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117.時が経つまで

蔵書庫へと続く階段を降り、ひんやりとした心地よい空気の充満する蔵書庫内に俺は足を踏み入れた。


入り口近くの円卓には、以前と同様に銀髪の小柄な少女が座っている。


彼女がページをめくる音だけが、書庫内に響いた。


読書の邪魔もしたくないんだが……。


「……来てくれた」


俺に気付いていたらしい。


読みかけの本にしおりを挟んで、少女が顔を上げると俺をじっと見つめた。


青い瞳は透き通ったサファイアを連想させる。


「こんにちは。悪いな、読んでるところにお邪魔して」


司書は小さく首を左右に振る。銀糸のような髪がサラサラと流れた。


「……嬉しい」


「そ、そうか。ええと……せっかくだから、一つ探して欲しい情報があるんだが」


「……はい」


淡々とした口振りとは対照的に、彼女は椅子から立ち上がると小走りで俺のもとまでやってきた。


ほっそりとした腰に小さな肩。


触れただけで壊れてしまいそうな繊細さだ。


「……なんでしょう?」


「ええと……英雄の秘薬について書かれた本はあるか?」


俺の質問に司書は目を閉じた。


雪の日の夜のように、書庫内が清浄な沈黙に支配される。


「……ありません」


不意に少女の言葉によって、静寂はうち消された。


「あ、ああ。そうか」


「……必要な知識ですか? 王立図書館に行けばあるかもしれません」


少女は俺に半歩詰め寄って言う。


「いや、無いならいいんだ」


彼女に思い当たりがないならきっと“英雄の秘薬”の情報は、ここには無いのだろう。


正直……安堵した。


本物であれ偽物であれ、レシピが収蔵されていないとわかっただけでも一安心だ。


“ここで見つけた”ということにして、偽薬版のレシピをマーガレットに教えることにしよう。


そうすればエミリアもこれ以上調べ物をしなくていいしな。


英雄の秘薬なんて言っても、あれはほとんど毒薬だ。


「……どうしました?」


「ん? いや、なんでもない。助かったよ」


「……他にはありますか?」


特に無いんだが、司書の少女はどことなく寂しそうに俺を見つめ続けた。


「そうだな。お前のおすすめの本があれば、紹介してくれよ」


ぽっ……と、少女の白い頬がピンクに染まる。


「……はい。待っていてください」


意外に素早い身のこなしで、司書の少女は本棚の森の奥へと分け入った。



彼女が薦めてくれた本は“旅の青年が窮地にあった王国を救って、美しい姫と結ばれる”という物語だった。


読み終えた俺の顔を少女がのぞき込んでくる。


「……どうでした?」


「あ、ああ。こういうのも好きなのか」


「……はい。憶えて、話して聞かせたりもします」


「聞かせるって……ああ、本を読めないちびっ子とかにだな? 子供好きなのか?」


司書は小さく頷いた。


「……好きです」


「じゃあ、きっと良いお母さんになれるだろうな」


司書の少女は口を開けたまま固まった。


しまったな。我ながら突拍子も無いことを言ってしまったぞ。


「い、いや。ええとお母さんってのは言い過ぎだった。ごめんな。ただ、お話を聞かせてあげたら、きっと子供も喜ぶと思ってさ」


「…………」


慌て気味に説明した俺に、少女はコクコクと二回頷いた。


どうやら上手く意図が伝わったらしい。


そういえば、今は何時くらいだろう。


ポケットから懐中時計を取り出すと、時刻は八時前である。


「あれ? もうこんな時間か……あっ」


すっかり読書にふけって時間を忘れてしまった。


「そろそろ行かないと。それじゃあまたな!」


「……はい」


物静かな口振りで頷く司書に見送られ、俺は蔵書庫を出ると一目散に“ある部屋”へと向かった。



「ごめんなララさん!」


ララの料理研究室に着くやいなや、ノックもせずにドアを開けてしまった。


「あっ……レオさま来てくださったんですね」


エプロン姿のララが部屋の中に俺を招き入れる。


「蔵書庫で本を読んでいたら、すっかり遅くなっちまって……面目ない」


ララはぷくっとほっぺたを膨らませた。


「わたし、怒りました」


「ごめん! なんでもするから許してください!」


両手を合わせて拝むようにすると、ララは笑う。


「嘘です。ええと、あの、嘘じゃないけど、なんと伝えればいいんでしょう……怒ってますけど怒ってませんから」


「え? どっちなんだララさん?」


「わたしのことはララって呼んでください。怒ってるのはそのことだけです。さん付けなんてあんまりです」


しょんぼりと肩を落とすララの胸元に、視線が自然と吸い寄せられた。


顔を上げ前を向きじっと彼女の瞳を見つめる。


「すまなかったララ」


ララの顔が赤らんだ。


「素直なレオさまに免じて許してあげます。それに、お料理のことは気になさらないでください」


余計に申し訳ない気持ちになった。


「あの、これからはこういうこともあるだろうし……」


一歩前に出て俺の手を両手で包むように握ると、ララは微笑んだ。


「いいんです。わたしが好きでしていることですから。レオさまはいつでもふらりと訪ねてきてください。その方が、なんだか猫ちゃんみたいでかわいいですし」


「猫ちゃんって……」


俺はそんな柄じゃないんだが、ララの表情は真剣そのものだ。


何か思い出したように、ララは「あっ!」と声を上げると、俺の手をそっと解放した。


「ずっと本を読んでいたなら、お夕飯はまだですよね? 何か簡単なものでも……」


「いや、悪いよ。それにこれから、行かなきゃならないところもあるし」


「でしたらサンドイッチをご用意しますね。お夜食にしてください」


言うが早いか、彼女は厨房に立つと調理を始めた。


あっという間にハムとチーズのサンドイッチができあがる。


それを包んで俺にそっと手渡した。


「あの、迷惑でしたかレオさま?」


「そ、そんなことないって。ありがとう。助かるよララ」


かすかに瞳を潤ませて「はい!」とララは嬉しそうに笑いながら頷いてみせた。

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