129.決戦前夜の怪異
ララの夕飯には結局ありつけず、空腹を抱えたまま城門前までやってくると、そこにフローディアが待っていた。
「お! わざわざ見送りに来てくれたのか?」
さっきは怒らせたと思ったんだが、こうして待っていてくれるなんて優しいところがあるじゃないか。
「れ、レオ先生にお願いがあるのじゃ!」
少女は俺の元に駆け寄ると、ぎゅっと手を握りしめてきた。
「どうしたんだ急に?」
俺は慌てて周囲を確認する。
警備の衛兵はいるのだが、みな見て見ぬふりをしているようだった。
「と、ともかく来るのじゃ」
フローディアに手を引かれ、俺は城内に引き返すと、昨晩も訪れた薔薇園に連れて行かれた。
噴水のある方面を、つい警戒してしまう。
感覚を研ぎ澄ませるが……タイタニア王の気配は感じられない。
「それでお願いってなんだ?」
フローディアは周囲をきょろきょろ見回してから、俺の顔を見上げた。
「こ、今夜一晩……そばにいてほしいのじゃ」
「は、はあああ!?」
「皆まで言うな。お父様にはきちんと承諾をとっておる。わらわは……緊張して眠れそうにないのじゃ。明日の竜狩りが国の命運を分けるやもしれぬ。こんな時、いつもわらわを支えてくれたのは、姉様方じゃ。しかしのう……頼るわけにはいかぬ」
俺の手を握るフローディアの手から、体温が無くなっていく。
冷たいのに彼女は汗をかいていた。
俺は膝を折ってしゃがむと彼女の握る手を、包むようにして頷く。
「そのお姉さんと戦うことになるんだもんな」
「オーラム姉様は中立じゃ。むしろ、わらわはずるいのじゃ。アルジェナ姉様にはレオ先生のように、親身になってくれる人間がおらぬ」
確かにフォルネウスはそういうタイプじゃないだろう。
「大人を頼って助けを求めることは、別に恥ずかしいことでもなんでもないぞ」
「で、では! わらわと一晩……過ごしてくれるのじゃな!」
言い方に難ありだが、それで明日、フローディアが心身ともに健やかに竜狩りに臨めるというのであれば、協力は惜しまない。
「ああ。フローディアには元気になって欲しいから、俺にできることはなんでもするさ」
震えがぴたりと止まり、フローディアは俺に抱きついてきた。
「感謝するぞレオ先生!」
「お、おやすいご用だ」
薔薇園での抱擁のあと、俺はフローディアの私室に通された。
王都の街並みからも見ることができる、城を象徴する高い塔の上だ。
自動昇降機が備え付けられ、特に強固な結界で守られていた。
食事を二人分部屋まで運んでもらい、フローディアと一緒に摂る。
豪華で上品な味付けだが、上品すぎて少し物足りなかった。
正直、ララの手料理が恋しい。
それから湯浴みに誘われたが、一緒に入るのはさすがに断った。
というか、誘うなよ。そこまで子供じゃあるまいし。
そんなこんなで、時刻は夜の十時を過ぎたところだ。
塔の上の私室から窓の外を見ると、眼下には王都の街並みが広がっていた。
パジャマ姿のフローディアは、天蓋付きの豪奢なベッドに転がる。
そっと上掛けをかぶせ、俺は告げた。
「明かりを消すぞ」
「なんじゃ。添い寝はしてくれぬのか」
「それはさすがにまずいだろ」
「わらわは構わぬのじゃがな」
フローディアはウインクしてみせる。
「さっきの湯浴みといい、大人をからかうんじゃない。おやすみフローディア」
「十五は立派な大人じゃ。まったく……つれない先生じゃのう」
冗談交じりの口振りでフローディアはほっぺたを小さく膨らませた。
「つれなくて結構だ」
俺がそう返すと、掛け布団の下から彼女は右手を差し出した。
照明を落としベッドの脇にスツールを寄せ、座って彼女の手を握る。
「これで眠れそうじゃ。レオ先生の手は温かいな……」
早くもまどろみつつあるフローディアの声に、彼女が自然な眠りへと落ちかけているのを感じた。
「おやすみなさい。レオ先生……」
「ああ。おやすみフローディア」
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五分もしないうちに彼女は深い眠りに入った。
こちらから誘眠の感情魔法などは一切用いていない。
心の底から彼女は安堵し、小さな寝息を重ね続ける。
もうしばらく、この手を握っていよう。
そう思った矢先の事だ。
地上百メートル以上の高さを誇る塔の窓に、白い人影が映り込んだ。
ゆっくりと顔を窓に向けると……。
そこには白い仮面に白いマント姿の影が立っていた。
「仮面……ジャスティス!?」
俺と目があった途端、仮面ジャスティスはその場から滑空するように王都方面へと飛び去った。
追いかけようとしたのだが、離そうとした手をフローディアに引きもどされる。
起こしてしまったかと思いきや……。
「むにゃむにゃ……あふう……んー……パンツぅ……足りませんねぇ……」
いったいどんな夢をみてるんだ。口振りまで変わってるし。
しかしいったい、今のはなんだったんだ。
暗くてよくは見えなかったが、たしかにその風貌は仮面ジャスティスだった。
ただ、仮面とマントの印象が強すぎて、そちらにばかり気を取られ、他の印象……たとえば髪型や瞳の色が記憶に残っていない。
とりあえず、城に張られた結界を抜けて塔に近づくほどの手練れということだけは確かだ。
もしかしたら、フローディアを狙った刺客だったのかもしれない。
彼女が仮面ジャスディスに扮していると知っている人物が、偽物を送り込みフローディアに興味を持たせて、窓を開けさせようとした可能性だってある。
どうやら今夜は一睡もできそうにないな。
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そして朝がやってきた。
あれきり刺客も仮面ジャスティスも現れず、俺は眠ることができなかったが。
ついに……俺たちは竜狩りの日を迎えたのである。




