121.学園と王宮と
俺がマーガレットを投げたことに「大人の愛とは激しいのう」と驚いたフローディアだが、それくらいで体調でも精神的にも変わった兆候は見受けられず、ひとまず問題なしということで俺は彼女を城に送り届けることにした。
治安の良い貴族街にあるマーガレットの邸宅からは、王城まで徒歩で数分の距離だ。
城門を抜け城内に入ると、嫌な奴に出くわした。
まるで待ち受けていたようなタイミングだ。
眼鏡のレンズの向こう側から男の赤い瞳が俺を見据えてくる。
相変わらず皺一つない、ピンと張った執事服姿だ。
「こんな時間に姫様を外に連れ出すとは、どういうことか?」
フォルネウスは俺に詰問した。
「夜の社会科見学だよ。本ばっかり読んで机の前にかじりつくのだけが勉強じゃないさ」
「王族を連れ出したというのか?」
すかさずフローディアが俺とフォルネウスの間に入った。
「わらわが依頼したのじゃ。城の外でゆったりと月を見たい気分になったのじゃが、近頃は王都も物騒と聞く。そこで、一騎当千の猛者であるレオ先生に警護を依頼したのじゃ。貴様もレオ先生の警護能力は買っておるのじゃろう?」
先日、フローディアが学園を訪れた際に、俺に警護を押しつけ……もとい依頼したのは目の前のこの男だ。
フォルネウスは、かすかに眉尻を上げる。
「一騎当千とは言い過ぎではありませんか?」
「これほど頼れる大人をわらわは知らぬぞ」
そう言われると胸が痛む。フローディアが違法魔法薬を口にしてしまったのも、俺の注意不足によるものだ。
王女から視線を俺に移して、執事服の男は冷たい口振りで告げる。
「何かあってからでは手遅れだということを忘れないでもらおう……レオ・グランデ」
正論だけに耳が痛い。
警告を済ませると、フォルネウスは城門の外へと歩いていった。
男の背中が貴族街の方角に消えてから、フローディアがため息を吐く。
「まったく、レオ先生を目の敵にしおって。しかし、少しだけ爽快じゃったぞ。机の前にかじりつくのだけが勉強じゃない……とな?」
少女は楽しげに俺の口まねをしてみせた。
◆
翌日の昼――
管理人特権を利用して、今日も昼食は屋上でクリスたちとパンを食べた。
昨晩の報告も兼ねてプリシラに告げる。
「違法魔法薬の精製所を突き止めて、きちんと通報しておいたから、ひとまず安心だぞ」
「レオっち通報だけだよね? 無茶してないよね?」
心配げな顔でうつむくプリシラに俺は笑顔で返した。
「俺が簡単にやられるわけないだろ? これでも結構強いんだから」
「レオっちが強いのはわかってるけど、それでも心配だし」
「実は薬学科のマーガレットに相談もしてあるんだ。彼女に違法魔法薬のサンプルを渡しておいたから、すぐにも解毒剤を作ってくれるはずだ」
顔をあげてプリシラは俺をじっと見つめる。瞳が薄く涙の膜で覆われていた。
「ホント……ありがとねレオっち。頼ってばっかであたし……なんか自分が情けないし」
「大人を頼るのは悪い事じゃない。むしろ今回これだけ早く対処できたのも、プリシラが悩みを打ち明けてくれたからだ」
俺の言葉にプリシラは首を左右に振った。
「自分から気をつけてって言っておいて、レオっちに頼って……あたしずるいよね」
泣き出しそうなプリシラに、クリスもフランベルもどう声をかけていいか迷っているようだった。
俺は彼女のふんわりとした髪を優しく撫でた。
「そんなに自分を責めなくていいんだぞプリシラ」
「うう……レオっちぃ」
彼女に抱きつかれて少し驚いたが、しばらく落ち着くまで胸を貸す。
クリスの視線が俺を射貫くように見つめた。
「そんなに怖い顔してどうしたんだクリス?」
「べ、別に怖い顔をしたつもりはないわ。ただ、私としては……レオの今回の行動は非合法的なもので、検事部から訴追されかねない危険なことだったから……」
「ああ。ごめんな。心配かけた。今回だけは見逃してくれないか?」
クリスはひときわ大きなため息を吐く。
「私は検事部の人間ではないし、通報する義務もないもの。それに……困っている人を助けるのって、とっても勇者らしい行動だと思うから。だから今後も行動する時は細心の注意を払ってほしいっていうだけよ」
やんわりと釘を刺しつつ、クリスは微笑んだ。
◆
その日の午後――
王宮内の闘技場で俺が召喚した竜を相手に、今日もフローディアは苦戦を強いられていた。
幼竜、小翼竜ときて、次の相手は獣竜と呼ばれる俊敏な竜だ。
その全体像は金色の体毛に覆われた、巨大な豹のようだった。
翼は退化し滑空することしかできないが、鋭い爪と素早い身のこなしで獲物に襲いかかる。
闘技場狭しと暴れ回り、時には王城の建物の壁面を三角跳びして獲物の死角に回り込むなど、獣竜のトリッキーな動きにすっかり少女は翻弄されていた。
「落ち着きのないやつめ! これでは火竜砲で狙えぬではないか!」
「足が止まってるぞフローディア」
十分に間合いが開いていても、その瞬発力を活かした跳躍で獣竜は瞬きする間に彼女との距離を詰め、前腕でなぎ払う。
まるで猫がネズミをオモチャにしていたぶるように、フローディアの身体は空中にはね飛ばされた。
「ぬわあああああッ!」
彼女の落下に合わせて重力制御で衝撃を無効化するだけで、俺は援護の回数を意図的に減らした。
「レオ先生! 攻撃のとっかかりが欲しいのじゃ! なんとかしてくれぬか!」
「なんとかじゃわからないぞ。指示をするならちゃんとリクエストしてくれ」
「い、イジワルじゃの!」
攻勢を得意とするフローディアが先ほどから、ずっと守勢に回らされている。
自分よりも遙かに巨大な敵が、自分よりも速く迅く動くのだから、スピード自慢のフローディアにとっては屈辱だろう。
追撃で繰り出される獣竜の前腕の攻撃を宝剣で弾いたものの、そのまま彼女はなぎ払われてステージ下に落下した。
「ぬうう……まだじゃ! まだ負けてはおらぬ! わらわは勝機を待っておるのじゃ」
獣竜の特徴として、竜らしくない点が“体毛に包まれていること”の他に、もう一つあった。
「なあフローディア。世の中にはブレスを吐かない竜もいるんだ。待っていても隙は生まれないぞ」
「な、なんじゃとおおおおお!」
ブレス攻撃は強力だが、それ故に溜めが必要となる。また、放った後にも隙が生じやすい。
今回、俺が教材に獣竜を選んだのも、そういった生態に注目したからだ。
竜狩りにどういった類いの竜が出てくるかはわからないが、変わり種が出てきた時の対応力を上げるのが本日の課題だった。
ステージ上に戻ったフローディアはすっかり攻めあぐね、ステージの反対側で獣竜が飛びかかるタイミングを計っていた。
どちらに勢いがあるかは一目瞭然だ。
「速さで負けておる。レオ先生! わらわを加速させ、打ち出すようなことはできぬか? 逆にあやつに飛びかかって奇襲を仕掛けたい!」
「やれなくもないが、本当にいいのか? 結構衝撃が強いぞ」
「構わぬ。やってほしいのじゃ」
身を低く構え宝剣を突きの姿勢にしたフローディアを、俺は弾丸に見立てた。
理論魔法によって筒状の力場を発生させ、その中を通すようにして彼女の足下に斥力を発生させ……打ち出す。
矢のように放たれた少女の加速に、獣竜の動きが一瞬止まる。
これまで獣竜の方から飛びかかっていたのが、今回ばかりはフローディアと立場が逆転した。
攻勢を得意とする獣竜が、この戦いで初めて守勢に回った瞬間でもあった。
「ていやあああああああああああああああああああ!」
フローディアの突きが獣竜の左眼を貫き、獣竜はのけぞる。
「深追いするな! 左の死角から回り込め!」
俺の指示に頷いて、すぐにフローディアは剣を引き抜き飛び退くと、潰した左目の側に滑り込み、宝剣で獣竜の後ろ足を切りつける。
「おお! 鱗ではないから楽に刃が通るではないか!」
そこからは完全に形勢が逆転し、徐々にフローディアの攻撃が獣竜の機動力の源である脚部から力を奪っていくと、最後は足の止まった獣竜にとどめの火竜砲が炸裂した。




