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137.旧市街の決闘2

破壊魔法が絶え間なく俺に向けて放たれ続ける。


決戦場所に旧市街を選んだのは正解だった。


次々と廃墟の壁や建物の屋根が破壊魔法によって崩れていく。


王都でこんな戦いをすれば被害は甚大だ。


それに、裏から王都の支配を目論むエシュロンにとって、自分たちが目立つのは大いに問題があるのだろう。


双方の利害が一致した戦場と言えた。


問題は戦況である。


こちらが攻めようにも常にフォルネウスとエシュロンは、互いの死角をかばい合うように絶妙な距離をおいていた。


どちらかを攻撃すれば、必ずその隙を突かれることは必至だ。


二対一が不利なことくらい、最初からわかっていたのだが……連携の取れていない二人を各個撃破とはいきそうにない。


廃屋の屋根から屋根の上を伝い、上へ上へと逃れる。


教会らしき廃墟の、高い塔のような鐘楼の上まで俺は登り詰めた。


すぐさま鐘楼が破壊魔法で基部を失って、斬り倒された大木のように倒れ始める。


鐘楼から飛び降りると、その落下点に魔族化したフォルネウスが待ち受けていた。


「炎よ爆ぜろ!」


炎と風と土の力を融合した、爆発の精霊魔法が俺の着地点で発動する。


たまらず俺は、自身の身体を強制的に斥力場で明後日の方向に弾き飛ばす。


「悪いが君のやり方は、フォルネウスから聞いているんでね。フローディアとの特訓を彼はずっと観察していたそうだ」


気配を消して……か。覗き見野郎め。


俺の身体は数メートルしか飛ばなかった。


エシュロンの生み出した斥力場によって逃走経路はあらかじめ塞がれていたのだ。


緊急回避のパターンとタイミングを、ばっちり見切ってくるとは恐れ入った。


俺への対策が万全じゃないか。


無様に落下し、俺は爆発に巻き込まれた。


瞬時に防御のための斥力場を発生させたが、フォルネウスの魔法の威力は予測を遙かに上回る。


魔族化で力が数倍に跳ね上がっていやがるな。


爆炎と熱く燃えたつぶてが、俺の防御を打ち破った。


炎はなんとか相殺したが、防御の手が回らなかった礫が数発、俺の身体を貫通する。


すぐに傷を塞いで回復に魔法力を使いながら、煙に紛れて物陰から物陰を縫うように走った。


障害物が次々と破壊魔法によって穴だらけになり、隠れる場所が次第に少なくなっていく。


このままでは追い詰められるのも時間の問題だ。


召喚魔法を使って竜人を呼び出せば、ある程度は持ちこたえてくれるかもしれないが……召喚魔法が完成する前に横やりを入れられては元の木阿弥だった。


夕日の落ちかけた街並みの、廃墟の壁に背中を預けて俺は呼吸を整える。


ただの壁に背後を守ってもらうのは心許ないな。


「どうした!? 先ほどから逃げてばかりだが、怖じ気づいたかレオ・グランデ!」


フォルネウスの怒声が廃墟の街に響き渡った。


殺し合いに今さら「二対一とは卑怯だぞ!」なんて言い返すつもりはない。


俺が息を潜めると、エシュロンが嘆息混じりに告げる。


「ではこうしよう。魔法学園や王城には魔族を感知する強力な結界があるので、レオ君の大切な人間を人質には取りづらいのだが、そこで無関係な人間を今から殺そうと思う。ああ、君が気に病むことはなにもない。私が勝手にすることだからね」


ずいぶんと嫌な提案じゃないか。


「さあ、私を追わなければ無辜むこの民が死ぬことになるね」


廃墟に背を向け王都方面に歩き出すエシュロンに、俺はツールバッグから切り札を取りだそうとして……手を止めた。


夕日に照らされ紅く燃える街並みに、少女の影が舞い降りる。


白いマントをはためかせ、仮面で顔を隠した少女。


腰にはショートソードを帯びているが、手にしているのは計算尺だ。


その仮面の奥のエメラルドグリーンの瞳が、じっとエシュロンを見据える。


「ここから先は、私が通さない」


少女の言葉にエシュロンは足を止めた。


「おお、ちょうど良い人質だ。いや良かった良かった」


エシュロンが腕を伸ばすと、少女はすかさずショートソードを抜いて切り払う。


軽く表皮を撫でた程度だが、魔族の身体を傷つけられる、なかなかの業物だ。


フォルネウスが視線を少女に向けた。


「そのふざけた成りは……いったい何者だ?」


少女は剣を指揮棒のように軽々と振るって身構えた。


「闇を切り裂く白刃の使者……仮面ジャスティス!」


一陣の風が舞う。


名乗られたフォルネウスも、腕を切られたエシュロンも無言のままだ。


たまりかねて、俺は物陰から姿を現すと声をあげた。


「こんなところでなにやってるんだよクリス!」


再び剣舞のようにショートソードを振り回してから、少女はポーズを決める。


「仮面ジャスティスよ!」


その髪も瞳の色も、持っている計算尺もクリス以外の何者でもない。


死の緊迫感が一気に弛緩した。


つい、いつもの学園にいる時のような調子で俺は少女に告げる。


「いや、クリスだろうどう見ても。お前、そろそろ寮の門限じゃないのか?」


「そんな心配してる場合じゃないでしょ! それに仮面ジャスティスは、何人にも何物にも束縛されない“自由なる正義”なの!」


「違法なことをしてるんじゃないか?」


「自由の代償に背負った罪は、決して消えることがないわ。その重みを感じながら、それでも正義のために王都の夜を駆け抜ける……それが仮面ジャスティスよ!」


彼女は都合三度目のポーズをつけた。


フォルネウスもエシュロンも困惑しているようだ。


俺だって普段のクリスを知っているからこそ、彼女の行動に面食らった。


「なあクリス。助けに来てくれたのは嬉しいんだが、なんでその格好なんだ?」


「仮面ジャスティスの白装束は決死の覚悟よ!」


そういうことを聞いているんじゃないんだが、来てしまった以上は仕方ない。


「わかった。それじゃあ少し手伝ってくれクリス」


「ジャスティスと呼んでちょうだい。ええと、貴方の事はなんと呼べばいいかしら?」


「レオでいいよ。それじゃあ始めようか?」


不機嫌そうなフォルネウスが「小娘は好きにしろ」とエシュロンに告げる。


俺は仮面ジャスティスに告げた。


「時間を稼いでくれ」


「もちろん、そのつもりよ」


少女は剣を鞘に納めると計算尺を手にした。


エシュロンが目を細める。


「ふむ……理論魔法使いか。どの程度使えるか試させてもらおう」


好きにしろと言われたのだから、文句は言わせないとフォルネウスにくぎを刺すのと同時に、エシュロンが魔法の構築を始めた。


四種類の魔法の同時展開だ。そのうちの一つは、相手を混乱させる感情魔法だった。


仮面ジャスティスが吠える。


「そんなまやかしは通じないわ!」


クリスはエシュロンの混乱の感情魔法をうち消した。


続けて魔族の魔法が完成する。


エシュロンが構築したのは重力の枷だ。


クリスを足止めするつもりだったようだが、魔法式を少女は上書きして発動不能に追い込んだ。


エシュロンは手を叩いて喜ぶ。


「これはこれは。本当に王都は素晴らしい。こんな個体に出会えるなんて……人間にしておくのがもったいないな。どうだろう。私たちの仲間にならないか? この薬を飲めば君は人間を越えた力を得ることができる」


どこから取り出したのか、結晶化した魔法薬をエシュロンがちらつかせた。


相変わらず、相手の心に揺さぶりをかけて誘惑する手口が好きなようだ。


仮面ジャスティスは微動だにしない。


「そうやって何人も人間を使い捨ててきたことくらい、この第三の眼がお見通しよ!」


白い仮面の額には、翡翠色の宝石がはめ込まれていた。


射貫くような眼差しで少女はエシュロンの誘惑を断ち切る。


強い“正義”の信念が誘惑から少女を守った。


「それは残念だ」


どうやらエシュロンの相手を任せてもよさそうだな。


俺は宝剣に魔法力を込めて強化すると、フォルネウスと対峙した。


「なあ、なんで俺をそこまで目の敵にするんだ? 弟の恨みを晴らそうっていうのか?」


「貴殿に世話になったとは言ったが、出来損ないの愚弟のことなど関係ない。私が王女の家庭教師になるまで、どれほど積み重ねてきたか貴殿にはわかるまい」


成り行きとはいえフローディアの家庭教師に俺が収まった時から、こいつの敵意は増幅され続けていったってことか。


「試験の日に、素直に免許を俺に出しておけば良かったのにな」


「その不遜な態度、許せるものではない」


「学園からの帰りに馬車を襲撃したのもお前か?」


「だったらどうなのだ?」


「フローディアに何か恨みでもあるのかよ」


「あのガキは……私を無能とののしった。それだけで万死に値する」


もはや感情を抑え込むことをせず、鬼の形相を男は浮かべた。


「いつの話か知らないが……子供の言ったことだぞ? 大の大人がそこまでムキになってどうするんだよ」


「それだけではない。三人目は無用なのだ。当初はメディケルス家がオーラムを取り、スレイマン家がアルジェナを取る……そのはずだった。貴殿さえ現れなければ、すべてうまく行ったのだ」


逆説的に考えれば、フォルネウスが俺を王宮に呼び込むきっかけを作ったことになる。


「貴殿さえいなければ! 貴殿さえしゃしゃり出てこなければ!」


「そんなこと知るかよ。それより……お前は魔族やネイビスに加担して、王国の魔法騎士たちを見殺しにした。そのことについてどう思ってるんだ?」


助けられなかった俺だって言えた義理はないかもしれない。


「ふふふ……はははは……アーッハッハッハ! 王女を守って名誉の戦死ならば、本懐を遂げたようなものだろう。あの程度の連中でも歴史に名を刻むことができたのだからな」


ここまで性根が腐っていたか。


フォルネウスの邪悪さを目の当たりにすると、ギリアムが可愛く見える。


「わかった。それじゃあ……ろうか」


俺の中でスイッチが入った。

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