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136.旧市街の決闘1

路線馬車には乗らず、俺は独り、ゆったりとした足取りで違法魔法薬の精製所があった旧市街方面に向かった。


旧市街の端にある廃墟群にさしかかる頃には、すっかり陽は傾いていた。


西の空が紅く燃え上がる。


廃墟の建物が生み出す長く伸びた影の中に、男が立っていた。


気配を消して先回りか。


大したの隠蔽能力だ。諜報活動や暗殺は男の得意分野なのだろう。


フォルネウス・スレイマン――


皺一つ無い執事服に、白い手袋を常に着用しているのだが、男はトレードマークとも言える黒縁眼鏡を投げ捨てた。


夕日よりも紅い瞳で俺を見据える。


俺は聞いた。


「こんな人気の無い辺鄙な場所で、何をしようっていうんだ?」


「貴殿に言う必要は無い」


瞬間、殺気が嵐のように吹き荒れた。


「死人に口なしってことか」


「死体は欠片とて残さない」


ようやく本性を現したな。


嫌味ったらしいだけの小悪党だった弟とは大違いだ。


こいつは悪の面でもエリートらしい。


「今まで何人殺したんだ?」


「一人殺せばそこから先は、数えるだけ無駄だ」


フォルネウスは小さな粒を口にすると、飲み下した。


俺はフローディアから借りた宝剣フレイヤを抜く。


それを見て、男は苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「忌々しいな。宝剣をフローディアから与えられるとは……」


フォルネウスの肉体が変化していく。


身体が二回りほど大きくなった。手袋はズタズタになり執事服がはち切れるように破れる。


肉体が剥きだしだ。背中に蝙のような羽が生えた。


頭部には山羊にも似た角が二本生え、肌の色も鉛色に変わる。


紅い瞳だけはらんらんとこちらを見据えたままだ。


魔族のような外見だが、俺はフォルネウスの変身に違和感を覚えた。


宝剣の切っ先を向けて聞く。


「お前、人間を辞めようっていうのか?」


まだ人間の気配が残っている。


フォルネウスが先ほど口にしたのは、おそらく魔族が調合した結晶化魔法薬なのだろう。


効果は見ての通り、人間に魔族の力を与えるという類いのものだ。


ランクAの理論魔法使いが魔族の身体的な能力を得れば、その力は純粋な魔族さえしのぐものになりかねない。


「ネイビスにくみした時から、とうにやめていた……いや、私は人間を超越したのだ」


姿を変えきったフォルネウスが、その力を誇示するように破壊魔法を俺に向けて放つ。


ほぼ、発動までノータイム。俺が言うのもなんだが、人間離れした芸当だ。


防壁魔法で中和すると、俺は思いきり地面を蹴り、跳んだ……つもりだった。


突然降って湧いたように発生した重力の足かせにより、突進の勢いが削がれる。


唖然とする俺の元にフォルネウスが逆に飛び込んできた。


俺は身体をなぎ払われるように蹴り飛ばされる。


「――ッ!?」


虚を突かれ、受け身もままならないまま、廃墟の壁に背中から叩きつけられた。


土埃が舞った。


「痛つつつ……今のはなんだってんだよ」


俺は石壁に埋まった背中に回復魔法を使いながら、骨折を治療しつつ立ち上がり剣を構えた。


余裕たっぷりの、ゆったりとした足取りでフォルネウスが間合いを詰めてくる。


獲物をいたぶることに喜びを覚える……そんな顔だ。


これが抑圧してきたフォルネウスという男の本性というわけか。


近づく男の後方から、うっすらと気配を感じた。


「待て。殺すのは早計だ」


どこかで聞き覚えのある声だった。


フォルネウスの影から分離するように、魔族が姿を現す。


ひょろ長く背の高い、手足が異様に伸びた不気味な容姿をしている。


その相貌は魔族らしくなく、どこか穏やかさを感じさせるものだった。


だからといって友好的などとは、つゆほどにも思わない。


こいつはフォルネウスとは違う、純粋な魔族だ。


魔族というのは苛烈な性格よりも、穏やかな方が陰険で余計にたちが悪いこともある。


「やあ、久しぶりだね。君にはまた会いたいと思っていたんだ」


魔族のしゃべり方に俺はピンときた。


「違法魔法薬の研究者……なのか?」


「人間用の薬は効かないからね。あの死に様は迫真の演技だっただろう?」


死んだのでは無かったんだな。


中身が魔族なら、人間の姿を模して死んだふりをするくらいは簡単だったろう。


あの時はフローディアの容態もあって、脈を確認したくらいだった。すっかり騙されたぜ。


フォルネウスと俺の間に入り、ひょろ長い魔族は続ける。


「どうだろう? レオ・グランデ君。君は今、国王から信頼を得ている。もし我々の同志になるというなら、このフォルネウス同様、魔族の力を与えよう」


つまりネイビスを切り捨てて、この魔族はフォルネウスに鞍替えしたってわけか。


魔族は穏やかな口振りで続けた。


「そして君たち二人で王国を支配するんだ。フォルネウスにはアルジェナを。レオ君にはオーラムを……悪い話ではないと思うんだが?」


ああ、胸くそ悪い。人間を滅ぼすのではなく、支配しようというタイプか。


「そうやってネイビスも駒にしたんだな?」


「それは誤解だ。私が提案しているのは共存と共栄だよ。ネイビスは国務大臣にまで登り詰めた。あと一息だったんだが……あろうことか、仲間であるフォルネウスを裏切り、竜狩りの時に殺そうとしたのだ」


「黒竜を呼びだしてフォルネウスごと俺たちを殺そうとしたのは、お前だろ?」


魔族は怯えるような口振りで続けた。


「待ってくれ。確かに私が召喚したのは事実だが、ネイビスからはフローディアが“先行する”と聞かされていたんだ。そこを狙うという段取りだった。私もあの男に騙されたのだよ」


つまり黒竜を単独で呼び出せるだけの力が、この魔族にはあるということになる。


何を怯えているのかわからないが、実力で黒竜を屈服させたなら、かなりの強敵だ。


魔族は早口で俺に告げる。


「あそこではフローディアと魔法騎士団だけを殺し、アルジェナをフォルネウスが守り、本陣に戻るはずだったのだが……すべて手違いなんだ。信じてほしい」


誰が信じるか。


こんな戯言にフォルネウスが納得して協力しているとも思えない。


おそらくフォルネウスもこの魔族も、互いにその力や立場を利用しあおうという腹づもりなんだろう。


嘆息混じりの魔族に俺は切っ先を向けた。


「俺がお前から力をもらったとして……そんなことをしてお前になんの得がある?」


「繁栄だよ。君は強くなり権力を手にし、王国はより栄え、私はこの国の守護者となる。魔族ではなく、守り神だ」


魔族は瞳をキラキラと輝かせた。


少し興奮した口振りで続ける。


「それにこれだけ多くの人間がいるのだから、人体実験用の人間……若い娘などを提供してもらえれば、それ以上のことは望まない。国の運営は君らに任せ口出しはしないと約束しよう。そして、この国を狙うほかの魔族を私が協力して排除する。君らでは潜伏した魔族の判別がつかないだろうが、私にはそれができる。お互いに十分な利益があると言えないか?」


生け贄を求める邪神だな。


魔族は長い両腕を翼のように広げて演説した。


「どうだろうか。私の魔法薬を飲めばレオ君も私たちの仲間だ。より強い“力”を得て、国を動かすのだよ。ともに支配しよう! 我らでこの王国を!」


国を手に入れる……か。


甘言に乗って魔族の誘いを受ける人間も、少なくないだろう。


しかし、こと俺に限っては――


「権力なんざクソ喰らえだ。それに“力”の方も間に合ってる」


魔族は広げた腕を下ろすと、小さく肩を落とした。


「それは残念だよレオ君……どうやら交渉は決裂だ」


すごすごと引き下がった魔族と入れ替わりに、フォルネウスが前に出て俺との距離を詰める。


「貴殿に感謝する。仲間になられては殺せぬからな。始めるぞエシュロン。この男には生き地獄を与える必要はない。一瞬で消し去り……排除する」


「ああ。できればレオ君の死体はこちらで使いたかったが、しかたないか」


次の瞬間――


フォルネウスとエシュロンの理論魔法が同時に俺に牙を剥いた。

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