146.プリシラは素直にレオが好き
放課後、校内の薔薇園の剪定をしているとプリシラがやってきた。
いつもはフランベルやクリスとつるんでいるのに、独りなのは珍しい。
「レオっちお仕事お疲れさま!」
彼女はガラスポットからお茶を差し出した。
「ちょうど喉が渇いてたんだ。気が利くな。……けど、どうしたんだ急に?」
「え? いいじゃん別に。いっつも学園のために働いてくれてるレオっちをねぎらうためだし」
厚意に甘えてごちそうになろう。俺は差し出されたお茶を飲み干した。
瞬間――
なんらかの毒物だろうか。お茶の中に潜む効力を俺は無効化する。
「あれ? レオっちどうしたの変な顔して?」
「いやその……なんというかだな……」
プリシラが俺に毒を盛るなんておかしな話だ。
「もしかして美味しくなかった?」
「ええと……」
俺が返答に窮していると、プリシラは俺からグラスを回収してそれにお茶を注いだ。
「あれぇ? おっかしいなぁ」
ポットからお茶を注いでプリシラはぐいっと飲み干す。
「美味しいじゃんレオっち! ええとね、それからあたし、レオっちのことだいだいだーい好き!」
言ってからプリシラは顔を真っ赤にさせた。
「あ、あれ? なにこれ!? マーガレット先生の言った通りじゃん」
「なあプリシラ。俺に何を飲ませようとしたんだ?」
「えっとね、マーガレット先生が『南の島国で見つかった、飲むと素直になるお茶』だっていってくれたの。それでね、レオっちに飲ませたら素直になるかもって……はう! なにこれマジでやばいし! ああぁんもう! 喋れば喋るほど墓穴掘れ掘れだしぃ」
どうやら口八丁で丸め込まれて、新薬実験の片棒を担がされたみたいだな。
俺に飲ませるのに油断させようとプリシラを利用しやがって。
「あいつ……一度、痛い目に遭わせた方がいいかもな」
「待ってレオっち! 違うの! レオっちの本当の気持ちが知りたいって思ったのは、あたしの本心だから! ふええぇ。喋ったらダメじゃんこれぇ」
どうやら効果は絶大なようだ。
「っていうか、なんでレオっちには効果がないわけぇ?」
「薬効ってのは個人差があるだろ。あとはまあ、俺が普段から素直なので効果が出ていても変わらないってだけじゃないか?」
さっそく嘘をついてみたが、本心を吐露してしまうようなことは無かった。
プリシラは涙混じりにうつむいた。
「レオっち……ごめんなさい」
「ずいぶんと素直だな」
「あっ……!」
プリシラが口を半分開けて目を皿のようにしたまま硬直する。自分が謝ってしまったことにも驚いているようだった。
反省しているみたいだし、あんまりいじめないでおいてあげよう。
「とりえあえずマーガレットのところに行って、中和剤をもらってこよう」
「う、うん……あのねレオっち。怒らないの?」
「別に怒るようなことじゃないが、俺以外の人間には絶対にやっちゃだめだぞ」
プリシラの顔に赤みが差した。
「う、うん。レオっちだけにしかしないし」
「いや、俺にも基本的にはするなって」
彼女の手からグラスとガラスポットを受け取った。こんな恐ろしいお茶はあれだな……大地に還れ。
水代わりに適当に撒いてポットもグラスも水洗いした。
薔薇園の作業を一旦切り上げて、俺はプリシラと一緒に薬学科に向かうことにした。
「最近、授業の方はどうだ? ちゃんとついていけてるか?」
「だいじょーぶだよ! 学科はクリっちが教えてくれるし、実技はフラっちがいっしょにやってくれるから。あーあ。あたしってみんなに助けてもらってばっかだよ。なにかお返しできたらいいのに」
口を開く度に本心をぽろぽろ溢すプリシラに、なんとなくほっとした気持ちになる。
校内を歩いていると、大きなポニーテールを揺らしてフランベルがやってきた。
「あ! 師匠にプリシラ! 二人で何をしてるんだい? もしかしてデート?」
「そうだよー! いいでしょ!」
プリシラが自慢げに笑う。
「こらこら、ええとだな……今日はちょっとプリシラがその……」
「マーガレット先生の特製自白剤入りお茶を飲んで、なんでも喋っちゃう感じなの! だから、フラっちは絶対にあたしをいじっちゃだめだかんね!」
言ってからプリシラの顔が再び赤くなる。
「うん! わかったよ! つまり色々質問して欲しいんだね? 今日は何色のパンツを穿いてるのかな?」
「今日は白地にピンクのかわいいリボンがついてるやつだよ! って、はうああああああ! レオっち聞かないでぇ!」
両手で顔を押さえるプリシラにフランベルは「え? 本当なの!?」と声を上げた。
「冗談じゃなくて本当にそうなんだ。だからあんまりプリシラをいじめないでくれよ」
フランベルは大きく頷いた。
「ごめんねプリシラ。パンツの色を聞いて」
「言わないでぇ!」
悪意は無いのだが、デリカシーと女子力の低さをどうにかするのはフランベルの継続課題だな。
「心配だからぼくもいっしょに行くよ」
「…………」
プリシラは黙り込む。うっかり口を開いてどんな災いの元になるかわからないから、仕方ない。
「じゃあ行くか」
コクコクと頷くプリシラと、意気揚々と進むフランベルを引き連れて俺は薬学科の研究室を目指した。
が、研究室にマーガレットは不在だった。残っていた生徒たちに聞くと、どうも所用で王都に行ってそのまま直帰らしい。
中和剤についてもそれとなく探りを入れてみたのだが、そういったものがあるとすればマーガレットの薬品棚とのことだ。
棚は研究室の保管庫にあり、保管庫への入り口だけでなく棚の一つ一つに魔法式の鍵が掛けられているため、生徒には手が出せないとのことだった。
「逃げたな……あいつ」
「ええぇ……マーガレット先生ひどいし」
「追いかけようプリシラ!」
二人が出かけようとするのをみて、俺は呼び止めた。
「二人ともこんな時間から王都に行って、寮の門限は大丈夫なのか?」
「だめかもしれないけど、このまま喋れないのもつらいし」
「一晩もすれば自然と効果が消えると思うんだが……」
「き、消えなかったらどうしよぅ」
眉尻を下げて泣きそうなプリシラに俺は吐息混じりに返した。
「わかった。俺もついていくから。とりあえずマーガレットの家に行ってみよう。それでもしあいつがいたら中和剤をもらう。いなかったら二人はすぐにとんぼ返りだ。俺がマーガレットの帰宅を待って、あいつから薬をもらって今夜中には女子寮に届けるから」
フランベルが「ぼくはとんぼ返りより、師匠の部屋に一泊がいいなぁ」と、呟いた。
とりあえず聞かなかったことにしよう。
「あ! あたしもそれがいいし! あ、あうあああああああ! フラっちに釣られたぁ」
「ぼくは別に釣ろうとか思ってないよ。本心を口にしてるだけさ」
「いいから二人とも急ぐぞ」
「よくないよぉ」
「師匠! どうか一泊だけでいいからお願いします!」
「あたしもぉ! あ、ああああああ!」
俺は早足で薬学科の建物を出る。
「ああ待って師匠!」
「レオっち歩くの早いよぉ!」
かしましい二人と一緒に、俺は学園から王都に向かう馬車の停車場へと急いだ。
◆
中央広場から貴族街方面行きの路線馬車に乗り換える。
車中でふと思った。
「そういえばクリスがいないのって珍しくないか?」
フランベルが「急いでたから、声を掛けられなかったね」と少し残念そうに呟いた。
「っていうか、レオっちはクリっちがいないと寂しいの?」
対面した座席で身体を前のめりにさせてプリシラが迫るように聞いてくる。
「寂しいってことはないけど、こういうこともあるんだなって思ってな」
「あたしたちだけじゃだめ?」
「良い悪いの話もしてないのに、何をそんなに心配してるんだよ?」
「だ、だって……この前もあたし、レオっちの役に立つことなんてできなかったし」
この前というと、王宮に俺が家庭教師に行った時のことか。
「そんなことはないぞ。二人ともフローディアがエステリオに来た時に、色々と面倒をみてくれたじゃないか?」
フランベルは思い出したように目を細めると「また会いたいなぁ。オーラムさまもアルジェナさまも綺麗だったなぁ。フローディアさまは可愛いかったなぁ。早く入学しないかなぁ」と、噛みしめるように呟いた。
プリシラはうつむいて困り顔だ。
「あ、あたしは……フローディアさまとケンカしちゃったし。不敬罪とかだよね?」
「フローディアは気にしてないだろうし、そんな心配はしなくていいって。もし何か言われたら俺がビシッと言ってやるから」
「さすが師匠! 銀翼の騎士だね!」
「茶化すなよ。なんだか恥ずかしいんで、言わないでくれ」
フランベルは「茶化してないよ!」と、珍しくほっぺたを膨らませた。
「…………」
プリシラは黙り込むと窓の外に視線を向ける。言葉に出すのを我慢しているような素振りに見えたので、あえてこれ以上何も言わなかった。
馬車に揺られてしばらく――夕暮れ前になんとかマーガレットの邸宅にたどり着くことができた。
屋敷はしんと静まり返り、人の気配が感じられない。呼び鈴もドアノッカーも試したが、家主が現れることは無かった。
「どうやら留守みたいだな。二人は先に帰っててくれ」
プリシラが「ええぇ。せっかく街に来たんだし、遊んでいこーよー!」と不満の声を上げた。
「こらこら。目的が変わってるだろ。そうだよなフランベル?」
フランベルはうんうんと頷いた。
「そうだよ師匠! 遊んでいこうよ!」
俺への同意じゃないのかよ!
「お前たちなぁ……」
「レオっち何か食べていかない?」
「師匠がごちしてくれるの!? わーいわーい!」
俺は懐中時計と財布の中身を確認した。
まあ、軽く食べて帰るくらいの余裕はありそうだ。
「あんまり高いものはだめだぞ。というか、寮に戻ったら夕飯があるだろ?」
「あたし食べても太らない体質だから問題ないし」
「ぼくはすぐにトレーニングで消費しちゃうんで、ご飯はいつでも大歓迎だよ!」
「クリスには内緒だぞ」
中央駅から繁華街に向かい歩道を行く。
大通りの真ん中を路線馬車がひっきりなしに行き来していた。
プリシラが俺の右腕に巻き付くように密着してきた。
「やっぱりレオっちだーいすき!」
「ちょっとまずいぞこれは……その……」
俺も顔が売れてきているし、プリシラはエステリオの制服姿だ。
するとフランベルも、プリシラとは反対側にくっつくように身を寄せてきた。
「ぼくも師匠とこうして歩いてみたかったんだ」
「二人とも落ち着けって」
「落ち着いてるし! っていうかフランベルだめぇ! 今日はあたしがレオっち独り占めすんの」
「いいじゃん別に、反対側は空いてるんだし!」
空いていれば良いって問題じゃないだろう。俺は足を止めた。
「とりあえず二人とも腕を離してくれないか?」
「え~~? どうして?」
「目立つし歩きにくいったらないだろ?」
「いいじゃんけちー!」
今日のプリシラはいつになく自由だな。
「そうだよ師匠。遠慮しなくてもいいのに」
「遠慮は別にしてないんだが……」
フランベルを説得しようと向き直ったと同時に、背後でぶつかるような音がした。
「きゃっ!」
よろめくプリシラに手を差し伸べて、転びそうになった彼女の腕をとっさに引く。
「びっくりしたぁ……」
目を丸くするプリシラの足下で男が尻餅をついていた。
男は自分の右肩のあたりを手で押さえるようにしながら声を上げる。
「痛ってえぇなコラてめぇ! 何ぶつかってきてんだ!」
ベストのような上着の露出した腕や肩には、紋様のようなタトゥーがびっしりと入っている。鋭い目付きの強面で、褐色の肌に短髪。唇にはリング状のピアスがずらりと並び、顔中にピンのようなピアスが刺さっている。
「悪かったな。行くぞ二人とも」
「待てやニーちゃん! おいコラぁ? 今のでオレの右肩おかしくなっちまったじゃねぇか? 腕が上がらねぇんだ。それに痛みがとまらねぇ。魔法使いが一般人に危害を加えておいて、どこ行こうってんだぁ?」
どうして街に来る度に、こうも面倒なのに絡まれるんだ。
人通りの多い繁華街だが、トラブルを避けるように俺たちと男の周囲だけぽっかり空間ができてしまった。
誰も仲裁には入らないし関わり合いも持ちたくないだろう。
「そ、そっちがぶつかってきたんじゃん!」
プリシラが声を上げる。
「道塞ぐように並んで歩いてるテメェらからぶつかってきたんだろうが!」
水掛け論にしかならないが、少なくとも衝突する前に俺もプリシラたちも足を止めている。
通行の邪魔になっていたのも認めよう。ただ、足を止めていた以上、ぶつかってきたのはやはりこの男の方だ。
「痛えよ痛えよ! どうしてくれんだニーちゃんよお! 誠意見せろやッ!?」
痛みも感じ無くなり笑ったり泣いたりできなくしてやることも可能だが、さてどうしたものか。
警備隊の人間に仲裁を求めるのが妥当な線だが、こういう時に限って姿が見られない。
「師匠……斬っていい?」
腰の愛刀――蒼月の柄に手を掛けてフランベルが目を細めた。
「ああぁん!? 暴力振るおうってのかぁ!? 人に怪我させた上でまだやろうってのかぁ!?」
俺もそっとフランベルを手で制する。
プリシラが呟いた。
「おじさん、顔とか穴だらけで怪我してるみたいなもんじゃん」
「んだとコラァ! ○×▽※ΠΣΩらあッ!?」
甲高い声で男が凄みながら意味不明にわめき散らす。
「あんまり挑発するなよプリシラ。ここは俺が対処するから」
プリシラは首を左右に振る。
「いっつもレオっちに頼ってらんないし。ここはあたしに任せて」
プリシラはそっと男の肩に手を触れる。
「痛い痛い痛い痛い! 触ったな? テメェのせいで悪化しちまったじゃねぇかコレ絶対折れてるぜ」
わざとらしく悶絶しながら、男の目はにやついていた。
「ちょーっと待ってねおじさん。今、治してあげるから」
「治すだぁ? できるもんならやってみろや!」
プリシラの手のひらに魔法力が宿る。回復系の魔法だった。
「あれぇ? おっかしいなぁ。あたしの回復魔法って相手の痛みを引き受けて和らげるんだけど、全然痛くないし?」
痛覚を共有するのがプリシラの回復魔法のスタンスだ。共有ができないということは、つまりこの男の言い分がでたらめだったっていうことになる。
「あ、あぁん? 何言ってんだテメェ?」
「ちゃんと効いてないのかなぁ? もうちょっと回復させるね」
「ん、んがあああ!?」
回復魔法もアプローチの仕方は様々だが、基本的には新陳代謝を急激に促すというものになる。
その結果、男の顔をゴテゴテと飾っていたリングやピンが、皮膚の下に埋まり込んでいっった。
「い、痛えええええええええええええええッ!!」
そこで回復魔法を止めるとプリシラは微笑む。
「どしたのおじさん?」
男がプリシラに掴みかかろうとした。その間に割って入り彼女を背に守りながら、俺は男に一瞥くれる。
「警備隊の人間を呼んで事情をきちんと説明しようか? 彼女はお前が『痛い』と言い続けるから処置を続けた。怪我をしたというお前の言い分を聞きいれただけだ」
「ハアアアアア!? この顔どうしてくれんだコラァ!」
「お前は治療を承諾しただろ?」
プリシラが俺の背後からひょっこり顔を出す。
「そーだよおじさん。『できるものならやってみろや!』って言ったし」
ここにきてやっと警備隊の人間が沿道に姿を現した。
「こっちこっち! こっちです警備の人!」
フランベルが探してきてくれたらしい。
現場に着くなり警備隊員の青年は俺の顔をみるや敬礼をした。
「何か問題がありましたか?」
「いや、大したことじゃないんだが……」
振り返るとピアス男が俺の顔を指刺した。
「おいコラ! こいつらにオレはさんざんな目に遭わされたんだぞ!」
警備隊員の青年が首を傾げる。
「事情の説明をしていただいてよろしいですか?」
ピアス男が立ち上がった。
「ま、待て! こいつの言うことは全部デタラメだ! 魔法使いがオレをハメようとしてんだよ! こいつらからぶつかってきて、オレは大怪我させられたんだ! それでか、勝手に魔法で治療しやがったんだよ!」
警備隊員がいぶかしげな顔をした。
「そうですか。それで何か問題が?」
「その治療がいい加減なせいで、みろ! オレの顔にピアスが癒着しちまった! 怪我よりヒデェことになっただろ?」
プリシラが声を上げる。
「このおじさん、怪我してなかったし! してない怪我の分まで治そうとしたら、そうなっただけだし! 怪我してたら怪我の分だけが治るんだから!」
「違うぜ! こいつはわざと過剰にやったんだ!」
困り顔の警備隊に俺は吐息混じりに言う。
「検事部の鑑識に頼んで詳細に調べれば、プリシラの治療とこの男の言っていることのつじつまがあっているかどうか、きちんと調べられるはずだ。まあ伝手ってほどじゃないが、検事部に顔が利く知り合いもいるし」
子供の頃から入り浸っている仮面ジャスティスの顔が思い浮かんだ。
警備隊員は俺の事を知っているらしく「では、そのようにいたしましょう!」とこちらの申し出を承諾してくれた。
それから男に向き直り告げる。
「詐欺と立証された場合、きっちり落とし前をつけてもらうぜ?」
「ひ、ひいいいいいッ!」
何を思ったのか男は急に大通りに向かって走る。
「チッ! 覚えてやがれよクソがあぁ!」
捨て台詞を残して横断し、通りの向こう側に逃げようとしたのだが、その中程で急ぎ走ってきた路線馬車に男は轢かれた。
一部始終を見ていた警備隊員と俺たちの見ているところで、男の身体が跳ね飛ばされる。
地面に身体を強くうちつけ、身体をねじったようにしたままぐったりする男に俺は歩み寄った。
なんというか、同情するつもりはないし今のはこいつの自業自得だ。
むしろ轢いてしまった馬車の御者がとばっちりだな。
路線馬車が停車し、青い顔をして御者がすっ飛んできた。すぐに警備隊員が通信系の魔導具で応援を呼ぶ。
「こいつの応急処置は俺に任せて、事後処理を頼む」
警備隊員に一言告げてと、俺は大通りの真ん中で息絶え絶えのピアス男の枕元に立った。
起こりえないとは言えないからな。俺が実際、そうだったわけだし。
しゃがんで男に小声で告げる。
「お前の魂が別の世界に旅立っても、そちらの世界に迷惑をかけるだろうからな」
応急処置的な最低限の回復魔法を俺は男にかけた。
「ヒイイイイイイイイ!! ギヤアアアアアアアアアアアアアアアア!」
意識は戻り、痛覚はそのままだ。
「悪いがプリシラみたいに優しくはないんでな。痛みは全部お前自身が背負ってくれ」
俺が何を言っているのかおそらく理解できてもいないだろう。
気絶することもできず痛みに苛まれながら、男は蛇のようにのたうった。
◆
結局、俺たちは事情聴取を受けたのだが、最初にフランベルが呼んで駆けつけた警備隊員の証言もあって、俺たちは不問となり解放された。
軽く食べていく予定だったが、さすがにその時間も無さそうだ。
ピアス男は搬送され、街はすっかり元の落ち着きを取り戻す。
すっかり夕日も落ちかけて、空は真っ赤に染まっていた。
「うう、レオっちの役に立ちたかったのに……」
落ちこむプリシラに俺は言う。
「回復魔法で仕置きするっていうのはプリシラのアイディアだからな。俺はそれを拝借させてもらったんだ。だから役に立つ……って言い方もしたくないけど、穏便に済ませられたのはプリシラのおかげだよ」
やっと顔を上げて彼女はいつもの明るい表情を取り戻した。
「うん! 褒めてくれるからレオっちのこと大好きだよ!」
フランベルも同じく頷いた。
「ねえねえぼくはどうだった?」
「刀を抜くのも我慢できたし、良いタイミングで警備隊の人を見つけてくれて助かった。ありがとうフランベル」
「師匠のためなら身を粉にする覚悟さ!」
瞳を輝かせ鼻息荒くフランベルは言う。
「いや、そこまでがんばってくれるなら、俺の事よりも先に授業で寝ないようにしてくれよ。留年とかいやだろ?」
「そうしたらフローディアさまと同じクラスがいいなぁ」
どこまでポジティブなんだよ。まったく……。
プリシラがじっと俺を見つめた。
「あのね……レオっち好き!」
「ああ。俺もプリシラのことが好きだぞ」
「やったぁ!」
もう、素直に白状してしまうことをプリシラは気にも留めない。
そうか……俺の事を好きだと言ってくれるんだな。
「ぼくだって師匠の事が大好きだよ!」
フランベルが胸を張ると、プリシラが「あたしの方が好きだし!」と言い返す。
まだ正式に教員になったわけでもないが、二人の教え子に信頼されてるってことだよな。
懐中時計を取り出すと俺は告げた。
「そろそろ帰らないとやばそうだ。中央広場に戻るぞ! 競争だ!」
「ぼくがいっちばーん!」
走り出すフランベルをプリシラが追いかける。
「ちょ! フライングだし! レオっちも早く早く!」
軽くランニングするように、夕日で長くなった二人の影を俺は追いかけた。
◆
翌朝、正門前を掃き清めているとプリシラが独り、俺の元にやってきた。
「き、昨日は超はずかったから、忘れてよね! っていうか、別にレオっちのこと好きとか言ったけど、あれはあくまで先生として尊敬してるってことだし」
顔を真っ赤にして、挨拶も抜きに彼女はまくしたてた。
「おはようプリシラ」
「お、おはよう……って、挨拶とか別にどうでもいいんだけどぉ」
じとっとした眼差しで彼女は俺を睨んでくる。
「ともかく忘れてくれるよね?」
俺は笑顔で返した。
「そうだな。プリシラが忘却系の感情魔法を使えるようになったら、無条件でかかってやるから勉強がんばれよ!」
「レオっちのいじわる!」
笑顔で彼女は俺に言うと、校舎に向けて駆けていく。
どうやら薬の効力もすっかり消えて、元に戻ったみたいだな。
立ち止まり、振り返ると彼女は俺に手を振った。
「早くレオ先生になってよね!」
俺は笑顔で手を振り返す。
教員免許はあるけど、採用はいつになるんだろう。
まあ、その時が来るまでは管理人の仕事に精を出すとしよう。




