126.陰謀……そして最後の対戦相手
昨晩のタイタニア王との遭遇から、妙な胸騒ぎがして寝付けないまま朝を迎えてしまった俺は、早朝から箒を手に正門前の掃除に没頭していた。
「おはようレオ。ずいぶんと早いのね」
少女の声に振り返ると、そこにはクリスが独り、立っていた。
「おはようクリス。ずいぶん早くないか?」
上着のポケットから懐中時計を取りだして確認すると、始業まで一時間もある。
「こうでもしないと、最近は落ち着いて話す時間も作れないでしょ?」
クリスは微笑んだ。そんな彼女の笑顔にほっとする。
「俺が掃除してなかったらどうするつもりだったんだよ?」
「その時は宿直室に起こしに行ってあげるわ」
少女は悪戯っぽく告げる。彼女がわざわざ来た理由を俺は尋ねた。
「それで、話したいことっていうのは?」
俺が促すと彼女は真剣な顔つきになった。
「違法魔法薬の事件についての報告ってところね。このままだと大臣ネイビスまで捜査の手は届かない……悔しいけれど証拠不十分というか……大臣の影響力の強さが検事部の動きを封じている感じなの」
クリスは淡々とした口振りだ。
「悔しそうには見えないな」
「こうなることは、半分くらいわかっていたから。諦めの気持ちで悔しさが薄まってしまったみたい」
俺は箒を正門の脇に立てかけると、軽く腕組みした。
「大臣が黒幕なら、感情魔法で自白でもさせるか?」
少女はため息混じりに軽く首を左右に振る。
「魔法によって引き出された自白や証言に、証拠能力は無いわ」
検事部としては正当な証拠が必要……ということか。
「じゃあどうするかな。そもそも違法魔法薬なんて広まって、ネイビスにどんな得があるんだ?」
白魚のような指で自身のあごをつまみながら、クリスは思案するようにうつむいた。
「違法な魔法薬を王都に蔓延させてから、それに対する解毒剤を開発するつもりだったのかもしれないわ。王国の主治医という言葉を現実のものにするつもりだったのかも……どのみち、魔法薬の認可に関する利権がらみには違い無いわね」
解毒剤にからむ利権がらみ? それなら大臣の目論見は一つ潰えたな。
「我が校が誇る魔法薬学のエキスパート……マーガレットが解毒剤を作ったら、その利権は無くなるんじゃないか?」
クリスは残念そうに眉尻を下げた。
「国務大臣が認可について口出しすれば、マーガレット先生の解毒剤は採用されず、メディケルス家の魔法薬学者が開発した薬が採用されることになるでしょうね」
法を支配する相手に、法の下で戦うには限界があるってことか。
裏では毒をばらまいて、表で解毒剤を高く売りつけ利権をむさぼり、己の立場を強化し続ける大臣……こういう手合いにはうんざりさせられる。
クリスが背伸びをして俺に顔を近づけた。
エメラルドグリーンの瞳がかすかに潤んでいる。
「お願いだから。早まったことだけはしないで。レオの立場を悪くするのだけは避けたいの。こんなこと本当は言いたくないけど、レオは正体を隠していたいんでしょう? だったら……これ以上の介入はしないで、状況を静観した方がいいと思うの」
クリスは俺の気持ちも行動もお見通しみたいだな。
「レオにもしものことがあったら……私……」
少女の小さな肩が震えていた。大きな瞳が怯えていた。
ずっと心配を掛けっぱなしで、俺はクリスの気持ちに気付いていなかった。
彼女の頭をそっと胸に抱き寄せる。
ビクンと一度肩を大きく揺らしたが、クリスは俺に体重を預けてくれた。
「心配してくれてありがとう。俺が全部をうちあけられるのはクリスだけだ」
少女は小さく頷いた。
俺は続ける。
「けどさ……関わっちまうと俺……ダメなんだ。今の王宮の状況は、放置できないものになりつつある」
クリスは顔を上げた。涙を一粒だけこぼして微笑む。
「やっぱりレオって、勇者なのね」
「ああ。心配かけてすまないなクリス」
彼女は頷くと、俺の腕の中からそっと離れた。
「ええと……レオに受け取って欲しいものがあるの」
クリスは小さな銀のリングを取りだした。
腕輪のようだ。
「くれるのか?」
恥ずかしそうに少女は頬を赤らめた。
「魔法工学は得意ではないけど、先日実習で作ったの。レオのことを想って……あっ! 解析なんてしないでよね。恥ずかしいから」
なるほど。俺に無茶をさせないための、お守りってわけだな。
俺は彼女の手から銀の腕輪を受け取った。
「クリスからのプレゼントに、そんなことするわけないだろ。さっそくつけさせてもらうよ」
左の手首にはめてみると、サイズ的にもぴったりで良い感じに収まった。
彫金などもなくシンプルなデザインだが、それだけに品が良い。
「なかなかいいな」
クリスが笑顔を弾けさせた。
「良かった気に入ってくれて。それは正義のお守りよ。外しちゃだめだからね。そ、それじゃあ私、急ぐから!」
「急ぐって……まだ始業まで一時間近くあるぞ?」
俺の問いかけに「約束だからね!」と、返答ではなく念押しをして、クリスはまだ人気の無い校舎へと走っていった。
◆
午後――
王宮の闘技場で俺は最後の一体の召喚にかかった。
召喚魔法言語を奏でる俺に、フローディアがじとっとした眼差しで告げる。
「レオ先生……急におしゃれづいておるな」
召喚魔法を中断して、俺は首を傾げた。
「ああ、これか? 似合うだろ」
左の手首にはまった銀の腕輪を俺はフローディアに見せつける。
「素材は銀のようじゃが……もっと良いものをわらわが贈ろうか?」
「こういうものの値打ちってのは、金銭的な価値だけじゃないんだ。これは教え子の手作りだからな」
「む、むぅ……それは失礼したのじゃ……しかし手作りのアクセサリーならば、レオ先生は受け取ってくれるというわけか……ふむふむ」
なにやら途中から小声になって、フローディアは独り言のように呟いた。
俺は召喚魔法を再開し、彼女への最後の試練を顕現させる。
二足歩行の人の姿に近い竜――竜人だ。
全身、白銀色の鱗で包まれた姿には神々しささえ感じられた。
中身の無い幻体ながらも、その力は先日までの竜たちとは比較にならない。
折りたたまれた翼を広げ、竜人は身構える。
「な、なんじゃ……人……なのか?」
唖然とするフローディアに俺は首を左右に振った。
「あれも竜の一種だ。竜が進化を続けた結果、小型化し人に近い形になった……さしずめ新竜種ってとこだな。これが最後の課題だ」
「なるほど。見た目は派手じゃが、背丈も人間ほどで竜にしては小さすぎる。こんな竜で大丈夫なのか?」
「まあ、戦ってみればわかるって」
俺は後ずさるとステージを降りた。
実を言うとかなり厳しい相手なのだが、この試練がフローディアをもう一段、成長させてくれると信じて。




