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127.卒業

最初から勝負にならないことはわかっていた。


王女の攻撃は通じず、竜人は軽く少女をあしらい目を細める。


斬りつけにいったフローディアは、カウンター気味に放たれた竜人の蹴りになぎ払われると、ステージの上に転げた。


うつぶせに這いつくばったまま、少女は視線を上げる。


「なぜじゃ……どうすれば……」


宝剣フレイヤを杖代わりにして立ち上がるが、膝は笑い、少女の全身の震えは収まらない。


フローディアが攻撃を開始してから五分が経つ間、竜人は召喚された場所から一歩として動いてはいなかった。


「レオ先生! 足場を頼むのじゃ! 上から攻める!」


「わかった」


俺はランダムで竜人を囲むように、足場をいくつも発生させる。


フローディアはそれに跳び乗るのだが、その足場がフッと音も無く消えた。


「のわああああ!」


着地の落下点に俺が重力制御の魔法をかける。


が、それも消滅した。


五メートルほどの高さから墜落して、フローディアは衝撃に驚くように目を丸くさせた。


「レオ先生! 着地の支援がないぞ!」


「やってるんだが、その竜人は理論魔法が得意なんだ。低ランクの理論魔法だと、簡単にうち消してくるんで支援が妨害されやすいぞ」


「な、なんじゃとおおおお!」


なりは小さいが最終試験にこれ以上の適材もいないだろう。


高位の竜の魔法耐性や妨害能力は、並の理論魔法使いを封殺するレベルだ。


物理的にも鱗の装甲が厚く、精霊魔法はといえば……。


「ならば喰らえ……火竜砲!」


フローディアの宝剣が炎の渦を纏って竜人めがけ放たれる。


避けようともせず、竜人は翼を広げると翼膜で身体を繭のように包み込んだ。


火竜砲の炎は、翼膜に阻まれ雲散霧消する。


少し強い風が吹いた程度にしか、竜人は感じていないようだった。


「火竜砲まで無効化するとは……まるでレオ先生のようじゃ……しかし、まだ負けてはおらぬぞ!」


フローディアは地を蹴り距離を詰め、宝剣を振るい突きを放った。


が、刃は寸前のところでぴたりと止まる。


竜人は目の前に斥力場の壁を形成し、フローディアの突撃を易々と弾き返す。


「ぬおわああッ!? ……ハァ……ハァ……これではどうすることもできぬ」


竜人が右腕をスッとフローディアに向けた。


「攻撃が来るぞフローディア」


「わ、わかっておる!」


右方向に跳ぼうとして、フローディアは唖然となった。


彼女の足を重力の枷が捉えて離さない。


「う、動けぬ……これも理論魔法か……」


ご明察だ。俺はフローディアにかけられた重力の鎖を理論魔法で引きちぎった。


「ぬおわあああああ!」


目一杯踏ん張っていた少女が、急に拘束する力を失って、反動で弾けるようにステージの縁付近まで跳ぶ。


直後、今まで彼女が立っていたステージの石材が砂になって崩れ去った。


分解の理論魔法――新竜種が使う即死系だ。


魔族の使う破壊の理論魔法と違い、防壁によって相殺できない特殊な魔法である。


結合の理論魔法で分解をうち消すのが、その最も効果的な対処法だった。


もちろん、そんな器用なことなどフローディアにできるわけもない。


闘志を燃やし続けていた少女が、分解の理論魔法の威力に消沈する。


「わらわでは……勝てぬ……」


勝てない相手を召喚したのだから、その結論にいたるのは正しい。


気付くまでの時間も十分に早かった。


引き際も肝心だ。


ただ……それでも引けない時がある。


「レオ先生。降参じゃ……」


「諦めるのか?」


「そ、そうではない、ここは一時撤退して、力を蓄え再び挑む時じゃ。やられてしまってはそれもできぬ」


「じゃあもし、お前がこいつと戦わないことで……タイタニア王や二人の姉を失うとしたら?」


瞬間――フローディアの瞳に炎が燃え上がった。


「無論……命をかけるぞ!」


再び闘志をむき出しにして、フローディアは竜人に向かっていった。


フェイントで揺さぶりをかけても竜人は一切反応しない。


宝剣の刺突も鱗の上を刃が滑るように弾かれる。


竜人に理論魔法で拘束されないよう、フローディアは息が上がるまで動き続けた。


「悔しいのう! 理論魔法がわかればッ! このような無駄な動きをせずに済むというのに!」


涙ながらに攻め続けるフローディアに俺は告げる。


「理論魔法に関しては、残りの日数で教えられることはほとんどないからな。今後はちゃんと時間をかけて、理論魔法も学ぶんだぞ」


「うう……わかっておる! いや、わかっておった! アルジェナ姉様には勝てないと、わらわはふてくされておったのじゃ! これからは前を向く! 本も読む! わらわはもっと……もっと強くなる!」


そうか……。


その言葉が自分から出てくるなら、もう教えることはなにもない。


この先、フローディアは自分の意思で学んでいくんだ。


つまずくことがあれば、その都度手助けはしてやれる。


だからひとまず……まだ教えたいことはたくさんあるけれど……フローディアは卒業だな。


仕上げに、今の彼女では乗り越えられない壁を、壊す手伝いをしよう。


「援護するから、一旦離れてくれフローディア」


「わかったぞレオ先生!」


彼女が後方に飛び退くのに合わせて、俺は理論魔法を構築した。


察知して竜人が翼をはためかせ、空中に逃げようとする……が、遅い。


隠蔽して仕掛けておいた重力の枷が竜人を地上につなぎ止めた。


そして俺は……竜人の腹部を標的に定める。


「火竜砲だフローディア!」


「あれは効かぬぞ!」


「俺を信じろッ!!」


フローディアの火竜砲に合わせて、俺は消滅魔法の魔法式を解き放った。


竜人の幻体の腹に「ズドン」と風穴が空き、フローディアの撃ち込んだ火竜砲の炎の渦が、竜人を内部から焼き尽くす。


どさりと正面から倒れると、竜人の幻体は魔法陣に沈んで消えた。


「お、おお! 穴があいたぞ!」


「範囲を限定して消滅魔法を放ったんだ」


フローディアがブルッと身を震わせた。


「なんという威力じゃ……わらわは先生が時々恐ろしく思うぞ」


「まあ、即死系は格下にしか通用しないからな」


「では先生はあの竜人よりも格上なのか?」


キラキラとした瞳で俺を見つめるフローディアに「でなきゃ召喚できないだろ」と、俺は素っ気なく返した。



俺はステージの縁に腰掛けた。隣で足をばたつかせながら、フローディアが上機嫌に笑う。


「レオ先生には色々なことを教えてもらったのじゃ」


「俺なりに考えて竜対策をしたつもりだけど、何かわからないところはあるか?」


フローディアは「そうじゃのぅ」と、難しそうな顔をしてから、すぐに「ない!」と返事をした。


たった五日で五種類の竜と対戦したのだから、そうそうすぐには思い浮かばないか。目の前の相手と戦うことだけに一生懸命だったもんな。


クリスは似たようなことを一日でやって、後日レポートまでまとめてきたが……さすがにフローディアにそれを求めるのは酷な話だ。


「それよりレオ先生! もう一度、わらわの剣の型をみてくれぬか! 軽く手合わせをお願いしたい」


「よし! じゃあ少しもんでやりますか」


ステージの縁から降りて、近くに立てかけてあった熊手を手にして舞い戻ると、その日はフローディアと近接戦闘の稽古に明け暮れた。


明日から竜狩りの当日までは、彼女のコンディションを最高潮に高める調整に費やすことにしよう。

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