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134.名探偵

早朝の正門前にクリスが独りでやってきた。


なんとなくだが、彼女が来るような予感があった。


大臣ネイビス・メディケルスの死が公表されたのは昨日の事である。


巷では「竜狩りで二人の姫を危険にさらした失態を苦に、自殺したのではないか?」という噂も立っているらしい。


が、あの古狸に限ってそれは無いだろう。


ネイビスは逮捕されたあと、すぐに容疑を否認しているのだ。


自殺するほど悔いているなら罪を認めるんじゃなかろうか。


国務大臣のこれまでの“圧力をかける”やり方から、敵対者が多かっただろうことも、想像に難くない。


となれば……何者かに消されたということになる。


クリスがこうして朝早くにやってきたのも、プリシラやフランベルのいるところでは言いにくい内容について、何か話したいことがあるからだろう。


「おはようレオ。今日も早いのね」


「あんまり起きるのが遅いと、誰かさんに宿直室を直撃されるかもしれないからな」


クリスは「起こして欲しいならいつでも頼ってくれていいわよ」と、悪戯っぽく微笑んだ。


「それで、今朝は何を教えてくれるんだ?」


俺が察していることを理解して、クリスは前置きをせず語り始めた。


「公表されていない情報だけど、拘置所で発見されたネイビスの遺体はひどいものだったわ」


なんでそんな非公開の情報を、彼女が知っているのか尋ねるだけ野暮というものだ。


「どう、ひどかったんだ?」


「四肢を切られてバラバラね。悲鳴をあげられないようにしてから、ぎりぎりまで生かして苦痛を与え続けたという検死結果が出たの。犯行時には、音を消し気配さえも絶つ高度な魔法が使われていたみたい。かなりの使い手ね。ただ、魔法の痕跡を解析したけど照合できなかったから、初犯ということになるわ」


理論魔法には使い手特有の癖が出やすい。それが逮捕の手がかりになることは、理論魔法使いなら知っているはずだ。


こうも堂々と殺人に理論魔法を使う人間・・はいないだろう。


ならば魔族の犯行に違い無い。


「そうか……留置所の警備はどうなってたんだ?」


「収監されたのが国務大臣ということもあって、通常よりも厳重にはしていたのだけど、犯行前に警備についていた人間は全員眠らされていたわ。所内のどこに感知魔法の結界があるかとか、警備の手薄になる時間とか、そういった警備網の盲点をついて入りこまれた……警備情報の流出も疑われる由々しき事態よ」


警備の人間が眠らされていた? それには少し違和感を覚える。


人間を虫けらほどにも思っていない魔族の犯行なら、警備の人間もろとも殺してしまうはずだ。


顎を指でつまむようにして、クリスは深刻な顔つきのまま続けた。


「大臣の死因は破壊魔法によるものだった。検事部は魔族の関与の可能性も考えているけど、だとすれば、なぜ魔族が大臣を殺したのか動機はわからないの」


そうか、俺が伏せていようが捜査線上に魔族が上がってくるような状況なんだな。


俺は念のため確認した。


「なあ。その死体……別人ってことはないか? 偽物の死体を拘置所に残して、大臣はすでに逃亡した……とか」


クリスは首を小さく左右に振った。


「無いとは言い切れないけど、その線は薄そうね。首も残っていたし検死の結果も大臣本人と認定しているわ。魔法によって外見を偽装させても、検死で異変が見つかるものだから」


変装に類する魔法は大きく分けて二種類ある。


時間で効果がなくなり元に戻るものと、そうでない、永続的に効果が続くものだ。


が、後者の場合であっても、魔法医が検死をすれば看破される。


大臣の死体は本物だろう。


「クリスは検事部の仕事について詳しいんだな。やっぱりお父さんの影響か?」


困ったように少女は眉尻を下げた。


「子供の頃の遊び場が検事部だったから……」


「そりゃすごい。じゃあ、ロア・フェアチャイルドは子連れ検事ってあだ名でもついていたんじゃないか?」


クリスがフフッと笑う。


「さすがにそんな通り名はなかったけど、今思えば職場にそういう雰囲気はあったかもしれないわね」


それからクリスは、検事部の捜査状況についてめぼしいところをかいつまんで話してくれた。


動機は不明だが、ネイビスを殺害したのは魔族の犯行の可能性が高いという他に、大臣ネイビスが裏で手を回して作らせていた、違法魔法薬の製造技術についても、魔族から供与されたものではないかという推測が持ち上がった。


以前にマーガレットが「高純度な結晶化は人間離れした技術」と言っていたのも、魔族が絡んでいたなら納得できる。


かく言う俺自身も、強力な魔族と戦うことでその技を盗み、自分のモノにすることが多かった。


「魔族が関与していたなら、狙いはなんだったんだろうな?」


クリスは吐息混じりに呟く。


「これは私の個人的な見解だけど、大臣を裏で操り王国を乗っ取るつもりだったんじゃないかと思うの。名門貴族で実務能力に長けているといっても、ネイビス・メディケルスが検事部も手出しできないほどの力を得られた裏には、魔族の協力があったから……なんて、飛躍しすぎているかしら?」


「汚い仕事や裏の仕事は、全部魔族にやらせてたってわけか」


魔族にも色々なタイプがいるのだが、支配欲が強い奴ならネイビスと組むという可能性も無いとは言い切れない。


クリスは深く息を吐いた。


「あれから調べてみたのだけど、ネイビスにとって出世の邪魔になる有力者の何人かが、過去に急な病を患って死亡しているの。ネイビスに力を貸した魔族が魔法薬に精通しているなら、死因が病死にしかみえない、私たちの知らない魔法薬が使われていてもおかしくないわ」


ずっと気がかりだったことの答えが一つ、ここで飛び出した。


違法魔法薬の精製所から消えた魔法薬学者の死体の件だ。


俺とフローディアがあの場を離れてから、翌日、通報を受けた検事部が乗り込んで行くまでに死体は消えていた。


処分したのが魔族なら、遺体は綺麗さっぱり消されて出てこないかもしれない。


俺はクリスの推理を肯定するように頷いた。


「見返りが魔族による王都の間接的な支配だとすれば、しくじったネイビスはトカゲの尻尾切りをされたってことか」


「これまで何人も切り捨てていった男らしい末路ね」


ぞっとするくらい冷たい……いや、感情を微塵も感じさせない声でクリスは呟いた。


しかしまいったな。大臣が死んで終わりとはいかないぞこれは。


「じゃあ、魔族の暗躍はまだ王都で続いてるってわけだな」


クリスは深く頷くと、エメラルドグリーンの瞳で俺を心配げに見つめた。


口に出さずとも「無茶をするな」と眼差しがくぎを刺す。


そうしておきながら、彼女は俺に持論を語るのだから、矛楯してるぞまったく。


知れば放っておけないのが勇者おれらしさだ。


クリスは続けた。


「有力な人間の駒を切り捨てたから、すぐには次の行動に移らないでしょうけど……ほかに使える人間がいれば取り込んで、再び暗躍を始めるのも時間の問題かも。シアンの件もあったし、王都にどれほど魔族が溶け込んで潜んでいるか、今となっては想像もつかないわ」


どうしたって王都の人口の規模じゃ、取り締まりにも限界がある。


シアンのような“人間に擬態するのを得意とする魔族”が、何人いるかもわからない。


心の中で嘆息しながら、俺は軽く頭を掻いた。


「ところで、検事部の捜査情報を俺みたいな一般人に漏らしていいのか?」


「レオのどこに一般人の要素があるのかしら」


彼女は声に出さずに「ゆうしゃさま」と口だけ動かした。


「俺の言い方が悪かった。勘弁してくれ。けど、ずいぶんとクリスはお父さんから信頼されてるんだなと思ってさ。いくら子供の頃から検事部に行ってたって、重要な情報をそうそう教えてもらえるものじゃないだろ?」


クリスはうつむいた。少し言いにくそうにしながら、彼女は小声で呟く。


「ええと……実は子供の頃から探偵みたいなことをしていたの。もちろん現場に出たりはしないわ。事件の話を聞いて、そこから推理ごっこをしてたんだけど……良く当たるらしいのよ。私の推理って」


もじもじと膝をすりあわせるようにして、クリスはいっそう深くうつむいてしまった。


「クリスも案外、やんちゃなところがあるんだな」


「そういう言い方をされると少し傷つくわ。やんちゃだなんて、まるで男の子みたいじゃない」


顔を上げると少女は少しだけ不機嫌そうに言う。


「なあ名探偵クリス。今回の件はこれで終わりじゃないんだよな?」


俺の質問に少女は真面目な顔つきを取り戻した。


「名探偵は余計よ。おおむね魔族による犯行という線が濃厚とは思うの。ただ……何か見逃していることがあるんじゃないかって……すべてを暗躍する魔族のせいにしてしまうのは、あまりに短絡的すぎるもの」


改めて俺に話すことで、クリスは情報の再分析をしているようだった。


ここは聞き役に徹しよう。


「じゃあ、誰かが魔族のせいにしてネイビスを殺したのか? 恨みと皮下脂肪だけはたっぷり抱えてただろうからな」


クリスがハッと目を丸くさせる。


「国務大臣のポストが空くなら……後継者が選ばれるわ」


「後継者って、まさかメディケルス家の誰かってことか。世襲制の大臣なんて勘弁してくれよ」


少女は薄い栗色の髪を左右に振った。


「今回の一件で、メディケルス家全体が陰謀に加担していたとみられているから、ネイビスの血縁関係で得をした人間はいないのよ」


「じゃあ、それ以外でネイビスとも繋がりがある人間か……」


俺とクリスは同時にその名を口に出した。


「「フォルネウス・スレイマン」」


アルジェナ姫を守ることができなかったあの男だが、決してなにもしなかったわけではない。


黒竜相手に最大限の攻撃――消滅の理論魔法を放ち、それを無効化されたという経緯をアルジェナは証言した。


黒竜の襲撃の混乱もあって、フォルネウスは当時心神喪失状態と判断され、咎められることは無かったらしい。


あの男は俺が黒竜を撃破した事実の影に隠れてしまっただけだ。


クリスはゆっくり深呼吸した。


「けど、ここから先は検事部の仕事で私たちに出番はないと思うわ」


「ああ、そうだな。しかしまいったな。俺の教員試験はどうなっちまうんだ?」


ようやく明るい表情になってクリスが微笑んだ。


「事情が事情なのだし、学園長も一年くらい浪人を認めてくれるわよ。レオのせいじゃないんだから、堂々としてましょ? もし、学園長が無理矢理レオを辞めさせようとしたら、私たちで抗議するわ!」


プリシラにフランベル、それにエミリアとマーガレットも味方につける気まんまんだな。


「その時は頼むぜ」


クリスは嬉しそうに頷いた。


竜狩りの敗北による六十三年のペナルティーも、言い出した人間がいなくなった上に、竜狩りも実質引き分けのようなものなのだから無効だろう。


「ともかく、これでまた一緒に学園で過ごせるのね?」


俺はすぐには応えられなかった。


第一王女オーラムのことが脳裏によぎる。


勇者が現れなければ、彼女はメディケルス家の人間を婿に迎える……そういうことになっていた。


破談したなら、他の有力貴族が名乗りをあげるんだろうか。


フローディアが言うには、オーラムは“勇者はもう、この世の人ではない”と、思っているというのだが……。


そうだよな。十年も姿を消した人間が、のこのこ生きて戻ってくる方がおかしい。


のたれ死んでいると考えるのが自然なことだ。


それでもオーラムは、勇者の帰還を心のどこかでまだ……待っているんだろうか。


クリスが不思議そうに首を傾げた。


「どうしたのレオ? 心配事があるなら、なんでも相談に乗るわよ。ええと、私にできる範囲内でしか協力はできないけど……努力は惜しまないから」


健気な彼女に相談できるようなことじゃない。


身から出たさびだ。


とはいえ、家庭教師の任を解かれて、今の俺には王宮に出向く用事がない。


相変わらずフローディアの騎士のままだが、この地位も近々返上するつもりだ。


そうするとますます王宮に出入りができなくなるのか。


騎士を辞めてしまえば、オーラムと会って話す機会は二度と訪れないかもしれない。


「ありがとうクリス。今は大丈夫だから、ひとまず気持ちだけ受け取っておくよ。そうだ! 俺がいない間に、学園であったことを聞かせてくれないか? どんな些細なことでもいいからさ」


俺はクリスと一緒に正門前から校舎に向かって歩きだすと、手頃なベンチに二人並んで腰掛けた。


普段は冷静で、プリシラやフランベルと供にいる時は、どこかで一歩身を引く彼女だが、今日は違う。


堰を切ったようにここ数日の学園での出来事を、少女は口もなめらかに俺に語ってくれた。

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