132.強襲の黒竜
魔法騎士たちが円陣を組み、黒竜の眷属たちから二人の姫を守ろうと斥力場を構築した。
半球形の全方位をカバーした防御斥力場が形成される。
だが、数で攻められ支えきれず、不可視の防壁に早くも亀裂が走った。
「な、なにをしておるのじゃフォルネウス!」
「そんな……馬鹿な……」
フローディアの声も届かず、戦慄くばかりで男は絶望の表情を浮かべたまま、黒竜の巨体を見上げている。
騎士たちの「姫様方お逃げください! もはや支えきれません!」という絶叫が響き渡った。
眷属たちが一度は狭めた包囲網を再び広げる。
黒竜の攻撃に巻き込まれないためだ。
「……来る」
銀髪の美姫が理論魔法で防壁を多重展開し、黒竜の攻撃に備えた。
黒竜の巨大なアギトが開く。
アルジェナの防壁を押し流すように、漆黒のプラズマを帯びた獄炎のブレスが辺りに降り注いだ。
騎士団の勇士が一人、また一人と膝を屈してその身を黒い炎に焼かれて消し炭になる。
彼らは自ら炎の威力を背負い、アルジェナの負荷を下げようとしたのだが、耐えきれるものでは無かった。
「姉様ッ! わ、わらわも戦います!」
「……大丈夫です。私が守るから」
止まない黒い炎の雨に騎士団が壊滅し、フォルネウスが声をあげた。
「こんなことは……こんなことは認められない!」
フォルネウスは消滅の理論魔法を黒竜めがけ構築し、解き放つ。
が、一矢報いることさえできなかった。
格上相手に即死系の理論魔法――それも単発ではほぼ、通用しない。
竜は物理的にも魔法的にも高い防御力を誇る。通じないことくらいフォルネウスならわかっていたはずだ。
「なにをしておるフォルネウス! 貴様も姉様を守るのじゃ!」
「ふふ……ははは……終わりだ……そうかネイビス……私も不要か」
それきりフォルネウスは動かなくなった。
照射される黒い炎が、アルジェナの髪や肌を焼き始める。
「……そばから離れないでください」
眉をぴくりとも動かさず銀髪の少女は妹に告げた。
「姉様ッ! うう……わらわに理論魔法の力があれば……」
黒い炎がより範囲を狭め、激しさを増して残る三人を燃やし尽くそうとする。
フローディアは顔を上げた。
「そんな炎……押し返してくれる!」
少女の小さな身体に溢れんばかりの魔法力が一点に収束する。
宝剣フレイヤにフローディアは炎を纏わせた。
「……ごめんなさい。ここまでみたいです」
アルジェナの生み出した理論魔法の障壁が消え去った。
「火竜砲ッ!!」
それに合わせて渾身の一撃をフローディアが放つ。
黒竜の黒い炎と、フローディアの魂が燃え上がったような赤色の炎が渦を巻き、喰らい合うように威力を相殺させた。
すでにその場にフローディアの姿は無く、彼女は高速で黒竜の身体を駆け上がって、一息の内にその頭部にまで達し、黒竜の赤い瞳に切っ先をねじり込む。
ガキイイイイイイン!
宝剣の切っ先は……弾かれた。
黒竜のまぶたを貫通できず、フローディアは振り落とされる。
「クッ……」
戦意を喪失したフォルネウス。防御に力を使い切ったアルジェナ。
そして、渾身の火竜砲から逆転の望みをかけて、相手の弱点を狙い……貫くことができず、弾き返されてしまったフローディア。
三人に向けて、再びゆっくりと黒竜がその口を開いた。
プラズマを帯びた黒い炎がアギトに宿る。
降り注ぐ死の雨を避ける傘はもう無い。
アルジェナが膝を屈した。
「……フローディア。逃げて」
「お姉様をおいて逃げられるか!」
黒い炎が無情に降り注いだ。
俺は――
そこに滑りこむと、剣で獄炎を真っ二つに切り裂く。
「レオ……先生……」
フローディアが唖然とした顔になり、意識が途切れかけたアルジェナが微笑む。
「……良かった」
「すまない。助けに来るのが遅すぎた」
騎士団はその任務を全うした。
命を賭して作ってくれた時間があったからこそ、俺はたどり着くことができたんだ。
フローディアもよく勇気を振り絞って戦ってくれた。
こうして助けることができたのは、彼女が立ち向かってくれたからだ。
胸に怒りがわき上がる。
自身の無力さを痛感しながら、俺は背後の男に告げた。
「フォルネウス。二人を連れて本陣まで下がれ」
フォルネウス・スレイマンは死んだような顔のままだった。
「お前はアルジェナの先生だろ。ここは俺が支える」
フローディアが悲鳴をあげる。
「支えるとはなんじゃ! いかにレオ先生が強いといっても騎士団を壊滅させた相手……いや、そもそもこれはいったいなんなのじゃ!? 模擬戦ではないではないか!」
彼女が声を上げる間に、俺は黒竜を理論魔法で束縛した。
ノータイムで発動させたものだけに効果も甘く、魔法に対する抵抗力の高い黒竜を、そう長くは止めておけそうにない。
「事情はあとだ。フォルネウス……お前がいかないなら、勝手にやらせてもらう」
俺は三人分の射出機の魔法式を構築すると、本陣のある方角に向けて迷わず発射した。
説明する時間さえ惜しい。
「レオ先生! わらわも一緒に……」
「悪いな……こんな戦いは見せられない」
感情を押し殺し、俺はフローディアたちを戦場から離脱させた。
顔を上げ、黒竜をみやる。
黒竜は理論魔法による拘束を引きちぎった。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
咆吼が荒野に響き渡り、眷属どもが一斉に俺へと殺到する。
撫で斬る。これは殲滅戦だ。
感知魔法の範囲を半径二メートルほど――俺の腕の長さと剣の刃ほどに凝縮し、四方八方から飛びかかってくる竜どもの首を刎ねていく。
ブレスを試みる個体があれば理論魔法で窒息させる。
空中から飛びかかる個体は風の精霊魔法で吹き飛ばし、それを避けたモノは重力増加の理論魔法で叩き落とし、地に着いた頭を路傍の小石を蹴るように刎ね斬った。
十体を越えた当たりから数えるのをやめ、動くモノすべてに今度は俺の方から襲いかかる。
この場にフローディアがいなくて本当によかった。
下手をすれば俺は彼女や、彼女の大切な人を傷つけていたかもしれない。
身体を独楽のように回転させながら、小型竜の首を落とす。
どうやら力の差がわからないらしく、眷属どもに引く気配はない。
ならばやはり全滅させるしか無さそうだ。
俺は剣を振るいながら、八つの理論魔法を同時に構築し、完成次第、逐次放っていく。
眷属の群の敵影が濃い部分めがけて、破壊魔法を放射状に撃ち出した。
ボロボロと風化するように小型竜たちが為す術なく、崩れ去っていく。
脳が重い。熱い。高負荷にくらくらしてきたが、ここで足を止めるわけにはいかない。
魔法を乱射し剣を振るい続け、眷属どもを一匹残らず掃除すると、荒野に残ったのは俺と巨大な竜の影だけになった。
見上げて聞く。
「なあ。黒竜よ……お前を召喚したのは誰だ?」
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
会話は成り立たないか。
「ここからが本番ってわけだな」
黒竜が眷属に俺を襲わせたのは、俺に消耗を強いて、ついでに力量をはかるためだろう。
それにしても……この程度の群を片付けるのに手間取りすぎだ。
全盛期の半分も力を発揮できていない。
剣の切っ先を黒竜に向けて俺は告げた。
「じゃあ、殺ろうか?」
授業じゃないから遠慮も無しだ。
誰かに見せるような戦い方にはならないだろう。
戦闘実技の身体能力強化と、回復魔法の心肺強化を現状可能な限界まで重ねがける。
自身の生理機能を完全掌握し、脳内物質を制御して集中力を向上させた。
世界が色を失い全てがグレーに染まる。
黒竜が再び吠えた。
「グウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
色を失った世界で、今の俺には黒竜の一挙手一投足がスローモーションがかったように見えた。
アギトを開く光景も、まるでゆっくりとあくびをするようだ。
伝達される視覚情報から色に関する項目をキャンセルし、脳の負荷を減らした分だけ、処理能力を向上させる。
死の間際、世界が止まって見える感覚を擬似的に再現したものだ。
肉体も限界まで強化しているのだが……それでも反応は鈍く遅い。
脳の処理に身体の反応が追いついていなかった。
黒竜の炎のブレスが俺めがけて降り注ぐ。
そう認識したのと同時に俺は黒竜めがけて跳んだ。
黒竜の眼前にたどり着く。
炎のブレスが遅れて、先ほどまで俺が立っていた場所を焼いていた。
遅延がひどい。
空気がねっとりと身体にまとわりついて、まるで水中にいるような感覚だ。
それでも剣を振るって、黒竜の真っ赤な瞳を突く。
えぐり込むのと同時に消滅魔法を構築したが……黒竜の内部を破壊するには至らなかった。
即死系に対して黒竜は無意識に抵抗するらしい。
発動前に俺の理論魔法は妨害された。
フッ……と、視覚が元に戻り世界が色を取り戻す。
早すぎる。もう効果切れか。
潰した片眼から剣を抜き、飛び退く俺めがけ黒竜は前腕を振るった。
ハエ叩きの要領で俺の身体は地面に叩き付けられる。
ズシンと衝撃が走った。
俺の身体を中心に、地面がクレーター状にえぐれる。
衝撃のダメージを緩和しきれず喀血した。
どうやら肺をやられたらしい。
呼吸が乱れ集中力が途切れる。
肉体に死の臭いが近づくほど、頭はスッと冷たくなり、意識はむしろ鮮明になった。
肉体のダメージ回復を最優先させる。
痛みの緩和をする分の魔法力も、すべて肉体の再生に注ぎ込んだ。
感情を殺し痛みを封じ込め、立ち上がると再び剣を構える。
騎士団正式採用の長剣とはいえ、俺の魔法力には耐えきれなかったか。
先ほどから出力が安定しない。
剣に強化の理論魔法式を走らせるが、刃こぼれしたまま騙し騙し使っているようなものだった。
フランベルの蒼月が手元にあればと、つい無い物ねだりをしてしまう。
次の一撃で決められなかったら、剣が形象崩壊を起こしそうだ。
魔法武器無しでやり合うには、こいつは骨が折れる。
下手を打てば死ぬな……俺。
「グルアアアアアアアアアアアアアアア!」
騒がしい黒竜を睨みつけ、俺はツールバッグから小瓶を取りだした。
蓋を口でねじ空け、中身の青い液体を飲み干す。
マーガレットの魔法薬は、相変わらず副作用混じりだった。
その副作用を無効化し、消耗した分の魔法力を回復する。
「グルウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
小瓶を投げ捨てるより早く、巨木のような尻尾が俺めがけて叩きつけられた。
紙一重で避ける。
空を斬る風圧。ビリッとしびれるような風が俺の服の裾をはためかせた。
尻尾が起こした地震のような衝撃は、浮かせた不可視の足場の上に乗ってやり過ごす。
「終わらせてやるから、そんなに暴れるなよ」
足場を竜の首を囲むよう、階段状に足場を展開した。
さしずめ、俺からお前に贈る“死の首飾り”だ。
巨体を翻そうとする黒竜だが、遅い……。
理論魔法の砲身をノータイムで構築し、俺は自身の身体を撃ち出した。
一気に間合いを詰め、その勢いのまま竜の首に切っ先を突き入れると、俺は囲むように設置した足場を駆け、黒竜の首をなぞるようにぐるりと廻る。
一呼吸のうちに一周すると、ストン……と、黒竜の首が落ちた。
落下しながら黒竜の首は、口から黒い炎を吐き散らす。
頭部が肉体から切り離されたことにも、気付いていないようだ。
竜の首を落とした長剣の刃は崩れて消えた。
業物のフルミスリル製でこれか。俺がまともに使える武器となると、作るしかないかもしれない。
ズンッと小山のような巨体が沈む。それを見届けて足場から飛び降りた。
足に力が入らず踏ん張りも利かないため、無様に地面を転がる。
もはや重力制御で着地の衝撃を緩和することさえできない。
黒竜の巨体が大地に描かれた召喚の魔法陣の中へと没していく。
荒野の真ん中で、嘔吐感と極度の疲労に俺は独り耐えた。
「ぐう……ハァ……ハァ……ダメだ……ちくしょう……」
地面に大の字になり、痩せ犬のように腹で息をする。
こんな相手に本気になるなんて、我ながら情けない。
ふと“英雄の秘薬”のことが思い浮かんだ。
今の俺がこんな調子では、あの薬が必要になる日が、近々訪れるかもしれない。
◆
かくして竜狩りは無期限延期となった。
暴走した召喚魔法によって顕現した黒竜による惨劇。
その幕を下ろした俺は、騎士の務めを果たしたと認められ、死を賭して王女を守った騎士たちとともに叙勲を受けた。
彼ら騎士たちの弔いは国家行事として執り行われたのだった。




