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106.来訪者

翌朝――


学園の正門前で箒を手に、掃除をしていると次々と生徒たちが登校してきた。


「おはようございまーす!」


「レオさんおはようッス!」


「おはようございますレオさま」


それぞれに「おはよう! 今日も一日がんばれよ」と、いった感じで返していく。


元ギリアムクラスの生徒や、各学年のエリートクラスの生徒たちは、俺から挨拶してみても素通りだ。


「まあ、おもしろくはないわな」


俺を怨んでいたり疎ましく思っている人間も少なくない。


こればかりは焦って関係改善しようとしても、逆に悪化させそうだしな。


自分の吐いたため息と一緒に、ゴミを箒で一カ所に集めたところで、三人が揃ってやってきた。


「おっはよーレオっち!」


ハイタッチを求めてくるプリシラに、俺も応えるように手をあげる。


パンッ! と手を鳴らして「おはようプリシラ」と返した。


続いてフランベルが頭を下げる。


「おはようございます師匠!」


「おう。おはようフランベル。今日も早朝に走ったのか?」


フランベルがスッと頭をあげてニコリと笑った。


「今朝は五〇㎞くらいかな。もちろんペースを一定にするよう、師匠の教えを守ってるよ」


「感心感心。今後も励むように」


最後にクリスが「おはようレオ」と、さりげなく俺に告げた。


「ああ。おはようクリス」


「え、ええと……」


賑やかな二人と違って、クリスとの朝の挨拶はシンプルなものだ。


「ハイタッチするか?」


「そ、そういうことじゃなくて……」


膝をすりあわせるようにして、クリスはずっともじもじとしている。


何か俺に伝えたいことがあるんだろうか。


聞こうかと俺が口を開きかけたところで、王都の方角から馬車が駆けてきた。


豪奢な芦毛の四頭立てで、御者の制服の肩口には王家の紋章があしらわれていた。


正門前に馬車が止まると、御者が降りて客車のドアを開ける。


中から明るい赤がね色の髪の少女が、ゆったりとした足取りで降りてきた。


「ふむ。これがエステリオか。敷地は広いが建物は思ったよりも大したことないのう」


降りてきてそうそう、学園の門構えに文句を言う少女に、プリシラとフランベルが詰め寄る。


「ど、どこのお金持ちかしらないけど、エステリオは王都のどの学校よりもすごいんだかんね!」


「そうだよ。いくらか、可愛くても関係者以外は入っちゃいけないから」


フランベルは少女をじっと見つめて、なぜか「ぽっ」と頬を赤らめる。


「か、可愛いけどだめだからね!」


二度同じ事を言ったよ。どうしたんだフランベルは。


まあ、たしかに小動物的な可愛さがあるのは認めるが……。


クリスが目を丸くさせて赤がね色の髪の少女を見つめたまま息を呑む。


馬車を降りた少女は、詰め寄るプリシラとフランベルに対して不機嫌そうな声をあげた。


「なんじゃ! わらわに向かってその口の利き方は!」


プリシラがムッとした顔になる。


「いきなりそういう口の利き方って、マジやばいんだけど。つーか何歳なわけ? うちらより絶対年下だよね?」


「そ、そうだよお嬢ちゃん。目上の人に、あんまりそういう生意気さんは言わない方がいいんじゃないかなぁ」


俺は間に割って入った。


「悪い悪い。俺の知り合いの娘さんなんだ」


プリシラが眉を八の字にさせた。


「なにそれぇ。早く言ってよ。けど、超生意気だし。レオっちの知り合いがどういう人か知らないけど、しつけは大事だって言っておいてよね!」


すっかりプリシラはご機嫌斜めだな。


「あ、ああ! あとで俺から言っておくから。三人とも早く教室に行かないと遅刻するんじゃないか?」


フランベルが首を傾げた。


「まだ始業までには時間があるよ師匠?」


赤がね色の髪の少女が俺を睨みつける。


「失礼が服を着て歩いておるような連中じゃな」


「ええと、この三人は俺が魔法や戦闘実技を教えた生徒で……」


ある意味お前の直接の先輩なんだが、言って理解するようなタマでもないよな――フローディア。


「まったく……口の利き方は教わってなかったようじゃの!」


この一言にプリシラが前掛かりになった。


「ちょっ! レオっち! 教育的指導が足りてないし!」


慌ててフランベルがプリシラを後ろから、軽く羽交い締めにするようにして引き戻す。


「プリシラ落ち着いて。暴力はいけないよ!」


「フラっち放してってば! こういう子は誰かがきちんと言ってあげなきゃ、ずっとこのままだよ!」


状況を傍観……というか、唖然としていたクリスがぽつりと呟いた。


「ど、どうして第三王女様が……こんなところに?」


ここは名前を出さずに穏便に済ませたかったんだが、仕方ないか。


プリシラとフランベルが凍り付いたように固まった。


「え、ど、どどどどういうこと? クリっち、こんなところに王女様が来るわけないじゃん?」


「ぼくも聞き間違えたのかな? 今、第三王女様ってクリスが言ったような気がするんだけど」


目が点になった二人に、赤がね色の髪の少女は改めて自己紹介する。


「わらわはフローディア・タイタニア。この国の第三王女じゃ。楽にするがよい」


「あ、あわわわ。ど、どうしよぅ」


「プリシラしっかりして。ご、ごめんなさい王女様! ぼくらなんにも知らなくて! うわあ感激だなぁ。お姫様に会えるなんて。ちっちゃくて可愛いなぁ」


フランベルは謝ったかと思えば、うっとりした表情を浮かべた。


そういえばお姫様に憧れているものの、その姿を見たことがない……みたいなことをこの前言っていたっけ。


フローディアがにんまり笑う。


「わかれば良いのじゃ。では、案内せい」


困惑する三人に代わって俺が確認した。


「なあフローディア。案内っていうけど……学園に何をしに来たんだ?」


クリスが「レオ! 敬称! 敬称をつけ忘れているわ!」と、声を殺して言う。


そんな俺とクリスのやりとりに、フローディアは「生徒に注意を促されるとは、貴様の無礼は筋金入りなのじゃの」と、呆れ気味に俺に告げた。


「俺はたとえ王族だろうと、教え子を特別扱いしないんだ」


フローディアがフンッ! と鼻を鳴らす。


「そのような態度じゃからネイビスやフォルネウスに目をつけられるのじゃ。だが、わらわは貴様のそういうところが気に入ったぞ。今日はそんな貴様の普段の働きぶりをみてやろうと思っての。教員に向いておるかどうか、こうして視察に来てやったのじゃ。これも試験の一環じゃから、手を抜くでないぞ」


エヘンと胸を張るフローディアを尻目に、俺は御者に視線を向けた。


「大丈夫なのか? 視察なんて」


御者が俺に頭を下げる。


「レオ殿は超一流の理論魔法使いと、フォルネウス様より聞き及んでおります。結界の強化されたこの学園は、王宮に次いで安全な場所とのこと。私程度の護衛はむしろ足手まとい。すべてお任せするよう仰せつかっております」


フォルネウスのやつ、何かあったら全部俺におっかぶせるつもりかよ。


だいたい学園の結界が強化されることの遠因には、お前の弟が一枚噛んでいるだろうに。


なんて、護衛役も兼ねた御者に言っても仕方の無いことだ。


彼は上の命令には逆らえない。先日王宮で案内をしてくれたメイドと同じような立場だ。


「わかった。フローディアの事は俺がきっちり護衛する。昼にまた迎えに来てくれ。その時、一緒に俺も城まで乗せていってくれると助かる」


御者は深々と頭を下げた。


「かしこまりました。では、これにて失礼いたします」


馬車がゆっくりと向きを変え王都方面へと走り去っていった。


改めて、俺はフローディアとクリスたちに向き直る。


プリシラがぽかんとした顔のまま、俺を見つめていた。


「なんかレオっち、偉い人みたい」


「俺が? なんだよその“偉い人”って……」


フランベルもうんうん頷いた。


「なんていうか師匠ってば、すごくこなれてるように見えたんだけど? もしかして師匠の正体って、遠い異国の王子様……とか?」


突飛なフランベルの意見にプリシラも同意したらしく「そうかも! だったらすごくない?」と瞳を輝かせて興奮しだした。


「そんなわけないだろ。ほらほら教室でエミリア先生が待ってるぞ」


フローディアが俺の顔を見上げて聞く。


「貴様、異国の王族なのか?」


「そんなわけないだろ」


「そうか……だが、なんとも言えぬ風格を感じる事があっての。粗野で野蛮なくせに、妙に王宮にも馴染んでおるし……いやなんでもない。今わらわが言ったことは忘れるのじゃ」


クリスが心配そうに俺を見つめていた。目配せして「大丈夫だ」と返す。


「そ、それじゃあ私たちは教室に行ってるわね。行きましょう二人とも?」


「う、うん……そだね」


姫様相手に無礼な物言いをしてしまったのを後悔しているのか、プリシラはおどおどしている。


「じゃあねレオ師匠! それにお姫様も!」


フランベルはまったく気にしていないみたいだ。


「くるしゅうない。大儀であった」


フローディアは胸を張る。


登校する三人の背中を見送って、俺と第三王女は正門前に取り残された。


くるんとターンするようにスカートの裾をはためかせて、フローディアは俺に告げた。


「では、さっそく貴様の働きぶりを見させてもらうぞ」


「雑用ばかりで別に見所なんてないと思うけどな。あ! そうだ。俺が手押し車を押すんで、こいつを持っていってくれ」


俺は箒をフローディアに手渡した。


「ふむ……わかった……って、待つのじゃ! わらわは見に来ただけで、手伝うなどとは言っておらぬぞ」


「いいだろ別に箒を運ぶくらい。ほら行くぞ」


手押し車でゴミを運ぶ俺のうしろについて「もう少し頼み方というものがあろう!」と子犬のように吠えながら、フローディアは箒を抱えるようにして持ってきてくれた。

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