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123.ランチミーティング3

マーガレットの呼びかけで、俺はクリスたちと一緒に昼食を魔法薬学科のテラスで摂ることになった。


普段は他の生徒たちも利用しているのだが、主任研究員の権限を使ったのか今日は俺たちの貸し切りだ。


テーブルの上にはサンドイッチやフライドチキン、サラダにピザにフライドポテトといった軽食がずらりと並んだ。


フランベルが瞳を輝かせる。


「今日は何かのお祝いかな師匠!?」


「さ、さあ? 俺は特にそんなことは聞かされてないんだが」


クリスとプリシラは、料理を用意した二人の教員をじっと見つめた。


どことなく警戒している雰囲気だ。


エミリアが困り顔で説明する。


「きょ、今日のお料理はマーガレット先生と一緒に用意しましたけど、普通のレシピですから安心してください!」


俺は頷いた。


「そうだな。マーガレット一人に任せたわけじゃないんだし。大丈夫だって」


プリシラが眉尻を落とす。


「エミリアせんせーの事は、あたしら信頼してるけどぉ。ね? クリっちもそうだよね?」


突然話題を振られて、クリスが焦り気味に返す。


「マーガレット先生のことも信頼してるわ。ええと……その……信頼してるから」


不機嫌そうにマーガレットがため息混じりで告げた。


「なんで念を押すみたいに二回も言うのかしら? 失礼しちゃうわね。ともかく座ってちょうだい」


俺たちを席に着かせて、グラスにアイスハーブティーを注ぐとマーガレットは続けた。


「今日はお祝いというか、報告会ね。レオ君、三人に経緯は話してるかしら?」


経緯というのは、おそらく違法魔法薬に関することだろう。


「ああ、まあ大体のところはな」


「それじゃあ、あたしからは簡単に説明させてもらうわね。みんな食べながら聞いてちょうだい」


マーガレットが勧めるのだが、クリスたちがためらうので俺が率先して「いただきます!」と、料理に手をつけた。


料理はどれも問題無い。というか、かなり美味しい。


「うまいぞこのフライドチキン!」


エミリア先生が笑顔になった。


「ほ、本当ですか! いろいろな資料を集めて、薬草園にあるハーブをミックスして味付けしたんです」


「ぼ、ぼくもいただきます!」


フランベルが手を伸ばすと、プリシラとクリスも釣られて料理を食べ始めた。


その間、マーガレットから経過が報告される。


まず、旧市街の違法魔法薬精製所は、検事部が押さえて検分したということだ。


その際、真新しい精製機器の個別認識番号が削り取られていたのが判明した。


マーガレットが手を回して、アグリア工房から納入の資料を取り寄せ、それをエミリアが精査した結果も合わせて発表された。


エミリアが手元の資料を確認してから、俺に告げる。


「納入先が存在しない架空の工房だったり、記帳のミスで空欄のままにされていたり、機器が盗難に遭ったり……細かく何度かに分けてバラバラに発注がされていることもありました。発注元もそれぞれ名義は違うんですけど、資料の怪しげな部分をたどっていくと……ある貴族が浮かび上がって……」


名前を口にすることをはばかるエミリアに代わって、マーガレットが宣言した。


「怪しい記載の八割が、大臣ネイビス・メディケルスとその一族郎党のものだったわ。その八割を集めれば、ちょうど精製所にあった機器くらいにはなるのよ」


プリシラが食事の手を止めた。


「ってことは、その大臣が魔法薬をばらまいてたってこと? それっておかしくない?」


フランベルが首を傾げた。


「なにがおかしいんだい? ぼくには何がなんだかさっぱりだよ」


もう話についてくるのを諦めたのかフランベル!? 自称脳筋は伊達じゃないが、今後はもう少し理解力を鍛えた方がいいかもしれないな。


プリシラが吠える。


「だって変じゃん! 大臣って偉い人なんでしょ? 国のために仕事をする人が、どーしてあんな……わけわかんない薬で……」


幼なじみやその友人たちのことで、プリシラは傷ついていた。


俺は笑顔を作る。


「安心しろ。その精製所も差し押さえたし、そこにあった魔法薬の分析もマーガレットが進めてる……だろ?」


マーガレットは「ええ。解毒剤はもう完成してるわ。うちのクラスの子が臨床試験を手伝ってくれたおかげで、王都で被害にあった子たちの治療もすぐに始められるわよ」と、励ますように告げた。


安堵するプリシラの隣でフランベルが腕組みをする。


「うーん……えーと、つまり大臣がわざと悪い薬を広めようとしたってこと?」


どことなくふわっとした物言いのフランベルに対して、エミリアが首を小さく左右に振った。


「あくまで偶然、納入先が不明だったり輸送中の盗難に遭ったのが、たまたまメディケルス家に関連していただけ……とも言えるんです。被害者側であるメディケルス家からも、一応被害届けは出されていますし……。決定的な証拠とは言えないのかも」


気落ちするようにエミリアは後半、すっかり小声になっていた。


実際の所どうなのかマーガレットに視線を向けてみると、ピンクの髪を大きく左右に揺らして「疑わしいとしか言えないわ」とため息混じりだ。


エミリアが肩身を狭くさせる。胸の谷間が強調されて、思わず俺は視線をそらした。


「わたしにもっと調べる力があれば良かったんですが……」


マーガレットが微笑を浮かべた。


「そんなことないわよ。あの資料の山から、よくぞ該当箇所を見つけ出してくれたわね。検事部の人間なんて、今すぐ解析班に勧誘したいってエミリア先生のことを褒めてたわ」


謙遜するように首を左右に振って、エミリアは顔を真っ赤にさせると困り顔のまま「ま、まだ教員でいたいです」と、うつむいた。


俺はアイスハーブティーにそっと口をつけてから、何気なくクリスに聞く。


「なあ、解析班に勧誘されるのってすごい事なのか?」


サンドイッチを一口ほおばってから、クリスは小さく頷いた。


「エステリオの教員になるよりも難しいかもしれないわ」


「さすがだなエミリア先生! ありがとう。先生がいなきゃ大臣の名前は浮かんでこなかったんだろ?」


俺の言葉にクリスも同意するように首をうんと縦に振る。


同時に、エミリアの顔がよりいっそう赤らんだ。


「そ、そんな……わたしなんて、ただ資料とにらめっこしていただけですから」


合わせてプリシラの「エミリアせんせーやるじゃん!」やらフランベルの「先生はぼくらの誇りだよ!」という言葉に、エミリアは耳の先まで真っ赤になった。


それくらいにしておかないと、エミリアのやつ気絶するか「あばばば」と言いかねないぞ。


心の中で溜息を吐きつつ、俺はマーガレットに向き直る。


「で、次はどう動く?」


「実はここで手詰まり。お手上げなのよね。大臣ネイビス・メディケルスは手強いわ。魔法薬の精製機器だって、魔法医の名門で魔法薬にも通ずるメディケルス家なら、購入するのは怪しくないのだし……違法魔法薬と大臣を繋ぐ決定的な証拠が足りないのよ」


「精製所にいた研究者らしき男は?」


「それが……死体が消えてしまって。手を回すよう、黒幕からあらかじめ指示があったんでしょうね」


「そうか……しくじったな」


俺の漏らした一言にクリスの眉がピクンと動いた。


「ねえレオ。危ない事はしてないわよね?」


よく感づいたな。いったいクリスの観察眼はどこで鍛えられたものなんだ。


「大丈夫だって。俺は今、王女様の訓練で忙しいんだ」


クリスは「それならいいんだけど」と、少し不満げな顔で呟く。


一方、今日のマーガレットの報告で、ため込んでいたものがスッキリしたのか、プリシラが笑顔を取り戻して俺に聞く。


「ところでレオっち。王女様に手出しとかしてないよね?」


「す、するわけないだろ。ああ、けど……今度から俺、どうやら第三王女の騎士になったみたいなんだ」


クリスが首を傾げた。


「今度からって……ええと……ちょっと待って。今、第三王女の騎士って言ったわよね? タイタニア王の騎士じゃなくて、第三王女“の”騎士で間違い無いかしら」


「ああ、そうだけど。昨日、訓練が終わってからフローディアに叙任されたんだ。いきなりでちょっとびっくりしたけどな」


一瞬、大きな間を置いてから――


「「「「「ええええええっ!?」」」」」


五人が一斉に声を上げて俺を見つめる。


「なんだ? 疑ってるのか?」


クリスがゆっくりと首を横に振った。


「え、ええと……レオの実力ならあり得る話とは思うけど……どうして騎士なんかに?」


「実はな……」


いきさつを話しだすと、五人は息を呑んで俺がすべて話し終わるまで待ってくれた。


「というわけで、竜狩りに同行するにはどうしても騎士の位がいるみたいなんだ」


エミリアが恐る恐るそっと挙手をする。なにをそんなに怯えているんだろうか。


「あ、あの……フローディア王女殿下には他に騎士がいるんですか?」


「そりゃいるだろう。竜狩りでは騎士団の騎士たちと一緒に戦うんだから」


困り顔のままエミリアはうつむいた。


「ん? なんか……違うのか?」


エミリアの言葉に続けるようにクリスが俺に補足する。


「ええと、騎士団が忠誠を誓うのはタイタニア王に対してなの。おそらくフォルネウス・スレイマンも第二王女のアルジェナ様を守り教育するという命令を、タイタニア王から受けた……王に仕える騎士の一人ね」


「そうか。じゃあ、俺も姫様の騎士ってわけじゃないのか」


「王族であれば騎士に任命できるわ。というか……話を聞く限りレオはフローディア王女の騎士になったみたいね。ええと、それには特別な意味があって……生涯を賭して主人を守るという制約というか……」


その一言にエミリアが「あわわわわわ」と震えた声を上げた。


「生涯……って、そんな話、フローディアはしてなかったぞ」


あわあわ言いながらもエミリアが頷く。


「ふ、古い慣習ですから法的根拠はないとおもいますが、慣習や慣例を守るのも王家というかなんというか。ええと……タイタニア王家の人間は初めて自身の騎士を持つ時、主君に同性を選ぶがの通例。もし異性を選ぶということであれば特例で……その……あの……男女のそれと……言う感じがあるとか……ないとかで!」


どうやらエミリアは限界に近いらしい。俺は彼女の言葉を遮った。


「それ以上言わなくて良いからエミリア先生! わかった。大丈夫だ。きっとフローディアもそこらへんのことは知らないで、俺を騎士に任命したんだろうし、俺が受けたのもあくまで必要に迫られてのことだ」


騎士になるというのが、プロポーズを受け入れたという意味になるなんて、知るわけないだろうまったく。


フランベルが頷いた。


「そっかー。これからはレオ師匠は貴族様になるんだね。お師匠様と呼ばせてもらうよ!」


パワーアップさせるんじゃない、まったく。


プリシラが身をこわばらせた。


「レオっちが遠くに行っちゃうよおお! お金持ちの貴族様どころか、このままじゃ王家の人じゃん!」


「そんなことにはならないから。あくまで緊急的かつ一時的な措置なんだ」


と、思う。だよなフローディア? この場にいない彼女に、つい、そう呼びかけたくなった。


マーガレットがあきれ顔で俺に告げる。


「まあ、レオ君がそう思っていても相手がどう考えているかなんてわからないんだけどねぇ。もしフローディア王女に告白されたらどうするのかしら?」


「告白って……そんなの断るに決まってるだろ。俺は貴族でも騎士でもなく、教員になりたいんだ」


そうはっきりと思ったのは、昨晩のフローディアの言葉がきっかけだ。


勇者がいないから、フローディアは仮面ジャスティスになろうとした。


俺も事件に首を突っ込んで、介入してるからこんなことを言うのは筋違いだってわかってる。


傲慢なのも承知の上だ。


それでも――思う。


結局、魔王は倒せても、俺一人で世界を守ることなんてできやしない。


ずっと取りこぼしてきた。


守れないものの方が圧倒的に多すぎた。


自分だっていつ刺客に討たれるかもしれないのだし、この先何が起こるかなんてわからない。


クリスたちの卒業まで、学園にいられればくらいの気持ちだったが、今は少し違う。


教えて、育てて、俺にできないことができる人間を一人でも多く増やしたい。


そのために自分が集めた知識と積み上げた経験を、どんな形であれ継承させたいんだ。


「って、どうしたんだみんな?」


俺の言葉に五人とも、なんとも言えない神妙な面持ちになっていた。


クリスがゆっくり息を吐いてから俺に聞く。


「それじゃあ、レオは王宮入りはしないのね」


「ああ。しないぞ」


プリシラが声を上げた。


「そっかぁ。だよねだよね! レオっちは色んな魔法が使えるし、絶対教員が向いてるって!」


フランベルも頷いた。


「うんうん。それに王宮にはいつか勇者様が戻ってきて、第一王女のオーラム様と結ばれるから安泰だよ。お師匠様まで王宮に行ったらバランスがとれないと思うんだ」


あっ……。


俺は動揺を悟られないよう、極力薄い反応で「そうだな」と返した。


勇者が王都に凱旋して王宮に戻らないと……第一王女のオーラムは、有力貴族と婚姻を結ぶことになる。


王宮の中、どこに行ってもくっついてきたちびっ子に「大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになってあげるね」なんて言われたのを思い出した。


あの時はあんまりにもしつこいんで「お前が大きくなったら考えてやらなくもない」みたいなことを返したっけ……。


喜んでたけど、子供ならではのやりとりだと思っていた。


なのに、それが現実のものになるなんて……。


罪悪感に心臓を鷲づかみにされた気分だ。


「どーしたのレオっち?」


プリシラが俺の顔をのぞき込む。


「う、うわっ! いやなんでもないぞ」


「変なレオっち」


フランベルが笑った。


「お師匠様が変なのはいつものことだよ?」


プリシラは「それもそーだけどさー。なんか怪しいし」と俺に対して疑惑の眼差しだ。


俺はフランベルに向き直った。


「そのお師匠様ってのはやめてくれ。みんなも、これからも今まで通りで頼むよ。それと国務大臣なんて大物が出てきたんだ。みんなこれ以上、無茶はしないようにな」


俺の言葉にマーガレットが「一番無茶してる人が言っても、説得力ないわねぇ」と口元を緩ませるのだった。

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