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118.正義再び

すでに本日の路線馬車の運行は終わっていたため、俺は徒歩で城から街の中央に向けて伸びる大通りを進むと、途中で身体能力強化を使って加速した。


八番街方面に進路を向け、貴族の館の屋根から屋根を伝うように跳び、静まり返った夜の街を駆け抜ける。


ほどなくして景色は貴族街のそれから、入り組んだ街並みへと変わっていった。


歓楽街である八番街が近づくにつれて、ざわついた人いきれが感じられるようになる。


ヤドリギ通りにつくころには、月もすっかり空の高い位置に昇りきっていた。


目抜き通りから二本、外環側に離れた小さな路地だ。


薄暗く街灯もかすかにしかない、湿り気を帯びた空気が充満する通りを俺は独り歩く。


酒場の裏口らしき扉の前に男が立っていた。


雰囲気からして裏の世界の住人だと、一目でわかる。


奇抜なモヒカン刈りをした筋骨隆々の強面だ。


近づくと、男の視線がこちらを品定めでもするように注がれた。


「なあ、このあたりで魔法薬を売ってる奴を知らないか?」


かなり強めの感情魔法で自白を促すと、男は頷いた。


「紹介してくれ」


男が口を開こうとした瞬間――


白い影が空から降り立った。


「そこの貴様! ここは危険な場所じゃ! 今すぐ立ち去るが良い!」


仮面で素顔を隠し、白いマントを翻して巨漢に宝剣の一撃を問答無用で浴びせると、少女は振り返った。


「安心せい。峰打ち……じゃ?」


「こんな時間に何してるんだフローディ……」


「その名は呼ぶでない! わらわは仮面ジャスティスじゃ!」


二度目の遭遇はお互いに、とても気まずい空気を伴うものとなった。


「グッ……なんだテメェら! オイッ! ちょっと来てくれ!」


仮面ジャスティスの峰打ちを受けたモヒカン男が声を上げる。


「ぬう、手加減しすぎたか。やはり難しいのう」


モヒカン男に向き直り、仮面ジャスティスは宝剣の切っ先を突きつけた。


一方、モヒカン男の怒声に呼応するように、路地に不審な男たちがわらわらと死人の群のように姿を現す。


「なあフロー……仮面ジャスティス。なんでお前がここにいるんだ?」


「それはこちらの台詞じゃレオせんせ……街の住人Aよ!」


男たちの包囲網が狭まる中、俺はララからもらったサンドイッチの包みを左手に持ち直した。


「男は殺せ。ガキは金になりそうだ」


モヒカン男が手で合図をすると、ガラの悪い連中が俺と仮面ジャスティスに殺到した。


「殺すなよ仮面ジャスティス」


「わかっておる!」


お互いに背中を預け合い、俺と仮面ジャスティスは死角を無くすと群がる男たちの相手を始めた。


俺は念のため感知魔法を展開して気配を探る。


周辺に魔法使いの存在は認められなかった。


同時にナイフや棍棒をかわしてカウンターの手刀を頸動脈に決めていく。


痛めつける技を使うのは警告の意味もあるのだが、薄暗くこの混戦ではあまり効果がなかった。


十人ほど意識を飛ばしたところで、モヒカン男が吠えた。


「何してやがる! ガキ相手に……ガアッ!?」


「ガキではない仮面ジャスティスじゃ!」


今度こそ宝剣の一撃を受けてモヒカン男の巨体が石畳に沈んだ。


ボスが倒されたことで、ようやく男たちが怯む。


次の瞬間――


俺の感知領域に二人組の男が侵入してきた。


魔法使いだ。気配でわかる。


「貴様ら何をしているかッ!?」


魔力灯の明かりが路地を照らし出した。


「ヤベエ! 警備の連中だ!」


男たちの一人が叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように連中はちりぢりに逃げ出した。


「おお、警備のモノか」


宝剣を鞘にしまって安堵する仮面ジャスティスに、俺は嫌な予感を憶えた。


小さな彼女の身体を右肩に抱え上げると、不可視の足場を階段状にして一気に駆ける。


「待てッ! そこの魔法使い!」


警備の青年が持つ魔力灯に背中を照らされた。


「は、離すのじゃレオせんせ……街の住人Aよ! 彼らは王都を守る臣下じゃ! 味方から逃げるやつがあるか!」


「こんなところに姫様がいちゃ何かとまずいだろ」


建物の屋根の上にあがると、俺はフローディアを肩に担いだまま一気に跳躍して、八番街のさらに奥へと屋根伝いに走り続けた。



警備隊の追跡を避けるため、ダミーの魔法形跡をいくつか設置して地上に降りる。


発見されると同時に消える程度の魔法力しかこもっていないため、痕跡から俺に繋がることはない囮の魔法だ。


これで時間も稼げるだろう。


人目を避けるように飛び込んだ廃屋の中で、ようやくフローディアを下ろして一息ついた。


「まったく、レオ先生はなんでもアリじゃのう」


「なんでもアリなのはお前の方だろうフローディア。まだ仮面ジャスディスごっこをしていたのか? しかもこんな夜に」


月明かりだけが頼りの薄暗い廃屋で、仮面を外すとフローディアはじっと俺の顔を見上げた。


「ごっこではない。それに臣民が困っておるのじゃから、王族たるわらわがなんとかせねばならぬ」


「お前が夜中に出歩く方がみんな困るんじゃないか?」


「それでもわらわがやらねばならぬ。違法魔法薬とやらが広まれば、国が滅ぶのじゃろ? 勇者さまもおらぬのじゃ。王族のわらわが守らずして誰が……誰が国を救う!?」


ただの好奇心や興味だけじゃなかったのか。


知らなかった。俺は彼女のことを何もわかってなかった。


膝を折ってしゃがむとフローディアを見上げるような視線の高さになって、彼女に告げた。


「お前の気持ちが本物だとわかった。ごっこだなんて言って悪かったな。俺にも手伝わせてくれ」


「レオ……先生……よいのか?」


「いいに決まってるだろ。ただ、二人でやるからには作戦を練らないとな。さっきの連中は違法魔法薬を売る末端だ。いくらでも代わりはいる」


「で、ではどうするのじゃ?」


「感情魔法っていう便利な魔法があるんだ。それで情報を集めて供給源を断つ方が効果的だろ?」


「レオ先生は感情魔法も使えるのか? す、凄いんじゃのう」


フローディアはもじもじと膝をすりあわせるようにしてうつむいた。


「ちょっとかじった程度だって。俺の本職は理論魔法だからな」


ゆっくり立ち上がり俺は続けた。


「俺もここらへんは詳しくはないんだが、酒場みたいな情報の集まる場所で聞き込みをしてみよう」


「なるほど。わかったのじゃ。さすがレオ先生じゃな」


「褒めてもなにも出ないぞ」


と、俺が返したところで「くうう」とうめくような音が聞こえた。


フローディアがお腹のあたりに一瞬視線を落とす。


「なんだ、お腹が減ってるのか?」


「仮面ジャスティスには食事をしている暇も無いのじゃ」


胸を張ると再び彼女のお腹が「くうう」と、小さく鳴った。


「ちょうど良かった。偶然だがお弁当があるんだ」


俺はずっと左手で持っていた紙包みを開いた。


「おお! サンドイッチではないか!」


フローディアと二人、サンドイッチを分け合う。


一口食べれば、ハムの塩気にチーズのしっかりとしたコクが、ふんわりとした優しいパンの食感に包まれて口の中で渾然一体となる美味しさだ。


「うまいではないか!」


「ああ。うまいな」


「レオ先生は料理もできるのじゃな」


俺は首を左右に振る。


「これは王宮の料理研究家に作ってもらったんだ」


「料理研究家? はて、そのような者がおったとは知らなかった。今度、わらわもお弁当を作ってもらうとしよう」


フローディアはペロリとサンドイッチを平らげると、仮面を装着した。


「ところで、変なことを聞くが……なんで仮面ジャスティスなんだ?」


フローディアが起伏の少ない胸を張った。


「それは……カッコイイからじゃ」


「やっぱり絵物語の本がきっかけなのか?」


本は嫌いでも絵物語なら読むんだな。


フローディアもクリスたちとは一歳違いだし、これくらいの年齢の女の子から絶大な支持を得てるのか……ちょっと興味がでてきたぞ仮面ジャスティス。


少女はちょこんと頷いた。


「そ、そうじゃ。アルジェナ姉様が……わらわでも読める本として贈ってくれたのじゃ」


「良いお姉さんだな」


それだけに対決するのはつらいと、言葉ではなくフローディアの瞳が語っていた。

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