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115.違法なる魔法薬

翌日――


マーガレットの依頼で、薬草園にある耕地を囲む柵の修理を終えたところで、まだ授業時間だというのに、白衣姿の女子生徒が薬草園に姿を現した。


薬学科の生徒だ。実習で使う薬草を摘みにきたのだろうか?


気にせず行こうとしたのだが、少女の表情に違和感を覚えて俺は足を止めた。


虚ろだ。中身が入っていない空っぽのような顔をしている。


「おい、大丈夫か?」


近づいて俺が声を掛けても、まるで聞こえていないようだった。


視点も定まらないまま、少女は呟く。


「……できた……できた……ふふふ……そっか……あはは……」


「できたって何ができたんだ? しっかりしろ」


覚醒の感情魔法で意識の明瞭化をはかったが、効果はない。


少女はその場でふらっと頭を揺らすと、膝から崩れ落ちそうになった。


抱き留めて身体を軽く揺すってみるが反応が無い。


呼吸も荒く、まともな状態とは言いがたい。


俺は彼女を抱きかかえると、急ぎ医務室に向かった。



常勤の魔法医の診断は「何らかの魔法薬の摂取による症状」ということだが、具体的にどういった薬なのかまではわからなかった。


医務室のベッドの上で少女は安静にしている。


ひとまず命に別状は無い。症状は時間の経過とともに収まりつつあった。


安堵すると同時にふと、脳裏にあることが浮かんだ。


王都で蔓延しつつある違法な魔法薬の話だ。


魔法医にそのことを聞いてみようかと思いついたところで、医務室に白衣姿のマーガレットが姿を現した。


珍しく深刻な顔つきをしている。


少女が眠るベッドの脇に駆け寄って、魔法医に症状を確認すると、白衣のポケットから小瓶に入った魔法薬を取りだした。


「とりあえずこれを投与してあげてちょうだい! 最強クラスの気付け薬よ!」


本当にらしくもなくマーガレットは取り乱していた。


「そんな過激なものを使うのはまずくないか? 医者の先生は安静にしてれば大丈夫だって言ってたぞ」


俺が声をかけると、マーガレットが消沈気味にポケットに薬瓶をしまいながら涙ぐむ。


「ありがとうねレオ君! うちの子を助けてくれたんでしょ? お姫様抱っこで運んでくれたって、すっかり学園中で噂になってるわよ」


「ああ。というか……さっそく変な噂が流れているな」


背負っても良かったのだが、自然と抱き上げたらそういう格好になってしまった。


というのは、今は別にどうでもいいことだろう。


俺は詳しく話を聞くことにした。


「彼女は薬学科の生徒だよな?」


「ええ。セレネちゃんっていうの。あたしに負けず劣らずの好奇心いっぱいな女の子なんだけど、最近、王都に良く行ってたみたいで……どうやら例の違法な薬を自分で試したみたいね。本当にもう……バカな子なんだから。ううん、バカなのはあたし。全部あたしの監督責任だわ」


事態を重く受け止めているようで、沈痛な面持ちのマーガレットに俺はかける言葉も見つけられない。


マーガレットは続けた。


「本来なら学園の生徒全員に、こういった魔法薬には手を出さないよう言いたいんだけど、今それをやると、そういう薬があると宣伝するようなものでもあるのよね」


「宣伝になっちまうのか?」


「エステリオはある意味王都から隔離されているから、薬学科の生徒でもない限りは、違法な魔法薬の存在を知らない子が大半だと思うの」


普段の余裕が感じられないほど、マーガレットは思い悩んでいた。おそらく、事実を生徒に隠すことは苦渋の選択なのだろう。


ピンクの髪を人差し指に巻き付ける仕草をしながら、マーガレットは言う。


「今は黙っている方が生徒たちを守れる……と、思うのだけれど……もちろん、あとで事件を隠蔽したことについて、あたし自身が糾弾されてもかまわないわ」


マーガレットの眼差しがそっと、ベッドで横たわるセレネに向けられた。


違法薬物を故意に使用した彼女の将来を案じているのだろう。


「隠し事をするのも、生徒を守るためだろ。誰もお前を怨んだり訴えやしないさ。マーガレットの思う通りにすればいいと思うぜ」


同席したの魔法医も、俺たちの会話を聞きながら黙って頷いた。


「ありがとうレオ君。ところで、セレネの持ち物に瓶は無かったかしら?」


「瓶っていうと……そういえば持ってなかったな」


魔法薬と言えば小瓶に入れて持ち歩く液体だ。それらしいものはセレネの持ち物に無かった。


「わかったわ。事情はセレネが目を覚ましてから聞いてみるわね。瓶が残っていれば残滓からでも手がかりや、打ち消し薬が作れるかもしれないし」


ここはマーガレットに任せて大丈夫そうだな。


「俺もその違法魔法薬について、何かわかったら知らせるよ」


俺の言葉にやっと柔和な表情を取り戻して「頼りにしてるわレオ君」とマーガレットは頷いた。


違法魔法薬のことを知っている普通の生徒に、一人だけ心当たりがある。


昼休みにでも、もう少しだけ詳しく話を聞いてみることにしよう。



昼休みに入る前に作業を早めに切り上げて、俺はクリスたちの分の総菜パンと飲み物を購買部で事前に買っておくことにした。


そして賑やかな昼休みが始まる。


「この前、俺の分も買ってくれたお礼だ」と一言添えて、三人とはエミリアクラスの教室前で合流した。


「べ、別にお礼なんていいのに」


クリスは少し困ったような表情だが、プリシラとフランベルは「今日はレオっちの部屋に行っていいの?」やら「師匠のコーヒーが飲めるんだね!」と上機嫌だ。


「悪いが今日も……あっちだ」


管理人室はまずいので、俺は天井の方角を指さした。


プリシラがほっぺたを膨らませた。


「屋上まで上がるのしんどいんですけどー」


「若者がそう言うなよ」


フランベルがうんと頷く。


「階段の上り下りだって訓練と思えば楽しいよ」


前向きなフランベルにプリシラは「そんなのフランベルだけだし」と、少しだけ不満げだった。


クリスが取りつくろうようにプリシラに言う。


「けど、ダイエットにはなるんじゃないかしら?」


「あ、あたしそんなに太ってないし! っていうかレオっち、今日はお姫様もいないんだから、普通にカフェテリアでもよくない?」


「昼飯ついでに、ちょっと込み入ったことで聞きたいことがあるんだ」


俺は三人を先導するように廊下を歩き出した。



青空の下、屋上で総菜パンを食べながら三人の雑談に耳を傾けつつ、頃合いをみて俺は切りだした。


「なあプリシラ。この前、お前の幼なじみの話をしてたよな?」


「え? そだっけ?」


驚いたような顔をするプリシラに、俺は真面目な顔で返す。


「P子ちゃんの幼なじみが、王都で流行している遊びにはまってるって……あれって、違法な魔法薬なんじゃないか?」


「なんで知って……あう」


どうやら当たりのようだ。


ばつの悪そうなプリシラに俺は笑顔で返す。


「俺を信じて話を聞かせてくれないか? 知ってることだけでいい。言えないことや言いたくないことは、何も言わなくてもいいから」


プリシラはうつむき気味になってため息を吐く。


「レオっち……あたしがそれを教えたらどうするの?」


どうするかについて、最終的な結論は俺の中でもう出ている。


放置するつもりなどさらさら無い。


「悪いようにはしないって。この話をプリシラが俺にしようとしたのも、助けが必要だったからなんだよな。気付いてやれなくてごめんな」


プリシラはブンブンと首を左右に振った。ふんわりとした金髪が大きく揺れる。


「そんなことないよ! あ、あたしも……どうしていいのかわかんなくって……」


クリスもフランベルも、じっと聞く姿勢を崩さない。


「けど、みんななんか……ずっと変になっちゃって……」


「いつ頃からなんだ?」


「わかんない。いつの間にかその薬が広まってて……あたしも怖くなっちゃって」


不安そうにプリシラは小さく身震いした。


「お前も誘われたのか?」


「断ったよ! そうしたら……エステリオのエリート様にはいらないか……みたいなこと言われて……それから……ううッ」


違法な魔法薬はプリシラから友人を奪ったらしい。


「それからどうなったんだ?」


「あたしの幼なじみ、入院して……ずっと意識が戻らないんだって」


ふと俺はクリスをみやる。彼女は小さく首を横に振った。


知らなかったという素振りだ。


どうやらプリシラはクリスやフランベルにも相談できずに、しばらく一人で抱え込んでいたみたいだな。


最近、少しだけ彼女が不安定な感じだったのも、幼なじみのことが気がかりだったからかもしれない。


クリスが口を開いた。


「どうやら状況は悪化の一途をたどっているみたいね」


俺は向き直るとクリスに聞く。


「なあ、検事部や警備隊はなんでこんな犯罪を放置してるんだ?」


「対処しなければならないことは、これだけではないのよ。特に先日、エステリオに魔族が出現したことが王都にも放映されたから、警備は魔族対策に力を入れているわ」


「それにしたって、街で怪しい連中がいれば警備の人間が声をかけたりするだろ?」


クリスは指で顎を挟みつつ、頷いた。


「それに関しては私も不思議に思っているのよ。違法な魔法薬の売買は路上で行われていると検事部は考えているけど、こちらの捜査の手が伸びる前に、売人は姿を消してしまう……」


フランベルが腕組みをした。


「ちょっとぼくには難しいお話で、ところどころついていけないんだけど……それって手の内がバレてるってことでしょクリス? 次にどこに攻撃が来るか読まれてる……みたいな?」


何気ないフランベルの一言にクリスは目を丸くさせた。


「まさか、こちらの捜査情報が漏洩してるということかしら?」


フランベルは「ぼくに聞かれてもわかんないよ」と、困り顔で返した。


俺は軽く自身の後頭部を掻く。


「つまり内部に裏切り者がいて、正攻法じゃ検挙は難しいってわけか」


プリシラが勢い良く立ち上がった。


「そ、それってあんまりじゃん! ひどいよ! だったら……あたしがそいつらをやっつけるし! クロちゃんと力を合わせれば、悪いやつなんて怖くないんだから! あ、あたしが正義の味方になるし!」


正義の味方って……まさか、仮面ジャスティスじゃないだろうな。


そういえば、王都に教員試験を受けに行った日に、プリシラが俺に勧めてきたんだっけ……仮面ジャスティス。


残念ながら王都で活動していたのは、プリシラと同じく絵物語に影響を受けたフローディアだったんだけどな。


仮面ジャスティスがいないからといって、可愛い教え子に戦わせるわけにはいかない。


幼なじみの敵討ちに名乗りを上げたプリシラを制するように俺は言う。


「危険なことはしちゃだめだぞ」


クリスとフランベルも立ち上がると俺に詰め寄った。


「師匠! プリシラだけいかせないよ! ぼくも戦う!」


「私たちなら、きっと売人も油断すると思うのよ」


俺は首を左右に振った。


「三人はこの件について、これ以上勝手に動かないでくれ。薬を回収してマーガレットに解析をお願いして……ついでにその連中と話をつけてくる。それでいいなプリシラ?」


少しだけ強めに三人に言い含めた。


「れ、レオっちの方こそ、一人で無理しちゃだめだかんね」


「ああ。約束する」


涙ぐむプリシラに俺は笑顔で返す。


彼女から売人が出没するのが、夜の八番街のヤドリギ通り付近と教えてもらい、本日午後のフローディアの訓練の後の予定が“ゴミ掃除”に決定した。

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