116.フローディアの特訓2
城内の闘技場――
そのステージの上に、召喚魔法の魔法陣が生まれた。
水面に魚が跳ねるように、勢い良く竜が飛び出す。
フローディアは宝剣を抜いて身構えながら声を上げた。
「な、なんじゃ!? 昨日の竜よりも小さいではないか」
バッサバッサと宙に舞う小翼竜は、鳥類のようなシルエットをしている。
小さいといってもそれは翼竜全体の中での話であって、両翼はおよそ十メートルほどだ。
ただ翼の大きさに対して本体は小さい。
馬を二回りほど大きくさせたくらいだった。
俺が呼びだして制御下にあるため、どこかへと飛んでいくということはない。
小翼竜は空中からフローディアを睨みつけ……吠える!
「クルアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
鳥類を思わせる奇声だが、王女も引かない。
互いの視線が火花を散らし、ぶつかり合った瞬間――勝負の幕が切って落とされた。
「先手必勝! 火竜砲を喰らうのじゃ!」
少女は最初から全力の一撃を上空めがけて放った。
が、機敏な動作で小翼竜は炎の渦を避けると回り込み、フローディアの後背を突く。
まるでウサギを狩る猛禽類のようだ。
後ろ足の鋭い爪で掴み揚げ、フローディアの身体を上空高く攫っていく。
城の塔よりも高い位置にまで運ばれて、ただでさえ小柄な少女の姿は豆粒のようだった。
「のわああああああああああああああ!?」
フローディアの遠ざかる悲鳴に返すように、俺は地上から声を掛ける。
「そいつは獲物を高いところから落として、墜落死させてから食べる習性があるぞ!」
精霊魔法を使って風に声を届けさせたので、たぶん聞こえているとは思うのだが……。
フローディアは上空で一心不乱に宝剣を振り回していた。
十分な高度に達したとみて、翼竜がフローディアの身体を放り投げる。
俺は再び、声を風の精霊魔法に乗せた。
「風の精霊魔法を全力で地面に向けて撃ってみろ! でないと死ぬぞ!」
念のため、地上すれすれのところに重力制御系の理論魔法を配置して俺は告げる。
「ぬおおおおわあああああああああああああああああああああッ!」
悲鳴を上げて墜落しながらも、フローディアは風の精霊魔法を放った。
方向が定まらず、横方向に向けて突風が吹き荒れる。
彼女は俺が想定していた落下点を大幅にずれて、城を囲む城壁に向けてふっ飛んでいった。
すかさず城壁に重力魔法を張り直し、彼女の激突の衝撃を緩和する。
「――ッ!?」
そのまま壁沿いに落下しながらも、フローディアは再び風の精霊魔法を横方向に放って、自力で闘技場のステージの上まで戻ってきた。
床石の上を転がり倒れ伏すと、顔だけ向けて俺に宣言する。
「ど、どうじゃ! 計算通り戻ってきたぞ」
「そうだな。だが、寝てる場合じゃないだろ?」
俺は空中を指さしつつ、後方に飛び退きステージの縁に立った。
再び小翼竜が垂直降下してフローディアを狙う。
「おのれええええ!」
ゴロゴロと転がるようにして、攫うような後ろ足のかぎ爪から逃れたフローディアは、立ち上がり剣を構える。
小翼竜はバッサバッサと翼をはためかせて上空に逃げてしまった。
「あ、あれでは攻撃できぬではないか!」
「そうだな」
「あんなひょろい竜……攻撃さえ届けば余裕なのじゃ!」
小翼竜はフローディアの頭上を旋回しながら、仕掛けるタイミングをうかがっている。
「お、降りてこい卑怯者!」
フローディアも攻める手立てを欠いて戦いは膠着状態だ。
「なあフローディア。火竜砲は撃たないのか?」
「あやつの動きをみれば、当たらぬどころか隙を突かれてしまいかねぬ」
一度痛い目に遭って、火竜砲の弱点もきちんと理解できたみたいだな。
「それじゃあどうする? 降参か?」
「そ、それは向こうとて同じじゃ! 引き分けじゃのう」
小翼竜は口を開くと、圧縮した空気弾を吐き出した。
寸前のところでフローディアは空気弾に気付いて飛び退く。
彼女の立っていたステージの石材に、空気弾はぶつかると弾けて消えた。
「飛び道具まであるのか!?」
宝剣をブンブン振りながら少女は俺に抗議する。
「威力は大したこと無いが、打ち所が悪いと気絶させられて、空中散歩からの投げ捨てを喰らうから気をつけるようにな」
「レオ先生それはあんまりじゃ! これではどうすることもできぬ! やつが降りてくるタイミングはないのか!?」
次々と放たれる空気弾を避けながら、フローディアは忌々しげに空中の小翼竜を睨みつけた。
「持久戦に持ち込むのも手だが、そうこうしているうちに他の人間に討ち取られちまうかもな」
竜狩りのルールは、トドメを刺した者が勝者となるというものだ。
「あうううう! わらわはなんと無力なのじゃ」
消沈した所に空気弾の直撃を受けて、フローディアはのけぞるように倒れかけた。
そんな彼女の背中をそっと支える。
「竜狩りはチーム戦なんだろ?」
「こんな状況で何を言い出すのじゃ」
「お前は俺が魔力灯の交換をする時に手伝ってくれた。二人でやればあっという間だ」
支える手を離して、俺は理論魔法式を展開する。
あえて“見える”ようにした独自の式構成で、空中に続く足場を複数展開させた。
「こ、これは……レオ先生の魔法が見えるようなったのか?」
「見えるように足場を設置したんだ。当然、あの小翼竜にも視認できているから気をつけろよ?」
「うむ。これならば近づける! 先生ありがとうなのじゃ!」
どうやら説明はいらないようだな。
俺の生み出した光の階段を駆け上がり、次々と生み出した足場を跳んでフローディアは上空の小翼竜に接近した。
「翼膜を狙っていけ! 足場のことは気にするな! こっちが合わせる!」
「わかったのじゃ!」
遙か上空から少女の生き生きとした声が響いた。
先日の幼竜との戦いの経験も、きちんとフローディアは活かしている。
不用意に近づきすぎない。
相手に先に攻撃させる動きで誘ってから、カウンターの連続攻撃を少女は放った。
そして深追いせずに、新たに発生した足場に戻る。
俺も次々と足場の構築位置を変えて、小翼竜にフローディアが戻る足場をしぼらせないようにした。
二度三度と飛びかかるうちに、小翼竜の翼膜が切り裂かれ、左翼の膜が裂けると同時に小翼竜はバランスを崩してきりもみ回転をしながら、闘技場のステージの真ん中に墜落した。
「チャンスじゃ! 行くぞレオ先生!」
二十メートルほどの高さから、少女が宝剣の刃を下に向けて足場を飛び降りる。
無茶してくれるなまったく。
だが、すぐにその判断を下せる度胸は大したものだ。
俺への信頼もなければできないことだからな。
落下のエネルギーを切っ先に乗せて、フローディアは墜落した小翼竜の背中に突き立てた。
その威力を殺さずフローディアにかかるダメージだけを減算する。
やや複雑な魔法式だったが、なんとか間に合った。
ああ、昔はこれくらい複雑だなんて思う前に構築出来ていたのに……実戦から遠のきすぎて、勘が鈍っているな。
「喰らえ! 火竜砲!」
小翼竜の鱗を貫いた宝剣が炎の渦を纏い、その肉体を内部から焼き尽くす。
幻体は力尽き召喚の魔法陣とともに消え去った。
剣を鞘に納めると、フローディアはよろよろとした足取りで俺に近づいてくる。
「よくがんばったなフローディア」
「レオ先生は厳しいが、フォルネウスの課題を押しつけてくるばかりの授業よりも、わらわは好きじゃ」
頭をふらつかせて少女は微笑む。
「なあフローディア。足場を作る理論魔法くらいは学んでみないか?」
笑顔から困り顔になると、フローディアは吐息混じりに俺に告げた。
「それは……嫌じゃ。いつもこうしてレオ先生がそばにいて、援護してくれれば良いではないか?」
「まあそれでもいいんだが、俺がいない時はどうする?」
「い、いなくなってはいかん! レオ先生はずっと……わらわの……」
だんだんとフローディアの声がしぼんでいった。
「ん? どうしたんだ?」
「な、なんでもないのじゃ! 疲れたので今日はこれまで。帰ってよいぞ」
フンと鼻を鳴らしてきびすを返すと、フローディアは城の奥へと引っ込んでしまった。
まいったな。今日の課題は十分にこなせたと思うんだが、まだまだ日も高いし夜まで時間がある。
ふと、先日、城内の廊下ですれ違った蔵書庫の司書の顔が思い浮かんだ。




