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143.金色通りの七連星(後編)

店の奥の控え室に通されると、俺はジゼルから大体の事情を聞かされた。


七連星工房の鍛冶職人の長は彼女の父親で、腕は良いのだが金色通りに出店するには、資金も貴族の後ろ盾もなく……それに手を差し伸べたのが、ウォーベック家の当主――つまりオズワルドの父親だったらしい。


ウォーベック家は軍関係に強い影響力を持つ有力貴族で、メディケルス家の失墜により力を増すと言われているのだという。


が、内実は既得権益にしがみつき、金と権力にものを言わせるばかりで魔法使いとしての力はすっかり衰えたとのことだ。


貴族でなければ人間と認めない……とまで囁かれている始末である。


「こんなことにレオ様を巻き込んでしまい、本当に申し訳ございません」


深々と頭を下げる彼女に、俺は笑った。


「いいっていいって。それより、オズワルドが言っていた“不良品”ってのは、どういうことなんだ?」


「…………品質には問題ないと思うのですが」


あの青年が店に残していった長剣フランを、俺はそっと鞘から抜いてみた。


「魔法力を込めていいか?」


「あ、あの……可能な限り弱めてお願いします」


「ああ。わかった」


最初、ジゼルが言った意味がわからなかったのだが、俺はゆっくりと慎重に魔法力をフランに注入し、すぐさまそれを止めた。


なるほど。納得だ。


先頃、フローディアから借りたフレイヤがバスタブだとすれば、フランはコップ一杯の水で溢れてしまうような、小さな器なのである。


危うく魔法力が溢れて暴発するところだった。


魔法力を維持したまま細部まで構成と構造を検証する。


刃は七層の複合材。彫金の精度も宝飾の魔法的な機能も一流だ。


その技術のどれもが、少ない魔法力の増幅に充てられている。


「どういうことだジゼル? このフランっていうのはなんなんだ? これじゃあ普通の魔法使いでも、刀身が焼けちまうぞ」


長剣を鞘に納めて俺が首を傾げると、ジゼルは眉尻を下げた。


「オズワルド様は……魔法力が低いのです。そこで、わたくしどもはその低い魔法力をいかに克服するかを主題に、フランを作成しました」


オズワルドにはぴったりと合わせた結果というわけか。


「それの何が気に入らないんだあいつは?」


「魔法力の低さを底上げするという方法が、オズワルド様のプライドを傷つけてしまったのやもしれません。それと……」


もう、最初の理由だけでも腹一杯な気分だが、問題はまだあるらしい。


ジゼルは続けた。


「先日、魔法騎士団の団員募集があったと聞きます。おそらくオズワルド様も、このフランを手に参加なされたのでしょう」


後のことは何となく想像がつく。俺は頷きながら言葉を返した。


「その試験に落ちたのを、この工房の魔法武器のせいにしたいんだろうな」


三日後の決闘に、現魔法騎士団長のソランを呼ぶというのも、実力をアピールするためか。


そのうえ、ジゼルまで手に入れようというのだ。


相手が有力貴族ということもあって、金色通りでは新参の七連星工房としては言いなりに成らざるを得ない。


ジゼルは先ほどから、ずっと神妙な面持ちを崩さなかった。


俺はゆっくり息を吐いてから確認する。


「なあ、倒してしまっていいのか? オズワルドはこの店にとって上客だろうし、口利きをしたウォーベック家にも七連星工房は恩義がある……俺が勝手にやったこととはいえ、オズワルドを倒せば連中は七連星工房を目の敵にするかもしれない」


黒髪を振り乱し、ジゼルは俺に詰め寄った。


「お気遣いなさらないでください。そもそも七連星工房がこの場にあることが間違いだったのです」


「間違いだなんて、俺はそうは思わないぞ。ジゼルの親父さんの技術なら、ここに店を構える資格は十分だろ」


ずっと思い詰めていたジゼルの表情がほぐれるように柔和になった。


安堵の表情で彼女は頷く。


「そう仰っていただけるだけで、心が救われた気がします。ですが……わたくしどもの心配などなさらないでください。巻き込んでしまってこのようなことは申し上げにくいのですが……レオ様の名誉を守るために、どうか完全なる勝利を……」


俺はゆっくり頷いた。


「ああ。そういうことなら遠慮無くやらせてもらうぜ」


オズワルドはわざわざ聴衆を集めて俺と七連星工房を笑いものにするつもりだろうが、ケンカを売る相手を間違えたみたいだな。



三日後の夕刻。


俺は約束通り、貴族街のウォーベック家邸内にある、闘技場にやってきた。


クリスたちの姿は客席に無い。今回は三人の参考になるような戦いにはならないからな。あえて知らせなかった。


もちろん、フローディアもアルジェナもオーラムも、一貴族の決闘に王家の人間がわざわざ観覧に来る理由はない。


集まったのはざっと二百人ほどか。ウォーベック家の関係者ばかりだろう。


俺の唯一の味方は、ちょうど俺の背後側の席についたジゼルだけだ。


「レオ様! お気をつけください」


俺は軽く腕をあげてジゼルの声援に応えた。


ステージに上がると、長剣の柄に手をかけてオズワルドが口元を緩ませる。


「逃げずに来たことだけは褒めてやろう。だが容赦はせんぞ。ジゼルをたぶらかした貴様を許すわけにはいかぬ!」


いや、そんなことしてないから。


「お前、彼女に嫌われてるって思わないんだな?」


「俺様を嫌う女がこの世に存在するわけがなかろう」


その自信は貴族ゆえのものなんだろうか。俺も大概だが、そこまで疑念も持たずに自分を肯定できる精神がうらやましい。


オズワルドは長剣を鞘から抜き払った。


銀色の柄に紅い宝石のはめ込まれた、黒い刀身の剣だ。


ぱっと見ただけでは判別がつかないが、使い手の能力を無視した業物だろう。


「決闘に審判など必要無い。貴様も抜け……」


会場の貴族風な観客たちが声を上げた。殺せだの血祭りに上げろだの、ウォーベック家の縁者はどいつもこいつも血の気の多い連中ばかりらしい。


人が死ぬ娯楽くらいしか、腐った彼らの脳を刺激しないのかもしれないな。


俺もフランを抜いた。


本来なら魔法式を書き換えて、使いやすくするところだが、今回に限ってはそのままのフランを使おう。


オズワルドは舌なめずりをする。


「覚悟は良いな野良犬」


こんなやつが貴族というのは、大いに問題ありだな。


俺は構えもせずに「いつでもいいぜ」とだけ返した。


「きいええええええええええええええええええい!」


オズワルドが奇声をあげながら俺に斬りかかる。


魔法の気配は一切感じられなかった。


貴族の青年は身体能力強化さえまともに発動できていない。


よれよれの切っ先を俺は避ける。


だめだこいつ。話にならない。


フランさえ投げ出したオズワルドだ。新しい剣も使いこなすどころか、まともに魔法力を込められていなかった。


次々と乱雑に放たれる剣檄は、筋力を駆使した単純な物理攻撃でしかない。


「どうしたどうした! 避けてばかりでは勝てんぞ?」


肩で息をしながら気炎を吐くオズワルド。その攻撃を俺はその場からほとんど動かず避け続ける。


派手に避けたふりをしてみせたが、軸にした右足はずっと定位置だった。


今、目の端に客席にいた壮年の男が会場を去る姿が見えた。


魔法騎士団長のソランだ。まるで成長していないとでも言いたげな背中が、雑踏の向こうに消えていく。


一方で、集まったウォーベック家の縁者たちは大盛り上がりだった。


こいつらの目は節穴か?


「どうした? 足がすくんで動かないのか?」


自分の攻撃が当たらないことに疑問すら感じていなさそうなオズワルドに、俺は溜息さえ出ない。


「……ああもういい。わかった。このままじゃ七連星工房の宣伝にならんからな。少しハンデをやる」


俺はオズワルドの右腕の手首を掴んで、剣の攻撃を止めた。


「ぐぬう!?」


ぐぬう……じゃねえよ。どうして掴まれたのかわからないって顔するなよ。


ある意味ピュアすぎるだろ。温室育ちもここまで突き抜けると、逆に笑えてくるぞ。


本来ならこのまま組み討ちにするのだが、俺はオズワルドに魔法力を付与した。


これまでほとんど使ったことが無い、回復系統の魔法だ。


軽くその身体を放るように投げ捨てると、オズワルドは宙で一回転してから華麗に着地を決めた。


「くーっはっはっは! さすが極星工房の魔法剣だ……消耗は激しいが振るうほどに身体が軽くなる! どうやら俺様の中に眠っていた力が、貴様という強敵を前に覚醒してしまったらしい」


野良犬から強敵に一気に格上げか。


どうしてそうなったのかもオズワルドは理解していない。


俺が与えた魔法力によって、やっと黒色の剣が本来の力の一部を使えるようになったに過ぎないというのに……。


オズワルドは邪悪な笑みを俺に向けた。


「これは瞬殺してしまうかもしれないな。残念だが試合ではなくこれは決闘だ。助けは来ない。が、助かりたければ俺様の靴の裏を舐めろ」


「そんなことするわけないだろ」


「後悔するぞ貴様ァ!」


剣を振り回すオズワルド。その太刀筋はあまりの速さに見えなかった。


まあ、俺には見え見えなんだが客席は大盛り上がりだ。


突然、動きが良くなったオズワルドに、ジゼルがハッとした顔をする。


俺が何をしたのか、きちんと理解しているのは彼女だけらしい。


それにしても、ウォーベック家の連中は、よくこれで魔法武器関連の利権が守れていたと思う。


「後悔してるよ。俺の自業自得とはいえ、こんなバカの相手をすることになるなんてな」


俺のシンプルな“バカ”という言葉に、オズワルドの浅く日焼けした顔が怒りで紅潮した。


「その言葉……許せぬ。死ね!」


身体強化で疾風のような踏み込みをし、俺の首を胴から切り離そうとオズワルドの斬撃が飛ぶ。


俺はフランでその剣筋を滑らせるように、方向を変えた。


弾くというよりいなされて、オズワルドが体勢を崩し勝手にステージの上に転げる。


「ひ、卑怯だぞ!」


すぐに身を翻して立ち上がりながら、青年は切っ先を俺に向け直した。


軽くいなしただけなのに、どこに卑怯な要素があるんだか。


フランの特性上、あまり魔法力を込めすぎると刀身が焼き切れるか、最悪の場合形象崩壊しかねないので、正面から受け止めるようなことはせず、相手の大出力を最低限の力で防いだだけだ。


それを二度三度と続ける。


「正々堂々と打ち合え! この糞虫がぁ!」


剣技もまともに学んでいないらしく、型もなにも青年のそれはめちゃくちゃだ。


魔法騎士の試験に通るレベルに達しないどころか、エステリオの戦闘実技で落第するかもしれない。


オズワルドの放つ剣檄をすべていなし、かわした。俺の軸足はまったくその場を離れる気配がない。


やっと目先を変えて、オズワルドは俺の右足を狙ってくる。


が、剣が下がった瞬間に俺はフランの柄の先をオズワルドの肩口にめり込ませた。


ブンッ! と、青年の身体が三メートルほど後方に吹き飛ぶ。


「くあッ! なんだそのふざけた技は! なぜ俺様に素直に斬られない!? 貴族に反撃するなど……あり得ぬぞこの愚民があああああ!」


もう言ってることがめちゃくちゃだ。


この青年の中での決闘は、貴族が相手を一方的に痛めつけ、許しを請う相手に自分が温情をかける……そういう遊びなんだろう。


「反撃をされるような隙を作る方が悪いだろ」


「ふざ、ふざけるな! 覚醒した俺様の前にひれ伏せえええええ!」


フェイントも無ければ、精霊魔法や理論魔法の同時展開もなく、オズワルドは突きの構えのまま俺につっこんでくる。


苦戦のしようも無い。


もう少し盛り上げてから、この青年をフランで倒し七連星工房の魔法武器の性能が確かなものだと、聴衆の前で証明するつもりだったが……。


オズワルド渾身の突きをかわして半歩前に出ると、懐に入り、ぽっかり空いた隙だらけのみぞおちに再びフランの柄を突き立てた。


「ぼうげええええええええええええええええええええ」


カウンター気味に決まったな。


俺が与えた魔法力で身体強化されているから、死ぬことはないだろうが……いや、死ねないからこそ苦しさが延々続き、気絶することもできずオズワルドはステージの上を転げ、のたうち回った。


何度も咳き込み、血反吐を吐いて荒い呼吸も止められず、涙をこぼす青年の姿に客席がしんと静まり返る。


俺はしゃがみ込んでオズワルドに小声で告げた。


「どうだ? 苦しいか?」


さすがのオズワルドも、身に染みた痛みは理解できるらしい。


「もう二度と七連星工房とジゼルにちょっかいを出すなよ」


「わが……わがっだ……だすげで……ぐで」


「じゃあ、その剣を手放せ。そうすればすぐに楽になる」


「い、いやぁだぁ」


だだっ子のようにオズワルドが首を左右にさせた。


魔法武器を手放して、身体能力強化が切れれば気絶して楽になるんだが……しょうがない。


俺はオズワルドの手から漆黒の長剣を蹴り飛ばした。


瞬間、身体能力強化を維持できなくなって青年が意識を失う。


決闘の勝敗は誰の目にも明かだ。


沈黙が支配したステージの真ん中で、俺はフランを掲げた。


「いやー。やっぱり七連星工房の魔法武器はすごいなぁ。俺でも貴族に勝てるんだし。いや、たぶんこの剣が無かったら、俺の方がやられてたんじゃないかなー」


会場がざわつきだした。


しまった……余計なことを言ったかもしれない。


「え、ええと。というわけで、本日紹介したいのがこの七連星工房の技術の結晶であるフラン! 初心者から上級者まで、幅広い層に扱いやすい長剣型の魔法武器で、その最大の特徴はより少ない魔法力の消費で、高性能を発揮できる費用対効果の高さ! 彫金も宝飾も超一流の業物だ!」


言いながら俺はステージを降りると、客席のジゼルの元に向かった。理論魔法で階段を構築し、客席の彼女の元に上がるとその手をとる。


「ご用命のさいは金色通りの七連星工房、ジゼル嬢まで! そして……」


俺は会場の全員に睨みを利かせた。


「今回の一件での異議申し立ては魔法学園の管理人……レオ・グランデが全て請け負う。いいかテメエら……もし俺を通さずに七連星工房に手出ししようものなら……覚悟してもらうぜ?」


感情魔法で暗示を込めて会場中の人間に言い含めると、俺はジゼルの手をとって、時が凍り付いたように静まり返ったウォーベック家を後にした。



夜の街を二人歩きながら、ジゼルが神妙な面持ちで俺に聞く。


「あの……わたくしは……とてもいたたまれない気持ちです。貴族のトラブルに巻き込んだ上、あろうことかレオ様に工房の宣伝までさせてしまって」


「いや、ごめんなジゼル。さすがにあんな宣伝の仕方はないよな。七連星工房の敵を増やしただけな気がするし……けどまあ、何かトラブルがあったらいつでも相談してくれ。それにこいつは返すよ」


俺は鞘に収まったフランをジゼルに手渡した。


「ですがそれでは報酬が……」


「まあ、あのバカな貴族のぼんぼんのために作られたのかもしれないが、お前の親父さんの作品には違い無いからな。俺が使うと、つい力を込めすぎて壊しちまいそうなんだ」


ジゼルはフランを胸に抱くようにぎゅっとさせた。


「そういうことでしたら、こちらはひとまず預からせていただきます」


そして、決心をしたようにジゼルは大きく頷くと、俺に告げた。


「正直に申し上げまして……オズワルド様が地面に転げ回る姿を見られて、すっきりいたしました」


ニコリと笑う彼女に「うは、結構おっかないんだなジゼルは」と、俺は素っ気なく返す。


「それをやられたのはレオ様ではありませんか。それに……お店の方は心配ございません」


一応、闘技場で釘を刺しておいたんだが、ジゼルが言いたいのはどうもそれとは違うらしい。


「何か妙案があるのか?」


「案だなんてとんでもない。ただ、あの会場にいた人間の大半は、レオ様が銀翼の騎士と知れば、すぐに手のひらを返すような方々ですから」


「そういうものなのか?」


「はい。銀翼の騎士に決闘を挑んで負けたということであれば、ウォーベック家も最低限の体面は保たれた……と、思うより他ありません」


足取り軽くジゼルは俺の一歩先を歩く。


「まあ、なんにせよ、困った事があればいつでも相談してくれ」


「レオ様も魔法武器関連で欲しい技術があれば、いつでも盗みにいらしてください」


ニコリとジゼルは微笑んだ。


「うわ、気付いてたんだな。見た目は優しそうなのに、やっぱりおっかないやつ。オズワルドが可愛く見えるぜ」


「わたくしはおっかなくなどありません。ただ怒りたくもなります……たくさん盗まれてしまいましたから」


急にジゼルの頬が赤らんだ。


「え? たくさんって……いや、確かに複合材による七層構造の刀身は見事だし、参考にさせてもらいたいけど……それだけだぞ!」


「レオ様は、かなり抜けたところがおありなようです。あまり周囲の人間を振り回してはいけませんよ」


「振り回すっていうか、しょっちゅう巻き込んでるからな。気をつけるよ」


俺がそう返すとジゼルは溜息混じりに「本当に仕方の無い方ですね」と目を細めた。


いったいなんのことやら。


まあ、ジゼルが元気を取り戻し、これからも七連星工房が金色通りの一角で輝きを放ち続けてくれるようなら、一安心だ。


「なあジゼル。今度、親父さんに頼んで工房の高炉を見せてもらえないか? できれば一晩使わせてもらえるとありがたいんだが……」


「レオ様なら弟子入りは大歓迎です。未来の四代目とお呼びいたしますね」


「いや、やっぱりやめておくよ」


そんな軽口をたたき合いながら、俺はジゼルを金色通りまで送り届けた。


ひとまず学園にある素材をかき集めて、複合材の刀身でも試作してみるとするか。

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