142.金色通りの七連星(前編)
週末――俺は王都の魔法武器専門店の中でも、高級店がひしめく金色通りにやってきた。
右を見ても左を見ても、貴族だらけで賑わっている。
金色通りに店を構えるのは、王国中の魔法鍛冶の中でも、ほんの一握りの選ばれた者たちだけだった。
フローディアに紹介された店――七連星工房は金色通りの片隅にあった。
工房としての歴史は親子三代と長いが、金色通りに店を構えたのは一年ほど前の新参らしい。
フローディアの宝剣を鍛えたのが、この工房だった。
店に入ると、ロングスカートと落ち着いた雰囲気を纏った、黒髪の女性が俺の前で一礼した。
黒地の上着には小さなフリルがあしらわれており、前髪を片側に寄せるように、七連星をモチーフにした髪飾りをつけている。
凛としたたたずまいの美人だった。
「お客様。大変申し訳ございませんが、当工房は会員制となっておりまして……」
年の頃は二十歳くらいだろうか。接客のため訓練して身につけたのであろう声色も、非常に落ち着いている。
ポケットから魔法のかかった割り符兼紹介状を取り出すと、俺は彼女に見せる。
「こ、これは……申し訳ございません。大変なご無礼、心より謝罪申し上げます」
オーバーなやつだな。俺は困りながらも笑う。
「いや、いいって。俺も服装くらい気を遣うべきだった」
学園の作業服、ほぼそのままで来てしまった。
貴族や大商人ばかりの金色通りで、場違いもいいところだ。
「そんな滅相もございません。どうぞこちらへ」
奥へと通される。
店内はやや光量を落とした、しっとりとした雰囲気の照明で彩られ、まるで宝飾品店のようだった。
工房とはいうが、金色通りにあるのはどれも有名工房自慢の商品陳列室という趣である。
過剰な売り込みなど一切ない。
最初からいなかったのでは? と、疑問に思うくらいに、店員の姿が視界の中に入ってこなかった。
俺がとある武器に目を留めた途端、先ほどの女性店員が察して、ショーケースから自慢の商品を取り出してくれる。
手頃な刃渡りの長剣だ。
「当工房の武器はすべて、お客様に合わせてオーダーメイドさせていただいております。こちらはサンプルとなります。お客様の要望に極力お応えいたしますので、お言いつけください」
「ちょっと魔法力を込めてみていいか?」
「ぜひお試しください。レオ・グランデ様」
黒髪の女性店員はゆっくり頭を垂れた。
「あれ? 名乗ったっけ?」
そう聞いてから気付いた。さすがに紹介状に名前くらいは書いてあるか。
店員は再び頭を下げた。
「先ほどは大変失礼いたしました。お目にかかれて光栄です。先日執り行われた竜狩りのさい、魔法騎士たちの誇りを守り戦ったレオ様とお見受けいたします」
交流戦と竜狩りの件で、すっかり名前が売れてしまったらしい。
「あの時は魔法騎士たちが奮戦して竜を弱らせてくれたから、俺でも勝てたんだよ」
「ご謙遜なさらずとも……」
店員は色素の薄いグレーの瞳でじっと俺を見つめた。
「それで……その、こいつに魔法力を込めたいんだが?」
「失礼いたしました。どうぞお試しください」
彼女はそっと下がると、俺の視界から消えた。
気配隠蔽の魔法でも使っているような身のこなしだ。
さてと……。
長剣に魔法力を込める。
その材質や内装された魔法式を精査した。
少し触れただけでも、相当な腕前の魔法鍛冶だとわかる。
複数の希少金属を積層させて、それぞれの特性を最大限に生かした刀身を形成しているのだ。
七層か……ここまで繊細な仕事は初めてかもしれない。
他にも魔法式の走らせ方や、宝石の選び方などに独自性があり見るべき所は多い。
彫金も丁寧で、きっと美術品的な価値も高いだろう。
さすが金色通りに店を構えるだけのことはある。
値札は……見なかったことにしよう。
俺は頭の中に刃の積層技術を焼き付けるように刻み込んで、剣を鞘に戻した。
「ありがとう。良い剣だが、ちょっと俺には使いこなせそうにないな」
「どういった点がお気に召されませんでしたか? お聞かせ願えればすべての要望にお応えする用意がございます」
そうしてもらいたいのは山々だが、先立つものがないからな。
無い袖は振れない。
今日、こうして場違いな俺が高級店に足を運んだのも、あくまで最近の魔法鍛冶技術を参考にするためだ。
少し厚みは増すが、あと二層は積層させられそうだ。ただ、この工房の職人にとって七という数字には特別な意味があるのかもしれない。
あえて七で止めてバランスを取っているのだろう。
技術的には取り込めそうだが、問題は素材と魔高炉だった。
希少金属はさすがに自力調達しないといけないだろうし、それにも増して加工のための魔高炉の火力が、学園の施設ではまったく足りていなかった。
「どうかなされましたか?」
「いや、なんでもない。今日は下見に来ただけだから、そろそろ失礼させてもらうよ」
「せっかくですからこちらのサーベルなど、合わせてみてはいかがでしょう? わたくしの勝手な見立てではありますが、レオ様にぴったりかと……当工房は剣を得意としておりますが、槍や弓のご用命も喜んで承らせていただきます」
黒髪の女性店員は俺に熱い視線を注ぐ。
正直に金が無いとも言いにくいが……言わないと延々、お勧めされ続けそうな雰囲気だ。
その時、店の扉が荒々しく開かれた。
「はーっはっはっは! 来てやったぞ。今度こそ俺様を満足させるものをもらい受けようか?」
白金色の髪をなびかせた、鳶色の瞳の青年が店に入ってくる。
肌は浅黒く焼けていた。その肉体は鍛えられているが、戦うことで身についた筋肉というよりは、他者に見せつけるために作られた印象だ。
身なりも良く、腰のベルトには優美な彫金の施された剣が下がっていた。
デザインからしてこの工房の作品だ。
女性店員が恭しく頭を下げた。
「これはオズワルド・ウォーベック様。ようこそおいでくださいました」
店の前に護衛付きの馬車を停めているあたり、どこぞの貴族のぼんぼんに違い無い。
カツカツと靴を鳴らして、俺を押しのけ女性店員の前に立つと、貴族の青年――オズワルドは高圧的に告げる。
「さあ、今日も俺様をもてなせジゼル」
店員の女性の名はジゼルというのか。
「このようなことは大変申し上げにくいのですが、長剣フノスはオズワルド様に合わせて重心のバランス調整から、構築した魔法式まで完璧に仕上げたもので……」
「黙れ! 俺様は“もてなせ”と言ったのだ!」
不意にオズワルドが腕を振り上げたかと思うと、あろうことか握った拳をジゼルに叩きつけようとした。
咄嗟に青年の手首を掴む。
「暴力は良くないだろ」
腕を掴まれたことに気付くまで、この男は俺の事を認識さえしていなかったらしい。
驚いた顔を浮かべてすぐ、その表情が険しくなった。
「な、何をする! 放せ下郎がッ!!」
「上げた腕を下ろすならそうしてやってもいいぞ」
青年は引きちぎるように腕を振り払った。
ジゼルを打ち据えるのをやめて……というか、敵意を俺に向け直して青年は声を上げる。
「こんなみすぼらしい格好の貧乏人に敷居をまたがせるとは、この店はいつから犬小屋に成り下がった!?」
ジゼルは困り顔でうつむいた。
「こちらのお客様は……」
舌打ちでオズワルドはジゼルに反論を封殺する。
「チッ……黙れ。店の者よ。誰かこの野良犬をとっととつまみだせ」
他の店員を怒声混じりで呼びつける貴族様に、俺の口から自然と溜息が漏れた。
心配そうにこちらに視線を向け、やってこようとした他の店員に、そっと手のひらを向けてその場にとどまらせる。
そうしてから改めて、オズワルドに向き直った。
「ああ、悪かったな。退散するよ。だからこれ以上店の人間に迷惑をかけるなよ。ガキじゃあるまいし」
「俺様に意見しようというのか? 名門ウォーベックの家名を知らぬ田舎者が」
正直興味も無ければ知りたくも無い。
まあ、相手も俺の事は知らず、どこぞの貧乏魔法使いと思ってくれているようだ。
ともあれ、これ以上俺が店にいてもろくなことにはならないだろう。
「邪魔したな」
店を出ようとする俺に、ジゼルが深々と頭を下げた。
「この度は……た、大変失礼いたしました」
声が震えている。別に彼女が悪いわけでもないのに。
オズワルドはそんなジゼルを鼻で笑った。
「野良犬に頭を垂れるとは見下げ果てたぞジゼル。不良品を売りつけるばかりか、客とそうでないものの区別もつかなくなったとはな」
店を出ようとした俺の足が自然と止まった。背を向けたまま貴族の青年に聞く。
「待てよ。不良品っていうのは本当か?」
「犬が人間の言葉を口にするとはおもしろい。楽しませてもらった褒美に答えてやろう。この店の魔法武器はどれも値段が高いだけのガラクタだ」
そんなはずはない。
先ほど見せてもらった長剣は、その値段に見合うだけの見事な業物だった。
「近々、父上にも話さねばならんな。金色通りに相応しくない魔法鍛冶工房があると……」
ジゼルがかすむような小さな声で呟く。
「そ、それだけはどうか……ご容赦ください」
俺は振り返るとニコリと笑う。
「この工房の魔法武器の、どこが不良品なんだよ?」
「どこがだと? すべてがだ! 俺様が試験に受からぬわけがない。となれば原因はこのナマクラ以外あり得んだろうに」
ベルトから鞘を外すと、青年は長剣を鞘ごと床に投げ捨てた。
「なんの試験かは知らないが、お前みたなやつが試験なんて受けるのか?」
「先ほどから気やすいな下郎」
オズワルドが俺を睨みつける。まったく凄みが感じられない。
「ちょっと見せてもらうぜ」
床に落ちた剣を拾おうと、延ばした手を貴族の青年が踏みつけてきた。
「そこまでにしておけ」
俺の手の甲にめりめりと、押し込むように体重をかけてくるオズワルド。
いくら踏みつけても無駄だ。
俺の手の甲の上には、薄い膜のように斥力場が張られていた。
それに気づきもせず、青年は勝ち誇った笑みを浮かべて続ける。
「どうした下郎?」
「痛い痛い。足をどけてくれないか?」
「くーっはっはっは! 腑抜けが。この剣はジゼルに拾わせる。わかったな下郎?」
「それはできないな。そんなことを許したら彼女と工房の沽券に関わるだろ?」
ジゼルが悲鳴のような声をあげた。
「もうおやめくださいレオ様! わたくしが拾えばいいのですから」
「ダメだ。客を選ぶ権利は店にだってある」
オズワルドが口元を緩ませた。
「その通りだ下郎。とっととその手を離して立ち去れ。これは最後の警告だ」
皮肉のつもりで言ったのだが、どうにもこの青年には通じないらしい。
「その警告、無視したらどうする?」
「強がるな。ここに来るということは貴様も魔法使いの端くれなのだろう? だったら簡単なことよ」
俺の手の上から足を退けて、オズワルドは腕組みをした。
「決闘で叩きつぶす」
決闘か。魔法使いがお互いの同意のもと、魔法によって勝負をする。
学園の試合形式も、元をたどればこの決闘に行き着く……とは、先日の交流戦前に軽くルールをおさらいして学んだ事だ。
ただ、試合ではないため魔法武器に制限が掛からない。
つまり“死んでも文句は言えない”という決定的な違いがあった。
俺は床に投げ捨てられた長剣を手にとり、立ち上がる。
「いいぜ。じゃあ俺はこいつを使うことにする。それでお前に勝てば工房の名誉は守られるだろ」
「まさか、この俺様に勝てると本気で思っているのか?」
「いやまあ……負けることは無いと思うんだが」
ジゼルが俺の前に庇うように割り込んだ。
「お待ちください。こちらのレオ様は……」
「黙れジゼル。俺様がこのようなみすぼらしく薄汚い野良犬に負けるわけがなかろう?」
「……それは」
腐っても客には違い無いオズワルドの身を案じているジゼルが、不憫で成らない。
彼女が庇うのも、ウォーベック家がこの工房にとって上客なのかもしれないのだが……俺が瞬殺したら店の評判に悪影響を及ぼさないだろうか。
少々面倒だ。
オズワルドは再び高笑いした。
「はーっはっはっは! 勝負は三日後。場所は我がウォーベック家所有の闘技場だ」
「悪いが忙しいんでな。時間はこっちで指定してもいいか?」
「好きにしろ。どうあがこうが結果は同じだからな」
珍しく正しい事を言うじゃないかオズワルド。
「じゃあ、午後六時でどうだ?」
学園の庶務をきちんとこなしたあとで、気兼ねなく戦える。
「よかろう。万が一にも貴様が勝つようなことがあったなら、何を望む?」
「んー。じゃあこの剣をくれ」
「では貴様は何をかける?」
あっ……しまった。俺には賭けられるものなんてないぞ。
銀翼の騎士の証としてもらった勲章くらいならあるが、あれならどうだろうか……。
不意に、ジゼルの凛とした声が響いた。
「わたくしを好きになさってください」
俺は耳を疑った。ジゼルが毅然とした態度で、そうはっきりと言い切ったのだ。
「ほほう……ジゼルよ。ついに俺様の妻になる覚悟を決めたか」
な、何を言っているんだ?
ジゼルは悲しげな視線で俺を見つめた。
だいたいわかってきたな。
彼女を手に入れるためにオズワルドは工房にあれこれちょっかいを出し、ジゼルはそれを断り続けてきた……ってところか。
俺は泣き出しそうなジゼルに小さく頷いた。
彼女は俺の実力を本心から信頼しているからこそ、人生を賭けたのだ。
とはいえ、今日会ったばかりの相手に全てをゆだねるなんて、結構思い切った性格なんだな。
「わかった。その条件で決闘を受ける」
「三日後が楽しみだ。今から見物人をこちらで集めてやるぞ。父上は王宮にも影響力を持つからな。魔法騎士団長殿にもお越しいただいて、俺様の真の実力を見せる良い機会としよう! くーっはっはっはっは!」
オズワルドは高笑いをしながら店を出ていった。




