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139.旧市街の決闘4

攻撃を受けたというのに、予兆さえ感知できない。


気付いた時には俺の左腕は肩口から分断されていた。


俺やクリスには見ることのできない“魔法”による攻撃だ。


「やばいな。こりゃ……」


「レオ! 腕が……腕がッ!?」


俺はクリスを背に守る。


見上げるほどの巨人となったフォルネウスが、ゆったりとした足取りで近づいてきた。


紅い瞳は光を失い、虚ろに俺たちを見下ろしている。


おそらく残っている意識は「殺す」ことだけだろう。


哀れな末路だが、同情もしていられない。


西日は完全に落ちた。


夜の闇に光が走る。


その発生の魔法式を俺はまったく認識できていない。


手前側の地面が深くえぐられた。


腕一本吹き飛んだくらいで済んだのは、ある意味幸運だったな。


フォルネウスは自身の攻撃の威力や精度を、自分でもわかっていないようだった。


そこかしこで廃墟に光が走り、無差別に街が破壊されていく。


もしこのまま、フォルネウスが王都に侵入でもしようものなら、どれほどの犠牲者が出るかもわからない。


おそらく王都の全軍を率いても……足止めさえままならないだろう。


魔人と化したフォルネウスが顔をゆがめるように笑った。


「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


雄叫びをあげる。俺たちを威嚇し、さらにその背後にある王都に続く道を進もうとしていた。


国を変えるつもりなのだ。


誰も住めない死の世界に。


それで満足なのかよ……。


「レオ……早く治療をしないと……ううん……逃げないと……私でも理解できる。あれは無理だわ。人間も魔族も超越してるもの!」


クリスの言葉は正しい。


迫り来る悪意と殺意の塊に、恐怖しない方がおかしいのだ。


左腕を失った俺は、泣き崩れそうな少女に微笑んだ。


「クリス……大丈夫だ。俺がお前を……いや、お前だけじゃない。王都も王宮も学園もすべて守ってみせる」


ツールバッグから虹を溶かして作ったような、七色の薬液が封入された小瓶を取り出した。


「俺は……勇者だからな」


その美しい毒薬を俺は飲み干す。


腕が吹き飛んだ時とは比較にならない、襲いかかる激痛に立っていられなくなりそうだ。


意識が冥府にもっていかれる。魂が抜けてしまいそうになる。


ありとあらゆる毒素が全身を蝕もうと、体内から俺に牙を剥いた。


それらをすべて弾き、消し去り、中和し、祓い、清め、治め……そして取り込む。


全身を巡る魔法力が活性化した。


今の俺は通常時の五倍以上の魔法力を一時的に持っている。


英雄の秘薬による“覚醒”状態だ。


「……七割ってところだな。王都と学園で手に入る素材だけで、よくここまで調合してくれた。感謝してるぜ」


完成度は高い。


実戦で十分に通用するレベルの高さだ。材料の足りない部分を技術で埋めて、この再現性はさすがだぜ……マーガレット。


クリスが叫ぶ。


「いくら魔法薬を使っても無理よ! 私が片腕になるから指示をして! 今は逃げることを考えましょう!」


俺は首を左右に振ると、真剣な眼差しで告げる。


「俺たちがここで引けば王都が滅ぼされる。お前は見ていてくれ。今回のは一世一代の特別授業だ。瞬きしてる暇もないぜ」


少女をおいて俺は走る。身体能力強化によって動きは風のように軽やかだ。


フォルネウスが放つ光の刃は、まだ視認できなかった。


無差別に光が放たれる。


「レオ逃げてッ!」


クリスの悲鳴じみた叫びを聞きながら、俺は地面に滑り込むようにスライディングして、斬り飛ばされた左腕と宝剣フレイヤを回収した。


「クアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


口から涎を垂らしながら、フォルネウスが俺に向き直る。


人間らしい意識など吹き飛んでしまったろうが、もしかしたら「今さらどうするつもりだ?」と、あざわらっているのかもしれない。


「こうするんだよ」


左腕を無理矢理、肩口の切断面に押しつける。


繋がればいい程度に腕を接着した。神経も通わずピクリともしないが、まずはこれで十分だ。


宝剣を右手に持ち力を増幅させる。


さあ始めようか。


勇者の授業を……。


俺は歌うように音階に乗せて祈りを天に捧げた。


感情魔法を込めて増幅した召喚魔法言語を奏でる。


呼び出すのは時間を司る神の断片だ。


以前と違うとすれば、今の俺は英雄の秘薬によって、覚醒状態にあるということだろう。


断片ではなく、神の一部を再生するだけの魔法力は十分に残されている。


並列起動した四大元素の精霊魔法を制御して、森羅万象の理を得た。


神を迎え入れる準備が……静かに整う。


その間に光が幾重にも俺の身体を切り刻もうと放たれたようだが、残念だったな……手遅れだ。


光は収束し届くことはない。


俺を中心に発生した“時の領域”に、フォルネウスは丸太のような腕を突き入れた。


虚ろな紅い瞳が金色に輝く。


俺の身体を掴もうと手を伸ばすが、その動きは徐々に遅くなっていった。


永遠に届くことはないのだ。


左腕に神経が通い元に戻る。


懐中時計を取り出し確認すると、時計の針はぴたりと止まり、次いでゆっくりと逆回転を始めた。


成功だ。


フォルネウスの腕が“領域”の外へと弾き出される。


「クアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


威嚇するように魔人は叫ぶ。


光の刃を乱射するが、ついにその軌道や魔法式がうっすらと見え始めた。


攻撃は俺に届かない。


時の壁に阻まれ潰えるのみだ。


懐中時計の針が猛烈な勢いで逆回転を続ける。


時間は戻らない……か。まあ、普通はそうだよな……普通は。

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