111.仕掛けられた森
午後――
俺は王城からの迎えの馬車に乗ると、フローディアと対面するように座って客車に揺られていた。
「なにさっきからずーっと怒ってるんだよフローディア」
「あやつらはなんなのじゃ。貴様がおるのじゃから、これ以上教える人間など必要ないというのに。お節介にもほどがあるぞ」
昼休みに俺が言い出した“クリス助手案”はフローディアによって却下されてしまった。
プリシラとフランベルもせっかくやる気を見せてくれたのに、無碍にしてしまって悪い事をしたと思う。
「だからってあんな態度はないだろ?」
「うぅ……わかっておる。悪いのはわらわの方じゃ。少し嫉妬してしまったのじゃ。あの三人はわらわの知らぬ貴様を知っている。わらわだけが知らないと思うと、急に寂しくなって……それに貴様がモノを頼むということは、それだけ信頼をおいておるということじゃろ?」
怒っていたかと思えばフローディアは瞳に涙をため込んだ。
なんだかんだ言っても、まだ十五歳の女の子なんだな。
実の姉と戦わなければいけなくなって、つらい気持ちを打ち明けられる友人もいない。
彼女は孤独なんだ。ネイビスが王宮内に手を回して、メイドや執事がフローディアの相談に乗れないよう仕向けているのかもしれない。
「どうなのじゃ? わらわの言ったことは的外れじゃったか?」
「当たってるよ。信頼してる。三人それぞれに個別指導もしたからな。強さは俺のお墨付きだ」
涙混じりの瞳をフローディアは大きく見開いた。
「三人はそんなに強くなったのか?」
「コーチする前とは別人ってレベルだぜ」
「おお、それはまことか!? して、いったいどのような修行をしたのじゃ?」
身を乗り出してくるフローディアに、俺は三人とのいきさつや訓練内容をかいつまんで話すことにした。
クリスには剣士の思考を身体で覚えさせ、その弱点を突く戦い方を。
プリシラには得意分野の回復魔法と召喚魔法の複合的な強化を。
フランベルの場合は長所を伸ばす一点集中の剣術を。
「今の三人の実力は学年でもトップクラスだ」
「それを二十日で成し遂げたのか? うう、わらわにはもう、十日もないではないか」
再び弱気を見せるフローディアに、俺は笑顔で返す。
「心配いらないって。今回はフローディアだけに、たっぷり十日も充てられるんだ」
少女の頬が赤らんだ。
「で、ではわらわの方が、たくさん修行できるというわけじゃな!」
クリスたちは三人で競い合ったり助け合う訓練をしたから伸びた部分もあるので、一概にどちらがいいとも言いづらいんだが……。
「俺に教えられることは全部教えるよ。約束する」
感慨深げに頷くとフローディアは俺に聞く。
「貴様は……あやつらのために教員になろうと決めたのか?」
「学園に残るにはそれが一番みたいだからな」
「では、三人が卒業したらどうするのじゃ?」
「ああ、そういえばそこまで先のことまでは考えてなかった」
フローディアの眼差しがジトッと湿ったようなものになった。
「貴様、大丈夫なのか? 行き当たりばったりすぎであろう」
「そういう性分なんだ」
ため息混じりにフローディアはこぼした。
「免許などなくとも、教えることくらいできそうじゃのにな……」
その言葉は俺に向けられたというよりも、教員免許そのものへの批判めいた独り言のようだった。
◆
馬車の走るリズムがおかしいことに気付いたのは、王都と学園の途中にある森の前を通りかかった時のことだ。
だんだんと加速しているのがわかる。フローディアはまだ変化に気付いていないようだが、俺は振り返ると御者の姿を窓から確認した。
青年は手綱から手を離し、首をがくんと前に垂れさせている。
「おい! どうしたんだしっかりしろ!」
馬車は暴走して街道を逸れると森に続く小道に向かう。
俺は感知魔法を広域展開させた。
「ど、どうしたのじゃ急に? 道が違うぞ」
ようやく異変に気付いてフローディアが窓の外を見る。
「俺たちは誘い込まれたみたいだな」
薄くのばすように広めた感知魔法だが、事前に森の中にそれを妨害するなんらかの仕掛けがほどこされていたらしい。
周到なことだ。感知しきれないと理解した瞬間、俺の中のスイッチが切り替わった。
「フローディア、少し馬車が揺れるだろうからしっかり掴まって身体を固定していてくれ」
「刺客か!? わらわを狙っておるのじゃな! か、返り討ちにしてくれる」
俺はフローディアを睨みつけた。
「それが敵の狙いだ。挑発に乗るな。心は熱く……思考は氷のように冷たくする。それが魔法使いの戦い方だ」
「じゃ、じゃがそのようなことを言われてもッ!」
「俺がお前を必ず守る」
ドアを開いて理論魔法で空中に足場を作り、駆け上がるようにして御者台に飛び移った。
手綱を代わりに握って青年の身体を揺さぶる。
「しっかりしろ! 大丈夫か?」
呼吸はある。意識は……。
「あ、ああ……はははは……」
御者の青年はどこか上の空のように笑い出した。
俺は感情魔法を込める。
「大丈夫だ。お前の意識はすぐに普段通り、平静なものに戻る」
「うう……はは……速いぞ……俺が一番速いんだ」
感情魔法が効かなかった。となるとこの症状から考えて、なんらかの薬物の影響か。
馬車は森を抜け下り坂に入る。
「ドウ! ドウッ!」
四頭の馬を制止させようとしたのだが、馬たちも興奮状態でいうことをきかない。
すっかり王都方面から道を外れてしまった。
崖下を通るようなルートだ。
見上げると……その崖の上から岩が次々と落ちて来た。一つ一つがこの馬車の客室ほどある巨岩だ。
「まったく、やってくれるな」
俺は理論魔法式を展開し、馬車の通る道筋の上に傘を開いて並べるように斥力場を発生させた。
転がり落ちてくる巨岩を弾く斥力場の下を馬車が走り抜ける。
「な、なんなのじゃああああああ!」
客室の中から悲鳴があがった。
「喋ってると舌を噛むぞ」
馬車は道なりに走り続けた。
次に牙を剥いたのは谷にかかる吊り橋だ。四頭立ての馬車の重量に耐えられるかもわからない。
だが、馬車は構わず橋めがけて突っ込んでいった。
「無理じゃ! 馬車を止めよ! 御者はなにをしておる!」
フローディアの悲鳴に返す暇もない。俺は不可視の足場の拡大版を吊り橋の下に補強するように発生させた。
馬車が橋へと吸い込まれる。渡りきる前に吊り橋は崩落を始めた。
俺が下地として作っておいた不可視の道を馬たちは駆け抜け、谷を無事渡りきる。
「浮いておる! 馬車が浮いておるぞ!」
「安心しろ。俺の理論魔法だ」
向こう岸についてさらに馬車が進んだ先も、森の中を進む小道だった。
左右を背の高い木々に囲まれた緑のトンネルのような林道が、突然燃え上がる。
何か燃焼を促進するような油かなにかが仕込まれていたのだろう。
不自然なほど早く燃え上がる森の中で、馬車が立ち往生した。馬たちは炎にすっかり混乱している。
「止まってしまったぞ! どうなっておるのじゃ!」
「仕掛けも一緒に燃やし尽くすって算段か。手がかりは見つからないだろうな」
ため息混じりに俺は精霊魔法と理論魔法を組み合わせた。
道沿いに空気の壁を作り、熱を遮断するトンネルを前方に生み出す。
「ハイヨー! 行け! お前らも焼け死にたくはないだろ!」
手綱で俺が合図を送ると、馬たちは再び走り出した。
本能的に「どちらに進めば生き残れるのか」馬たちにわかるよう、俺が道を用意する。
背後から迫る炎の熱に、逃げ場を求めて馬たちは前へ前へと駆けていった。
「おお! 進んだぞ。でかしたぞレオ!」
ん? 違和感というか……そういえばフローディアが俺を呼ぶ時は、いつも「貴様」だった気がするな。
「やっと名前で呼んでくれたな」
意識が朦朧としたままの御者の身体を支えつつ、左手で手綱を操って俺は馬車を走らせ続けた。
◆
燃え上がる森を抜け、大きく迂回する形で俺は馬車を街道に戻した。
ようやく正気を取り戻した御者に事情を聞いたのだが、彼の記憶は曖昧なものだった。
意識が戻るまでの間「夢を見ていた」ような感覚で、抗うことができなかったというのだ。
俺は青年に告げた。
「今日あったことは忘れて、普段通りの生活に戻るんだ」
「……はい。承知いたしました」
感情魔法で少し強めの暗示をかける。
おそらくこの青年から襲撃犯に繋がる物証は得られないだろう。
姫を危険にさらしたという責任を取らせるのも気の毒だ。
俺は御者に手綱を任せて客室に舞い戻った。
「この件について、俺たちは襲撃に遭遇しなかったことにしよう」
「何か考えがあるのかレオ?」
「無事だったとはいえ、御者が気の毒だ。自分が乗せている時に姫が襲われたとあっちゃ、立つ瀬が無いだろ?」
「うむ。たしかにレオの言う通りじゃ。襲撃など無かった。わらわのわがままで、街道ではない別の道を使って、ゆるりと王都に戻ってきた。森の火事も無関係じゃ。それで良かろう?」
襲われた事に感情的になって反発するかと思いきや、すんなりフローディアは俺の提案を呑んでくれた。
落とし前はきちんとつける。が、怪しいというだけで殴り込むわけにもいかんしな。
警戒は強めておこう……たとえ王城の中であってもな。




