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144.虚構の教師

学園長の頼みで、今日は正午から王都に向かうことになった。


平日の昼間に街をぶらつくなんてあまりないんだが、用件を済ませると時刻は午後二時を過ぎたくらいだった。


入って食べるのも手間に思える中途半端な時間だ。


露店でサンドイッチを買うと、露店の近くにあった広々とした公園で、遅めの昼食を摂ることにした。


公園には芝生の広場があって、学校帰りの子供たちで賑わっている。


木陰のベンチに腰掛けて、サンドイッチをつまみながらぼんやりしていると……遊んでいた子供たちが芝生広場の中央に集まった。


なんだろう。大道芸人が出し物でもやるんだろうか。


サンドイッチの端っこをつまんで、ハトを餌付けしながら俺が遠目に見ていると……不意に魔法力を感じた。


ひどく歪んで不安定な魔法力だ。それは子供たちの人だかりの中心付近から発せられていた。


「ちょっと危なっかしいな」


ベンチから腰を上げ、子供たちの人だかりに向かう。


子供たちが取り囲んでいたのは、マント姿の男だった。年齢はパッと見たところ三十前後。


無精髭にやや控えめな頭髪で、小太りである。


背負子しょいこのついた巨大な木箱が男の脇にどかっと置かれていた。


大道芸人と言えなくもないのだが……それにしては地味な風貌だ。


子供の一人に俺はこっそり聞いてみた。


「なあ、あの人、有名人なのか?」


少年が俺の方に向き直ると、目を輝かせる。


「おじちゃん知らないの?」


彼ら一桁年齢層からみれば、俺もおじちゃんか。


「ああ。知らないんだ」


「あのねあのね! すごいんだよ! 青空教室なんだ」


「青空教室?」


「先生が魔法を教えてくれるの!」


マント姿の男が魔法力を解き放つと、箱が自動展開して小さな黒板と教卓に早変わりした。


他にもいくつか魔法道具らしき小箱や、教材が並ぶ。


これならたしかに青空教室と言えそうだ。ただ、先生というわりに男の魔法力はあまりに不安定に思えた。


とはいえ、知識を教えるなら魔法力は関係ない。


エミリア先生も、苦手な系統の魔法を使うとかなり危なっかしいけど、専門分野においてはエステリオが誇るエキスパートだ。


たくさんの子供たちを引きつけるなんて、よっぽどおもしろい座学の講義に違い無い。


俺は少年に聞いた。


「それじゃあ、学校が終わったあとで、タダで魔法学を教えてもらえるのか?」


少年が首を小さく左右に振る。


「タダじゃないよ。ちゃんと授業料を払うんだ。けど、ぼくらのお小遣いで払えるくらい安いの!」


まあ、あの青空先生にも生活があるんだし、子供たちが喜んでいるようならなによりだ。


少年の隣にいた少女が、俺に向き直って告げる。


「お兄さんも教えてもらうといいよ! 会員になると、このバッジをもらえるの!」


キラキラと輝く記章は剣を模したもので、子供たちの何人かは服に記章をつけていた。


なんだか商売上手だな。


そうこうしているうちに、子供たちの数がどんどん増えていった。


「学校の勉強のあとで、さらに聞きたくなるなんて……どんな授業か俺も興味があるんだけど、見学してもいいかな?」


子供たちよりも青空先生本人に確認した方がいいんだが、つい聞いてしまった。


少年が困り顔になる。


「大人には難しいかも」


「難しいって、こう見えても、それなりに魔法の知識はある方なんだが……」


少女も少年に同意するように頷いた。


「あのね、先生の授業って学校の魔法の授業とちょっと違うから。大人の人には、わからないかもしれないんだって」


よっぽど個性的な授業をするのか。先日、教員免許を取得した身からすれば、ますます気になるな。


少女の言葉に俺は頷いた。


「俺は大人に見えるけど心は少年なんだ」


少年が「嘘っぽいよおじちゃん」とツッコミをいれ、そんな少年に少女が「おじちゃんって言ったら失礼だよ。ちゃんとお兄さんって呼んであげなきゃ」と注意する。


善意が心をえぐるからやめてくれ!


と、言うわけにもいかない。辛抱だぞ俺。


しかし、見た目で判断するのはよくないが、これだけ子供たちを集める人気の秘密はなんだろう。


気付けば五十人近くにまで青空教室の生徒が増えている。


俺はもう一度少年に聞いた。


「この人気っぷり……いったいどういうことなんだ?」


少年が笑顔になった。


「あのね! すごい先生なんだよ!」


「そんなに有名な人なのか?」


「うん! みんな知ってるくらい有名だよお兄さん」


少女の忠告を受け入れて俺の呼び方を変えつつ、少年は興奮気味に告げる。


「みんなって、王様じゃあるまいし」


「もしかしたら王様より有名かも!」


そんな人間、王国にいるのか?


少女も頷いた。


「だって立派な像もたってるし。お兄さんも見たことあるはずだよ」


「像? あの先生っぽいのは見たことないけど」


少女が笑顔になる。


「十年もすると、色々と成長するんだって」


「へぇー。成長ねぇ」


授業の準備を続ける男の姿に、まったく心当たりがない。


よっぽど変わってしまったんだろう。


少年が俺を手招きした。


「お兄さん耳を貸して!」


「あ、ああ。いいけど……どうしたんだ?」


膝を折ってしゃがむと、少年が俺の耳元で呟く。


「勇者様なの! あの先生、十年前に魔王を倒して世界を救った勇者様なんだって!」


俺はつい、咳き込んだ。


「ぶはッ! それ、本当か?」


少女が少年を睨みつける。


「あー! 先生の秘密は大人に言っちゃいけないんだよ?」


俺は少女に向き直った。


「大丈夫。心は少年だってさっき言ったろ? 俺ってよく大人げないって言われるし、問題無いから」


そう言い含めて、俺は子供たちの間をすり抜けると、最前列までやってきた。


さらに一歩前に出て、教卓の真ん前に体育座りする。


授業の準備を終えた青空先生と視線が合った。


「ん~~。誰かのお父さんにしては若いねぇ?」


青空先生は渋めの声で俺に告げた。


「有名な先生がいると聞いて、どんな授業なのか気になってな」


「ん~~。困るねぇ。ワタシの講義は大人には理解できないと思うんだけどねぇ」


ねっとり粘り着くような口振りだ。


「邪魔しないから頼むよ先生」


「ワタシはアナタの先生になった覚えはないけどねぇ。ま、いいでしょ。ただし、あとで大人料金いただきますよぉ」


「ああ。それで構わない」


何度かこういう「自称勇者」には遭遇したことがあるんだが、先生をしているタイプは初めてだ。


「授業を始める前に質問いいですか先生?」


「ん~~。いいでしょう。なにかねぇ?」


「どうして青空教室を始めたんだ?」


「はっは~~ん。わからないでしょうねぇ。大人は頭が固いですからねぇ。みなさん、こういう大人にならないようにしましょうねぇ」


乱入した俺をダシに使いつつ、落ち着き振りも崩さない。


男は余裕たっぷりに続けた。


「ワタシはねぇ、せっかく才能があるのに、満足に魔法を学べない子供たちに、格安で教えてあげているんですよ」


「そこは無償でもいいだろ」


「プロですからねぇ。ささやかながら対価はいただきます」


「プロって……じゃあ教員免許は?」


男の眉がピクリと動いた。


「免許!? あぁ~~残念だ。そんなものが無ければ教員になれないと思っているなんて。本当に発想が貧困にして貧弱だ。キミみたいなつまらない大人はどうしようもないねぇ」


「無免許か。まあ、学校で教えられないってだけで罰則はないし、家庭教師の延長みたいなもんだな」


男はゆっくりと首を左右に振った。


「この国の教育は腐っていますねぇ。免許制などというもので縛り上げ、真に教育者として相応しい人間を排斥し、利権をむさぼる連中の許可などもらう必要はありません。だいたい教員というのは、みな偉そうにしているばかり。全然子供たちに向き合っていないですからねぇ」


ご立派な演説に子供たちが「おおおお」と共感の声を上げた。


男は教鞭を手に取ると、その先端を俺に向ける。


「ワタシはねぇ、限られた者、富める者だけが高等な魔法教育を受けるこの不公平に立ち向かい、こうして青空の下で戦っているんですよぉ。エステリオなどというまがい物ではない、真の学びの場を作るべくねぇ。そのために寄付を募っているのです」


別にエステリオはまがい物じゃないだろ。まあ、中にはアレな教員もいたけど。


「そりゃ立派だな。けど、寄付で学校なんて作れるのか?」


「アナタには一生かかってもわからないでしょうねぇ。ちゃんと本物と本質を理解している人間は、貴族の中にだっているんですから」


お人好しな貴族もいるんだな。まあ“ネームバリュー”が効いているんだろう。


こういう輩のことだ。貴族に「ここだけの話」と正体を明かしているのは想像に難くない。


「そっか。すごいんだな先生は」


「あまりそのすごさに気付かれたくはないんですけどねぇ。子供たちは本能的に感じとってしまうから、隠しきれないことも多くて困ります」


「一人で全教科を教えてるのか?」


「苦手というものがありませんからねぇ。では、さっそく授業を始めましょう。彼も仲間に入れてあげましょうねぇ」


俺は子供たちの輪に加わって、大人しく授業を受けることにした。


最初は理論魔法学だ。


もちろん、子供たち向けの初歩的な内容なんだが……ある意味すごいな。


魔法式がぐちゃぐちゃだ。同じ事をやるのに、二度手間三度手間をして難解なように見せている。


クリスなら一行でまとめるところを、無駄に三行も四行もかけていた。


これじゃあ魔法式が複雑化して不安定になるばかりだ。


なのに子供たちの反応は上々だった。


「うわあ! ぼくにもこんな難しい式がわかるよ!」


「すごいすごい! やっぱり先生は最高だ!」


つい、俺は挙手をしてしまった。


「先生。その式はもう少し簡単にまとめられると思うんだが」


男は微笑む。


「誰でも間違うものだからねぇ。キミがそう勘違いするのも仕方ない。普通、こうは習わないだろうけど、ワタシの魔法は事情があって実戦の中で磨かれてきたものなんだよ。いやぁすまないねぇ。ワタシではキミをすくい上げてやれないかもしれない。キミももう少し、ここにいるみんなを見習って柔軟な思考ができるよにならないとねぇ」


子供たちの「しょーがないよね」やら「大人だもんね」という声に、俺は頭を抱えたくなった。


「さすが“勇者様”の授業だな。俺みたいな凡人じゃついて行けそうにないぜ」


男は大きく息を吐いた。


「ふぅ。誰ですかねぇ……大人には秘密にしてほしかったんですが、まあ仕方ない。しかしここだけの話で頼みますよぉ。とかく世の中は嘘で溢れ、偽物があまりに多すぎるんですよ。勇者をかたる輩は後を絶ちません。ワタシは悲しい。本来なら実力を示せば問題はないんですけどねぇ。それをする以前にあれこれと疑われてしまって……だからこうして世を忍び、身分を隠していなければならないんです」


そりゃ大変だな。


「なあ先生さん。あんたが勇者だっていう証拠を見せてくれないか?」


「ほら来た。コレだから大人というのは疑り深くて度しがたい」


子供たちの「先生大丈夫?」という心配げな声が半分。そして俺を睨みつける視線が半分。どちらにせよ、この先生を案じているようだ。


俺は立ち上がると男の前に立つ。


こいつのしていることは悪質だ。ただ、うまく立ち回らないと子供たちの今後に悪影響も残しかねない。


「どうなんだ? 証明できないのか?」


「ふぅ……本来ならあまり人に見せるべきじゃないんですがねぇ。今日は特別授業にしましょうか」


男は教材の中から、細長い箱を取りだした。これがこの男の魔法武器なのだろうか?


「本来なら滅多に見せたりしないんですがねぇ……この箱の中身。なんだと思います?」


「そりゃあ魔法武器だろ?」


「先生はがっかりですよ。もっと想像力の豊かな解答を期待していましたから。別に正解じゃなくてもいいんです。まあ、当てられる人なんていないでしょうけど」


木箱の蓋を開くと男はそっと子供たちにも、中身を見せる。


そこに収まっていたのは……ミイラ化した腕だった。


人間と同程度の長さだが、枯れ木のようにほっそりとしている。肘から先の部分だ。


異様に長い指は五本。手のひらはしわがれている。


目撃するなり、女の子たちの何人かが悲鳴をあげた。


「なんだそれは?」


「おや、わからないんですねぇ。子供たちの中にはこれの恐ろしさを肌で感じている子もちらほらいるようですがねぇ」


「ただのミイラ化した腕だろ?」


おそらく猿系の魔物のものだ。


男はにんまり笑う。


「誰の腕だと思います?」


「知るかよ。そんなこと」


「言ったでしょう。想像力を働かせろと。まあいいですアナタには期待しません。えー……これは……魔王の右腕です。ワタシが切り落としました。この一撃で勝負がほぼ決まったんですねぇ」


「はあ? 魔王が腕一本飛ばしたくらいで劣勢になるかよ」


つい本音が漏れる。すると、子供たちが声を上げた。


「ウソツキ!」「先生の言うことを信じられないの!?」「いいよ先生こんなやつ放っておこうよ!」


背後から飛んでくる純真無垢な刃が、俺の心にざくざくと突き刺さる。


今は心を殺して耐えるしかない。


「そいつを見せてくれないか?」


「いいですねぇ。みなさん、今の彼のような積極的に学ぶ姿勢はとってもいいですよ」


男が言うと、パチパチパチと拍手が起こった。もう無茶苦茶だな。


「ただ、これには魔王の残留思念が魔法力ともに残っていて、この特別製の封印箱から出したらどのような災いが起こるかわかりません。残念ながら、魔王との戦いで傷ついた今のワタシでは抑えきれるかどうか。こうして監視下において封印を見守り続けるしかないんですよぉ」


つまり見せる気はないってわけか。


男は悲しげな顔を徐々に笑顔へと変えていった。


「しかし、希望は捨てていません。いつかキミたちの中から、ワタシを越える才能が現れて、この腕を滅してくれる日が必ず来ると信じています。ワタシがこうして教育に携わるのも、次世代の勇者を育てるため……それはキミらなのですからねぇ」


わああっ! と子供たちが歓声に湧いた。


男は箱をしまうと教鞭を持ち直し、俺に突きつける。


「そもそもキミは、大人なのに昼間から公園でぷらぷらし、子供たちの集まりに加わって大人げなく騒ぎ立て……恥ずかしくないんですかねぇ?」


「な、なん……だと」


こんな奴でも人間だからという気持ちと、今すぐ破壊魔法使ったろうかという気持ちが心の中で火花を散らした。


かろうじて理性が勝利を収める。


「どうしたんですかねぇ? こちらの話、聞こえてますかぁ?」


わざと耳の後ろに手をかざして挑発してくる男に、俺は――


「ちゃんと働いてるって」


「ほうほう、昼間からぶらついていられるなんて、良いご身分ですねぇ」


「ある学校の管理人……用務員みたいなことをしてるんだ。今日は学校の外のちょっとした用事を済ませたついでに、公園で休憩してたんだ」


「嘘が下手ですねぇ。学校外の仕事を用務員が任されるわけないでしょう」


教鞭をリズミカルに振って、男は俺を挑発する。


「しかし用務員ですかぁ。その程度でワタシの授業に文句をつけるとは、身の程知らずにもほどがありますねぇ。キミたちはこんな大人にだけは、なっちゃいけませんよ」


「「「「「「はーい!」」」」」」


芝生広場に少年少女の明るい返事が響き渡った。


「結構結構。では、そろそろお引き取り願えますかねぇ、自称用務員さん」


どうやら俺を完全に格下とみたらしい。好都合だ。


これなら勝負に乗ってくるかもしれない。


いやむしろ、先生としてのすごさをアピールするにはぴったりだろう。


とはいえ魔法戦を挑むにしても、決闘はやり過ぎな気もする。


そうだな。少しだけやり方を変えてみよう。


「なあ自称元勇者先生さんよ。勇者を騙るなら当然、全系統の魔法が使えるんだろうな?」


「おっと、ついに本性を現しましたねぇ。ん~~! それを聞いてどうするんです?」


「いくら魔王との戦いで弱体化したっていっても、一系統丸ごと使えないってわけないよな。それに免許がなくても教育できるっていうのはわからんでもないが、それを言うからには全部の系統の魔法が使えるくらい朝飯前ってことだろ? さっきも苦手は無いって言ってたし」


免許のあたりで眉をビクつかせてから、男は教鞭を黒板にピシッと叩きつけた。


「当然ですねぇ。まさか……まさかまさかまさか? このワタシに勝負を挑もうというんですかぁ? 死にたいんですかねぇ」


「いや、そんなんじゃないけどさ……俺も少しは魔法をかじってるんで、胸を貸してくれよ」


「人にモノを頼む態度じゃありませんねぇ。消えてください」


「おいおい、もしかして用務員が使う魔法が怖いのか? あー、俺、用務員なのに勝っちゃうかもなぁ」


子供たちがざわついた。


「先生負けないよね」「大丈夫だよね?」「バカ! 先生は勇者様なんだぞ!」「やっちゃえ先生!」


これで逃げ場は無いな。


「ん~~! 手加減できないですよぉ? 今すぐ撤回と謝罪をしてくれませんかねぇ」


「させたきゃ俺の挑戦を受けてくれよ?」


「仕方ない。で、どの系統での勝負がお望みですぅ? 理論魔法? 精霊魔法?」


「召喚魔法で挑ませてもらう。ただし、ルールを提案するぜ」


「小細工を労さずにはいられないんですかねぇ」


男はやれやれといった顔だが、その表情にはむしろ余裕が増していた。


どうやら心得があるらしいな。俺はルール説明を続ける。


「攻守交代制で、お互いの召喚獣と戦うんだ。まず、そっちが召喚して俺がそいつと戦う。ここで俺が負ければそれで終わり。謝罪でもなんでもする。で、俺が勝てば今度はこっちが召喚する。まあ、お互いの召喚獣を倒せたなら、引き分けってことでどうだろう?」


男はニコリと笑った。


「策などなくても勝てるんですがねぇ、ここはあえて乗ってあげましょう。キミたちはそこで見ていなさい」


生徒たちの安全を確保するなら、少し離れたところで戦う方が良いと思うんだが、構わず男は召喚魔法の詠唱を始めた。


どうやら教鞭がこの男の魔法武器だったらしい。


武器としての質が低いのか、魔法力の増幅がうまくできていないようだ。


しかし、教鞭という形状そのものは魔法武器として使いやすそうだな。先生らしいし。


それにしても詠唱はやけに長く、それにハッキリ言って下手だった。


「出でよ! 我がしもべ!」


「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」


男の生み出した魔法陣から、巨大な狼が姿を現す。その体躯は見上げるほどの大きさだ。


が、ランクはせいぜい……C止まりだな。


何を思ったのか、狼は血走った目で周囲を見回すと……突然子供たちに向かっていった。


「そ、そっちじゃない!」


男が慌てて制止しようと、聞かずに狼は子供たちに牙を剥き、かぶりつく……。


危険を察して短距離瞬間移動で回り込むと同時に、俺は巨獣の顎を蹴り上げた。


「子供に手を出すんじゃねぇよ」


子供たちの目が点になる。今の一瞬で、自分たちが先生と慕う人間の呼んだ召喚獣に食い殺されそうになったことを、いったい何人が理解できただろうか。


おそらく俺が突然、目の前に現れたのも理解を超えちまってるだろうな。


いやそれでいい。わからなくていい。その方がきっと幸せだ。


身を翻して着地すると、狼は俺を敵と認識したようで風のように飛びかかってきた。


「い、行け! 殺せ!」


男の勇者らしからぬ言葉に俺は溜息もでない。


俺は狼の攻撃を紙一重でかわし続ける。


「お前の召喚魔法、完全に失敗してるぞ?」


「うるさい! 成功だ! 現にオマエを攻撃してるじゃないか?」


召喚獣の狼が敵意をこちらに向けているのは、単に俺に蹴られたからだろうに。


長引かせても仕方の無い戦いだ。


軽く魔法力を込めた拳で、狼の眉間を弾くように叩いた。


「キャウンキャウンキャウンキャウン!」


情けない声を上げながら地面を転がるようにして、狼は自分が出てきた魔法陣の中へと逃げ帰る。


これも召喚者が召喚獣を掌握できていない証だ。


「撤退命令も無しに帰ったみたいだが?」


「なっ……い、いやぁ……キミがなかなかやるようなので、倒してしまうのは惜しいと思ってねぇ。ん~~! わざと見逃してあげたんだよ」


そういうと、男は教鞭を振るった。教卓と黒板がひとりでにとじていき、箱の形になって背負子に収まる。


「さてと、今日はこれくらいにしておきましょう」


子供たちに動揺が広がった。


「先生の番だよ!」「負けないよね!」「先生……信じてるからね」


そんな声を無視しようとする男に、俺は笑顔で告げる。


「逃げるわけないよな先生? まあそんなに怖がることないって。俺が召喚できるやつなんて、たいしたことないから」


構わず俺は召喚魔法を詠唱した。


展開した魔法陣の底から、腕組みをしたままゆっくりとせり上がる黒い影。


獅子の王が威圧的な空気を発しながら男の前に立つ。


「こいつから殺していいのか?」


「ひ、ひえええええええええええええええええええええええええええ!?」


獅子王の一睨みで、男はその場で泡を吹いて失神した。



「というわけで、召喚魔法を使う時は、存在座標をきちんと把握して、必ず自分の制御できる範囲内で召喚するように」


「「「「「「はい! レオ先生!」」」」」」


「それじゃあ講義はここまで。これからは、勇者を自称する変な人には気をつけるんだぞ! はい、解散解散!」


「「「「「「ありがとーございました!」」」」」」


子供たちが俺に一礼して、それぞれの家に帰っていく。


獅子王を出した時には泣き出した子もいたが、強面なのに優しいとわかるとむしろマスコット扱いで、最後は「獅子おじちゃん」と呼ばれて親しまれ、別れ際に泣き出す子までいるほどの人気っぷりだった。


そんな獅子王に軽く嫉妬したことは秘密にしておこう。


子供たちが詐欺男に植え付けられた間違った知識も、一通り修正できたし、もう大丈夫そうだな。


「ハッ! ここは……」


目を覚ました詐欺男は、起き上がると俺の顔を見るなり真っ青になった。


そこに警備部の兵士が二人、やってくる。


それぞれ俺に敬礼すると、一人が詐欺男の身柄を拘束した。


「な、なにをする!?」


「詐欺容疑で逮捕する。話は詰め所で聞かせてもらおう」


「待て! ワタシは……な、何もしていない! 言いがかりだ! こいつこそ怪しい! 昼間から仕事もせずに……ワタシは先生だぞ!」


わめき散らす詐欺男に俺は溜息混じりで告げた。


「俺も免許の取得にはさんざん苦しめられたけど、教員をやるならきちっと試験を受けた方がいいと思うぞ」


ツールバッグから免許証を見せると、詐欺男の顔が真っ赤になった。


「お、オマエッ! その免許は……最高ランクの……くっ! 権力の犬め! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねえええええ!」


呪いの言葉を吐きながら、男は兵士の一人に引っ立てられていった。


残った兵士が俺に一礼する。


「この度は、犯罪者の検挙にご協力いただきありがとうございます。銀翼の騎士殿」


「その呼び方は勘弁してくれ。協力というか成り行きだよ」


「しかし、よく勇者ではないとすぐに看破できましたね?」


真面目な顔で兵士は俺に詰め寄った。


「ん? あ、ああ。不安定な魔法力の出し方をしていたから、勇者なわけないと思ってな」


「そうでしたか。しかし経歴詐称に詐欺行為。嘘はいけませんな騎士殿!」


「お、おう。そうだな」


偶然だとは思うけど、なんだか今日一番ぐさりと来る言葉の不意打ちだ。


兵士は再び敬礼して「それでは失礼します!」と言い残し、去っていった。


一番の大嘘つきは……俺だよなぁ。

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