135.国王からの招請
王宮からの使者がやってきたのは、午後のことだった。
俺宛に届けられたのは国王直々の招請状だ。午後の庶務が終わり次第、王都に出向くようとのことだった。
午後からの作業を一通り終えて、着の身着のまま俺は王都へと向かう馬車に乗る。
王都の中央広場で貴族街行きの路線に乗り換え、数日ぶりに王城の門をくぐった。
衛兵たちが俺を敬礼で出迎える。
姫を救い魔法騎士たちの仇を討った俺は、姫の家庭教師ではなく今やちょっとした英雄扱いだ。
こういう空気は正直苦手だな。何年経っても慣れるものじゃない。
かといって、やめてくれと言うわけにもいかず、俺が王宮の廊下を進むと……。
黒い執事服の男が俺の前に立ちはだかった。
「よう。元気そうだなフォルネウス」
眼鏡のレンズの奥から、紅い瞳が俺を射貫くように見据える。
数日見ない間に男の雰囲気はずいぶんと変わっていた。
淡々として冷静で、抑制的な印象がまるで別人のように、憎悪の表情を剥きだしにして俺を指さす。
「なぜ貴殿なのだ!」
「な、なんだよ急に」
「陛下から招請を受け、人々の敬意を集め、姫を助けた英雄気取りか!」
「気取るつもりなんてねぇよ。用件がないなら行かせてもらうぞ」
すれちがった俺の肩をフォルネウスはぐいっと掴む。
「待て。謁見を辞退しろ」
余裕が無いのか言い方がやけにストレートだな。
少し試してみるか。
俺は言葉に感情魔法を混ぜ込んだ。
「ところで……お前が大臣をやったのか?」
フォルネウスの顔からスッと怒気が薄れる。
「感情魔法で引き出された証言には証拠能力はない」
冷静さは維持しているようだ。
しかし理論魔法だけじゃなく、感情魔法にも精通していたのか。フォルネウスは即座にこちらの“声”をうち消しやがった。
弟とデキが違うというのは、本当らしい。
ならなんで、あの時――竜狩りで黒竜を前にして、こいつは動きを止めたんだ?
たしかに勝てる見込みはなかったかもしれないが、姫や騎士たちを守るために力を使うことだってできたはずだ。
肩にかけられた手を払いのけ、俺はより直接的に聞く。
「竜狩りの時に、お前はネイビスと共謀してフローディアを竜に殺させようとしていたんじゃないか? アルジェナだけを守って、取り入ろうとしてたんだろ?」
「何を言い出すかと思えば……あの時はアルジェナ様も狙われ、私自身も殺されかけたのだ」
フォルネウスはあくまで被害者で通すつもりらしい。
ネイビスの裏切りの被害者だとすれば、色々と見えてくる。
俺は挑発的な口振りで続けた。
「そういやそうだな。そこで気がついたんじゃないか? 組んでいた大臣が自分を裏切ったって。お前は最初から、もしもの時のために大臣がとっておいた、いつでも切れるトカゲの尻尾だった」
話が飛躍しているのは承知で、俺は思いついた言葉を並べる。
フォルネウスは黙り込んだ。
「大臣ネイビスに必要なのは第一王女のオーラムだけで、アルジェナもフローディアも、お前もまとめて殺すつもりだったんだろ。そして、違法魔法薬の件もまとめて、お前に罪をおっかぶせるつもりでいた。それに気付いたから……お前はネイビスを殺したんだよな?」
フォルネウスの口元がにんまりと、薄ら寒い笑みを浮かべた。
「ずいぶん想像力の豊かな話だ。だとしてそれをどうやって証明する?」
「悪い事っていうのはいずれ明るみに出るもんさ」
「私が無罪であるということは天が証明してくれるな。では……失礼する」
フォルネウスが目を細めて笑顔のまま王宮を去っていく。
その背中に湧き上がっていたのは、ほとばしるほどの殺気だった。
◆
謁見の間の赤絨毯の上で、俺は玉座を前にひざまずいた。
国王――ジンクタイタニアから、俺への要求は一つ。
国政への参加だ。
まずは文官として国務を学び、ゆくゆくは大臣に……という誘いだ。
「二人の娘の命がこうしてあるのも、卿の助力あってのことだ。その力をどうか、国のために注いではくれぬか?」
「陛下。俺に王宮は似合いません」
辞意とともに頭を下げる。多少の無礼な言葉使いも、王はかつての“勇者”の時と同様に許してくれた。
「そうか。どうにも、手に入らぬモノばかり追い求めてしまうらしい。わかった。これ以上は言うまい。フローディアの騎士を辞退することと、教員免許のことは預かろう。悪いようにはせぬ」
「お取りはからいいただき、感謝の言葉もありません」
先ほどフォルネウスが俺に噛みついてきたのも、国王が俺を登用すると見越したからか。
俺はもう一度礼をすると、謁見の間から下がることを許された。
◆
部屋の外で赤銅色の髪を揺らして、少女が俺を待っていた。
「なんだかずいぶん久しぶりな気がするな。フローディア」
「レオ先生! ど、どうじゃった! お父様はなんと?」
あの黒竜との戦いで、少なからず心に傷を負ったにもかかわらず、少女は明るい表情で俺に聞く。
「国政に参加しないかって誘われた。けど、断った」
少しだけ残念そうに眉尻を下げつつも、少女はうんと頷いて再び笑顔になる。
「それでこそレオ先生じゃ」
「教員になるって、お前とも約束したからな」
「うむ! しかし命を救ってもらって、個人的なお礼ができておらぬ。できることなどたかが知れているやもしれぬが、レオ先生! わらわにできることはないか?」
俺は視線を彼女の腰の辺りに落とした。
「お、おお! わらわのへそが見たいのか?」
「どうしてそうなるんだ。俺が見ていたのはその腰の宝剣だっての」
「なぬ? フレイヤか? こ、これはお父様に十五の誕生日の祝いにもらったものじゃ……」
そんなに大切なものだったのか。あまり困らせるのも可哀想だな。
「ああ、気にしないでくれ。むしろ無理言ってすまない」
フローディアは腰の剣を鞘ごと俺に差し出した。
「か、貸すくらいなら構わぬ。わらわの命の次に大切なものじゃが、レオ先生に預けるなら本望じゃ。なにせ命の恩人なのだからな!」
「本当にいいのか?」
「王女に二言は無いぞ! ただ、お父様には内緒にしてほしいのじゃ」
少女は結んだ口の先に人差し指を立ててみせる。
俺は宝剣を受け取ると「ああ、二人だけの秘密だぜ」とフローディアと同じように口先に指を立てた。
さて……。
何も無く無事に、このまま帰れることを祈ろう。




