プリシラは動物好きの心優しい女の子だぞ。なんでそんなに警戒するんだ?」


「この雌からはパパさまを誘惑する匂いがするのです」


言われてプリシラの顔が赤らんだ。


「ちょ、ちょっとなにその言い方! ひどくない? べ、別にレオっちのこと誘惑なんてしてないのに」


「キュンコの鼻は利くのです。パパさまは渡さないですから!」


キュンコの姿が人間のそれから、ケモノに戻っていった。


「うーーーー! ふしゃああああああ!」


両腕をあげて威嚇する。その愛らしい生きたぬいぐるみのような姿に、プリシラが目を輝かせた。


「きゃー! なにこの子、超かわいいんだけど! 全部許しちゃう!」


プリシラはキュンコを抱きしめた。


「ふしゃああああああ!」


「モフモフだねぇ。レオっち。きゃー! モフかわいいぃ!」


キュンコは身体をねじるようにして、プリシラの腕から逃れると俺の後ろに隠れる。


「パパさま! 危険ですから! この雌は危険ですから!」


「あーん、行っちゃった。ねえレオっちこの子どーすんの?」


「それは俺が聞きたいくらいだ」


「じゃあじゃあ、ずっとエステリオにいるのかな? そしたら毎日モフり放題だね!」


「ふしゃあああああ!」


キュンコの身体から体毛が消えて、その姿が人間のものに変わった。


とはいえ耳と尻尾は隠せないらしい。


「あっ! うちの制服似合うじゃん!」


みればキュンコは俺の服ではなく、プリシラの制服をコピーしていた。


「キュンコはモフり放題じゃありませんから! つるっつるの人間です!」


「じゃあ放題じゃなくていいよ。それじゃあまたあとでねレオっち、キュンコっち!」


「うー! ふしゃあああああああ!」


どうやらキュンコにとってプリシラは天敵みたいだな。


嵐のように猛威を振るったプリシラが去って、改めて俺はキュンコに聞く。


「というかキュンコ。お前……本当にどこにも行くところがないのか?」


「パパさまのそばがキュンコの居場所ですから」


幼女は「えっへん」と平らな胸を張ってみせた。


俺の説得は聞き入れてもらえなさそうだ。

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