104.叡智の扉
鍵を手にして俺が城内に戻ると、廊下に先ほどのメイドが立っていた。
「よう! さっきは無理を言って悪かったな」
メイドは会釈をするだけだ。
まあ仕方ないか。ネイビスに睨まれて、仕事を奪われるかもしれないわけだし。
俺は廊下を進むと十字路に出くわした。
案内板や見取り図もない迷宮のような城だが、かつて大迷宮を攻略した俺にかかれば蔵書庫の場所などすぐに探り当てられる。
右に曲がろうとした瞬間、背後から「ンッ……ンッ!」と、くぐもった声がした。
振り返るとメイドが立っている。
ついてきたのか? 怪訝そうに俺が彼女の顔を見つめると、目をそらされてしまった。
いったいどうしたんだ?
まあ、気にしないでおこう。右の通路に足を踏み入れようとした瞬間――。
「ンッ……アーアー……ンッ!」
メイドが変な声を上げた。
俺は右の通路に向けた足を正面に向ける。
「ンッ……ンッ!?」
左の通路に身体を向けてみると、メイドは澄ました顔のままだった。
◆
同じようなやりとりを都合三回ほどしたところで、俺の目の前に魔法障壁によって守られた、分厚そうな扉が立ちふさがった。
振り返るとメイドの姿はない。
ちょっとわかりにくかったが、わざわざ案内してくれたのか。律儀だな。けど……ありがとう。
厚意に感謝しつつ、俺はフローディアから借りた鍵を鍵穴に挿し込み回す。
分厚い扉が独りでに開き、地下へと続く通路がパッと魔力灯で照らされた。
降りた先に、もう一枚扉があった。
きちんと閉まっておらず、少しだけ開いている。
俺が中に入ると……学園の講堂くらいの広さの空間が本棚で埋め尽くされていた。
ひやりとした空気が心地よい。魔法で空気が調整されているようだ。
手前側に大きな円卓と、それを囲むように十二個の椅子が並んでいた。
その椅子の一つに腰掛けて、少女が本を読んでいる。
「よう。ここの管理人か?」
長くさらりとした銀髪は背中を覆うほど長く、青い瞳はじっと本のページに釘付けだった。
俺の声が届いていないようだ。
ページをめくる音が静かな書庫に響く。
それくらい、ここは静かで外界とは隔絶されていた。
「ええと……怪しいものじゃない。ちゃんと鍵も持ってるからな」
すると、本にしか興味が無さそうだった少女がこくりと頷いた。
「俺はレオ・グランデ。今日からフローディアの家庭教師をすることになったんだが、竜狩りについて資料を探してるんだ。何かおすすめの本はないか?」
「……128・4・R」
「え? なんだって?」
本を閉じると彼女は立ち上がった。
小さいな。フローディアよりもさらに小柄だ。
ゆったりとした足取りで本棚の並ぶ迷宮のような蔵書庫の奥へと分け入り、すぐに戻ってくる。
「……これ」
ハードカバーの立派な本のタイトルは「竜狩りの歴史」だった。
まさにうってつけだ。彼女は蔵書庫の主ってところか。
そういえば、学園の魔法武器用具室の主も無口だったな。
好きなものに囲まれて暮らしていると、それで満足して余計な口数が減るのかも……いや、さすがにそんなことはないか。
本を受け取って俺は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「……うん」
囁くような小さな声も、この静かな蔵書庫でならハッキリと聞き取れる。
逆に言えば、ちょっとでもうるさい場所に出たら、まるで通らないか細い声だった。
フローディアの元気を少しだけ分けてやりたい。
「ここで読んでいってもいいか?」
コクリと頷くと、司書は席について読みかけの本に再び集中し始めた。
せっかく良くしてくれた彼女の邪魔もしたくない。
ページをめくる時にできるだけ音を立てないよう心がけつつ、俺は「竜狩りの歴史」を読み解くことにした。
◆
大まかな内容は、本を読む前に聞いた話と変わらなかったが、一つ新しくわかった事として“ドラゴンを召喚して戦うようになってからの竜狩りでは、一度も死人が出ていない”という事実が浮かび上がった。
安全に配慮した競技性の高い、それこそスポーツの試合に近いのかもしれない。
万が一に備えて危険になれば召喚魔法使いたちにより、ドラゴンは異世界へと送り返される。
それに加えて、魔法騎士団による守りも鉄壁だ。
さらに狩り場には王国軍の部隊も随伴するらしい。
そんな竜狩りの勝敗の決定方法は「最後の一撃」を加えた者が勝つ……というものだった。
随伴する騎士がトドメを刺すことは許されず、あくまで王族がその役目を担うのである。
対戦相手への直接的、間接的な妨害は禁じられていた。
が、試合中に交錯するような場面は過去にも多々あり、悪質な場合は反則負けをとられることもあった。
攻めッ気のあるフローディアには、気をつけさせなきゃならない部分だな。
読み終えた本を片付けようと席から立ち上がる。
司書が持ってきたあたりの本棚に、ちょうど一冊分の隙間ができていた。
本棚に割り振られた番号は128番。棚は上から数えて四段目。Rで始まるタイトルの本が並んでいる。
さっき司書の言った暗号は、このことだったみたいだ。
ん? 待てよ? たまたま偶然、あの司書は俺のリクエストした本の位置を知っていたのか? 俺の聞き方も「竜狩りについての資料」なんておおざっぱなものだ。
ドンピシャな内容の本をすぐに持ってくるなんて……。
円卓に戻ると、ちょうど彼女も一冊読み終えたところだった。
「……本、好き?」
話しかけられてつい、ビクッとなる。
他に人もいないわけだし、これは俺への質問だよな。
「勉強は苦手だけど、読むこと自体は好きだぞ」
銀髪少女の、色素が薄くて透き通るような白い頬がほんのりピンク色に染まる。
「……そう」
口調に抑揚はないが、これは喜んでいるんだろうか。
「お前も本が好きなんだな?」
「…………」
無言でコクコクと司書は二回頷いた。
そこでふと気付く。
「あっ……ごめんな。もしかしてお前もネイビスに協力するなって言われてるんじゃないか?」
司書は少しぼんやりと虚空を見上げてから、ゆっくり首を横に振った。
銀髪が流れるように左右に揺れて、柑橘系の甘酸っぱい爽やかな香りがした。
「そ、そうか。なら良かった。せっかく本好きなのに、俺のせいで天職みたいな職場から追い出されちゃ悪いもんな」
深いブルーの瞳で俺を見つめると、司書は小さく首を傾げる。
口数は少ないが所作の一つ一つがいちいち愛らしい。
「……?」
じーっと俺の顔を見つめてくる司書に、俺は笑顔で告げた。
「いや、なんでもない忘れてくれ。それじゃあ、ありがとうな」
「……また来る?」
「あ、ああ。鍵はしばらく預かってるし、調べたい事ができたらまたお願いするよ」
「……うん」
ぼんやりした表情のまま、司書はうなずいた。
無理かと思っていたのだが、城内に協力者を見つけられたのは幸運だ。
それもこれも、フローディアの鍵のおかげだな。




