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130.狩りの日の朝

早朝の厩舎で俺は馬を選んだ。


どの馬も見事だが、栗毛の凜とした一頭に決める。


本人が聞いたら怒りそうだが、なんとなくクリスに似た雰囲気だ。


召喚魔法で呼びだした幻体の竜とはいえ、戦うなら急場で取り乱したりしない、芯の強い子がいい。


手綱を引いて城門前に戻ると、漆黒の馬にまたがったフォルネウスの姿があった。


銀の軽甲冑に身を包み、後ろに同じ軽甲冑姿の魔法騎士団を引き連れている。


魔法騎士の装備はフルプレートに代表される重厚な金属鎧ではなく、魔法によって防御力を引き上げられた、軽装なものだった。


魔法武器と同じく、装着者の魔法力によって防御能力を発揮するものだ。


それにしても……騎士団を率いて闊歩する姿は、まるで自身が大将とでも言わんばかりだなフォルネウス。


「臆せず来たことだけは褒めてやろう」


俺が城内で一泊したことは知らされていないようだ。


せっかく城に一晩いたというのに、コンディションを整えきれていない。


昔は何日も寝なくても平気だったのに、今日は少しだけ頭が重たかった。


平和ボケってやつだな。


ここしばらく、俺はなにかと後手後手に回りがちだ。


あくび混じりの俺をフォルネウスは馬上から見下ろした。


「緊張感の無い男だ」


「悪かったな。生まれつき、こういう性格なんだ」


俺が言い返すと、フォルネウスが颯爽と馬から降りた。


後方に控える魔法騎士たちも同様だ。


そして一斉にひざまずく。


「な、なんだ?」


「姫様の御前だ。貴殿も少しは礼というものを学ぶべきだろう」


フローディアが堅苦しいのを苦手だというものだから、すっかりそれに甘えていた。


今日は特別な儀式の日だ。


振り返りひざまずくと……そこに立っていたのは銀髪の小柄な少女だった。


他の騎士同様、少女は軽鎧を身につけているのだが、それは白鳥を連想させる、流麗で美しい特注品だった。


鎧の各所に走らせてある魔法はどれも、他の騎士たちより数段上の防御能力を持っている。


並の魔法使いなら身につけて魔法力を注いだだけで、気絶しかねない代物だ。


それを装着しながら表情一つ変えず、美しい銀髪をなびかせて少女は呟く。


「……おはようございます」


「アーちゃん……こんなところでなにしてるんだ?」


少女は司書だ。いや、司書だと俺が勝手に勘違いしていたに過ぎない。


「……今日は竜狩りをします」


「あ、ああ。ええと……」


風に消え入りそうな声で呟くアーちゃんに、俺はひざまずいたまま顔をあげて聞く。


「アーちゃんの本当の名前を教えてくれないか?」


「……アルジェナです」


「じゃあ、フローディアの今日の対戦相手って……」


コクコクと、彼女は小動物っぽく二回頷いた。


俺を蔵書庫に行かせたのは、鍵を渡したフローディアだ。


第二王女がそこにいると、フローディアが知らないわけがない。


事前に俺を彼女に引き合わせた……と、考えるのが自然だよな。


家族を紹介する意図くらいしか無いのかもしれないが、フローディアのやつには困ったものだ。


「……フローディアのこと、支えてくれてありがとうございます。今日はよろしくお願いします」


スッとお辞儀をするとアーちゃん――アルジェナは、一言俺に告げてからフォルネウスたちと合流した。


芦毛の馬に颯爽と乗り、彼女を中心に囲むような布陣でフォルネウスの隊が狩り場へと出立する。


遅れて……というか、タイミングを計るように、鷹を模した意匠の施された、赤銅色の軽鎧に身を包んだフローディアが姿を現した。


「レオ先生。待たせたのう」


俺は立ち上がって溜息を吐いた。ツールバッグから蔵書庫の鍵を取り出す。


「お前、知っててこいつを俺に貸したな?」


鍵を差し出すとフローディアは受け取った。


「わらわはアルジェナ姉様には会えぬからのう。お父様や姉様たちのことを知ってほしかったのじゃ」


それでタイタニア王との面談の機会も作ったのか。家族を紹介する感覚でやるあたり、やっぱり王宮育ちの世間知らずなんだな。


俺にだけは言われたくないだろうけど。


いや、ちょっと待てよ。


「たちって、第二王女のアルジェナには会ってたけどもう一人とは……」


アルジェナには蔵書庫でフローディアが引き合わせてくれた。


しかし、第一王女のオーラムとニアミスするようなことはなかったと思うんだが……。


急に焦った口振りでフローディアは「今のはただの言い間違いじゃ」と訂正した。


そんな彼女に俺は聞く。


「第一王女のオーラムは観覧に来たりしないのか?」


「お父様共々、王城で待つこととなっておる。お父様の名代は大臣のネイビスじゃ」


「あのタヌキ親父か」


俺の例えにフローディアは「おお! 言い得て妙じゃの! あれはタヌキに似ておる」と、楽しそうにケラケラ笑った。


「そのタヌキの提案でのう。姉妹が戦う姿をオーラム姉様には見せない方が良いと言うのじゃ。晴れ舞台というわけではないが、わらわとしては複雑じゃのう」


第一王女は仕方ないにしても、国の行く末を決めかねない行事に、王が出てこないのは不自然な気がするな。


俺はゆっくり頷いた。


「活躍を見てもらえないのは残念だが、フローディアが力をつけたと報告できるようにがんばろうな」


「それはレオ先生もじゃ。教員免許がかかっておる」


「ああ、もちろんだ」


俺は拳を軽く握って突きだした。


少女も拳を握って、こつんとお互いぶつけ合う。


フローディア付きの魔法騎士たちも静かな気合いに満ちており、出立の準備は万事整っていた。


「お姉様を待たせてはおけぬ。そろそろ参ろう」


フローディアが馬の鞍のあぶみに足をかけ、跳ねるように騎乗した。


「ところでレオ先生はその格好で良いのか? 剣くらいは持てば良いのに」


「俺が剣を持ったら大活躍しすぎて、フローディアの見せ場を奪いかねないからな」


昨日と同じ、管理人の格好のままだ。ツールバッグの中に入っているものといえば、庶務で使う細かな道具類の他に、マーガレットからもらった青い魔法薬の封入された小瓶くらいしか入っていない。


「それでも剣くらいは提げてほしいものじゃ。誰か剣をもて!」


フローディアに命じられて、魔法騎士の一人がロングソードを俺に差し出した。


騎士団に正式採用されているものだ。


素材も高級なものがおごられ、十分に業物と言える域にある。


並の魔法使いでは魔法力的に“重すぎ”て使いこなせない。


この程度の魔法武器も振るえないようでは、竜狩りには連れて行けないと暗に言われた格好だ。


ここのところ油断からの失敗も続いているため、俺は素直にその剣を受け取ることにした。

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