141.宴の幕
三日ほど眠り続けたらしい。
その間にすっかり回復し、お気に入りの黒髪も元に戻って一安心だ。
俺が目覚めると、事後処理は終わっていた。
検事部が世論向けに公表した“幕引き”は、真相からかけ離れたものだ。
国務大臣ネイビス暗殺の黒幕はフォルネウス……というのが、検事部の見解である。
その殺された大臣ネイビスも国家の簒奪者であり、二人は共謀関係にあったが、裏切りに遭いフォルネウスは復讐を果たした。
メディケルス家による王国の壟断は、内輪もめにより頓挫し、フォルネウスは王都から逃亡した……という筋書きである。
これにより、メディケルス家とスレイマン家は貴族特権を剥奪された。
それぞれの一族の命こそ王の裁量で救われたが、栄華を誇った名門の家名は失墜したのだ。
王の性格は相変わらずだ。
その甘さがネイビスのような怪物を生み出してしまったのだが、優しさは三姉妹それぞれに受け継がれていると思う。
ただ、そういった処分の一方で――
大臣暗殺の責任を負う形で、ロア・フェアチャイルドが検事部の長から退くこととなった。
いかなる理由があろうと警備上の不備には違い無く、その責任をクリスの父親が一手に引き受けた格好だ。
が、功績も大きく、世間的には降格のように見えなくもないが、王宮としては勇退に近い扱いだった。
もともとロアが役職から離れることが既定路線だったとはいえ、暗殺者がランクAの理論魔法使いで、内部事情に精通していれば、誰であろうと大臣を守るのは難しい。
警備網の情報はメディケルス家の息の掛かった人間から、フォルネウスにもたらされたらしく、防ぎようが無かった。
おそらくフォルネウスは「大臣を救出する」とでも言ったんだろうな。
互いの尻尾を食い合って、メディケルス家とスレイマン家は消滅した。
ちなみに、俺がフォルネウスと戦い倒したと知るのは、クリスだけである。
そのクリスの仮面ジャスティスとしての諜報活動は、父親と半ば暗黙の了解の中での協力体制だったらしい。
犯罪に関わりそうな情報を仮面ジャスティスが入手し、検事部のロア宛てに手紙を送る。
その情報で救われた命や、未然に防がれた犯罪はいくつもあった。
が、クリスがエステリオに進学を決めたのと同時に、仮面ジャスティスも王都の夜から姿を消したのだ。
仮面ジャスティスの活動は目撃者たちの口伝いに、その不在が人々の渇望となり、ついには絵物語となって爆発的に広まった。
結果、仮面ジャスティスという存在は、フローディアに多大な影響を与えてしまったわけである。
特徴的な白マントと仮面なんてしていなければ、物語になんてされなかっただろうに。
まあ、あのインパクトのある服装があればこそ、正体を隠し通せたのかもしれないんだが。
服装といえば……こういうのは苦手だな。
馬子にも衣装なんて言葉はあるが、窮屈で仕方ない。
俺は着慣れない堅苦しい礼服姿で、城のホールへと足を踏み入れた。
晩餐会が幕を開ける。
貴族たちがきらびやかな衣装に身を包み、奥の一段高いところには二人の姫の姿があった。
テーブルには高価な葡萄酒がずらりと並ぶ。
用意された料理はどれも、山海の珍味を集めて贅を尽くした逸品ばかり。
まさか本当に晩餐会になるなんて……冗談のつもりだったんだけどな。
俺の登場に、そこかしこからどよめくような声がいくつも上がった。
そして、ドレス姿の少女たちがやってきて俺を取り囲む。
四賢人ロア・フェアチャイルドの名代を務め、フローディアの友人として招待を受けたクリス。
同じく友人として、フローディアから招待を受けたプリシラとフランベル。
学園長に代わってエステリオの代表となったのはマーガレットだった。
コルセットで身体のラインを女性的に矯正しての参加である。
付き添いにエミリアの姿もあった。
胸元が大きく開いた、彼女らしくない大胆なドレスに俺はつい、視線を胸元に引きつけられそうになる。
弾けこぼれんばかりの大ぶりな果実を、あわや凝視というところで、クリスが一歩前に出た。
「おめでとうレオ。これで晴れて教員の資格を得たのね」
プリシラとフランベルがうんうんと頷いた。
「レオっちが先生かぁ。ま、実力からいえば当然だし!」
「それに王様の直属の騎士なんでしょ? しかも師匠のために作られた特別な役職って聞いたよ? ははは! さすがだね師匠!」
陽気に笑うフランベルの言葉に、俺は小さく頷いた。
「ああ、なんでも銀翼の騎士とかいって、有事でない限りは、自由なんだと。だから学園で教員をやっていてもいいんだとさ。まあ実体の無い名誉職みたいなものだろ」
エミリアが瞳を輝かせた。
「本当ですかレオさん!? 銀翼の騎士といえば、建国の祖ディアマンテ・タイタニアに仕え、幾度となく国の危機を救ったとされる伝説の魔法騎士ゴットハルトと同じですよ? まさに現代に甦った救国の騎士ですね!」
「そりゃ……なんだかすごそうだな。というか、今回はエミリアもお手柄だっただろ? 俺ばかり評価されてるみたいな感じになって、悪いな」
エミリアはもじもじしながらうつむいた。
胸元が大きく開いたドレスだけに、こぼれ落ちそうなボリュームに再び、視線が誘導されそうになる。
「わ、わたしなんて……こうして王宮の晩餐会に招待していただけただけで、一生に一度の名誉です。それに違法魔法薬の治療はマーガレット先生の調薬技術あってのことですから」
エミリアの隣でマーガレットが「うふふ♪ わかってるじゃない」と、蛇のように身をくねらせた。
なんでお前までドレス姿なんだよ……まったく。
不意に照明が落とされた。
壇上に二人の姫が並び立つ。
拡声器によって声が会場中へと広がった。
「銀翼の騎士レオ・グランデ。こちらに参れ!」
フローディアに呼ばれた俺が歩き出すと、招待客たちが海を割ったように左右に分かれて、まっすぐに道を作った。
後ろからクリスたちが着いて来る。
階下にたどり着くと、フローディアとアルジェナが壇上から俺を見つめた。
背後でクリスが俺の服の裾を下に軽く引っ張る。
ああ、そうか。棒立ちはまずいよな。
その場にひざまずき、クリスたちも淑女らしく礼をした。
「一同、顔を上げよ。この度は王国の危機をよくぞ救ってくれた。レオせんせ……コホン! レオよ!」
客たちの喝采がホールに響き渡る。
「俺にできることをしたまでだって」
「相変わらずの親しみやすい口振りじゃな。それでこそじゃ。他の者たちも楽にするが良い」
俺は立ち上がり、クリスたちも顔を上げた。
フローディアは続ける。
「わらわから伝えたいことがあるのじゃ。その責務を果たすにはまだまだ足りないことだらけだと、承知の上じゃが……魔法騎士団長になることを決めたぞ」
再びホールに拍手が響き渡る。
胸を張り勇ましくフローディアは告げる。
「歴代の誇り高き勇気ある者たちに恥じぬよう、立派な騎士団にしてみせる……つもりじゃが、向こう三年は修行に励むことにした。当面の団長代理には年長者のソランを立てようと思う」
ソランというのは、竜狩りには参加せず本陣の守備隊を指揮していた魔法騎士の古株だ。
古参だけに若い第三王女の補佐役にはぴったりだろう。
どうやらフローディアには、人生の目的ができたようだな。
「お前ならきっとできるさ」
「は、恥ずかしいことを言ってくれるなレオ先生」
魔法騎士団長としては、まだまだこれからという感じだが、進むべき道が開けて良かったなフローディア。
その隣で銀髪の少女が小さく頷いた。
拡声器を通して彼女が告げる。
「……私は有望な人材が育つまで、国務大臣の職務につきます」
たった一言のスピーチだが、それで十分だった。
喝采と「おおおお」という、感嘆がホールを揺るがせる。
アルジェナ独学で政治学を学んでいたらしい。
実務経験は無いのだが、すぐにも補佐官をつけて公務を引き継ぎつつ、悪しき慣習を是正し改革を推し進めていくだろう。
献身的で、自らの命を賭してでも妹を守ろうとしたアルジェナなら、きっと良い国造りをしてくれるはずだ。
そして……スポットライトが壇上の奥へと注がれた。
国王ジンク・タイタニアに手を引かれて、金髪の少女が純白のドレス姿で、紅い絨毯の上を歩く。
俺は……。
その姿に視線を釘付けにされたまま、呼吸することも忘れて見入ってしまった。
第一王女の顔を良く知っている。
壇の中央に立つと、第一王女は一礼して俺に優しく微笑みかけた。
「この度は妹たちの命を身を挺して守り、王国に伸びた黒い影を払っていただきました。わたくしオーラム・タイタニアはレオ様に深く感謝いたします」
ララは……ララが……第一王女オーラムだった。
オーラムと並び立ち、フローディアとアルジェナがニッコリ微笑む。
俺はなにも知らずに彼女の料理を食べて……。
彼女の待ち人を批判して……。
なんでも力になると言ったのだ。
うおあああああああああああああああああああああああああああああああ!
ララ――オーラムが穏やかな顔のまま、俺に視線を落として続ける。
「レオ様。騙すような形になって申し訳ありません。ずっと言い出せず、こんな形での再会になってしまったことをお詫び申し上げます」
わびなきゃいけないのは俺の方だ。
「ラ……お、オーラム! 俺はッ!」
オーラムはそっと首を左右に振った。
「今は何もおっしゃらないでください。レオ様は、わたくしには想像もつかない大きなものを背負っていらっしゃるはずです」
背後から視線の集中砲火を浴びる俺に、オーラムは聖母のような笑みを浮かべて告げた。
「今はレオ様の信じる道をお進みください。そしてもし……疲れてしまった時には、いつでもその銀の翼を休めに、王宮を訪ねてくださいね。ささやかながら、お料理でおもてなしさせていただきたいんです」
王女オーラムではなく、宮廷料理研究家ララの表情を浮かべながら、少女はほんのり頬を赤らめた。
つまり……どういうことなんだ?
タイタニア王が前に出る。
「今宵はみな楽しんでくれ! 祝宴の始まりだ」
照明が元に戻り、楽団が優雅な曲を流し始めたのだが……。
「ちょっとレオっち! 今のどーいうことなの!?」
プリシラが回り込むなり、俺の顔をのぞき込む。
「レオ師匠はオーラム様のなんなんだい?」
フランベルも興味津々だ。
「れ、レオさんが姫様と……あばばばばば」
エミリアは毎度のことながら、錯乱状態に陥りすぎだぞ。
「キャー! レオ君のすけこまし~!」
言い方が古くさいぞマーガレット!
三人の美姫が壇上から降りてきた。
フローディアがあっけらかんと笑う。
「レオ先生はモテモテじゃのぅ」
これはモテてるっていうのか!?
「……また、本を読みにきてください」
いや、この状態でいきなり何を言い出すんだよアルジェナ!?
「よろしければ、これからもララとお呼びくださいレオ様」
そっちの方が親しみやすいけど……。
貴族との婚姻は白紙になったようだが、それでもオーラムは勇者の帰還を待たなきゃいけないんだよな。
急に、記憶がぼんやりと甦ってきた。
そういえば……フォルネウスを倒した日の夜、俺はオーラムに看病されていたんだが……もし“時”の魔法が解けていなかったら……。
あの時、やけに大きく感じたベッドの事が気に掛かる。
オーラムはそっと俺のそばに歩み寄ると耳元で囁いた。
「お兄ちゃんに会えて、とっても嬉しいです」
ばれてる。
ばれてるな……これは。
クリスに視線を向けると、彼女は「安全確保のために仕方なかったのよ」と、言わんばかりの神妙な表情を浮かべた。
たしかにあのあと「頼む」とは言ったし、王宮なら王都内に潜伏した他の魔族の襲撃からも守られるとは思うけど……。
「え、えーと……そろそろ帰っていいか?」
フローディアが俺の右腕を。アルジェナが左腕を掴んで拘束した。
「主賓が帰っては盛り上がらぬ! 今宵はオーラム姉様と一曲と言わず、踊り明かしてもらうのじゃ!」
「…………」
アルジェナがコクコクと二回頷く。
プリシラとフランベルの視線がグサリと俺に刺さった。
「レオっち鼻の下伸びてない?」
「師匠! ぼくは踊れないから剣舞でいいかな?」
エミリアはといえば、マーガレットがさっそく高級な葡萄酒を飲ませ始めていた。
「エミリア先生。今夜は飲みましょう? 二日酔いに効く魔法薬は準備してあるから! 思う存分飲みましょう!」
「ほ、ほええええ……レオさんもいっしょに飲みましょうよぉ~~。大人のお付き合いも必要れすよぉ」
できあがるのが早すぎるぞエミリアッ!?
夜会は月が高くなっても続き、俺は足がもつれるまで、代わる代わる少女たちと踊るはめになるのだった。
◆
宴もたけなわ。
慣れないダンスに足をとられ、華やかすぎる空気にあてられた俺は、深呼吸をしに外に出た。
月明かりの優しい光が降り注ぐテラスで、夜空の星々を数えている少女が独り。
オーラムだった。
「お前も休憩か?」
ハッとした顔をして、こちらに視線を向け直すと少女ははにかんだ。
「はい。王女がこんなことを言ってはいけないかもしれませんが、こういった会は息が詰まってしまいそうで……あ! 私ったら、レオ様のせっかくの祝宴なのに」
「いいんだ。俺も同じだよ。できれば顔見知りだけで小さなパーティーでもして、祝ってほしかったな」
「でしたら、お料理は私の出番ですね」
嬉しそうにオーラムは目を細めた。
ああ、こうしてゆっくり話せる機会が不意に訪れるなんて。
彼女には言わなければならないことがある。
何をどう言えばいいのか、答えなんて俺の中にも見つかっていない。
それでも、きちんと向き合わなければいけなかった。
「なあ……俺のこと……怨んでるだろ?」
少女はゆっくりと首を左右に振る。
「レオ様を怨むだなんてとんでもないです」
「許してくれるのか?」
「最初から何も悪い事なんて、レオ様はしていませんから」
困ったようにオーラムは眉尻を下げると、一歩俺に近づいた。
「けど、俺はお前を何年も待たせたんだよな」
「私が自分で決めたことですから。こうしてまた、お姿を見られただけでも幸せです」
そう言うことで、俺の罪悪感を消そうとしてくれているのかもしれない。
俺も彼女に聞くことで許しを得ようとしている。
全然勇者らしくないな。
「俺にできることはないか? 言ってくれれば俺は……」
たとえ、レオ・グランデの名前を捨てることになっても。
教員免許も、銀翼の騎士も、すべて返上することになったとしても。
彼女から奪ってしまった時を取り戻すためなら……。
少女は青い瞳で、心配げにじっと俺の顔をのぞきこんだ。
「そんなに思い詰めた顔しないで、お兄ちゃん」
オーラムは無邪気な笑みを浮かべた。
たぶん俺の眉間には厳しい皺が寄っているんだろう。
二人して、十年前と同じ顔だ。
「わ、悪い。怖かったか?」
少し幼げな口振りで少女は続けた。
「王宮に来ると、いつもお兄ちゃんは難しい顔してたよね。きっとやらなきゃいけないことが……いっぱいあるんだなって思うんです」
小さく息を吐いて、俺は首を左右に振った。
「もう十年前とは違う。今は世界の命運なんて背負ってないからな……」
もう一歩近づくと、オーラムの方から俺の身体をそっと優しく抱きしめる。
「レオ様にとって、世界ばかりが大切なものでしょうか。フローディアからも聞きました。レオ・グランデはきっと素晴らしい先生になるって」
「そうか、あいつがそんなことを……」
「だから……良い先生になってください。そして納得がいくまで道を進んでください。その先にもし、私が必要な時が来たら……わ、私も隣を一緒に歩かせてほしいと思うんです。けど、それはレオ様が決めることで私からそうしてほしいなんて……だから一人の女の子としてレオ様が望んでくれた時には……」
オーラムの顔が青白い月光の下でもわかるくらいに真っ赤になった。
「……一つだけ願いを叶えてください」
声を震えさせながらそう言うと、彼女はかかとを上げて背伸びをした。
そっと顔を近づける。
吐息が感じられる状態で俺を見つめると、淡い雪のような唇が触れた。
俺とオーラムの影が交わり一つになる。
時間が止まったようだった。
彼女の鼓動を感じる。体温がより伝わってくる。
花のような良い匂いがした。髪の毛の感触がくすぐったい。
俺は全身でオーラムの存在を感じた。
かかとをゆっくり下ろして、再び時間が動き出すと少女は微笑む。
「これからもよろしくお願いします。お兄ちゃん」
そう言うと、オーラムは俺の手をとって再びホールに戻る。
宴の終わりが近づいていた。
◆
華々しい宴が終幕した。
その夜、王宮の客間に一泊したのは、俺とクリスたち三人と、エミリアだ。
マーガレットは館が近いため、夜会の終わりに帰っていった。
夜が過ぎ朝を迎え、朝食を摂り諸々の準備を終えた俺たちのために、王城から学園に向かう馬車が用意される。
見送りは三人の姫君だ。
馬車にクリスたちが先に乗り込み、俺が客車に向かおうとしたところでフローディアが駆け寄ってきた。
「レオ先生! エステリオに採用されて教員になったら、ぜひ一年生を受け持ってほしいのじゃ」
「一年生って……どうしてまた?」
恥ずかしそうに膝をもじもじさせてフローディアは微笑む。
「……その……無理強いはできぬが……来年からよろしく頼む。たくさん学んで立派な魔法騎士となり、お姉様方をお助けしたいのじゃ」
フローディアが昨晩宣言した“三年間の修行”とは、エステリオ入学のことだったのか。
「採用されても、どの学年を受け持つかはわからないからな……けど、入ってきたらビシバシ鍛えてやるから覚悟しておけよ?」
「望むところじゃ!」
少女はうんと頷くと、姉たちの元に駆け戻る。
三人の美姫に見送られ、俺も客車に乗り込んだ。
晴れ渡った青空の下――馬車はゆっくりと学園に向けて走り出す。
若葉の香りを含んだ風が馬車を追い越して、遠く遠くの空へと吹き抜けていった。




