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120.虚構の誘惑

見張りを気絶させて物陰に隠し、それを三回ほど繰り返しながら俺とフローディアは建物内に侵入した。


感知魔法に引っかかった人間のほとんどは、魔法の使えない普通の人間だ。


人数は二十人ほど。


そんな中に一人だけ、魔法力の反応を見つけた。


屋内を進み、見張りは全員声を上げる前に頸動脈に手刀をたたき込んで眠らせていった。


魔法力の反応を頼りに地下へと通じる隠し通路を発見する。


俺とフローディアは階段を下り、慎重に警報などの罠に気をつけながら薄暗い廊下を抜けて、広い部屋に出た。


魔力灯にうっすら照らされた室内に、いくつもの魔法薬の精製器が並ぶ。


かなり大がかりで、ぱっと見ただけでも高価な……学園の施設にも劣らない機器群だった。


中肉中背でスキンヘッドに眼鏡をした髭面の中年男性が、白衣姿で青みがかった透明な板を砕いていた。


「そこまでじゃ! この悪党め!」


勇んでフローディアが前に出ると、男は俺たちの侵入にやっと気付いて恐る恐る振り返る。


警報が鳴らなかったことに焦る様子もなく、男は落ち着いた声でこちらに聞いてきた。


「あの。何かご用でしょうか?」


慇懃いんぎんな口振りに違和感を憶えた。


ガラの悪い連中とは真逆の雰囲気だ。見た目こそ強面だが男からは暴力の臭いがまるでしなかった。


フローディアが抜刀しつつ告げる。


「この仮面ジャスティスが貴様らの悪事はすべてお見通しじゃ!」


言いながら少女は男に歩み寄った。


俺は彼女の背中を守るようにしつつ、その足取りを追う。


あと数歩で眼鏡の男に剣が届くという間合いまで近づくと、急に男が悲鳴をあげた。


「お、お待ちください! 話せばわかります」


「申し開きがあるというのか?」


「え、ええと、私が何をしたというのでしょう?」


何も知らないと言わんばかりの男に、少女は言う。


「貴様が違法な魔法薬を生成し、王都を混乱におとしめようとしているのはわかっておる。この魔法薬の精製機器が何よりの証拠であろう」


「これは違います。私が作っているのは……菓子です。“甘美スイート誘惑テンプテーション”という、まったく新しい菓子なのです」


男はそっと、砕いた板の破片をフローディアに見せつけた。


それは混じりけの無い、青く美しい結晶体だ。


飴細工かなにかだろうか?


「このような美しいものが菓子というのか?」


「お試しいただければわかりますとも」


そう言うと男は結晶を自分の口に入れた。


これだけの精製器をそろえて、作っているのが菓子というのはありえない。


が、魔法薬を詰める小瓶の類いも見当たらない。


菓子というのは検事部の捜査の手を逃れるための、ダミーだろうか?


「これのどこが危険だというのですか? さあ、お二人ともお一つどうぞ」


違和感を憶えた時には、手遅れだった。


男は感情魔法で俺たちに暗示を試みた。


俺自身は即座に相手の感情魔法を打ち消したのだが、フローディアは差し出された青い結晶を受け取ると口にする。


同時に男が口の中から結晶を吐き出した。


「ハァ……ハァ……」


俺はすぐにフローディアに吐き出させようとしたが、すでに呑み込んだ後だった。


虚ろな瞳で少女は呟く。


「……オーラム姉様……アルジェナ姉様……フローディアはとっても幸せです……今日はオーラム姉様が料理を作ってくれるんですね……お手伝いさせてください……アルジェナ姉様も本ばかり読まないで、一緒にクッキーを焼きましょう……あはは……ずっとずっと、仲良しですね。フローディアも嬉しいですお姉様……」


うっとりと夢見心地な口振りで、フローディアはその場にぺたんと座り込む。


この症状には見覚えがあった。


魔法薬学科のマーガレットの教え子……たしかセレネのそれにそっくりだ。


無気力になり、正気を取り戻させようにも感情魔法を受け付けない。


「さあ……貴方もどうぞ」


スキンヘッドの男が青い結晶を俺にも差し出す。


その顔を眼鏡もろとも拳で叩きつぶした。


鼻の骨が折れた手応えがあった。


男はよろめく。その腕を掴んで引き戻すと頭突きを喰らわせた。


「グハッ――!? そんな……バカな!? 待て!? 待ってくれ! 私には妻と子供がいるんだ!」


知った事か。俺は男を睨みつけた。


「解毒剤を出せ」


「そ、そんなものはない」


掴んだ腕を捻り上げて男を投げ飛ばす。


ぐしゃっと潰れるように男の身体が床に転がった。


「ぐああああああああああああっ! やめてくれ! 暴力だけはやめてくれ頼むから!」


「あいにく、獣の言葉は理解できないんだ。もっとわかるように言ってくれ」


「私も被害者なんだ! こうしなければ家族の命が危険にさらされる!」


男は叫びながら、近くにあった作業台によりかかるようにして立ち上がった。


作業台の上には、砕かれた青い結晶が箱の中に山ほど収められている。


小分けにされて袋に詰められたものもあった。


「これだけの精製設備をどうやって用意した?」


この場所に元からあったという風では無い。


手入れが行き届いて綺麗なままを保っているというのではなく、どれも新品に近かった。


眼鏡の男は身震いしながら俺をじっと見つめて返す。


「い、言えるわけがないだろう。そんなことをすれば……私は終わりだ」


「そうか。知ってるんだな。なら、包み隠さず教えてもらおうか?」


俺が感情魔法で男の口を割ろうとした瞬間――


それを察知して男は青い結晶の欠片を箱から鷲づかみにすると、むさぼるように口の中に入れ呑み込んだ。


「おいッ! くそッ! なんてことするんだ」


男はそのままうわごとのように「これで自由だ……自由に研究ができる……」と呟くと、事切れた。



俺は小分けされた青い結晶の欠片を一袋回収すると、フローディアを抱きかかえて施設の外に出た。


貧民街を風のように駆け抜け、王都に戻ると貴族街へと向かう。


俺はとある屋敷の門戸を叩いた。


「いるか! マーガレット!」


玄関の明かりが点いて、鍵が開く。


「あら、レオ君ったらこんな時間に……お姫様を連れてどうしたのかしら?」


「事情はあとで話す。まずはフローディアを看てくれないか? 例の薬を飲まされた」


俺の言葉にマーガレットは無言で頷くと、屋敷の中に招き入れてくれた。


「こっちよ。来てちょうだい」


屋敷内の地下にある、マーガレットの個人研究施設に通される。


長椅子にフローディアの身体を寝かせて仮面を取ると、マーガレットは薬品棚から魔法薬の小瓶を持ってきて、彼女の口に流し込んだ。


「飲んでちょうだい」


「……あうあうぅ」


なんとか薬を飲み下して、フローディアの呼吸が安定したものになった。


「今のは解毒薬なのか?」


俺の問いにマーガレットは首を左右に振る。


「ちょっとした鎮静剤のようなものよ。分析のための標本がないと、きちんとした治療薬を作ることはできないわ」


俺は腰のツールバッグから小袋を取りだした。


「これが例の違法魔法薬だ。名前は虚構イミテーション誘惑テンプテーション……旧市街の研究施設で堂々と作られていた」


俺から袋を受け取るなり、マーガレットは声を上げた。


「な、なによ……これ!」


「いや、だから魔法薬だって」


「これを作ったのは誰なの?」


「魔法薬学の知識をもった魔法使いだったんだが、誰に命じられてやったのか追究しようとして……すまない。その薬を大量摂取して自殺された」


悔しそうにマーガレットは眉間にしわを寄せる。


「このアイディアをなんでもっと良い方向に活かせなかったのよ」


「アイディアって、そいつは違法な魔法薬だろ?」


マーガレットは声を荒らげる。


「薬の成分じゃなくて形状の問題よ。高純度な固形化ができれば、効果を維持したまま携帯もしやすいし……ともかくすごい技術なの。どうりでセレネちゃんが魔法薬の薬瓶を持っていなかったわけだわ」


そういえば、薬学科の生徒でこの薬を試した少女――セレネは、瓶を持っていなかった。


俺は首を捻る。


「そんなに凄いことなのか? 固形っていえば、魔法薬をクッキーに練り込んだりもしてたよな? あれだって固形化だろ」


「ランクの低い魔法薬なら使える手だけど、高ランクの魔法薬でそれをやってしまうと、純度が足りなくて効果が発揮できないのよ」


「なるほどな」


俺も魔法薬学に関しては、必要な薬を作れれば良いくらいにしか考えていなかったから、固形化についてはまったくの素人だ。


「すぐに解析を始めるけど……本当にため息が出るわね。人間業とは思えない……現存する魔法薬学の技術を越えてるわよ、コレ」


「マーガレットにそこまで言わせるなら、自殺した男は相当な使い手……いや、研究者だったのか」


「これだけの技術があれば、魔法薬の違法製造なんてする必要は無さそうなのに……こうなったら全部曝いてやるわ!」


そう言うとマーガレットは白衣の袖に腕を通し、長い髪を後ろで一つにまとめ上げた。



呼吸の落ち着いたフローディアはいつの間にか寝息を立てていた。


マーガレットが解析装置を起動させて、分析の準備を終えたサンプルをそれにかけると戻ってくる。


「どうやら摂取量が少なかったから、薬効が切れれば回復しそうね」


少女の髪をそっと優しく撫でると、マーガレットは安堵の表情を浮かべた。


「お前のところの女子生徒はどうなったんだ?」


「ひとまず危ない状況からは脱して、今は普通に生活しているけど……以前よりも少し不安定ね。おそらくこの薬を目の前にしたら、使ってしまうわ。一度使えば、二度三度とこれなしではいられなくなる依存性の高いものなのよ」


「そうか……じゃあ精製所は破壊した方がよかったか?」


マーガレットは首を左右に振った。


「それじゃあ証拠隠滅よ。壊しても新しい場所で、また再開されるかもしれないんだし。そうそう、その施設の調査に関しては、あたしに一任してくれないかしら?」


「お前に? 学園の教員が事件の捜査なんかできるのか?」


「幻の薬学科主任教員、フェイス・アルテミスは意外に顔が広いのよ。魔法薬がらみの事件なら、きっと検事部の方から調査協力の依頼がくるわ。その精製所にある機材からでも、わかることは色々あるのよ」


「そうなのか? 装置なんてだいたいどれも一緒だろ?」


「基本は同じだけど、細かく違うものなの。特に王都で使われている魔法薬の精製機器の製造は、国が認可したアグリア工房の独占ね。うちの機材もみんなそう。性能は申し分ないけど、競争相手がいないものって高くつくのよね。大がかりな精製装置なら、どこに卸したか工房に記録があるはず。検事部なら調べられるわ」


「金の出所がわかれば、出資者……つまり黒幕に近づけるってことか」


「そういうことよ。任せてくれるわよね?」


俺はゆっくり頷いた。


「頼むぜマーガレット。ええと、念のためだけど……俺らが精製所を見つけたことは、黙っててくれないか?」


「もちろんよ。というか、お姫様が一緒だったなんて大事件ですものねぇ。通報もあたしがするわ。どうやって見つけたかは適当に話をつけるから心配しないで」


ゆっくり背筋を伸ばすマーガレットに、俺は聞いた。


「話は変わるんだが、お前が研究している“英雄の秘薬”の方はどうなんだ?」


「うふふ。まだ理論も構築できていないわ。エミリア先生が熱心に資料を集めてくれてるけど、そろそろ潮時かもしれないわね。このままだと感謝の気持ちより罪悪感の方が上回っちゃうわ」


眉尻を下げながら、マーガレットは吐息混じりに続ける。


「魔法薬の固形化……いえ、結晶化技術と言った方がいいわね。あの技術だって……あたしって自分が思っているほど優秀じゃ無いのね。自信を失っちゃいそう」


「らしくないな落ちこむなんて」


「でしょう? だからレオ君は、あたしのことを慰めてくれてもいいのよ?」


俺の顔をのぞき込み、吐息が掛かる距離にまで近づくマーガレット……の顔面を俺は鷲づかみにした。


「近いから。つうか近すぎるだろ」


「あらやだぁ。冗談よ冗談! キスくらいはしてくれてもいいけど?」


「このまま握りつぶしてやろうか?」


「キャー怖い! レオ君って本当に凶暴なんだから」


俺はため息混じりに掴んだ手を離すと、マーガレットに聞いた。


「それで“英雄の秘薬”のどこに悩んでるんだ? たまには素人の意見に耳を傾けて気分転換もいいんじゃないか?」


「うーん、簡単に言うと副作用ね。秘薬自体は魔法力を増幅し、限界以上の力を引き出すものだと思うんだけど、副作用が全部消せなくて困ってるのよ。二つ三つ、致命的なのが残るのよね」


それなら確かに精製は難しいだろう。


「一般人が飲んだら副作用で死ぬような材料が入ってるんだろうけど、勇者なら死なないんじゃないか?」


俺の返答にマーガレットが驚きの声をあげた。


目を見開き白衣の裾をなびかせて、小躍りする。


「それよレオ君! そうよそれしかないわ! 最初から副作用の危険性を無視すべきだったのよ! 薬効のみを限界まで追及し、毒物に分類される素材も材料として視野に入るわね! そうなると……とんでもない薬が出来ちゃいそう!」


その通りだ。


英雄の秘薬なんて大層なものじゃない。勇者が使ったのは、この世界のありとあらゆるレアな素材を合成した猛毒のようなものだった。


「おいおい、あんまり危なっかしいものは作るなよ」


「うーん、困ったわね。レオ君で実験できないじゃない。けど、ありがとうレオ君! 試薬ができたら、記念にプレゼントするわね!」


マーガレットは笑顔を弾けさせた。


そのまま勢いに任せて俺に抱きついてくる。


引きはがそうか悩んでいると、長椅子で横になっていた少女がむっくりと起き上がった。


「な、なにをしておるのじゃ!」


「大人の愛の抱擁よ?」


「な、ななななんじゃとおおおおおお!?」


快復したフローディアの様子に、俺はほっとしながらマーガレットを払い腰で投げ落とした。

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