表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/211

132.強襲の黒竜

魔法騎士たちが円陣を組み、黒竜の眷属たちから二人の姫を守ろうと斥力場を構築した。


半球形の全方位をカバーした防御斥力場が形成される。


だが、数で攻められ支えきれず、不可視の防壁に早くも亀裂が走った。


「な、なにをしておるのじゃフォルネウス!」


「そんな……馬鹿な……」


フローディアの声も届かず、戦慄わななくばかりで男は絶望の表情を浮かべたまま、黒竜の巨体を見上げている。


騎士たちの「姫様方お逃げください! もはや支えきれません!」という絶叫が響き渡った。


眷属たちが一度は狭めた包囲網を再び広げる。


黒竜の攻撃に巻き込まれないためだ。


「……来る」


銀髪の美姫が理論魔法で防壁を多重展開し、黒竜の攻撃に備えた。


黒竜の巨大なアギトが開く。


アルジェナの防壁を押し流すように、漆黒のプラズマを帯びた獄炎のブレスが辺りに降り注いだ。


騎士団の勇士が一人、また一人と膝を屈してその身を黒い炎に焼かれて消し炭になる。


彼らは自ら炎の威力を背負い、アルジェナの負荷を下げようとしたのだが、耐えきれるものでは無かった。


「姉様ッ! わ、わらわも戦います!」


「……大丈夫です。私が守るから」


止まない黒い炎の雨に騎士団が壊滅し、フォルネウスが声をあげた。


「こんなことは……こんなことは認められない!」


フォルネウスは消滅の理論魔法を黒竜めがけ構築し、解き放つ。


が、一矢報いることさえできなかった。


格上相手に即死系の理論魔法――それも単発ではほぼ、通用しない。


竜は物理的にも魔法的にも高い防御力を誇る。通じないことくらいフォルネウスならわかっていたはずだ。


「なにをしておるフォルネウス! 貴様も姉様を守るのじゃ!」


「ふふ……ははは……終わりだ……そうかネイビス……私も不要か」


それきりフォルネウスは動かなくなった。


照射される黒い炎が、アルジェナの髪や肌を焼き始める。


「……そばから離れないでください」


眉をぴくりとも動かさず銀髪の少女は妹に告げた。


「姉様ッ! うう……わらわに理論魔法の力があれば……」


黒い炎がより範囲を狭め、激しさを増して残る三人を燃やし尽くそうとする。


フローディアは顔を上げた。


「そんな炎……押し返してくれる!」


少女の小さな身体に溢れんばかりの魔法力が一点に収束する。


宝剣フレイヤにフローディアは炎を纏わせた。


「……ごめんなさい。ここまでみたいです」


アルジェナの生み出した理論魔法の障壁が消え去った。


「火竜砲ッ!!」


それに合わせて渾身の一撃をフローディアが放つ。


黒竜の黒い炎と、フローディアの魂が燃え上がったような赤色の炎が渦を巻き、喰らい合うように威力を相殺させた。


すでにその場にフローディアの姿は無く、彼女は高速で黒竜の身体を駆け上がって、一息の内にその頭部にまで達し、黒竜の赤い瞳に切っ先をねじり込む。


ガキイイイイイイン!


宝剣の切っ先は……弾かれた。


黒竜のまぶたを貫通できず、フローディアは振り落とされる。


「クッ……」


戦意を喪失したフォルネウス。防御に力を使い切ったアルジェナ。


そして、渾身の火竜砲から逆転の望みをかけて、相手の弱点を狙い……貫くことができず、弾き返されてしまったフローディア。


三人に向けて、再びゆっくりと黒竜がその口を開いた。


プラズマを帯びた黒い炎がアギトに宿る。


降り注ぐ死の雨を避ける傘はもう無い。


アルジェナが膝を屈した。


「……フローディア。逃げて」


「お姉様をおいて逃げられるか!」


黒い炎が無情に降り注いだ。


俺は――


そこに滑りこむと、剣で獄炎を真っ二つに切り裂く。


「レオ……先生……」


フローディアが唖然とした顔になり、意識が途切れかけたアルジェナが微笑む。


「……良かった」


「すまない。助けに来るのが遅すぎた」


騎士団はその任務を全うした。


命を賭して作ってくれた時間があったからこそ、俺はたどり着くことができたんだ。


フローディアもよく勇気を振り絞って戦ってくれた。


こうして助けることができたのは、彼女が立ち向かってくれたからだ。


胸に怒りがわき上がる。


自身の無力さを痛感しながら、俺は背後の男に告げた。


「フォルネウス。二人を連れて本陣まで下がれ」


フォルネウス・スレイマンは死んだような顔のままだった。


「お前はアルジェナの先生だろ。ここは俺が支える」


フローディアが悲鳴をあげる。


「支えるとはなんじゃ! いかにレオ先生が強いといっても騎士団を壊滅させた相手……いや、そもそもこれはいったいなんなのじゃ!? 模擬戦ではないではないか!」


彼女が声を上げる間に、俺は黒竜を理論魔法で束縛した。


ノータイムで発動させたものだけに効果も甘く、魔法に対する抵抗力の高い黒竜を、そう長くは止めておけそうにない。


「事情はあとだ。フォルネウス……お前がいかないなら、勝手にやらせてもらう」


俺は三人分の射出機カタパルトの魔法式を構築すると、本陣のある方角に向けて迷わず発射した。


説明する時間さえ惜しい。


「レオ先生! わらわも一緒に……」


「悪いな……こんな戦いは見せられない」


感情を押し殺し、俺はフローディアたちを戦場から離脱させた。


顔を上げ、黒竜をみやる。


黒竜は理論魔法による拘束を引きちぎった。


「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


咆吼が荒野に響き渡り、眷属どもが一斉に俺へと殺到する。


撫で斬る。これは殲滅戦だ。


感知魔法の範囲を半径二メートルほど――俺の腕の長さと剣の刃ほどに凝縮し、四方八方から飛びかかってくる竜どもの首をねていく。


ブレスを試みる個体があれば理論魔法で窒息させる。


空中から飛びかかる個体は風の精霊魔法で吹き飛ばし、それを避けたモノは重力増加の理論魔法で叩き落とし、地に着いた頭を路傍の小石を蹴るように刎ね斬った。


十体を越えた当たりから数えるのをやめ、動くモノすべてに今度は俺の方から襲いかかる。


この場にフローディアがいなくて本当によかった。


下手をすれば俺は彼女や、彼女の大切な人を傷つけていたかもしれない。


身体を独楽のように回転させながら、小型竜の首を落とす。


どうやら力の差がわからないらしく、眷属どもに引く気配はない。


ならばやはり全滅させるしか無さそうだ。


俺は剣を振るいながら、八つの理論魔法を同時に構築し、完成次第、逐次放っていく。


眷属の群の敵影が濃い部分めがけて、破壊魔法を放射状に撃ち出した。


ボロボロと風化するように小型竜たちが為す術なく、崩れ去っていく。


脳が重い。熱い。高負荷にくらくらしてきたが、ここで足を止めるわけにはいかない。


魔法を乱射し剣を振るい続け、眷属どもを一匹残らず掃除すると、荒野に残ったのは俺と巨大な竜の影だけになった。


見上げて聞く。


「なあ。黒竜よ……お前を召喚したのは誰だ?」


「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


会話は成り立たないか。


「ここからが本番ってわけだな」


黒竜が眷属に俺を襲わせたのは、俺に消耗を強いて、ついでに力量をはかるためだろう。


それにしても……この程度の群を片付けるのに手間取りすぎだ。


全盛期の半分も力を発揮できていない。


剣の切っ先を黒竜に向けて俺は告げた。


「じゃあ、ろうか?」


授業じゃないから遠慮も無しだ。


誰かに見せるような戦い方にはならないだろう。


戦闘実技の身体能力強化と、回復魔法の心肺強化を現状可能な限界まで重ねがける。


自身の生理機能を完全掌握し、脳内物質を制御して集中力を向上させた。


世界が色を失い全てがグレーに染まる。


黒竜が再び吠えた。


「グウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


色を失った世界で、今の俺には黒竜の一挙手一投足がスローモーションがかったように見えた。


アギトを開く光景も、まるでゆっくりとあくびをするようだ。


伝達される視覚情報から色に関する項目をキャンセルし、脳の負荷を減らした分だけ、処理能力を向上させる。


死の間際、世界が止まって見える感覚を擬似的に再現したものだ。


肉体も限界まで強化しているのだが……それでも反応は鈍く遅い。


脳の処理に身体の反応が追いついていなかった。


黒竜の炎のブレスが俺めがけて降り注ぐ。


そう認識したのと同時に俺は黒竜めがけて跳んだ。


黒竜の眼前にたどり着く。


炎のブレスが遅れて、先ほどまで俺が立っていた場所を焼いていた。


遅延がひどい。


空気がねっとりと身体にまとわりついて、まるで水中にいるような感覚だ。


それでも剣を振るって、黒竜の真っ赤な瞳を突く。


えぐり込むのと同時に消滅魔法を構築したが……黒竜の内部を破壊するには至らなかった。


即死系に対して黒竜は無意識に抵抗するらしい。


発動前に俺の理論魔法は妨害された。


フッ……と、視覚が元に戻り世界が色を取り戻す。


早すぎる。もう効果切れか。


潰した片眼から剣を抜き、飛び退く俺めがけ黒竜は前腕を振るった。


ハエ叩きの要領で俺の身体は地面に叩き付けられる。


ズシンと衝撃が走った。


俺の身体を中心に、地面がクレーター状にえぐれる。


衝撃のダメージを緩和しきれず喀血かっけつした。


どうやら肺をやられたらしい。


呼吸が乱れ集中力が途切れる。


肉体に死の臭いが近づくほど、頭はスッと冷たくなり、意識はむしろ鮮明になった。


肉体のダメージ回復を最優先させる。


痛みの緩和をする分の魔法力も、すべて肉体の再生に注ぎ込んだ。


感情を殺し痛みを封じ込め、立ち上がると再び剣を構える。


騎士団正式採用の長剣とはいえ、俺の魔法力には耐えきれなかったか。


先ほどから出力が安定しない。


剣に強化の理論魔法式を走らせるが、刃こぼれしたまま騙し騙し使っているようなものだった。


フランベルの蒼月が手元にあればと、つい無い物ねだりをしてしまう。


次の一撃で決められなかったら、剣が形象崩壊を起こしそうだ。


魔法武器無しでやり合うには、こいつは骨が折れる。


下手を打てば死ぬな……俺。


「グルアアアアアアアアアアアアアアア!」


騒がしい黒竜を睨みつけ、俺はツールバッグから小瓶を取りだした。


蓋を口でねじ空け、中身の青い液体を飲み干す。


マーガレットの魔法薬は、相変わらず副作用混じりだった。


その副作用を無効化し、消耗した分の魔法力を回復する。


「グルウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


小瓶を投げ捨てるより早く、巨木のような尻尾が俺めがけて叩きつけられた。


紙一重で避ける。


空を斬る風圧。ビリッとしびれるような風が俺の服の裾をはためかせた。


尻尾が起こした地震のような衝撃は、浮かせた不可視の足場の上に乗ってやり過ごす。


「終わらせてやるから、そんなに暴れるなよ」


足場を竜の首を囲むよう、階段状に足場を展開した。


さしずめ、俺からお前に贈る“死の首飾り”だ。


巨体を翻そうとする黒竜だが、遅い……。


理論魔法の砲身をノータイムで構築し、俺は自身の身体を撃ち出した。


一気に間合いを詰め、その勢いのまま竜の首に切っ先を突き入れると、俺は囲むように設置した足場を駆け、黒竜の首をなぞるようにぐるりと廻る。


一呼吸のうちに一周すると、ストン……と、黒竜の首が落ちた。


落下しながら黒竜の首は、口から黒い炎を吐き散らす。


頭部が肉体から切り離されたことにも、気付いていないようだ。


竜の首を落とした長剣の刃は崩れて消えた。


業物のフルミスリル製でこれか。俺がまともに使える武器となると、作るしかないかもしれない。


ズンッと小山のような巨体が沈む。それを見届けて足場から飛び降りた。


足に力が入らず踏ん張りも利かないため、無様に地面を転がる。


もはや重力制御で着地の衝撃を緩和することさえできない。


黒竜の巨体が大地に描かれた召喚の魔法陣の中へと没していく。


荒野の真ん中で、嘔吐感と極度の疲労に俺は独り耐えた。


「ぐう……ハァ……ハァ……ダメだ……ちくしょう……」


地面に大の字になり、痩せ犬のように腹で息をする。


こんな相手に本気になるなんて、我ながら情けない。


ふと“英雄の秘薬”のことが思い浮かんだ。


今の俺がこんな調子では、あの薬が必要になる日が、近々訪れるかもしれない。



かくして竜狩りは無期限延期となった。


暴走した召喚魔法によって顕現した黒竜による惨劇。


その幕を下ろした俺は、騎士の務めを果たしたと認められ、死を賭して王女を守った騎士たちとともに叙勲を受けた。


彼ら騎士たちの弔いは国家行事として執り行われたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ